log167.円卓の騎士たちの声明
イノセント・ワールドには、ギルド対抗戦というシステムが存在する。
これは決闘のギルドバージョンのようなシステムで、双方のギルドの同意のもと、ギルドの元締めに相当するフェンリルにて手続きを取ることによってギルド同士の対決を行うことができるようになる、というシステムだ。
もっともオーソドックスなのは戦争。そのままギルド単位での決闘を行えるようにするシステムだ。決闘宣言においてギルド名を利用するのと似ているが、戦争においては登録されているプレイヤーの人数が三割を切ったギルドの方が敗北となる。さらにリスポンし再度戦争に参加することも可能となるため、上手い作戦を考えておかないと泥仕合になりがちだったりする。しかし統率のとれたギルドの戦争は芸術と呼んで差支えないとも言われ、戦争を専門とするギルドもいくつか存在する人気のギルド対抗戦である。
他にも曲芸や射的などで得点を競い合う争奪戦、侵攻側と防衛側に分かれて戦う侵略戦など、ギルド対抗戦にも多彩な形が存在する。
フェンリルの窓口を通じることで、それぞれのギルド対抗戦において最適なNPC審判や観客、採点係などを借り出すこともできるし、そう言ったギルド対抗戦における観客などを専門に請け負うギルドというのも存在したりする。
基本的に個人で成り立つ決闘と異なり、多くの人間の存在と思惑が複雑に絡み合う対戦ゲーム……それが、イノセント・ワールドのギルド対抗戦なのだ。
「……だが、円卓の騎士の発表したこれは、俺の知るギルド対抗戦とは異なるようだな……」
エタナがもたらしてくれた一本のメール動画。
多くのギルドに対して無差別に送り付けられたその動画の内容は、円卓の騎士によるとある声明であった。
ギルドハウスに戻り、そのメールを開封したセードー達は、円卓の騎士が発表した声明に耳を傾ける。
『―――我々、円卓の騎士は、弱者を虐げるような行為を決して許すことができない。それが特に、ゲームであることをいいことに、他者の虐殺に走るような行為であればなおのことだ!
昨今、話題となっているPKシャドーマン……この者は自らの実力を笠に着て、何も知らぬ無垢なイノセント・ワールドプレイヤーたちを殴殺し、轢殺し、虐殺している! このような悪逆非道を許すわけにはいかない!
シャドーマンの討伐に対して、多くのギルドは慎重になっている……。それは悪い事ではない。だが、臆病になってはいけない!
我ら円卓の騎士は、全てのギルドの旗頭となり、シャドーマンの討伐に全力を挙げることをここに宣言する!
我らの元に馳せ参ずると申し出てくれるギルドがあればそれを受け入れよう。シャドーマンの暴虐から守ってほしいというギルドがあれば我らが盾となろう。
だがその暴威を守る、庇護するというギルドがあらば我らは全力を持ってその者たちの相手をしよう!
