log166.怒りの巨神
「ヒャァー! やってやったぜぇー!」
「はっはぁー! これだけやったら粉々じゃねぇーのぉー!?」
「システム上ありえねぇーだろ。だがスッとすんなぁーおい!」
下卑た声を上げながら、バイク飛行機に跨った三人組はグルグルとセードー達の上空を周回する。
米粒か何かにしか見えないキキョウたちが自分たちを見上げて叫び声をあげ、そして少し離れたところではセードー達を飲み込んだ黒煙の姿が見える。
自分たちのいるところに到達する前に霧散する黒煙を見ながら、三人組の一人が口笛を吹いた。
「ヒュー♪ すっげぇーなこいつ! さすが上位騎士様にしか貸し出されない、アバロンのエアバイクだぜぇー!」
「まったくだなぁ! こんだけ高けりゃ寒そうなもんなのに、まったく寒くねぇ! むしろ快適! ヒャァー!」
「そこはゲームだからだろ? けど、ノース様は分かってくれてんだなぁー! 俺たちにこんないいもの貸してくれるなんてよー!」
三人組は得意げに叫びながら、エアバイクのアクセルを吹かす。
低いエンジン音が唸りを上げ、尾翼付近のジェットノズルからは火が噴きだす。
彼らが跨っているのは、アバロンの固有装置の一つであるエアバイク。個人で使用することのできる騎乗装備であり、この世界で最も優秀な移動用装備の一つだ。
騎乗装備であるため割とあっさり壊れてしまうが、壊れるとアバロンへと自動で転送され、自動修復が開始される。この資材はアバロンが生産する資材で賄われるため、プレイヤーが何らかの負担を追うことはない。
さらにギルドハウスの固有装置の一つでありながら、プレイヤーの持ち物としてインベントリへとしまうことが可能である。このお手軽さから、アバロンはいらないけどこのエアバイクは欲しいというプレイヤーは後を絶たない。
だが残念なことに、エアバイクの台数はかなり限られている。そのため、円卓の騎士でもごく一握りの、上位騎士でなければ搭乗を許されないレア装備であったのだが、今回のノース主導の組織再編に辺り、この三人組へとエアバイクの一部が譲渡されたのだ。
そして譲渡の条件とされたのが、闘者組合に所属するセードーというプレイヤーへの、決闘宣言なしの襲撃だった。
「しっかし、ノース様何考えてんだろぉーなー? 決闘宣言なしじゃ、ダメージも入らねぇーじゃん?」
「だよなぁー。いたくねぇっつっても、ダメージ入ったらへこむべ? 決闘宣言した方がいいんじゃねぇーのぉー?」
エアバイクの代わりに出された条件の意味が分からず、首を傾げる三人組。
彼らの言うとおり、決闘宣言なしではプレイヤーがプレイヤーへダメージを与えることは不可能だ。
攻撃した際の衝撃くらいはいくらか伝わるだろうが、それが明確なダメージになるわけじゃなし、ノースの意図するところがいまいちハッキリしない。
だが、難しいことを考えない三人組はすぐに下卑た笑い声を上げながら、この時のために用意したグレネードを取り出した。
「まあいっかぁー! こうして上からグレ投げてるだけで充分じゃん? こんなんでエアバイクがもらえるんだったら、いくらでもやるべなぁー!?」
「だよなぁー! っしたら、どんどん投げつけてやるべぇー!」
「あっちの女たちにも投げてやろうぜぇー! うまくしたら、下着位見れるかも!」
米粒程度でも、注視すれば拡大して姿が見える。
そしてキキョウとミツキがスカート装備なのを見て、下劣な笑みを浮かべる男は、グレネードを振りかぶり――。
ゴギン。と、細長い闇の刃に自身が跨るエアバイクを貫かれた。
「ほぇ?」
自分のエアバイクが音を立てて動かなくなり、不思議そうに下を見る男。
だが自分を縫いとめる存在がなにか確認するより先に、エアバイクの爆発と誘爆したグレネードの炎に捲かれて吹き飛んでしまった。
「んぐぁー!?」
「な、なんだいきなり!?」
突然吹き飛んだ仲間の姿に、残った二人は驚き戸惑い、慌てて爆発から遠ざかる。
仲間のエアバイクを貫いた闇の刃は、未だ黒煙の上がるセードー達のいた場所からまっすぐに伸びていた。
