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log186.後悔

「アルト様……! いつこちらに!?」

「貴方たちと同じタイミングですよ、アスカ。防衛網がありましたので、挨拶を交わす時間はありませんでしたけれどね」

「な……!?」


 アスカはアルトの言葉に愕然となる。

 そして起き上がりの勢いのまま前のめりに両手を地面に突き、がっくりとうなだれた。


「アルト様の存在に気が付かないなんて………」


 背後に青い縦線が現れそうなほどにどんよりとした空気を醸し出すアスカ。アルトの存在に気が付かなかったのがよほどショックだったらしい。

 アルトはそんなアスカの様子に苦笑しながら、呆然と部屋の隅にへたり込んでいるランスロットの方へと目をやった。


「さて……久しぶりですね、ランスロット」

「あ……アルトさん……!」


 ノースと相対していたと比べて、明らかに穏やかな様子のアルトを前に、ランスロットは緊張の糸が解ける。

 顔は一瞬クシャリと歪み、目から涙が溢れそうになった。

 そんなランスロットの頭に手をやり、アルトは少し乱暴に彼を撫でた。


「わっ!?」

「……色々聞いていますよ、ランスロット。色々、ね」

「あ……」


 どこか含みのあるアルトの言葉に、ランスロットは再び体を硬直させる。

 そしてすぐに悟る。彼は、知っているのだ。円卓の騎士(アーサーナイツ)の現状を。

 顔を上げると、仮面から覗くアルトの瞳が目に入った。

 穏やかではあるが、どこか凄みのある瞳だ。

 仮面は白色で、目立った装飾もないのに……いや、目立った装飾がないからこそ、彼の眼の色がはっきりとわかる。

 まだ成人もしていないはずの目の前の従兄は、すでに百戦錬磨の猛者となっていたのだ。


「今日は、そのことで出来ました。話をしましょう、ランスロット」

「は、はい……」


 有無を言わさぬアルトの迫力を前に、ランスロットはただ頷くことしかできない。

 首を縦に振ったランスロットを見て、アルトもまた頷く。


「では、少し場所を移しましょう。床に座って話し合いもありません。幸い、椅子も机もこの部屋にはあるようですし……ランスロットも、楽にしなさい」

「わ、わかりました……」

「……はっ!? アルト様、では私はノースの方を抑えます!!」


 アルトがランスロットと移動し始めたのを察し、アスカは勢いよく立ち上がり、敬礼と共にそう口にする。


「アルト様とランスロット様の話し合いを、奴に邪魔させはしません! 次は身命を賭して……!」

「それには及びませんよ、アスカ。今日はリュージと一緒に来ていますからね」

「は? リュージ、ですか……?」


 アスカは聞き慣れぬ名前に、眉を顰める。

 アルトはそんなアスカの様子をおかしそうに笑いながら、彼の忌名を告げる。


「いえ、貴方には……竜騎兵アサルト・ストライカーといった方がいいでしょうか?」

「アサ……!? え、彼が!?」

「今なんぞ不愉快な呼び名が聞こえた!!」


 その名を呼ばれた途端、リュージはビシリとアルトに向けてトリガーハッピーの銃口を差し向ける。

 アルトは軽く肩を竦めながら、リュージに向けて素知らぬ様子でこう告げる。


「そうですか? 私には何も聞こえませんでした。ねぇ、アスカ?」

「はい! 私にも何も聞こえませんでした!!」

「……このポンコツ主従は」


 ビシリと敬礼と共に、アスカもアルトに続く。疑問の余地など抱かぬ、澄んだ眼差しだ。

 リュージはそんな二人の様子に唸りながら、トリガーハッピーを仕舞い込む。


「とりあえずアルトや。話し合いは早急に済ませてくれよ?」

「ええ、わかってますよ。……手に余りますか?」


 アルトの不安そうな問いを前に、リュージは力強く笑う。


「まさか」

「おおおぉぉぉぉ!!」


