log193.崩壊
「は……? え、あ、ああ……!」
ペタンと。エタナは呆然と尻を突くしかなかった。
今、目の前で起きた出来事が、受け入れられずにいる。
隣でエタナを守るように棍を構えるキキョウもまた、唖然とした表情で目の前の光景を見上げる。
「なん……なんですか、いまの……」
少女たちが見上げるのは、宵闇の空の色。
……アバロンの最深部、動力炉の中では見ることが叶わぬはずの、空だった。
今しがた、シャドーマンが放ってみせた一撃が、アバロンの壁、いや船体そのものに大穴を開けたのだ。動力炉に開いた穴は直径にして十メートルほどだろうか。それが末広がりに広がってゆき、ぽっかりとイノセント・ワールドの空に浮かんでいる月の姿を悠々眺めることができるほどに成長しているのだ。
極光の一閃は容赦なく壁を貫き、耐えうる余裕さえ与えることなく容易く射線上の全てを貫通した。
口から放たれたところを見るに、ドラゴンが放つブレス系のエネミースキル……白色の極光となると、エタナは一つしかそのスキルを知らない。
キキョウの疑問に答えるべく、涸れ果てた喉から何とか声を絞り出した。
「……終末の閃光……! 今のは、終末の閃光と呼ばれるスキルです……!」
「終末の……!?」
「はい……! イノセント・ワールド開始から遭遇例が二桁を越えないと言われるレアエネミー……エンシェント・ドラゴンが使用するブレスです……! その一撃は大地を抉り、空を割り、あらゆる生命体を一撃で昇華させてしまうと言われる、超弩級の必殺スキル……! どんな防御を張ろうとも、全てが無駄とされる公式チートスキルですよ……!」
エタナの言葉に、キキョウはつばを飲み込む。
目の前で発動されたその威力を見れば、彼女が嘘を言っていないことは明白だ。
「終末の閃光が厄介なのは、致死属性スキルでも確殺攻撃でもない点です……!」
「どういう意味ですか!?」
「固定ダメージなんですよ……! 終末の閃光自体に防御無視を初めとする特殊な特性があるんじゃなくて、接触した対象に問答無用で9999999ダメージを押し付けるんです! 躱そうにもあの範囲……終末の閃光に対する対処法は、エンシェント・ドラゴンの顔が向く方からひたすら逃げるか、発動される前に倒しきるかと言われているんです!」
「そんなの、当たったら……! っ! セードーさん!!」
キキョウは終末の閃光の威力に慄き、そしてその脅威にさらされていた者の存在を思い出す。
シャドーマンが終末の閃光を放った相手は他の誰でもない……直前まで戦っていた、セードーなのだ。
キキョウが視線を向けると、シャドーマンとセードー、双方は仰向けに倒れているところだった。
シャドーマンの口からは煙がもくもくと上がり、セードーの全身からは闇衣の残滓が湯気のように立ち上っている。
キキョウは慌てて立ち上がり、セードーの方に駆け寄ろうとする。
だが、その前にセードーが動いた。
倒れた状態から足を振り上げ、後転の要領で体を起こし、そのまま両腕を使って後ろに向かって跳ねたのだ。
「っ! セードーさん!」
「かすりすらしなかったのに闇衣が破壊された……! なんだ今のは!?」
そのままバク転でキキョウたちのところまで戻り、セードーは体を震わせる。
どうやら、今の一撃はセードーには触れていないようだ。
セードーが無事なのを見て、腰が抜けたままのエタナはブワッと泣き出す。
「よ、よかったぁー! セードーさんが死んじゃったかと思いましたよぉー!」
「かろうじて当たらなかった……というより、奴も今の技を制御しきれていないようだ。発射寸前、反動で勢いよく仰け反っていた」
「そりゃまあ、エンシェント・ドラゴンの巨体あっての技でしょうし、あの威力を人間の体で支えようって言うのがねぇ……」
エタナはぽっかり空いた穴を見上げて呟く。
開いた穴の大きさを見ればわかるように、終末の閃光は戦略系スキル。そもそも個人で持つのがおかしいランクのスキルだ。むしろシャドーマンの体の原型が残っていることを褒めるべきであろうか。
と、シャドーマンが勢いよく体を起こし上げ、セードーの方を見る。
「――シィ」
そしてニヤリと笑みを浮かべ、手を突き立ち上がろうとして――。
「――イィ?」
そのままズルリと転んで前のめりに倒れてしまう。
本人も、今の自分の行動が理解できずに首をかしげている。
「……今のは?」
「たぶん、反動でうまく動けないんじゃないだろうか」
「スキル硬直みたいなものでしょうか……?」
何とか立ち上がろうと体を動かし、結果、陸に上がったタコのように体をグネグネ動かすことしかできないでいるシャドーマンを見て、セードーはそう分析する。
彼はそれを見て一つ頷き、そして開いた大穴を見上げる。
「……しかしこちらには好都合か。今のうちに外に出てしまおう」
「外に!? シャドーマンは!?」
セードーの提案に、エタナは驚愕する。
