第13話 お姉さんと温泉街散策
長い道のりを経て、やっとのこと宿泊先付近まで辿り着く。広かった道幅は狭まり、町並みも変わり古民家や温泉旅館が建ち並び、その直ぐ近くには川が流れ、とても風情がある。
「…あ!メグさん!あそこが今日泊まる温泉旅館です!」
私が指差した先には、歴史を感じさせる情緒溢れるレトロな外観と綺麗に剪定された立派な松ノ木が私達を迎えてくれていた。
旅館専用の駐車場へ車を止め、エントランスへと向かう。館内へ入ると直ぐ番頭さんらしき人が迎えてくれ、部屋へと案内された。番頭さんと別れ、部屋に一歩足を踏み入れると、懐かしさを感じさせる暖かみのある畳の香りが鼻を掠めた。
「うわぁ~!綺麗ですね!メグさん!」
畳を通り抜けた先には、二畳くらいのスペースに小さめのテーブルと椅子が二脚置いてあり、寛ぎながら自然溢れる山々を見渡せる様になっていた。
「本当に綺麗…!。温泉街に沢山お店があったから、後で行ってみよ!美緒ちゃん!」
「はい!温泉まんじゅう食べたいです!あ!あと、温泉卵も!」
「ふふっ、丁度お昼時だし、先にお昼ご飯何処かで済ませよっか!」
***
旅館から離れ、店が多く建ち並ぶ方へと向かう。川沿いを二人して仲良く歩いていると、何だか本当に付き合っているような気分になり、胸を踊らせた。
右の方へと視線を向けると、手の届く距離にメグさんが居る。少し前迄は、話し掛けることさえ儘ならなかったのに、今ではこんなにも近くでメグさんと共に過ごすことが出来る。
だから、例え付き合うことが出来なかったとしても、今のこの時を心と記憶に刻んで宝物にしよう、そう思えた。
「メグさん…。二人で初めての旅行なので…えっと…記念に一緒に写真撮りませんか…?」未だにメグさんと二人で写真を撮ったことが無いことに気付き、そっと提案してみる。
「じゃあ、沢山写真撮って思い出に残さなきゃね!…ふふっ、嬉しい…!」
何時もより無邪気な笑顔を向けられ、あまりの可憐さに思わず釘付けになった。
メグさんの新しい表情を知る度に、更に更にと愛しさが積もっていく。その可愛い表情は、私だけに見せてくれたら良いのになぁ…と、誰かも知らない別の人に嫉妬し、独占欲が沸々と涌いてくる自分の欲深さに嫌気がさした。
スマホを取り出し、カメラを起動させる。
「メグさん、写真撮るのでもう少し近くに寄ってもらって良いですか?」
「分かった……このくらいで大丈夫?」
「……っ!は、はい!大丈夫です。」
カメラに収まる為、互いの顔が拳一個分くらいの距離まで縮み、急に近くなった距離に思わず息を飲んだ。何時もより速い心音を落ち着かせようと深呼吸したものの、近くに居るメグさんの、甘く咲き誇る花のような香りにより、更に心乱され落ち着くことを諦めるほか無かった。
「はい!撮れました!後でメグさんのケータイに写真送りますね。」
「ありがとう、美緒ちゃん。」
メグさんには内緒にして、後でこっそりケータイの待受画面に設定しようと心に決めた。
しばらく川沿いを歩いていると、だんだんと食欲をそそる良い香りが漂ってきた。
「あ"~…いい匂い…。ここら辺でお昼ご飯食べましょうか。」
「そうだね~。やっぱり和食かな?」
「そうですね…一応調べてきたんですけど、地元の山菜とか味噌を使った料理を提供してくれる店があって、結構この辺では美味しいって有名なお店らしいです。」
「へぇ~美味しそう!そのお店にしよっか!」
目的の店にたどり着き、暖簾をかき分け戸を引く。
店に一歩足を踏み入れると直ぐに「いらっしゃい!」と、元気の良い挨拶と共に笑顔一杯の女将さんが迎え入れてくれた。
「2名様ですね。お好きな席どうぞ~。」
店内を見渡すと、カウンターが8席、テーブルが6席ほど並んでいた。2階にも席が有るらしいのだが、既に満席らしい。
「メグさん、丁度窓側の席が空いているので、あの席にしましょうか。」
「そうしよっか。」
席に着き一息つく。選んだ席は日当たりも良く、町並みを眺めることが出来た。テーブルの上に置かれたメニュー表を広げ、何を注文するか悩む。
悩みに悩んだ末メグさんは、山菜ランチ。私は、味噌カツ丼にした。あれだけ調べてきて、山菜料理が美味しいと知っていながらも、大好きなカツ丼の誘惑には勝てなかった。
「はい!お待たせしました。山菜ランチと、…味噌カツ丼ね!本日の山菜ランチは、アサツキの和え物、たらの芽と冬野菜の天ぷら、茸のお味噌汁と、雑穀米の五目ご飯です。天ぷらは、地元の味噌を使用した自家製ソースをお好みでお付けくださいね。そちらにお塩も有りますのでご自由にお使いください。」
運ばれてきた料理を一通り確認すると、「いただきます!」を合図に、すかさず箸を手に取り味噌カツ丼を食べ始める。均一に切られたロースカツを1つ取り口へ運ぶ。サクッとした軽快な衣の音の後、直ぐに肉汁がじわっと染みだし、自家製ソースの甘辛な味噌の風味が合わさり、食べても食べても食欲がそそられる。
カツ丼の上に乗っていた温泉卵をぷつっと箸で割ると、トローッとした濃厚な卵黄がカツの上へゆっくりと流れていく。それをまた口へと運ぶと、先程とは違い卵黄によって味噌がまろやかな味わいへと変化する。