 横を向いたままのリュージに向けて、ノースが突撃を仕掛けてくる。

 体ごと、リュージに剣を突き立てようとするノースであったが、次の瞬間大きく弾き飛ばされる。


「シャァッ!!」

「…………!!??」


 剣閃は二度。一瞬で×の字に重ねられた剣撃はノースを剣ごと吹き飛ばした。

 リュージは振り切ったカグツチを肩に担ぎながら、ノースを睥睨する。


「よう大将? まだまだだろう? お互い、スキルも遺物兵装(アーティファクト)も使ってねぇんだ。もっともっと楽しくなるだろ?」

「く……!? Lv50にも満たない、カスプレイヤーの分際でぇ……!!」


 弾き飛ばされ、尻餅まで突いてしまったノースは歯ぎしりをしながらも立ち上がる。

 そうして剣を構えたノースを、リュージの一閃が襲った。


「おりゃぁ!!」

「ぬあぁ!?」


 踏込も斬撃も見えず、ノースはその一撃を奇跡的に受け止める。

 しかしリュージの攻勢はそれで終わらない。身の丈もある大剣、カグツチを軽やかに振るいながら、リュージはノースを追い立てていった。


「オラオラオラァ!!」

「く、が、うわぁぁぁぁ!?」


 受け止めることさえ難儀し始めるノース。

 ……そんな彼の姿から視線を外し、ランスロットを伴いながらアルトはすぐ近くのテーブルセットへと向かう。


「……かつて竜騎兵アサルト・ストライカーと呼ばれた彼……リュージが恐れられたのは、Lvでもスキルでも遺物兵装(アーティファクト)でもありません。彼が最も恐ろしいのは、持ちうるステータスを100%引き出すことができるという点です……。闘者組合ギルド・オブ・ファイターズを見たあなたなら、それが分かるでしょう?」

「はい……」


 大剣でもって長剣を、手数で圧倒するリュージを眺めながら、アスカは小さく頷く。

 リュージもまた、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのような……肉体を行使できる領域にあるものなのだろう。

 ランスロットを座らせ、自身もその対面に腰掛けるアルト。リュージの方を気に掛ける素振りすら見せない彼は、リュージへの信頼をアスカへと語る。


「しかしそれ以上に私が羨むのは、その意志の強さです。彼はLv差やスキル威力、相手の持つ武器なんかでは決して怯まない。一度こうと決めたら決して折れない強さが、彼の本当の武器でしょう。私には、どうしても持ちえないものです」

「そんなことは……!」


 アスカはアルトの言葉に反論しようとするが、彼は手を上げてそれを制す。


「それでいいんです、アスカ。私に必要なのはそうした強さではありません……。この半年ばかりで、それを痛感しましたよ」


 アルトは腕を組んでテーブルの上に突きながら、ランスロットを見やる。


「……さて、ランスロット。私がここに何をしに来たのか……それが分かりますか?」

「アルトさんが、来た理由……?」


 ランスロットは少しだけ言葉を詰まらせ、そして考え、ゆっくりと口にした。


「……ぼ、僕を叱るため……ですか?」

「何故、そう思いました?」

「それは……それは、僕が、円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMとして相応しくないから……」


 ランスロットは俯きながら、ぽつぽつと呟く。


「ノースに言われて……僕は、円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMになりました……。僕なら、きっと円卓の騎士(アーサーナイツ)をきちんと引っ張っていけるって……そう、言われたから……」

「………」

「だ、誰も……反対しませんでした……。みんな、僕でいいって言ってくれました……。けど、けど……僕は、円卓の騎士(アーサーナイツ)をきちんと引っ張っていけませんでした……」


