log99.罠
ダンジョン攻略開始から、そろそろ五十分が経とうという頃。
セードー達ギルド同盟一行は順調に階層を進み、現在地下6階とクルソルに表示される深度まで進行することに成功していた。
うまくいけば、今日だけで地下七階まで進むことができると期待を胸に、先へと進むギルド同盟。
そのマッピング班の一つであるリュージ達が率いる班は、かなり物理的な危機に迫られていた。
「はぁぁぁしぃぃぃれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
先頭を走るリュージの叫びと、その後を行くキキョウの珍妙な悲鳴がダンジョン内を木霊する。
その後ろにはウォルフたちが団子か何かのように塊、さらにその後方にはゴロゴロと音を立てて転がる巨大な岩石が一行を追っていた。
彼らが走っているのは下り坂ではない。が、そんなこと知ったことではないと言わんばかりの勢いでローリングストーンはリュージ達を追いかける。
この手の迷宮にはある種のお約束として存在するものの中に、落とし穴と並んで人々が上げるかもしれない罠、ローリングストーン。
レトロ映画の中でも鞭を振るう考古学者が活躍するものによく出るそれは、イノセント・ワールドにも当然のように設置されていた。うっかりこの罠を発動させようものなら、岩をどうにかしないことには逃げ続ける羽目になる。
一番安全なのは転がってくる岩を何らかのスキルで破壊することだが、そのためには結構な速度で転がってくる耐久力がどの程度あるかわからない岩石と相対する必要がある。失敗すれば容赦なくリスポン待ちとなってしまうので、先を急ぐダンジョン攻略でその手の博打は打たない方が賢い。まあ、逃げ続けるのが賢いかと言われれば首を傾げざるを得ないわけだが。
ともあれひたすらに走り続けるリュージ達の前方、ゆらりと蝋燭の陽炎が照らすのは二股の分かれ道。
それを見て、真っ先にミツキが叫ぶ。
「先に道が二つ見えるわ! 右? 左!?」
「ど、どちらに行けばこの罠は終わるのだ!?」
ソフィアが後方を窺いながら前を走るリュージに向かって叫ぶ。
ソフィアの必死な叫びを聞き、己もまた必死の形相になりながらリュージはがむしゃらに叫ぶ。
「えーっと、右! 右だ!」
「その根拠は!?」
「特にない!」
ウォルフが反射的に問いただすが、リュージはきっぱり言い切り自ら右の道へと飛び込んでゆく。
「待ってくださいリュージさん!」
「えぇい、信じるぞ!」
キキョウはそれを追い、さらにソフィアも続く。
「あ、自分らまたんかい!?」
「まあまあ」
話も聞かずかけ抜けてゆく三人をウォルフは慌てて追いかけ、ミツキが最後に続いてゆく。
そしてローリングストーンも分岐路にぶつかり、そのまま四人を追いかけて右の道へと転がってゆく。
まだ響く轟音を即座に聞きつけたウォルフは、やけくそのように叫ぶ。
「ぬぁぁぁ!! また追ってきよるぞぉぉぉ!!」
「そして前にはモンスターですぅぅぅ!!」
キキョウは叫びながら棍を握りしめる。
彼らの前方にはのっそりとした動作でオーガソルジャーたちが巡回を行っており、赤くぼんやり輝く不気味な瞳をゆっくりとリュージ達の方へと向け。
「先制攻撃じゃヒャッハー!」
リュージの取り出したトリガーハッピーに体を撃ち抜かれてもんどりうって倒れてゆく。
さすがにこれ一撃で倒れるほど柔ではないらしく何とか立ち上がろうとするオーガソルジャーたちの上を跳び越え、リュージ達は駆け抜けてゆく。
そしてそんな彼らの上を無慈悲に転がってゆくローリングストーン。生物の上を重たい何かが通ってゆく生々しい音を聞きながら、ミツキは前を行くリュージに叫ぶ。
「……それで、本当に行く当てはないの!? そろそろいろいろきつくなってきてないかしら」
ミツキのその叫びに、リュージはクルソルを取り出しながら返事を返す。
「いや確かにそろそろなくなってもおかしくないと俺思うんだけどなぁー。こう、走ってると後方の床が抜けて、その下に岩が収まるみたいな感じで」
「いや、それまず私たちが落ちるだろう……」
さすがに延々走り続けていると叫び続けるのも疲れるのか、リュージの背中を追いかけながらソフィアがため息をつく。
幸いなことにこのゲーム、HPはあっても体力の概念はない。その気になればいくらでも走り続けることは可能だ。とはいえ、後方から岩が転がってくる精神的な圧迫感は耐えがたいものがあるわけだが。
どことなくまったりとしたリュージの返事に苛立っているのか、ウォルフは怒声をその背中へと叩きつけた。
「のんきに言うとる場合か! はよなんとかせい!」
「そう怒んなよ……そしたら」
リュージはウォルフのその叫びを受けて頭を掻き、おもむろに壁を叩いた。
瞬間、リュージ達を押しつぶそうと床がせり出してきた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!??」
「ちょ、貴様、何してるぅぅぅ!!??」
泡食って叫んだウォルフとソフィアが、ソニックボディを発動し、せり出す床を乗り越える。
その後ろから、キキョウを抱えたミツキが一足飛びに跳び越え、床は天井までせり上がり壁となる。
そして壁の向こう側からは岩の砕ける轟音が響き渡る。
しばし荒く息を吐いていたウォルフは、キッと顔を上げてリュージの胸ぐらをつかみ上げた。
「おどれはぁぁぁぁぁ!! はまったら即死確定のトラップを何ホイホイと発動させとんじゃぁぁぁぁぁ!!」
