第2話 弟の彼女と私の彼女
「私に、息子さんをください!」と言う、彼女の真剣な眼差しから本気なのだという事が伝わってきた。
両親の方へ視線を向けると、突然の事で少し戸惑っているようだった。それもそうだ、つい最近付き合い始めたばかりなのに求婚だなんて、いくらなんでも早すぎる。それに、弟が相手の実家に行き、両親に結婚する旨を伝えるのは分かる。まさか彼女の方から結婚の承諾を得ようとするなんて、弟の面子が丸つぶれじゃないか。
チラリと弟の方へ目を向けると、私達の中でも一番唖然としていた。
(え?どういう事?事前に打ち合わせとかしなかったの?)
弟の表情がみるみるうちに青ざめ冷や汗が伝い落ちる。その様子に事の重大性が見てとれる。これは、きちんと事情を説明してもらわないといけないらしい。
目の前に座っている弟の足を蹴り目配せし、外に出るよう指示する。理解したのか「ち、ちょっとトイレに行ってきます…。」と、挙動不審に出ていった。
すかさず私も「ちょっと会社に急ぎの連絡があるからちょっと席外させてもらうね。」と、自然にその場を離れることに成功した。両親には悪いが、あの微妙な空気には耐えられそうにない。
リビングのドアを開け辺りを見渡すと、弟が階段の方から手招きしているのが見えたため、とりあえず弟の部屋で事情を説明してもらうことにした。
弟の話によると、年末に友達と一緒に夜遅くまで遊んでいたらしい。その帰りに、女の子が酔っぱらいに絡まれているのを発見した優太が助けてあげたらしいのだ。それが美月さんとの出会いで、彼女に一目惚れされてしまったという事だ。その時は、失恋した後だったし、恋人もいなかった優太は、告白を受け入れたらしい。
付き合ってみると、可愛いし性格も良いし、見た目に反して頼りになる所に惹かれていったらしい。
今日は、「優太くんのお家、行ってみたいなぁ~。」という美月さんのおねだり攻撃に負け、実家に招待したみたいだ。
まさか求婚されるとは優太も思ってはおらず、優太自身も、まだ結婚なんて考えられないと言っていた。
これは、何とも言いにくいのだが、美月さんの見きり発車らしい。いくら恋人だとしても、互の考えを無視したりせず、相手の意思を尊重しなければ良い関係とは言えない。あまりにも意思疎通出来ていない二人に、もどかしく思う。
「まぁ…なんか…。ドンマイ!」物凄く面倒臭い状況に陥っている弟に心底同情するが、あまりにも非現実的な状況に面白くなってきてしまっている自分がいる。
「ちょっと、姉ちゃん!絶対に面白がってるでしょ!顔がニヤケてるし!」
「べ、べつに面白がって無いよ!そんな事より、早くこの状況を何とかしなさいよ!早くしないとメグさんが来ちゃうじゃない!」
今日は、15時にメグさんが私の実家に来てくれることになっている。私は迎えに行くと言っていたのだが、「いつも迎えに来てもらってばっかで申し訳ないから…。」という理由で断られてしまった。
私からしたら、少しでも長くメグさんと居られるのだから、そんな事苦でもない。しかし、メグさんのいう事も分からなくはないので、直接家に来てもらうことになった。
「え!?今日恵美さん来んの!?聞いてないし!」
「あんたに言うわけ無いでしょ。」
不貞腐れる弟を尻目に、今の状況の打開策を考える。
彼女を傷つけない様に結婚を諦めさせるのがベストなのだが…。そんな事出来るのだろうか、この弟に。もう、いっそのこと結婚してしまえば良いんじゃないか?なんか面倒くさくなってきたな…と、思い始めた時、再びインターホンが鳴る音が聞こえた。
「あ!絶対にメグさんだ!どうしよう!この状態でメグさんも加わったらカオスだよ…。」
「ははっ!違いない!」
「あんたは笑ってないで!自分がどうするべきなのかしっかり考えなさい…。分かった?」
「はーい。」
急ぎ玄関へと向かうと、母がメグさんを迎え入れている所だった。
「メグさん!お帰りなさい!会いたかったです!」メグさんの元へと駆け寄り、ぎゅーっと両手を握る。久しぶりのメグさんの温もりに愛しさで胸が一杯になる。
「ふふっ、ただいま~、美緒ちゃん。」と、ぎゅっと手を握り返され優しく微笑まれる。
(う"ぁ~!いつ見ても可愛い~!!だいしゅき~!)
