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log185.本家と分家

 遠くから響いてくる爆破音を聞き、ランスロットは微かに体を震わせる。


「な、なんだろう……? まだ、新しいマンスリーイベントには早いよね……?」


 自身の知らぬうちに繰り広げられる激戦の音を、新たなイベントか何かだと考えランスロットは膝を抱える。

 あれから小休止のためのログアウトを細かく挟みながらも、ランスロットはアバロンにある自室から動こうとしなかった。

 彼の頭の中にあるのは、外に出てゲームを楽しむことでも、ノースの掲げるシャドーマン討伐に尽力を注ぐことでもない。


「……僕は、円卓の騎士(アーサーナイツ)のGM足りえてるのかな……」


 円卓の騎士(アーサーナイツ)……かつては大ギルドとも呼ばれた組織。その首領足りえる実力が、自身にあるのかどうかであった。

 少し前に終了となったマンスリーイベント。近年においても稀に見る難易度とも呼ばれた城砦攻略において、円卓の騎士(アーサーナイツ)は小さなギルドが身を寄せ合った同盟を手助けすべく出撃した。

 まばらな構成。全体で見ても低めの平均Lv。ゲームに精通した経験者の不足……。ランスロットの目から見ても、攻略が危ういと思わせる、そんなギルドであった。

 しかし、彼らは成し遂げた。円卓の騎士(アーサーナイツ)の力などなくとも、城砦を攻略してみせたのだ。

 さらに、ランスロットの目の前で城砦のボスを撃破してみせたのは、当時にしてLv33しかなかく、しかもゲームを初めて半年もたたないような初心者であった。

 超人薬(ブーストアンプル)込であったとはいえ、かつてイノセント・ワールドにおけるPvPの頂点に立っていた男を降してみせたその実力は、まさに本物であった。

 ……そんな彼の戦いを見たときから、ランスロットの胸に小さなとげが刺さっている。

 前GMである、キング・アーサーから王の守護剣(エクスカリバー)を受け継いだ自分が、本当に円卓の騎士(アーサーナイツ)のGM足りうるのかと。

 ただ王の守護剣(エクスカリバー)という器に甘えているだけの自分が……こんな場所にいてよいのか。

 今までは何の疑問も覚えなかった、円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMであるという事実が、今更彼の胸を少しずつ押しつぶし始めていたのだ。


「………」


 考えてみれば、円卓の騎士(アーサーナイツ)の悪いうわさが立ち始めたのも自分がGMになった前後からのように思える。

 当時はLvの低い自分が円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMという栄誉のある地位に立ったために生まれた醜聞だと考えた。それを払しょくすべく、キャラのリセットを行い、1からLvの上げ直しなども行った。

 しかし、それでも噂は絶えなかった。円卓の騎士(アーサーナイツ)は今やハイエナギルドに成り下がってしまったと、人々は口さがなく囃し立てた。

 それは円卓の騎士(アーサーナイツ)としての功績が足りぬためだと、ランスロットは多くのプレイヤーの支援に力を注いだ。皆にもそう伝え、必死になって円卓の騎士(アーサーナイツ)の威光を取り戻そうとした。

 しかし、それも無駄だった。誰もが円卓の騎士(アーサーナイツ)を指して、こう呼んだ。ハイエナギルド、円卓の騎士(アーサーナイツ)と。


「………」


 何も知らぬランスロットは、何故そうした流言飛語が収まらぬのかと涙を流した日もあった。

 何も理解できなかったランスロットは、ただがむしゃらに突っ走ることしか知らなかった。

 もう戻れぬ位置まで進んでしまって、ようやくランスロットは小さな疑問を抱いてしまった。

 己が、本当に、円卓の騎士(アーサーナイツ)のGM足りうるのかと。


「………」


 考えることもなく、ノースの言うままに円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMになってしまったことに後悔はなかった。しかし疑問も抱かなかった。

