第100話:2人
「この国にいないのならば他国へ行ってでも連れてこい! 今のはまだ捕らえたばかりだから暫くは持つだろうが、それでも何があるか分からんからな!」
「陛下それは……そもそも今いる無能も……」
「貴様……余に意見するとは偉くなったものだな。それともなにか? 貴様が代わりになりたいか?」
その邪悪で気色の悪い笑みに、マリアナは背筋を凍らせた。
もちろんそんなことが出来ないことは分かっている。
だが、それでも尚この男ならやりかねないという恐怖が彼女を襲った。
「なんとか……見つけて参ります……」
「ふん! 最初からそう言えばよいのだ。必ず無能の女を連れて来い……よいな? もう下がれ! それ以外の話は聞きたくないわ!」
「は……」
部屋を後にし、マリアナは城内の通路を歩きながらふと窓の外を見る。
そこから見える闇夜の海。
彼女はそれを見つめ、思わずあることを想像する。
しかしすぐに自分を諫め、彼女は再び歩き出した。
最近ドラゴンの数が異常に多いということに当然アルメニア政府も気付いている。
しかもただ多いだけではない。1匹1匹が非常に強いのだ。
いつも通り竜狩りに向かった部隊や冒険者達が敗走するという事態が何度も起き、その度に彼女は尻ぬぐいに奔走していた。
正直に言えば無能狩りなどしている場合では無い。
だが、いくらそのことを王に進言しても無駄だった。
「サディストめ……!」
「荒れているな。竜狩り団長殿?」
「……っ!? あ、ああ、ニールか……驚かせないでくれ……」
「迂闊だぞ。皆思ってはいても口には出さん。如何に無能とはいえ惨すぎるとな。ま、内情を知らない民や他国にはそう映らんだろうが……」
マリアナに話し掛けてきたニールは、アルメニアの防衛隊長を務める男である。
マリアナとは旧知の仲で、彼女はニールにだけは本音で話すことが出来ていた。
「場所を変えよう。俺の部屋に来い」
「ああ……分かった」
彼の部屋へと移動し、ニールはランプに灯をつけ、2つグラスを取り出す。
マリアナは窓際の椅子に腰掛けて黒い夜の海を眺めていた。
小さな丸テーブルを挟み、ニールはそこに腰掛けるとマリアナの前に置いたグラスにワインを注ぐ。
「で、陛下はなんと?」
「いつもと変わらん。〝さっさと無能を連れて来い〟だ」
「そうか……無能になど構っている場合ではないのだがな……」
マリアナはワインを口に含むと、それをゆっくりと飲み込み溜息を吐いた。
「ああ……しかも3ヶ月前に捕まった無能はまだなんの罪も犯していないらしい」
「憲兵隊の連中が捕まえてきたアレか……確かなのか?」
「酔った憲兵隊の連中がそう言っていたのをうちの団員が聞いたらしい。又聞きだから確かではないが、報道が規制されているということから考えても恐らく……」
「そうか……確かまだ18だったな。哀れな……」
「必死に隠してきたのだろう。同じ女として……如何に無能とはいえ同情せざるを得ない」
マリアナはワインを飲み干す。
想像するだけで恐ろしいその行為。
その嫌悪感を振り払うかのように。
「陛下は狡猾で残忍で……そして臆病だ。世界に認められた無能という存在を使い、堂々と自分の欲を満たしている」
「無能である以上、我らに陛下を止めることは出来んだろうな……あれは何かに取り憑かれているようにしか見えん。それも問題ではあるが、もう1つ……国を守る者として話しておかなければならないことがある。ドラゴンどもの動き……お前はどう見る?」
ワインを注ぎながらニールはマリアナにそう問い掛ける。
マリアナは少し考えた後、ニールの目を見て答えた。
「遠くはない」
短く伝えらたその言葉を聞き、ニールはふと窓の外を見る。
漆黒の海はいつもと変わらずそこにあり、彼はその先にあるドラゴニアからの侵略を想像した。
「……防衛を強化すべきだな。陛下に言っても無駄だろうし、宰相殿に進言するか」
この時、竜族を含めた世界全体は魔族の衰退をまだ知らない。
因みにバーンだけはケルト王からの報告でこれを知り、許可を得てニーベルグ王には話している。
これはケルト王の判断で、仮にそれが竜族に漏れれば世界を危うくする可能性がある為であった。
しかし、どちらにしろロード達が魔族を止めなければケルトは襲撃されていたし、魔族がいようがいまいが竜族の襲来が間近に迫っていたのも事実である。
マリアナはドラゴンの数が増えたことに加え、その質の向上から何かが起きることを察知していた。
王に対し無能を見つけるとは言ったが、そんなことをするつもりはさらさらなく、如何にして国を守るかを考える。
「ドラグニス様にご相談するのも手かもな。自身の故郷が危ういと知れば、いかにあの方とはいえ協力してくれるかもしれん」
「なるほどドラグニス様か……今どちらにいらっしゃるのやら……マリアナは知らんのか?」
