第6話 素直に好きだと言えたなら
6、素直に好きだと言えたなら
私は今、かつて無い窮地に立たされていた。額から冷や汗が伝い、目を游がせる。
ゲームをやる為に自宅へと帰って来たはずが、私達は重く沈黙が流れる部屋に机を挟んで座っている。
いつもの心地好い胸の高鳴りではなく、キリキリとして胸が引き裂かれそうに痛む。チラッとメグさんの方に顔を向けると、真剣な面持ちでこちらを見つめる瞳に捕らえられた。我慢できずに目線を逸らし、あの時の自分の行動を悔やむ。
「美緒ちゃん…。ねえ、何であの時私にキスしたの…?」と静かに聞く彼女の瞳は、微かに困惑のような色を滲ませていた。
ぐっと息を飲み込み、口を固く結ぶ。"好きだから"としか言いようがないのだが、それを口にしてしまえば、今の関係が終わってしまうかもしれない。
やっとメグさんと仲良くなれてきたというのに、私の独り善がりな行動で、貴女の心に傷を付けたく無かった。いや、キスをしただけでも充分に傷付けてしまっただろう。
知り合って間もない人にいきなりキスされたのだ、さぞかし気分が悪かっただろう。それなのにメグさんは、今までそれを出さずに普通に接してくれていたのだ。気を遣わせてしまっていた事に申し訳なさと、自分の不甲斐なさに憤る。
好きですと貴女に伝えても、そうしなかったとしても、貴女とは金輪際会えなくなると思うと、絶望感に苛まれる。"好き"で溢れる心に鍵を掛け続けた結果、鍵穴は錆びつき、開けることが出来ず謝罪の言葉が代わりにこぼれ落ちた。
「すみません……。」震える手をぎゅっと握り締め、歯を食い縛る。そうしていないと、全ての感情が決壊しそうになる。私の醜い心の内を貴女にだけは、知られてほしくは無かった。
「美緒ちゃん…。私は謝って欲しい訳じゃないの。理由を知りたいだけなの。」と、ため息混じりにそう言う。
ああ…、もう、謝ることさえ許されないのかと、心にぽっかり穴が空いた感覚に陥る。もう私達の関係は終わりだとそう認識した瞬間、今まで塞き止めていたものが崩れ落ち、感情が流れ出す。瞳からボロボロと涙が零れ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「ずみまぜんっ…。メグさん…。うぅ…。ヒグッ…みすてないで…ぐだざい。」と、嗚咽混じりに必死に言葉を繋ぐ。涙を止めようと手の甲で拭うも、一度流れはじめたそれは止まることを知らず、頬を伝い落ちた雫が膝を濡らした。
「え!?み、美緒ちゃん!?だ、大丈夫?」いきなり号泣し始めた美緒に驚いたのか、バッとその場に立ち上がりオロオロし始めた。
こんな私の事を心底心配する優しい彼女を見ていると、塞いでいた思いが心の殻を破り外に飛び出す。
「うぅー…。すき…。だ、大好きなんです。メグさんが!大好きなんですぅーーーー!!!」大きな声で泣きながら伝える私に、彼女は一瞬戸惑いを見せる。そして何かを決心したかのように真剣な面持ちでこちらに歩み寄ると、私を後ろから優しくぎゅっと抱き締めた。
一瞬思考が停止し、抱き締められていることを理解した瞬間ドックンと心臓が跳ねた。あまりに驚いたお陰で涙は止まり、その場に沈黙が流れた。
ぎゅっと密着している為、お互いの心臓の音が伝わる。私と同じ様に少し早いリズムで脈打つ音を感じ、淡い期待を寄せる。絶対に拒否されると思っていたのに、まさか抱き締められるだなんて…。
強く抱き締めていた力が少し緩み、「ごめんね…。」と私の耳元で優しい声音で囁く。
(あー…。やっぱり振られちゃったか…。)
淡い期待は一瞬にして砕け散った。緊張で強張っていた体から力が抜け、乾いた笑いが喉を通る。
「あはは…。やっぱりそうですよね!好きになってごめんなさい!」振られた悲しみを誤魔化すかのように捲し立てる。私は今、ちゃんと笑顔で喋れていただろうか。これ以上抱き締められていられると彼女の事を諦められなくなりそうで、後ろからお腹に回された腕を優しくほどく。
後ろへ向き直り、メグさんの顔を見つめた。
「もうっ……。そんな顔しないでくださいよ…。」
今にも泣きそうな程顔を歪ませ、潤んだ瞳で見つめ返される。
「だって、美緒ちゃんにそんな事言わせた自分が情けなくて…。そんなに我慢させてたなんて、気づけなくてごめんね?」
彼女のしなやかな指先が頬をなぞり、優しく撫でられる。思わずその温もりにすがり付きたくなるのを堪える。
「もう、やめてください!勘違いしそうになるっ。優しくしないで……。」彼女の手を払いのけ、顔を背ける。
今もなお、優しく接してくる彼女の優しさに頭が混乱する。いっそのこと酷く振ってもらえたならば、貴女の事を忘れる決心が付くのに。曖昧な態度に少しだけ苛立ち、キッと睨み付けようとしたその時。フワッと可憐に咲く大輪の花のように芳しい香りに包まれた。
気づいた時には既に、両肩を優しく掴まれ、おでこにキスを落とされていた。
あまりにも唐突だった為、思考が停止し、口をポカンと開けたまま呆然としてしまった。離れていく彼女の顔を見やると、頬を赤く染め、手の甲で口元を隠していた。
「私ね…、今まで生きてきて誰かを好きになった事が無かったの。でもね?この前美緒ちゃんにキスされた時、ぎゅーって心臓が苦しくなって…。」目線を絡め取られ、するりと手を優しく握られる。その温もりに答えるようにぎゅっと握り返し、紡がれる言葉を待つ。
「でも、キスされただけで好きになるのって何だか変でしょ?これが本当に好きって事なのか、恋愛経験の無い私が一人で考えても全く答えが出なかったから…。初めにキスをした美緒ちゃんなら、この理由が分かるんじゃないかと思って。」少し熱のこもった瞳で見つめられ、自然と顔に熱が集中するのが分かる。
「メグさんの事が好きなのでキスをしました。メグさんを好きになった始まりは、一目惚れだったんです。この美しい人は、どんな声で喋るのか、どんな顔で笑うのか…。それから考えるのは、貴女の事ばかりでした。仲良くなってきてから、もっと好きになりました。お酒に弱い所も可愛いですし、拗ねたところも…。」恥ずかしげに顔を赤くして話を聞く彼女の手の甲に、そっと口付けをする。
「キスをすると顔を真っ赤にするところも可愛くて大好きです。」ふふっと微笑み、先程よりも赤くなり驚いた顔で固まる彼女の顔を覗く。
「趣味が合うのも、一緒にいて落ち着くのも、メグさんだけです。メグさんじゃなきゃ意味がないんです。今はまだ私の事を好きかどうか分からなくても良いので…。メグさんのこと、好きでいて良いですか?」
メグさんは、顔から湯気が出そうな程赤くなった顔で頷く。許しをもらえた余りの嬉しさに、思わずぎゅーっと抱き付く。
「絶対に好きになってもらうので、覚悟しておいてくださいね!」彼女に満面の笑みを向けると、それに答えるように彼女もまた、優しく微笑むのだった。