 それが正しいのかどうか、考えることすらなかった。


「……僕は……」

「ランスロット様!!」

「え……アスカさん?」


 そうして自問自答に没入しかけた彼の思考を、少女の声が呼び覚ます。

 部屋に駆け込んできたのは、かつての円卓の騎士(アーサーナイツ)スペード所属である、アスカであった。

 故ある一族に生まれたランスロットとしては、リアルでのクローバー・アルトの付き人の一人という認識の方が強い。自分とは文字通り住む世界の違う、数多くいる尊敬すべき従兄の一人、アルト。

 アスカの声とともに彼のことを思い出し、抱いた疑問の答えを得つつもそれを振り払って、アスカの方に向き直るランスロット。


「……どうしたんですか、アスカさん。そんなに慌てて……」

「ランスロット様……あなた、今、ここで、何をしているのですか!?」


 アスカはランスロットの疑問にかぶせるように、力強くそう叫んだ。


「え? 何を、って……?」


 アスカの言葉の意味が分からず首を傾げるランスロット。

 そんな彼の仕草から、アスカは即座に察する。彼は何も知らないのだ。今起こっていることも、その原因も。

 なら、自分がすべきことはただ一つだ。


「……っ! ランスロット様!」


 アスカはランスロットの手を取り、彼を立たせる。

 そして手を引き、部屋の出口へと向かう。


「さあ、参りますよ、ランスロット様!」

「え? え、どこへですか!?」

「ここではないどこかです! さあ!」


 ――ここに来る途中までで、アスカは自分が為すべきことを考えていた。

 初めは、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの者たちと共にノースの元へと向かい、彼の蛮行を力でもってねじ伏せることを考えていた。

 だが、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの予想以上の実力と、円卓の騎士(アーサーナイツ)の思っていた以上の下落を前に考えを改めた。

 彼らの自分の助力は不要。であれば、まずはランスロットの確保が最優先ではないか? と。

 アルトやノース、そしてランスロットたちが生まれた一族の分家筋として生まれたアスカは、幼い頃より彼らへ仕えるための教育を受け続けていた。

 彼らの命を、心を失わぬために全霊を尽くすのだと。遠い昔に彼らに救われた自分たちのできる、最大の恩返しがそれなのだと、幼いころから教え込まれていた。

 アスカの主はアルトであると、ずっと自分で定めている。だがそれは、ランスロットのことを蔑ろにするという意味ではない。

 今のアバロンはまさに激戦地……。攻め込んできた闘者組合ギルド・オブ・ファイターズ+αのおかげで、そこかしこに穴が開く始末。

 そんな戦場から一刻も早くランスロットを連れ出すことが、自身の使命だとアスカは考えた。まだ幼いランスロットにとって、自分の大切な場所を破壊されているのを見せるのは酷だろうと、そう考えたのだ。

