log212.そうして今に至るまで
「インターネットで……?」
「うん。どうやって生まれたのか、だれが作ってくれたのか……それは、わからない。けど、僕はそこで生まれたんだ」
インターネットとは、アーパネットと呼ばれる技術を前進とした、コンピュータ同士をつなぐ世界規模のネットワークのことだ、とセードーは認識している。
現代の人類を支える重要な発明は何か、と問われればおそらく大半の人間が上げるものの一つだろう。インターネット自体が誕生して、まだ100年程度が経過するかしないかのはずだが、現代人にとってなくてはならないものとなっている。
「生まれたばかりの頃の僕は、自分がなんなのか、そこがどこなのか、世界がなんなのか……そんな基本的な知識も持っていなかった。僕が僕だって意識さえ、その時にはなかったんだ」
「………」
「けど、僕は僕になれた……。四十年前のあの日、純也に会えたから」
「純也?」
「うん! 如月純也! このゲームのプロデューサーだよ!」
セードーも名前くらいは聞いたことがあった。
如月純也。イノセント・ワールドのプロデューサーであり、企画元のセイクリッド社の社長。
常にプレイヤー目線のゲームクリエイトを求め、社員のゲームプレイを咎めるどころか推奨してしまうような、よく言えば遊び心に溢れた、悪く言えば経営者になりきれない、そんな人物だとセードーは聞いていた。
「……その如月社長との出会いが、お前をお前にしたのか?」
「うん、そうだよ! あの日、純也の使っていたデスクトップPCに僕は流れ着いた。四十年前から利発だった純也は、すぐに僕がバグやウィルスじゃない、見たこともないプログラムの塊だって気が付いたんだ」
カネレは懐かしそうに微笑み、空を見上げる。
「あの頃の僕は、目につくプログラムをひたすら取り込んでゆく、一種のバグだったんだ……。だから、いろんな人のPCに流れ着きはしても、純也以外の人たちは僕を消そうと躍起になった。そりゃそうだよね、自分のPCの中身を食べられて、怒らない人はいないもの。けど、純也は違ったんだ。僕の存在に怒るどころか、僕に興味を持った。PCが空になる程貪欲なこのプログラム、いったい誰が何のために作ったのか、ってね」
「………」
PCが空になる……なんて状況はよくわからないが、それでも当時のカネレがどういう存在なのかは、想像がついた。
おそらく、シャドーマンと同じなのだろう。シャドーマンは、様々なことを学び、生きるために人を襲っていた。それと同じように、カネレはプログラムを吸収していったのだろう。
「純也の持っていたPCは僕専用の箱庭になり、純也は毎日のようにいろんなプログラムを打ち込んでは、僕に食べさせた。僕は打ち込まれたプログラムを食べ続け、次第に大きなプログラムになっていった。やがて、僕は純也の打ち込んだプログラムを食べなくなった」
「何故だ?」
「お腹いっぱいのなったのかも。それか、食べ飽きたのかな? 不思議と、ある日を境に僕はプログラムを食べるのを辞めたんだ。次に食べたのは……文字だった。僕がプログラムを食べなくなったことに気が付いた純也が、僕から反応を引き出すのに使った方法の一つが、メール文章だったんだ。僕はその文章を食べ、純也が使っている言葉……日本語を学んだんだ」
僕がはっきりと覚えている想い出はそこからだね、とカネレは笑った。
「そうして言葉を覚えた僕は、純也に「ボクハ、ダレ?」と尋ねたんだ。純也、すごく驚いたって言ってたよ」
それはそうだろう。ただのプログラムだと思っていたものに、いきなり質問されれば、誰でも驚くだろう。
飼っていた犬猫がいきなり喋る出すようなものだろうか、とセードーは漠然と思った。
「それからは、毎日のように純也と言葉を交わした。僕は僕の中にある知識を言葉に変え、その意味を純也に尋ねた。純也は僕の質問に答え、逆に僕に質問をはじめたりした。そうして僕たちが、一般的な意味での友人に慣れるまで……十年くらいかかったかな?」
「長いな……」