「まっじかよ……!? うごけんの!?」
「っていうかこんなのびんのかよ! 卑怯くせぇじゃんか!!」
自分たちのことを棚に上げてそんなことを叫ぶ男は、グレネードを取出しセードーへ一撃見舞ってやろうとする。
だがその手は止まった。
何故なら、こちらに伸びている闇の刃の上を誰かが駆け上がっているからだ。
「………? な、なんだ?」
「――――………ぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!!」
駆けあがってくるのはやや小柄で顔に大きなサングラスをかけた少年――ウォルフだ。
喉が張り裂けるほどに叫ぶウォルフは大きく腕を振るい、闇の刃をしっかり踏みしめ、一直線にエアバイクに跨る男たちの元へと駆け寄っていた。
「は? んだよあれ!?」
「っていうか走れんの!? 走れんのこれ!?」
明らかに強度的に問題のありそうな細長い闇の刃の上を、何の問題もなく高速で駆け抜けるウォルフの姿に、男たちは驚愕する。
ウォルフは自身が体を預けているのが細長くとてもか細い刃であることさえ気にしていない様子で、全力でその上を駆け抜けてゆく。
「サァァァァイクロォォォォォォォンンンン!!!!」
そして右腕に竜巻を巻きつけ、男たちのうち一人に狙いを定める。
全速で駆け抜けてきたウォルフは、勢いのある助走の力を余すことなく跳躍に費やす。
「ナッコォォォォォォォォォ!!!!」
「へ、あ、は、っぼごぉぉぉ!?」
駆けあがってきた脚力、風の力、そして己の怒り。
その全てが載ったウォルフの一撃は、容赦なくエアバイクごと男の体を地面へと叩き落した。
三人いたはずの自分たちが、はるか上空を取っていたはずの仲間たちが、実にあっさり叩き落とされた現実を前に、残された男は悲鳴を上げた。
「ヒ、ヒィィィィ!?」
そしてウォルフが真っ逆さまに地面へと落下しているにもかかわらず、踵を返してその場から逃げ出そうとする。
どちらにせよ、エアバイクは壊れてもアバロンにある。襲撃に成功した以上、あのエアバイクは自分たちのものだ。
決闘宣言していない以上、仲間たちも無事なはずだ。なら今は逃げて、あとで再開すればいい。
そう考えて、エアバイクのアクセルを開こうとする男。
だが、それは叶わなかった。
《待つのであぁぁる……――!》
何故なら、その進路を巨大な壁か何かで塞がれてしまったからだ。
巨大な何かは、大きな胸筋を震わせ、実に小さな男を睥睨した。
《いったいどこへ行こうというのであるかぁ……――!》
「ひ、ひぃ……!?」
慌ててブレーキをかけ、男は目の前の巨大な壁のような何かがなんなのか、見上げようとした。
しかしそれさえ叶わない。あまりにも巨大なその存在は夕日を遮り影を作り、輝く二つの眼で男を見下ろすばかり。
スケールがあまりにも違い過ぎるせいで、男にはそれがいったいなんなのかさえ想像できなくなってしまう。
《どこかで誰かを襲うときもあろう……――! だがしかし、時と場合どころか、人としての道理さえ謀ろうというのであるかぁ……――!》
「あ、ああ……!?」
《そのような所業、たとえ天が地が、神が許そうとも……この吾輩が決して許さぬであぁぁるぅ……――!》
巨大な何かは腕を組み、さらに一際強く瞳を輝かせる。
《さあ……――! 覚悟は良いであるなぁぁぁ……――!!》
「ひ、ひぎぃぃぃぃ!!!!」
終いには涙さえ浮かべ、急ぎ反転し逃げ出そうとする男。
しかし、巨大な何かにその行動はあまりにも遅すぎた。
《必殺ぅぅ……――!!》
その巨碗で大きな拳を握り、そして逃げようとする男めがけて真っ逆さまに拳骨を振り下ろす。
《愛の、修正鉄拳んんんん……――!!》
「あ、ああぁぁぁぁ!!??」
さながら隕石か何かと見紛う巨大さの拳骨が、男を頭上から襲う。
エアバイクのアクセルを全開にし、男は拳骨から逃れようとする。
しかし拳骨はそれを許さず、男の全身を捉え。