 そうして力強く手を引くアスカに反抗するように、ランスロットは体を揺する。


「ここじゃないって……どこなんですか!?」

「差し当たり、ブルース様のところです! 急ぎますよ、ランスロッ」

「――どこへ行こうというのかね……?」


 ごねるランスロットを無理やりにでも連れて行こうとするアスカであったが、彼女の目の前に全身鎧(フルプレート)の男が現れる。


「ッ!」

「シャァア!!」


 突然現れた男の存在にアスカが気が付くのと同時に、男は腰の長剣を抜き払う。

 居合のように放たれたその一撃を、アスカは横っ飛びに何とか回避した。


「くっ!? ノースか!」

「ノース様、だろうが。アスカァ……!」


 アスカがその名を呼ぶと、ノースは仮面を被っていてもわかるほどに嚇怒が込められた呟きで彼女の名を呼び返した。

 ギロリと濁った輝きを放つ瞳でアスカを睨みつけ、ノースは喉の奥から唸り声を上げる。


「……奴が来ているのだ、貴様も来ていて当然だったな……!」

「奴……?」


 奴とは誰か。

 彼女がそれを問うより早く、ノースはアスカの前に正対する。

 白銀に輝く長剣を力強く握り、ノースは振り返らずにランスロットへ声を飛ばす。


「ランスロット様……どうか部屋の奥へ」

「え、ノース……?」

「早く! この女は賊です!! 貴方を捕えようと、アバロンへ忍び込んだ賊の一人です!!」

「え、え……?」


 アスカのことをよく知っているランスロットは、ノースの物言いに混乱してしまう。

 そうしてノースとアスカを見比べるランスロットに、ノースは振り返らぬままに声を荒げた。


「――早くしろぉ!!」

「ひぅ!?」


 今まで自分に向けられたことのない、明確な怒気。

 ランスロットはノースの一喝に委縮し、慌てたように部屋の隅へと駆け込んでいった。


「チッ……」

「ずいぶんな物言いじゃないか、ノース」


 ノースの一喝の間にショートソードを取り出して構えながら、アスカは目の前の怨敵を睨みつける。


「仮にもお前の従弟だろう? もう少し、優しくはできないのか?」

「ノース様、だ……。貴様、無礼だろうが」


 アスカの呼び捨てをそう訂正しながら、ノースは手にした剣の切っ先をアスカへ向ける。


「分家ごときが、この俺を呼び捨てにするな……!」

「貴様を敬えと? 本家集会の末席にさえ座れない男をか? 笑わせるな」


 アスカはショートソードを握りしめ、ノースと戦う姿勢を見せる。


「敬称付けで呼ばれたければ、現実で私を見直させてみろ。一族としての権能を取り上げられた今の貴様にそれができるのであれば、だがな」

「貴様……!!」


 ジリッ……と大気の焼けるような音がした気がする。

 アスカの前に立つノースの気配が色濃くなり、はっきりとアスカに殺意を抱いているのが窺える。


「どうやら死にたいらしいな……!」

「あまり強い言葉を使うなよ……弱く見えるぞ?」

「ほざけぇぇぇ!!」


 ノースは片手で長剣を振り下ろす。

 現実であればありえない轟音を立てて地面を叩いた長剣。その刃先から放たれた斬撃を、アスカはギリギリで回避する。

 そのアスカの回避軌道上に、ノースは一瞬で回りこんだ。


「っ!」

「後悔させてやろう! この俺を侮ったことをなぁぁぁぁ!!」


 剣を握らぬ片手を握りしめ、ノースはアスカの横っ面を殴りぬけようとする。

 素早く上げたショートソードの片腹でそれを受け止めたアスカは、受けた衝撃を逃がすために後ろへと飛ぶ。


「くっ……!」

「はぁぁぁ!!」


 飛んだアスカを追撃すべく、閃衝波(ソニックブーム)を飛ばすノース。

 アスカはショートソードを両方叩きつけ、それを何とか叩き潰す。瞬間、閃衝波(ソニックブーム)が弾け、衝撃波が生まれる。

 アスカは目の前に生まれた衝撃波を両手で払い、ショートソードに風を宿してノースへと突っ込んだ。


「エリアルブレイド……! いざぁぁぁ!!」

「あの男の真似事如きでぇぇぇ!!」


 躍り掛かってくるアスカを迎え撃つべく、ノースは横薙ぎに剣を構える。

 両手を上げ、大上段から斬りかかってくるアスカを、ノースは一払いで打ち落とさんとする。


「やぁぁぁぁ!!」

「でりゃぁぁぁ!!」


 鋭い風の刃と白銀の刃がぶつかり合い、鋭い金属音を立てる。

 拮抗は一瞬。次の瞬間弾き飛ばされたのは、アスカであった。


「くぁっ!?」

「貴様程度のLvで、俺に打ち勝てると思ったか!?」


 嘲る様に叫んだノースは一歩踏み込み、唐竹割でアスカの頭を叩っ斬ろうとする。

 剣を交差させてそれを受け止めるアスカの体は、床ごと一気に沈み込んでしまう。


「うぐぁっ!?」