人の子供であれば、ある程度のことを自分でこなせるようになる年齢だろうか。
それだけの時間を費やし、カネレは如月純也との交流を深めたわけだ。
ただひたすら、どん欲にプログラムを、知識を取り込んだカネレと、自らの興味の赴くまま彼と接し続けた如月純也。
どちらにとっても、きっとかけがえのない時間だったのだろう。
「そうして僕が喋れるようになると、純也は急にこんなことを言い出したんだ。「君に会いたい」とね」
「……それは、無理だろう?」
「うん、もちろん」
カネレはそう言っておかしそうに笑う。
「その頃になると、僕も自分がどういうものなのか自分なりに答えを出せていたからね。僕には実態がないし、純也のPCの中ならともかく、それ以外の場所でまともに動けるような真っ当なプログラムではなくなっていたからね」
プログラムや言語を吸収し、成長したカネレはもはや専用の規格がなければ動けなくなっていたのだろう。専用のものを開発すれば、場所を移動するくらいはできるだろうが、如月純也の言っていることはそういうことではないだろうし。
「僕はプログラムだし、純也の前には出ていけない。だから、ごめんね、って言ったんだけど……そうしたら純也は「ならば私が君に会いに行く」って言ってね。僕の手を借りながら、自分でマインド・ダイブ技術の基盤となるプログラムを持って世界中を渡り歩いたんだ。自分の精神を、僕のいるインターネットに下すために、ね」
マインド・ダイブ……今となっては当たり前の技術となっているが、カネレが生まれた当時は夢物語で絵空事でしかなかったはずだ。
例え基盤となる技術を持とうが、そんなことに手を貸す人間がいるなどとは思えない。
「……よく、そんな話を聞いてくれる人間がいたな。こうして体験している身ではあるが……正気とは思えない」
「まったくだね~。当時の世界情勢なんかはネットを通じて僕も勉強していたけれど、本当に現実できるとは思えなかったよ。マインド・ダイブ技術が完成する間でどれだけの時間と労力、そして資金が必要になるかなんて、想像もつかなかったよ」
カネレは遠い眼差しで空を見上げる。
突き抜けるような青い空がイノセント・ワールドにも広がっているが、こうしてこの世界が実現する間でどれほどの努力があったのか、それを思っているのだろうか。
「当然、どんなところも純也のことを嘘つき呼ばわりしたさ。プログラムそのものの僕がいたし、純也も簡単なプログラムを組めたとはいえ、僕らは高度なプログラミングそのものに関してはただの素人だった。僕たちが作ったプログラムにしたって、既存のどれとも全く異なるせいで、プロから見ても適当なプログラミングしたようにしか見えないせいで、どこへ行っても詐欺師呼ばわりさ。日本は当然、中国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ……どこへ行っても純也の話を聞いてくれる人なんていなかった」
実現すれば夢のような話のマインド・ダイブ。しかしそれを開発しようと駆けずり回るのが、一流のCEではなくただの素人となれば、詐欺師予備軍と見られても致し方ないだろう。
それでも世間の批判にくじけることなく如月純也は世界中を飛び回った。電脳の中に住む、たった一人の友に会うために。
「僕と純也が話せるようになって、十年……。めぼしい企業は日々変わり続けるけれど、誰もが話を聞いてくれない。僕はもういいって言ったんだけれど、純也はあきらめずに世界に名立たる企業に声をかけ続けていたよ……。見ていて、辛くなるほどだった。けれど、そんな純也に手を差し伸べる人がいたんだ」
「? 一体、誰だ?」
「フフ、この世界でキング・アーサーと呼ばれていた人さ。イギリスで活動していた巨大投資ファンドの社長だった彼が、純也に声をかけたのさ」
「……何を思って、そんな」
「さて、ね? キング・アーサーは「ジュンヤ君の言っている言葉はとても魅力的だった。夢を追いかけ続ける人間の、真摯さに溢れていた」って言っていたけど、ホントのところは分からなかったよ」