「分からん。なんとか連絡が取れればよいのだが……今国を空ける訳にもいかんしな」
「ふむ、とりあえず冒険者ギルド本部に掛け合ってみよう。やれることはやらねばならん」
「ああ……そうだな」
世界各地で何かが起きようとしていた。
そしてそれは単なる偶然ではなく、ある1つの意思によって導かれている。
まだ誰も知らないその存在は、今日も静かにその時を待っているのだった。
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「むむむ……」
「はようせい……時は有限なり。貴様だけのものではないのだぞ?」
「わ、分かってますよ! 2枚チェンジして下さい!」
「はいよ。ケニシュヴェルトは?」
「いらぬ」
「じゃあリッヒヴェークは?」
「わたくしもこのままで……」
変えた2枚を受け取ったティアがニヤついている。
分かりやすいなこの子は……。
ケニシュヴェルトは顎髭を撫でながら、そんなティアを見てクスッと笑う。
彼は黒い短髪に黒い瞳、綺麗に生え揃った顎鬚が凛々しい男性だった。
歳は30代後半といったところで、白いファーがついた赤いマントを羽織り、中には黒い服を着ている。
腰には自身である金色の剣を携え、これぞ〝王〟といった風格だった。
リッヒヴェークはまるで子供を見守る母親のような優しい目でティアを見ている。
透き通るような白い肌で、さらに髪から瞳、着ているローブまで真っ白だった。
「じゃあ勝……!」
「待て」
「な、なんですか陛下! あ、ははーん……さては怖気付い……」
「賭け金を上げよう。余はクッキー3枚を追加する」
「な……!」
「あら、ではわたくしも……3枚」
「なな……!?」
受けなければティアが賭けたクッキーが消える。
もちろん勝てば彼女のクッキーが一気に増えるが……。
「な、舐められたものですね……なら私は有りクッキー全部賭けますよ!」
有り金ならぬ有りクッキーか……無理して言わなくてもいいのに。
「ほう……重畳重畳。では余も追加せねばな」
「わたくしも……」
場には18枚のクッキーが並べられた。
美味しそう。
「どうなっても知りませんからね……レヴィのクッキーは全部私の物ッ……ぐふふ」
笑い方笑い方……。
「じゃ、手札オープン!」
ティアが持っていたカードを勢いよく机に叩きつける。
お……。
「ふっふっふ……ストレートフラッシュです!」
「「ロイヤルストレートフラッシュ」」
「んがあっ!?」
伝説の武具は運も強いらしい。
可哀想なティア……。
「ぬ、貴様もかリッヒヴェーク。しかも余と同じ……」
「奇遇ですわね。では山分けに」
「よかろう。おいティア、茶を淹れい」
「うぐぐッ……はい陛下……」
あの魔族との戦いから数日が経過し、俺達は未だケルト城の一室にいた。
俺は3日ほど寝ていたらしく、ズィードさんとザワンさんは俺が目覚める前に旅立ったそうだ。
2人とも「起きるに決まってるから別に心配してない」と言い残し去っていったらしい。
まぁ、事実そうなった訳だが。
ケルト王は身体を回復させた後、すぐに魔物の調査を開始したとレヴィから聞いた。
空間転移装置の存在とケルト付近の魔物の増え方から、既に転移が行われているとの判断だったのだろう。
ケルト王達は魔物の数が特に多い地域を重点的に探り、その結果洞窟から続く大きな地下空間を発見。
意を決して中へと進んだが、中には何もいなかったという。
だが、魔物の足跡や独特の匂いなど、魔物がいた痕跡は確かにあり、そこが転移先なのは間違いなかったようだ。
因みに今現在、魔物の数は以前と変わらないところにまで減っている。
つまり外に逃げた訳ではない。
インヘルムの空間転移装置は破壊したから戻れる訳もないし、結局魔物がどこにいったのかは分からずじまいだったそうだ。
「ロードさんもどうぞ……」
「ん、ありがとうティア。クッキー食うか?」
「い、いいんですか!?」
「負けたから1枚だけな? ケニシュヴェルトが睨んでるから」
「あ、ありがとうございます……!」
因みに俺の身体はエクスカリバーのおかげで元に戻り、魔力も十分に回復している。
あの人から貰った力は消えていたが生命魔法のレベルは上がっていたらしく、生命を与える対象は2つに増えていた。
ただ、あの錆びた剣に関しては未だに分からない。
今まで気付かなかったが、よく手帳を見てみると確かにそのページはあった。
一番後ろに隠れるようにあったそのページには名前が書いておらず、出せない以上レヴィに見てもらうことも出来ない。
この手帳が光ったのも、勝手に剣が飛び出したのも結局今に至るまで謎のままだが……あれは確かに……。
「あ、ロードさんそろそろですかね?」
「ん? ああ、そうだな。そろそろ時間だ」