「げぴっ」
《んんんぬぅぅぅおおおぉぉぉぉぉ……――!!》
そのまま、拳が振り下ろされるままに真下へ落下し、砂浜へと轟音を立てて落下していった。
「なんやのん、あれ……?」
「ミスターが変じたように見えた。それ以外は一切わからん」
ミツキのアクアボールで助けられたウォルフを引き起こしながら、セードーは全身が砂で出来た巨人を見上げる。
以前対峙したサイクロプスの幼体や、エルダーゴブリンオーガなど比較にならないほどの巨大さを誇る巨人のデティールは、アレックス・タイガーその人であった。
唖然となる二人の元に駆け寄りながらも、キキョウたちも信じられないものを見る眼差しで巨神アレックスを見上げる。
「なんでもありすぎるだろこのゲーム……。まさか巨人になるとか……」
「ど、どこからこの砂が出てきたんでしょうか……!?」
「話には聞いていたけれど……凄まじいわねぇ……」
もはやなんといっていいかもわからない風情の五人の目の前で巨神アレックスはゆっくりと解けてゆき……小さな砂嵐と共に原寸大アレックス・タイガーへと戻っていった。
おそらく彼を核として、あの巨体を形成していたのだろう。顎鬚についた砂を軽く払いながらタイガーは鷹揚に頷いた。
「うむ……。諸君らも、Lv100になる頃にはこのくらいできるようになる。精進あるのみである!」
「「「「「ア、ハイ」」」」」
タイガーの言葉に、セードー達は頷くしかない。
どうやらこのゲームのLv100……トッププレイヤーたちのいる領域は、人外の領域のようだ。
「……まあ、それは置いておこう。それよりも考えるべきことがあるはずだ」
「え、ええ、そうね。そうしましょうか……」
なんとも気の抜けかける現場の空気を入れ替えるべく、セードーが話題の方向転換を図り、ミツキが同意するように頷く。
そして一同は巨神アレックスが撃墜した三人組の最後の一人の元へと近寄る。
巨神アレックスの一撃は、エアバイクの原型をかろうじて留め、そして男を気絶させるだけに留めていた。まあ、プレイヤーへの攻撃は基本的にダメージにはならないので彼がまだリスポンしていないのは当たり前だが。
未だ両目から涙を流し続ける男の顔を覗き込みながら、サンが憐れそうに呟いた。
「おいコイツ泣いてんぞ……」
「よほど怖かったんですね……」
「当然である! 若き友情の間に、暴力を持って入るなど言語道断である!」
「いやなんでおっさんが怒るねん。落ち着けて」
サンに同意するように頷くキキョウの後ろで、憤慨するアレックス。
先の彼らの所業に、いたくご立腹のようだ。温厚なタイガーからは想像もできないほどに怒り狂っている。おかげで水を差された本人たちの方が怒りの出しどころを失ってしまう始末だ。
そして水を差された片割れのセードーは男の傍に屈みこみ、特徴的な鎧を掴み上げる。
「……見たことのある意匠だな。しかも、つい最近」
「ええ、そうね……。この鎧、確か……」
セードーの言葉に同意し、ミツキは彼が着ている鎧の出所を思い出そうとする。
彼女が答えを口にしようとしたとき、彼らを呼ばわる声がした。
「み、みなさぁーん!!」
「あれ、この声……」
キキョウが振り返ると、こちらに向かってエタナが駈け寄ってくるところであった。
ひどく焦っているようで、砂浜に足を取られて何回か転んでしまう始末だ。
「あぶぅ!?」
「え、エタナさん!?」
「おいおい、なにしてんだよ……」
慌ててキキョウとサンが駈け寄り、彼女を助け起こす。
「も、申し訳ないです……! そ、それより大変なんです!!」
エタナは二人に礼を言いながらも、何とかセードーの元へと駆け寄り、こう口にした。
「せ、セードーさんに円卓の騎士が宣戦布告しているんですよぉー!!」
「……宣戦布告、か」
エタナの言葉になんとなく納得し、セードーは男から……円卓の騎士の総隊長護衛方が身に纏っていた鎧を着ている男から手を離した。
なお、巨神アレックスはアレックス・タイガーのみが使える奥義の模様。