「甘い見込みだ、アスカァ!! リアルだろうとゲームだろうと、分家ごときが、本家の俺に――!!」


 ノースは、足を振り上げる。


「勝てるわきゃねぇだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」

「あぐぅ!?」


 そして、沈み込んだアスカの体をボールか何かのように蹴り上げた。

 轟音と共にランスロットの部屋の天井にぶつかったアスカの体は、そのままランスロットの目の前まで転がってゆく。


「あ、アスカさん!!」

「ご、ごほっ……!」


 削られるHP。体を突き抜けた衝撃が疑似的な嘔吐感を呼び起こし、アスカは思わずむせ込んだ。

 ランスロットが心配そうに駆け寄ろうとするが、ノースのけたたましい足音を聞き、踏み止まる。


「大人しくしていなさい、ランスロット様……! 賊の始末はすぐ終わる……!」

「ヒッ……!?」


 もはや取り繕っている余裕さえないノースの威圧的な物言いに、ランスロットは伸ばしかけた手を引っ込める。

 鼻を鳴らしてそんなランスロットを見送り、ノースはアスカを睨みつけた。


「ランスロットを連れだし、円卓の騎士(アーサーナイツ)再生でも目論んだか? 分家ごときが高望みし過ぎたなぁ……!」

「く……!」


 アスカは歯を食いしばりながら、何とか立ち上がろうとする。

 しかし、一撃でHP五割切ってしまったせいで、思うように体に力が入らない。


「……う、く……!」

「立とうとするな。今の姿が、お前に一番ふさわしいんだからな」


 憐みさえ籠ったノースの言葉。

 アスカはノースをキッと睨みつけ、ニヤリと唇をゆがめる。


「……? 何がおかしい」

「おかしいさ、ノース……!」


 アスカは口を歪めたまま、ノースへはっきりとこう言った。


「偉大なる本家様が……いちいち気にする必要もない分家ごときに勝ち誇っているんだからな……!」

「…………ッ!!!!」


 アスカの言葉に、ノースは明らかに狼狽する。

 それを見て、アスカはさらに言葉を続ける。


「口に出して、言わなきゃならない事実だったか? なら、失礼でしたな、本家様……」

「き、さ、ま……!!」


 フルフェイスマスクの奥から聞こえるほどの歯ぎしりが聞こえたと思った次の瞬間、アスカの体は仰向けに踏みつぶされていた。


「お、ぐっ!?」

「よほど死にたいとみえるなぁ、アスカァ!? 五体バラバラにして、魚のえさにしてやるよぉ!!」


 ノースは居丈高にそう宣言し、白銀の剣を振り上げる。

 ランスロットは小さな悲鳴を上げ、アスカはそのまま目を伏せる。


(……まあ、ここまでか)


 アスカの目論見は、ノースが出現した時点で崩れていた。

 Lv差で言うのであれば、勝ちの目など無いに等しく、悔しいことにノースの剣の腕はアスカよりわずかに上だ。

 現実であれば、まだ勝てたかもしれないが、ステータスの差があるゲームでは絶望的だった。


(これを見て、ランスロット様も少しは目を覚ましてくださるといいのだけれどなぁ)


 瞳を閉じながら息を呑んでいる小さな少年のことを思う。

 ノースの化けの皮を剥がし、激高した姿をランスロットに見せてやることはできた。

 これで円卓の騎士(アーサーナイツ)の凶行が止まるとは思えないが、ランスロットにもう少し自分の立場を理解させてやることくらいはできるだろう。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ノースの絶叫と共に、鋭く剣を振り下ろす音が聞こえてくる。

 アスカは、自身の体に降りかかるその一撃を前に覚悟を決め。


「――リュージ、どうか彼女を助けてください」

「任されたぜ」

「えっ――!?」


 不意に聞こえた憧れの人の声に、目を見開いた。

 視界を横切ったのは、緋色の大剣。


「だぁぁいぃぃぃ! かぁぁぁざぁぁぁぁぁんんんんん!!」

「ぬぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 そして閃く真っ赤な火花。

 剛火の音とともに弾けたそれは、ノースの体をやすやすと弾き飛ばした。

 緋色の大剣……焔王カグツチを振り切ったリュージは、その勢いのままカグツチを背中に背負う。

 そんな彼とともに現れた仮面の少年は、ノースを見て小さくその名を呟いた。


「本当に、久しぶりだなノース……」

「あ、アルト……!!」


 かつての円卓の騎士(アーサーナイツ)、スートクラブの最上位、クローバー・アルトを前に、ノースは恐れ戦いたように後ずさった。




なお、現実でルール無用だと、アスカが絶対有利の模様。

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