我らは許さない! シャドーマン……奴によってもたらされた多くの悲しみを! 我らは決して逃がさない! シャドーマン、その存在を! 我らは―――!』
円卓の騎士GM代行と記された表示を引っさげたノースの大演説を眺めながら、セードーは小さくため息をついた。
内容だけを聞けば、円卓の騎士のノースが叫んでいる内容は特に問題があるわけではない。PKであるシャドーマンは誰しも許しがたかろうし、その討伐に総力を挙げるというのも頷ける。
しかしノースの背後にあるホワイトボードにペタペタ貼られているシャドーマンだというのスクショが、全てセードーを写しているものであるというのは由々しき問題だろう。
しかも彼だけならまだしも、闘者組合の面々がともに写っているスクショもある。
そのスクショを見て、エタナが憤慨したようにテーブルに手を叩きつける。
「酷いと思いませんか!? あれみんな私が撮って記事に載せたものなんですよ!? ベストショットとるのにすんごい苦労したのに、こんなプロパガンダモドキに使われるなんてぇー!!」
「ちょ、落ちつけよおい……」
そのままバシバシテーブルを叩き続けるエタナのテンションの上がり方を見て、サンが若干引く。
たかがスクショ一枚で、とサンは思っているのかもしれないが、エタナにしてみれば渾身のベストショットだ。こんな意図しない使われ方をすれば腹も立とうというものだろう。
「なあなあ。ワイの頭が悪ぅなったんとちごたら、これワイらもケンカ売られとらへん?」
「ええっと……確かに、そう取れなくもない……ですけど……?」
やや斜に構えたウォルフの言葉に、キキョウが遠慮がちに同意する。
ノースはシャドーマンに組みするものも敵だと言っているわけだが、そのシャドーマンのスクショにセードーと闘者組合が写っているものを利用している以上……ウォルフの言っていることは間違ってはいないだろう。
シャドーマンと闘者組合の一戦を記載したエタナの記事が出回って以来、セードーにちょっかいをかけるプレイヤーはガッツリ減っているようであるが、そこに来ての円卓の騎士のこの声明。
その意図がいまいち読めないキキョウは、小さく首を傾げた。
「でも……今こんなこと言ってどうするんでしょう? 他のギルドさんたちって、皆セードーさんとシャドーマンが違う人間だってわかってくれたんですよね?」
「うむ。エタナ君の記事でもって、ほぼすべての警邏系ギルドはその意見へと傾いておる。警邏系ギルド最大手であるジャッジメント・ブルースの声明も聞いておるようだな」
またCNカンパニーから買ったらしい情報を片手に、タイガーは小さく頷く。
情報精度の程はいささか気になるが、現実にセードーへの襲撃や彼を探す動きは減っている。
多くのギルドはセードーに対して注目することを止めたと考えていいだろう。
そこへ来てのこの声明、円卓の騎士にいったいどのような利があるのだろうか。
「というか、これだけ見ますと、セードーさんを執拗に目の敵にしているように見えますが?」
「大衆の流れに逆らってまで、セードー君を目の敵にする理由があるのかしら? 彼と直接……ではないけれど、やり合ったのって、私たちだったはずだけれど……」
エタナの言葉に、ミツキが不思議そうに首を傾げる。
わざわざギルドが一個人を目の敵にするメリットなんてあるはずがない。
あるとすれば、非公式であったが結果として行われた、マンスリーイベント時の城砦攻略におけるギルド同盟VS円卓の騎士くらいだが……。
「だったっけかー。あいつにうまいことしてやられたけど、キキョウのおかげで逆転勝利! だったよな?」
「そ、そんな……私だけの力じゃ……」
サンの言葉にキキョウは恥じ入るように体をくねらせる。
彼女たちの言うとおり、直接対決はキキョウたちとであり、セードーとは対面すらしていないはずである。
イベントダンジョン攻略という括りで考えても、確かにボスに止めを刺したのはセードーだが、足止めをしたのは別々のギルドの人間たちだ。名にもセードーだけを目の敵にする理由はないはずなのだが――。
「いやはや、お恥ずかしい。身内の恥というのは、我が身に応えるものだね」
「うん? この声……」
聞き覚えのある声にセードーが振り返ると、バーのドアを開けて二人のプレイヤーがギルドハウスへと入ってきた。長身痩躯の男と、比較的小柄だが精悍な顔つきの少女だ。
少女の方には覚えがなかったが、男の方はセードーが知っている。
「……ブルースだったか?」
「覚えていてくれたか、戦士セードー。光栄だよ」