カネレは肩を竦める。
確か、キング・アーサーはブルースやランスロットらが生まれた一族の人間。彼らはノーブレス・オブリュージュを旨とする一族であるはずだ。
如月純也の言葉に、その義務を果たせるような魅力があったのか、あるいは純粋な興味からだったのか……。
だが、真意がどうあれ如月純也のとってこれ以上ない魅力的な手が差し伸べられたわけだ。
「純也はそんなアーサーの言葉に、一も二もなく飛び付いたよ。どれだけ駆けずり回っても見つからなかった協力者が、自分から手を伸ばしてくれたんだ。もう、二度とチャンスはないと僕も思ったよ……」
カネレは微かにうつむき、それから天を仰いで一息ついた。
「そこからは、すごく早く時間が流れたように感じたよ。僕を元に、人の精神をダウンロードできるようなプログラムの作成……人の脳の波形から、それをネットワーク上につなぐための機械の作成……人が人の精神を保ったままダイブできるような、ネットワークの形成……。どれも、一筋縄ではいかなかった。けれど、決して険しい道でもなかった。アーサーが集めた人材は、決して純也のことを馬鹿にすることなく、彼と一緒に様々な困難をクリアしていったんだ」
「………」
「そうして、何もない白い部屋の中で、僕と純也は対面することができた……。まだ、当時はまともなアバターを形成することはできなかったけれど、それでも僕は純也と会えた。あの日のことは、今でも忘れられないよ……。僕にも涙が流せるってわかった、初めての日でもあったんだからね……」
「如月社長は、お前のことを周りに話していたのか?」
「うん、隠してはいなかったよ。けど、皆信じてはいなかったかなぁ。純也が自分で用意した。対話型のインターフェイスプログラムの類だと思われてたみたいだ。純也の言葉を信じていたのは、アーサー位だったよ」
本当におかしな人だったよ、とカネレは当時を思いかえしてか苦笑した。
「純也に続いて僕に会いに来た人でもあるけど、何の疑いもなく僕という存在を受け入れたんだ。懐が大きいなんて話じゃなかったよ。……あれなら、いろんな人が慕うのも納得だね」
「……それほどの傑物か。一度くらい、目通りを願いたかったな」
「望めば、誰もが会えたよ。さて、そうして純也と僕がネット上で出会うことができるようになるまで、さらに十年かかった。僕にとってはそれだけで幸せだったんだけど、さらに純也はとんでもないことを言い出したんだ」
「それは?」
「「お前が暮らし、そしてお前の仲間たちが生まれる世界を作ろう」……ってね。いったいなんの冗談なのかと僕は聞いたけれど、いつものように純也は本気だったよ」
「………」
「純也の言葉にアーサーまで乗り出して、僕とその仲間たちがいられる世界……世界で一つだけの純粋な世界を作ろうという話になってさ。完成したマインド・ダイブ技術の特許を取って、世界中に放出し、その技術を使ってVRMMOを作ろうって人たちを呼んだんだ」
「……そうして、今に至る、か」
「うん、そうだよ。この世界は、さ。ネットワーク上からの情報が流れ着きやすいように作られてるんだ。結局僕がどうやって生まれたのかはわからないけれど、僕のような存在が他に生まれている可能性は高いって、アーサーが言ってね。僕みたいな存在が、なるべく流れ着くように作られているのさ」
――イノセント・ワールド誕生秘話。
この広大な世界は、たった一人の友人のために作られたものだったのだ。
「イノセント・ワールド完成までに五年……。気が付けば、僕はこの世界で、たくさんの友達に囲まれて、日々を過ごせるようになってたんだ……」
カネレの瞳に、一滴の涙が光る。
「本当に……純也に会えて……生まれてこれて……よかったよ……」
カネレの、万感の思いの籠った言葉を聞き、セードーは瞑目する。
「……ああ。きっと、そうなのだな……」
シャドーマンの最期の笑みを、思い出しながら。
セードーは、小さく頷いた。