シャドーマンを討つのであれば、今が絶好の機会だ。終末の閃光の発動後効果により体の自由が効かないのであれば、そこを追い打つべきだろう。
しかしセードーはゆっくりと首を振る。今はその時ではないとでもいうように。
「迂闊に仕掛けるべきじゃない。シャドーマンは、まだ体が動かないだけだ。確実に仕留められるかどうかははなはだ疑問が残る」
「で、ですが……! 今、攻めないと……!」
「――魔雪軍槍葬――」
聞こえてきたのは少女の声。それと同時に、シャドーマンの周辺に鋭い氷のツララが現れた。
「え!?」
「体は動かずとも、声は出る……!」
「シッ!!」
まっすぐに飛んでくるツララを、キキョウの棍と闇の波動を纏ったセードーの拳が叩き落とす。
だが、シャドーマンの攻勢はそれで留まらない。
「――エア・ブラスト――」
「ひえぇー!?」
圧縮された風の塊が飛ばされ、弧を描きエタナの頭上に降り注ぐ。
エタナは慌ててエア・カッターで風塊を叩き落とす。
エタナを背中に庇い、セードーはシャドーマンを睨みつける。
「――シャドーマンの手の内がはっきりしないうちに、迂闊に攻められない。下手に自爆なんかされれば、皆に奴の特性を伝えることもできない」
「な、なるほど! というか体が動かないのに攻めてくるなんて……!」
「そう驚くことでもない。俺の師匠は首の動きだけで狼を縊り殺したことがある。体が動かないことと戦えないことは違うことだ」
「それはセードーさんの御師匠さんが異常なのでは……?」
「です……」
「むう」
異常な例えを出されて渋面になるキキョウとエタナの反論に、ちょっとしょげるセードー。
その間にもシャドーマンは何とか立ち上がろうとして、生まれたての小鹿のようにプルプルと手足を震わせる。
エタナはそんなシャドーマンの姿を見て、ポツリとつぶやいた。
「……やっぱり、ここで打ち倒しません? あれなら絶対いけますって」
「窮鼠猫を……いやまあ、俺も少しそんな気がするが――」
強敵の情けない姿を前に、思わず脱力しかけるセードー。
しかし、そんなセードーに文字通り発破をかける出来事が起きる。
彼らがいる動力炉……その一部が突然爆発を起こしたのだ。
「きゃぁー!?」
「ぬ!? なんだ!?」
それを皮切りに、次々と爆発を始める動力炉内。
爆発の衝撃で、動力炉内の足場まで崩れ始め、徐々に火の手も上がり始めた。
「こ、これは!? 何事ですかエタナさん!?」
「わかりませぇーん! メイン動力炉はさっきシャドーマンが沈黙させてるじゃないですかぁー!? なんで今更爆発!?」
「そもそも何が爆発してるんだこれは! いや、そんなツッコミはどうでもいい! 早く脱出しなければ、ここで死ぬぞ!」
セードーは鋭く叫び、エタナとキキョウに大穴を示す。
「あの穴から外へ! しんがりは俺が請け負う!」
「セードーさん、お願いします! エタナさん!」
「ひぃー! 分かりましたから、置いてかないでくださいね!?」
風を纏うエタナを先に行かせ、キキョウはその後を辿るように飛び跳ねる。
二人の姿が大穴の向こう側に消えるのを確認してから、セードーはシャドーマンを見やる。
爆発の振動をもろに受け、またシャドーマンはコロンと転がってしまう。
奴は現状をしっかりと理解していないのか、未だに何故自分が立ち上がれないのか不思議でならないというように首をかしげている。
「――シャドーマン」
そんなシャドーマンに、セードーは声をかけた。
「――?」
シャドーマンはセードーの声を聞き、顔を向けた。
きょとんとしたその表情は、幼い子供のように見える。
「……先に行く。必ず追ってこい」
セードーはシャドーマンにそう告げ、背中を向ける。
「――決着はつけるものだ。こんな……爆発の中で果てる結末など、貴様も望まないだろう?」
セードーはそう言い終えると、爆発に飲まれる前に脱出すべく、両足に力を込めて飛び上がる。
ペタンとうつ伏せに倒れていたシャドーマンは、セードーの言葉を聞いてポツリとつぶやく。
「――ケッ、チャク」
口の中で何度か同じ言葉を繰り返し、その言葉の響きに何か感じるものがあったのか、笑みを浮かべる。
「――アハッ♪」
それは戦いの中で浮かべた、どこか暗い笑みではない。
天真爛漫な、子供そのものの笑みだ。
途端、今までの不調などなかったかのようにシャドーマンは立ち上がり、両手足を伸ばして大穴に顔を向ける。
「ケッチャク、ツケルー!!」
そして一声吠えると、セードー達を追うように自分もまた大穴へと飛び込んでゆく。
そうして誰もいなくなった動力炉は爆発を幾度か繰り返し、やがて中に残存していた燃料にでも引火したのか光を放ち始め――。
ドッゴォォォォォォンンン!!!!
円卓の騎士旗艦としての役目を果たしきれぬまま、アバロンの動力炉は崩壊してしまった。
なお、エンシェント・ドラゴンの討伐の記録はなく、全ての第一遭遇においてプレイヤーたちは撤退に追いやられているらしい。