「本当に仲良しね~。恵美さん、今ちょっとお客さん居るけど大丈夫かしら?」
「そうなんですね、来るタイミング悪かったですかね…。私、出直した方が良いですか?」と、眉尻を下げ少し申し訳なさそうに言う。
「嫌です!メグさん、どこにも行かないでください!」懇願するようにメグさんを見つめる。
「恵美さんが気にしないのであれば大丈夫よ~。恵美さんと同じくらいの年頃の女の子だから、そんなに気張らなくても良いと思うわよ。」
「そうなんですね…。じゃあ、迷惑で無ければおじゃまします。美緒ちゃんとも一緒に居たいし…。」少し気恥ずかしそうに"一緒に居たい"と言う、この愛しい人は、どれだけ私を好きにさせれば気が済むのだろうか。
そんな事言われたら一生離れたくなくなる。
「じゃあ、決まりね!私も恵美さんとお話したかったから来てくれて嬉しいわ~。」ウキウキと、嬉しそうにする母を先頭に、リビングへと向かう。
「こんにちわ~……って、め、あ、如月さん!?な、何でここに!?」と、驚愕する美月さん。
「あれ…?榊原さんこそ、どうしてここに?」不思議そうに頭をコテンッと傾けるメグさんの一挙一動が可愛すぎて、このよく分からない状況がどうでも良くなってきそうだ。
「えーっと、二人はお知り合いですか?」
「えっと…榊原さんは、私が働いている薬局の薬剤師さんなの。」
「え!?そうなんですか!?」あまりにも意外な共通点に驚きが隠せず美月さんを二度見してしまった。
「は、はい…。そうですけど。」と、そこに先程までの自信満々な姿はなく、少し弱々しく縮こまる様は、子ウサギのようで何だか可愛らしい。
「メグさん…実は美月さん、優太の彼女さんなんですよ。」と言うと、少しだけ驚きを見せながらも、彼女は微笑む。しかし、そこに何時もの慈愛のこもった温かさは無く、何を考えているのか分からないほどの感情の無い笑顔だった。
「そうだったの…。あまり優太くんに迷惑かけちゃダメよ?美月…。」
「は、はいっメグ姉!」
美月さんの言った"メグ姉"という呼び方に違和感を覚える。雰囲気からは、あまり親しさは感じなかったけれど、呼び方からは、とても仲のよさが伺える。
「あれ…?呼び方が親しく感じたんですけど、お二人すっごく仲良しなんですね?」
「仲良し…というか、腐れ縁…?かな。」
「そんなぁ~!酷いですよ!メグ姉!私達の仲じゃないですか~!」
「ど、どういう意味ですか!?メグさん!」
メグさんと美月さんの間に腐れ縁以外に深い繋がりが有るのだろうか。考えれば考えるほど、悪い方向へと考えてしまう。
そんな私の考えを消し去るように、メグさんが私の頭を優しく撫でた。
「昔、学生時代に剣道をやっていたんだけど、その時の後輩だったの。それから、何故か懐かれちゃって…。」少しだけ困ったように笑うメグさんは、懐かしそうに当時の話を聞かせてくれた。
「へ~!全国大会に出場したなんて凄いですね!格好いい!」
「そうなんですよ!メグ姉はめちゃくちゃ格好いいし、私の憧れなんです!!」と、嬉々として語る美月さんに少しだけ嫉妬してしまう自分がいた。
私の知らないメグさんの事を、この人は沢山知っているんだろう。私が一番メグさんに近いと思っていたことなんて、勘違いも甚だしい。メグさんと、出会ったのなんてここ数ヵ月だ。その前の事など全く知らなかった。メグさんがどんな学生時代を送ったのかなんて聞いたこともなかった。
学生時代を彼女と共に歩んできた美月さんを心底羨ましく思う。
(メグさんの制服姿とか可愛いに決まってるし…。いいなぁ~…。)
「それより!メグ姉と、お姉さんは、どういう繋がりなんですか?凄い仲良いですよね。」
そう問いかけられ、一瞬戸惑う。どこまで話せば良いのだろうかと、思考を巡らせていると、メグさんが先に口を開いた。
「薬局の常連さんだったんだけど、たまたま公園で会って談笑してたら意気投合して仲良くなったの。」メグさんの丁度良い返答に心の中で拍手する。私だったら余計なことまで話してしまう自信がある。
「そうだったんですね~。メグさんがこんなに特定の人と仲良さそうなの初めて見ましたよ!高校の時なんてクラs「美月…?」美月さんの喋りを遮る様に名前を呼んだメグさんは、少しだけ怒っているように見えた。あまり知られたくない内容だったのだろうか。
「ごめんなさいメグ姉…。」ショボンと項垂れる美月さんを尻目に彼女は深く溜め息をついた。
「分かったのなら良いから…。」
メグさんにそう言われ、キラキラとした瞳を向ける美月さんは、まるで飼い主が大好きな小型犬のように見えた。
「あれ…?そういえば、優太君はどうしたの?」と、メグさんに聞かれ思わず「トイレで踏ん張ってます!」と、答えてしまった。
(ごめん…優太…。)
優太の知らないうちに、1時間もの長い時間トイレで格闘しているという偽の事実が生まれてしまったのだった。