やや芝居がかった仕草で頭を下げるブルースを見て、ウォルフが胡乱げな眼差しでセードーの方を見やった。
「……セードー? 自分、ずいぶんユニークな友達がおるねんな?」
「まだフレンド登録していないがな。彼はブルース。ジャッジメント・ブルースのGM代行だそうだ」
ブルースの所属するギルドを聞き、何名かが目を見張った。
「ジャッジメント……? あのジャッジメント・ブルースですか!」
「ああ、割とちょくちょく来てたあのギルドね……。そのギルドの親玉が、いったい何の用だよ?」
「残念だが親玉ではないな。そして、用は身内の不始末に関してだよ」
サンの言葉を訂正しつつ、ブルースはここへやってきた理由を口にする。
身内の不始末、と彼は言うが当然セードー達には通じない。何のことかと首を傾げる彼らに、ブルースはゆっくりと説明を始めた。
「実は彼……メール動画で大演説をぶちあげている、ノースと名乗っている彼なのだが、私のリアルの親族でね。私の甥にあたる人物なのだよ」
「あら、意外と御歳を召しているのかしら?」
「そうは見えません……お若いです!」
「ありがとう、お嬢さん方」
茶化すようなミツキと、割と本気のキキョウの言葉に笑顔で返事を返しながら、ブルースは話を続けた。
「私の一族は……自分で言うのも何だが、いわゆる名家という奴でね。ヨーロッパでは相応に名を知られた一族なんだ」
「ホンマに自分で言うこっちゃないわな。それにしても、名家の坊ちゃんらもゲームするんやな?」
「そう不思議なことではない」
ウォルフの言葉に返したのは、ブルースの傍に控えていた少女だ。
実用的な軽装鎧を身に纏い、腰に二振りのショートソードを吊るした少女は、ブルースの傍に控えたままウォルフを睨みつける。
「これほど精巧な世界は、いわば世界の縮図として機能する。ここでは世界の流れを、世界の理を実体験することが可能だ。このイノセント・ワールドへ、“世界”を学ぶためにブルース様をはじめ、多くの上流階級の方々がログインしているのだ」
「うむ。そういえばノーチラスもどこぞの名家の出だと聞いたことがある。まあ、彼は一族を出奔した身だとも聞いているが」
「世界は狭いようで広いのか、広いようで狭いのか……」
少女とタイガーの言葉に、セードーは軽く頭を振る。
ひょっとしたら隣で狩りをしていたプレイヤーが、実は上流階級の人間かもしれなかったわけだ。まあ、ゲームでは階級の上下もあったものではないだろうが。
と、ブルースは隣から口を挟んできた少女を見下ろし、小さく苦笑した。
「やはり硬いな、アスカ。もう少し、砕けてくれてもよいのだよ?」
「そのようなわけにはまいりません、ブルース様。本来であれば私程度、お目通りも叶わぬ身。例えこれがゲームとはいえ、礼を失するわけにはまいりません」
出過ぎた真似を申し訳ございません、と一言添えて、アスカと呼ばれた少女は一歩下がった。
実直であり、生真面目なのだろう。訓練されたと見える一挙手一投足を見ても、それがよく分かった。
そんな少女の姿を前に、年の離れた妹を見守る眼差しをしながらブルースはからかう様に口を開いた。
「――そういう割に、アルトと共にいるときの君はずいぶん活き活きしていたと聞くが?」
「っ!?」
アルトの名が出た途端、アスカはビクンと体を跳ねさせる。
「まるで歳相応の女の子のようだったとも……。ローズからそう聞いたのだが、私の聞き違いだったかな?」
「…………」
ブルースのさらなる言葉に、返答を窮したのか、だらだらと脂汗でも掻きかねないほど逼迫した表情でアスカは黙り込んでしまう。
そんなアスカの様子が面白いのか、ブルースはさらに言葉を重ねてゆく。
「私にも、アルトの十分の一程度でもよいから笑顔で接してはもらえないものかな? いや、十分の一は望みすぎか。何せアルトは君の――」
「あー、ブルース? お楽しみの最中悪いのだが……」
羞恥と意地とプライドとが綯い交ぜになったすごい表情で細かく震え始めるアスカがさすがに憐れになってきたので、セードーは軽く手を叩きながらブルースを制止する。
「結局、ノースとやらは何故俺を目の敵にしているんだ? 貴方の一族というのはとりあえず理解しておくが」
「ん? あ、ああ、すまないね。どうにも歳を取ってしまうと、若い子を弄る位しか楽しみがなくてね。アスカ、すまないな」
「い、いえ……」
ブルースは小さく苦笑し、アスカに謝罪する。
それから姿勢を正し、先の話の続きを再開した。
なお、この時代の天皇陛下の御子息もプレイしていると噂の模様。