「落ち着け落ち着け。今の罠が発動したおかげで岩はどうにかなったじゃん?」
「結果論だ戯けがぁぁぁぁぁぁぁ!! 危うく死ぬところだったろうがぁぁぁぁ!!」
ソフィアもウォルフと一緒になってリュージに食って掛かり始める。
軽く息を整えながら、ミツキは呆れたようにため息をついた。
「ふぅ……まったくもう。罠が見えてて発動させるなら、一言はあってしかるべきじゃないかしら?」
「え? 見えて……って?」
ミツキに抱えられていたキキョウはきょとんとした表情でリュージを見る。
リュージはガクガクとウォルフによって前後に揺さぶられながらキキョウの疑問に答える。
「盗賊の職專スキルに“トラップアイ”ってのがあってなー。それのおかげでどこに罠があるかわかるようになるんだわ」
「へー、そうなんですか……って、あれ? それならさっきの罠……」
「俺が見えてても、他の奴が見えるわけじゃないしなぁ……」
「~♪ ~♪」
リュージがそう言って自信を揺さぶるウォルフへと視線を向ける。
途端、へたくそな口笛を吹いてそっぽを向くウォルフ。
そもそも巨大岩石に追いかけられることとなった発端は、実はウォルフが変な石畳を踏み抜いたことに発する。
一応リュージが口頭で危険を知らせていたにもかかわらず、ワイはそんなドジ踏みませんよアハーンと露骨にフラグを立てた末、ウォルフは見事ローリングストーンを引き当てたのだ。
「自分で罠にはかからんって言って五秒後には、ゴリッとワナのスイッチ踏み抜くんだもんなぁ……」
「う、うう……! にくい……! ワイのこの、芸人体質が憎いぃ……!」
「いや、芸人は関係ないだろう……」
どこか遠くを見つめて男泣きに泣くウォルフを半目で睨みつけるソフィア。
そんな三人の漫才を半笑いで眺めるキキョウとミツキの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『ちょろっと、聞こえるー? マコですけどー、階段発見ー』
「あ、マコさんです! 階段見つけっていってます!」
「あら、調子がいいわねぇ。このまま地下七階に突入かしら?」
そう盛り上がる彼女たちの耳に、マコの冷静な声が続けて聞こえてくる。
『とりあえずマーカーだけはしときますけどー、突入とかしないようにお願いしますねー』
「え!?」
「あら?」
マコのその言葉にキキョウは驚き、慌ててクルソルを取り出してマコへのチャットを開いた。
『ま、マコさんマコさん!』
「つーわけでよろしく……っと? キキョウかしら? はいはいどうしたの?」
手にしたクルソルの向こう側から聞こえてくるキキョウの声に、マコは少し驚きながらも返事を返す。
『いえ、せっかく階段見つけたのに降りないってどういうことですか!?』
「ああ、そのこと……」
キキョウの荒々しい問いかけに、マコは少し呆れたようにため息をつく。
「あんた、今何分経ってると思ってんのよ……時計を見なさい」
『え? ……あ。あと三分です……』
キキョウは改めて時計を確認したのか、拍子抜けしたような声を上げる。
クルソルにセットされている残り時間タイマーは、残り三分を切っていることを示していた。
『い、いえ……でも、三分あっても少しくらいは……』
「いってもいいけど、階段周辺を見て回るので関の山よ? それに、戦闘班のリスポン待ちがなんか増えてきてるっぽいし」
それでも食い下がろうとするキキョウに、マコは別のチャット画面を開く。それはダンジョンの屋上でリスポンマーカーを用意して救護に当たる救護班のチャットだ。戦闘班のうち誰がリスポンしたかをダンジョン内のプレイヤーたちに知らせるために用意されたチャットだが、地下六階に突入してからリスポン待ちとなってしまった戦闘班の名前が一気に増えているのだ。死亡者名簿と化したチャットの中には、セードーやホークアイの名前もあった。
マコはチャットを眺めながら、小さくため息をつきキキョウに噛んで含めるように説明をする。
「地下五階を越えて、モンスターの出現構成が変わったのかもしれないわ……。今日の戦闘班は単純に戦える奴を詰め込んだだけだから、対策も何もなかったしね。ちょっと作戦練り直して、また明日挑戦しましょう」
『うう……わかりましたぁ……』
向こうでも医療班のチャットを確認し終えたのか、すっかりしょげかえったキキョウの返事が聞こえ、それでチャットが閉じる。
マコがため息をつくと、彼女に同行していた軍曹がいつものように笑いながら問いかけてくる。
「はっはっはっ! 冷静だなマコ君! しかし、キキョウ君の言うように降りてみるだけならば問題はないのではないか?」
「まあ、そうなんですけど……。ぶっちゃけ、中途半端に攻略するってのが嫌でして」
そう言ってマコはチロリと舌を出す。
「適当な理由を付けて、中断しちゃいました。目標自体は、達成してますし」
「ふむ。まあ、確かにな」
「別につっこんでもいいじゃない……なんなら今からでも」
サラは詰まらなさそうに呟きながら、目の前にある階段の奥を睨みつける。
薄暗い階段の奥には何かがいる気配を感じることができる。
マコは血気に逸るサラを半目で眺めつつ、呆れたように呟いた。
「別に止めはしないわよ。速攻で死んだら指差して笑ってやるけど」
「……あんた性格ねじ曲がってる、って言われない?」
サラはマコを睨み返すが、マコは素知らぬ顔で肩を竦めるばかりであった。
なお、サンシターは救護班にいる模様。