 ランスロットの告白を、アルトは静かに聞き入れる。


円卓の騎士(アーサーナイツ)は……今の円卓の騎士(アーサーナイツ)は……ハイエナギルドなんて言われてます……。僕は、その噂を、覆せませんでした……」

「………そうか」

「アルトさんは……アルトさんは、だから来たんでしょう!? 円卓の騎士(アーサーナイツ)を、僕が、貶めたから!」


 ランスロットは顔を上げ、顔を歪める。

 幼い少年には似合わぬ、苦悶の表情。現状に押しつぶされかけたものが浮かべるある種の諦観。


「僕は……! 僕が……!!」


 ランスロットは言葉を詰まらせ、嗚咽を漏らす。

 そのまま俯いてしまう彼を前に、アルトはゆっくりと口を開いた。


「……そうですね、ランスロット。ある意味においては、正しい」

「ッ!」

「今日、私がここに来たのは、言うなれば後始末のためです」

「あと、しまつ……」

「はい。……キング・アーサーが身罷られたあの日、私は円卓の騎士(アーサーナイツ)を解体すべきだと考えていました」

「「ッ!!」」


 アルトの言葉に、アスカとランスロットは息を呑む。

 キング・アーサー。円卓の騎士(アーサーナイツ)の創始者にして、アルトたちの曽祖父にあたる人物。

 その人柄は、あらゆる人間を魅了し、現実のみならず虚構の世界においても一大派閥を築き上げてしまうほどの傑物だ。

 そんな彼が築き上げた遺産の一つである、円卓の騎士(アーサーナイツ)。当時は多くのプレイヤーたちにとっての拠り所の一つであり、まだ多くのギルドに信頼を寄せられていたギルドを、アルトは解体すべきだと考えていた……。

 あの当時は、誰もそんなことを言わなかった。誰もが円卓の騎士(アーサーナイツ)を存続させるべく、新たなGMを探し求めた。


「ど、どうしてですかアルトさん! なんで、円卓の騎士(アーサーナイツ)の解体なんて……!」


 円卓の騎士(アーサーナイツ)存続を求めたものの一人であるランスロットの言葉に、アルトは淡々と答える。


「理由は単純です。円卓の騎士(アーサーナイツ)は、肥大化しすぎた。あのギルドはもはや、キング・アーサーの尽力なくしては立ち行かないほどに、大きくなっていたんです」

「え……? そ、そうなんですか?」

「ええ。……と言っても、人の数の話ではありません。問題だったのは、影響力……。多くのギルドから信頼を集め、そしてプレイヤーたちの注目も集めていた円卓の騎士(アーサーナイツ)の影響力は、すでにキング・アーサーその人でなければコントロールできないほどでした」


 どんな場所であろうと、人がいて、徒党を組んで、活動するのであれば、それぞれの派閥には影響力というものが生まれる。

 アルトが危惧したのは、その影響力の大きさ。強すぎる影響力は、時としていびつに歪み、人を、自分を傷つけるものなのだ。


「ですが、迂闊に円卓の騎士(アーサーナイツ)を解体すれば、それでまた歪みが出るかもしれない。イノセント・ワールドを一時期とはいえ去らねばならない身では迂闊な真似もできず……結局、私は円卓の騎士(アーサーナイツ)のその後を案じることしかできませんでした」


 アルトは瞑目する。


「今思えば、何をもってしても解体すべきでした。そうすれば、たとえ世界が歪んだとしても、キング・アーサーの……いえ、大おじい様の大切な、最後の居場所を汚すことにはならなかったでしょう」

「アルト様……」


 世界を蔑ろにするような発言。平穏を愛するアルトらしからぬ言葉に、アスカは彼の懊悩の深さを知る。

 今回の一件を知り、彼もまた悩んだのだろう。円卓の騎士(アーサーナイツ)の……キング・アーサーが残した場所の末路を聞き、それをどうすべきなのか。

 ランスロットもアルトの言葉を聞き、意を決したように顔を上げる。


「……なら、僕はGM権をアルトさんにお譲りします! 今からでも、円卓の騎士(アーサーナイツ)の解体を……! アルトさんの、為すべきことを!」


 円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMの証である、王の守護剣(エクスカリバー)を差し出すランスロット。

 アルトは目の前にある遺物兵装(アーティファクト)をまっすぐに見つめた。




なお、リュージは一時期、覇王の系譜とか言われていた模様。

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