「美味しいですね!メグさん!……あ!お腹すきすぎてて料理の写真撮るの忘れてた…。」
折角の美味しい料理を、写真として思い出に残したかったのだが、既に半分食べてしまっている為それも無理そうだ。
「この天ぷらサックサクで美味しい。こんなに良い店を調べてきてくれてありがとう美緒ちゃん。」
にこにことに頬を綻ばせ、もぐもぐと美味しそうにご飯を頬張る姿は、少しだけ幼く見えとても愛らしい。徹夜してでも、美味しそうな店を探しておいて良かったなぁ…。メグさんのこの表情を見ることができただけで、とても幸せな気持ちに満たされた。
ご飯を食べ終え店を後にした私達は、ブラブラと温泉街を散策している。
少し歩いた所で、お洒落なお皿やカップ等様々な食器を取り扱う店を目にした。
外から見えるところに飾ってあった真っ赤なマグカップに目を奪われ、思わず足を止める。
「どうしたの?美緒ちゃん。」
「いや…。この真っ赤なマグカップすっごく可愛くないですか?」
「確かに。美緒ちゃんに似合いそうなカップだね。」
「本当ですか!あ!あの夜空みたいに深い青色のカップはめぐさんに似合いそうです。」
店先で互いに合いそうなカップを探していると、店の中からひょっこりと店員さんが出てきて「お好みの物見つかりましたか?良かったら実際に手で触れてみてください。」と、声をかけられる。
店に入り、気になっていた赤色のコップを手に取る。
「わぁ~軽い!しかも好きな質感!」
「そちらは、美濃焼でして、新進気鋭の陶芸家さんが一つ一つ手作りで仕上げているので、全く同じものは無いんですよ。なので一個一個表情が違って見えて面白いですよねぇ。電子レンジと食洗機にも対応しているので結構使い勝手も良いですよ。」
「うわぁ~…。欲しい…。」
旅の思い出に、形に残るものを買うのもいいなぁと思い、さっき見ていた真っ赤なマグカップと、夜空みたいに綺麗な青色のマグカップを購入した。
赤は自分用で、青は…メグさんが私の家に遊びに来てくれた時用のコップとして使う予定だ。勿論メグさん専用で。
店から出ると、冷たい空気が頬を撫で思わず身震いする。既に空は茜色に染まっていた。街中の所々にぶら下がっている提灯に明かりが灯り、幻想的な景色に変わっていた。
「綺麗ね…。」
そう言うメグさんの方へ視線を向けると、夕日に照らされた髪がキラキラと輝き、街並みを眺める横顔は、凛としているなかにも、何処か儚げな雰囲気を感じ、心の底から綺麗だと思った。
「メグさん…。えっと…。晩ご飯食べ終わったら、一緒にお散歩しますか?…あ!メグさん疲れてるなら無理しなくて大丈夫なので!」
ふふっと微笑んだ後「大丈夫だよ?行こっか…お散歩。」と言い、歩き始めるメグさんの手を思わず掴み引き留める。
急に掴まれた手に驚いたのか、メグさんの表情は少し困惑していた。
自分でも、何で手を掴んだのか分からなかった。でも、何故か、今メグさんを繋ぎ止めておかなければいけないという、そういう衝動に駆られた。
メグさんの少し冷たい手を両手でぎゅっと握りしめ「ありがとう、メグさん…。」と告げ、そっと手を離す。
咄嗟に変な行動をしてしまったことを誤魔化すように「あはは…。それにしてもメグさん手冷たそうですけど、大丈夫ですか?良かったら私の手袋使って下さい!ちょっと待っててくださいね…鞄に入ってたはずなので…。」と矢継ぎ早に捲し立てる。
鞄から手袋を取り出し、メグさんに渡す。
手袋を少しの間見つめた後、何を思ったのか右手用だけ私に返してきた。
不思議に思いメグさんを見つめると、「片方だけ着けて?」と言われたため、大人しく指示通りに右手のみ手袋をはめた。
「…あ!私にも分けてくれたんですか?心配しなくても私、結構基礎体温高いので何時も手がポカポカ………って、え……?」
左手がヒヤッとしたかと思ったら、メグさんが右手で私の手を握り、自分のコートのポケットへと私の左手を誘導する。すっぽりとポケットに収まった二人の手の温もりが溶け合い、まるで1つになった様に感じた。
メグさんの突然の行動に驚きすぎて声がでない。心臓は高鳴り胸が張り裂けてしまいそうだ。
「これなら、二人とも暖かいね?」とニコッと微笑むメグさんを思わず抱き締めたくなる衝動を、無理矢理抑え込む。
(う"ぁーーー!!!かっわいい!!溶ける!溶かされる!ちょっと昇天してくるわ!)
「………はい。暖かいです…。」溢れる感情を押し殺した結果、こんな当たり障りの無い言葉しか口にすることが出来なかった。
手を繋ぎ、仲良く宿までの道のりをゆっくりとした足取りで歩く。
この幸せな時間がずっと続けば良いのになぁ…と、願ってもどうしようも無いことを考えてしまう。
「はぁー…。好きだなぁ…。」と、思わず口から零れる。
「ん?なぁに?美緒ちゃん。」
「ん?幸せだなぁ~…と思いまして。」えへへっと無邪気に笑ってみせ、幸せを噛み締める。
メグさんと一緒に居るだけで時間が経つのが凄く速く感じる。
いつの間にか宿が見えるくらい近くまで戻ってきていた。
繋いだ手を離したくないと言わんばかりにぎゅーっと握りしめた後、名残惜しさを感じるものの、繋がれた手を優しく離した。




