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log160.セードーVSウォルフ 再び

 対峙するウォルフとセードー。両者ともに嚇怒を纏いながら、しかし構えは全く正反対であった。

 拳を握るボクサー、ウォルフはファイティングポーズを取っている。固めた拳を顔の前に。小さなジャブを最速で当てることのできる構えだ。

 対するセードーは拳を握らずだらりと手を降ろしたまま……。構えすらとっていない。いわゆる無行の構えといったところだろうか。

 構えたウォルフと構えぬセードー、その姿は対照的であり、放つ気配もまた双方真逆であった。

 烈火のような燃える怒りを身に宿したウォルフからは熱気のようなものが、凍てつくような静かな怒りを身に宿したセードーからは冷気のようなものが放たれているように感じられる。

 どこまでも正反対な二人であったが……その目的は、まったく同じであった。

 すなわち、眼前の相手を完膚なきまでに叩き潰すこと。今、二人の頭にはそのことしかなかった。


「セードーさんっ!」

「やめろってウォルフ!」


 サンとキキョウが涙ながらに訴えるが、二人とも見向きもしなかった。もはや、外野の声など届かないのだろう。


「っ……!」


 ミツキは歯を食いしばり、どうすべきかひたすら考える。

 本来であれば無理やりにでも抑えるべきなのだろうが、それが結果として油を注ぎ込みかねない。そうなると、三つ巴の戦いになってしまうかもしれない。それで周りへの被害が増えてしまっては元も子もない。

 だが言葉は届かない……。そんな二人を止める方法が、ミツキには思いつかない。


「―――ッ!」


 そしてウォルフは止まってくれない。

 一瞬でセードーとの間合いを詰め、左手を振るった。


「シャラァァァァァ!!!」


 空を裂くような気勢と共に放たれたのは無数のジャブ。

 牽制など生ぬるい、これで落とすと言わんばかりの威力が込められたパンチが、セードーの顔面に殺到する。

 だが、そのパンチは一発もセードーには当たらなかった。


「ッ!?」


 髪を、耳を、軽く掠めはするが、クリーンヒットには程遠い。

 セードーの様子は変わらず、じっとウォルフを睨みつけているだけだ。

 ウォルフは右腕を引き絞り、力強く打ちぬいた。


「シャァァァァァッ!!」


 ウォルフ、渾身の右ストレート。当たればただでは済まないだろう。

 しかしそれも届かない。ウォルフのパンチは、セードーの鼻に振れるか触れないかのところで止まってしまった。セードーが止めたのではない。ウォルフの腕が完全に伸びきってしまっているのだ。

 ……ウォルフが目測を見誤っているのではない。セードーがウォルフのパンチを躱しているのだ。上体をほとんど揺らさず、足捌きのみで。


「……!」


 そのことに気が付いたウォルフは歯を食いしばる。

 今までセードーはこんな躱し方をしたことがない。彼はいつも、腕でパンチを捌いてきた。

 これはつまり――。


「優しい拳だな。蠅一匹殺せそうにない」


 セードーがウォルフを睨みながらそう呟く。

 腕を上げ、鼻に触れそうなウォルフの拳を、そっと撫でた。


「これで殺すとは、大言を吐いたものだ」

「じゃかぁしやぁ!! シャラァァァァァ!!」


 ウォルフは右腕を引き、左腕を振り上げる。

 顎を砕く鋭いアッパーは、セードーの顎先を軽く掠めるのみであった。


「そういうおどれはどうなんじゃァ! 手ぇも出さんと、誰かを殺せると思うてんかぁ!?」

「そう吼えるな、痛々しい。人を殺すのに――」


 不意に、セードーの腕が伸びる。

 五指を力強く曲げた型、虎爪。それが、いつの間にかウォルフの喉に触れていた。


「――そう大仰な技はいらない」

「………あ?」


 いつの間にかふれる爪先の気配に、ウォルフが一瞬気を取られる。

 次の瞬間、頸動脈を引き裂くようにセードーが腕を大きく振り上げた。

 肌を引き裂く衝撃、そして持っていかれるHP。

 ウォルフは喉を押さえて大きく下がった。


「!?!?!?」

「首筋の血管一つ、裂けばいい。人の爪なら、それが可能だ」


 セードーは呟きながら、左手の人差し指を立てる。


「ご、ごほっ……!」


 そして咳き込むウォルフの目に向けて鋭い突きを放つ。

 ウォルフはそれを悟り、上体を傾けてそれを躱す。

 セードーはそのままウォルフの左側をすり抜け――。


「―空蝉―」

「おぼっ!?」


 ――ようとする最中、体を回し、右肘をウォルフの鳩尾に叩き込んだ。

 クリティカルの快音が響き、ウォルフが飛びのく。

 セードーは無理に追わず、ウォルフの方へと体を向けた。


「威勢がいいのは初めだけか?」

「じゃかぁしぃわ!! ごほっ……!」


 ウォルフは咳き込みながら、ファイティングポーズを取る。

 冷徹な眼差しでウォルフを観察するセードー。

 ……ウォルフが、そんな彼を見て微かに震えているのは、気のせいなのだろうか。






「………っ」


 セードーの容赦のない戦い方を前に、キキョウが息を止める。

 だがセードーの動きに一切の迷いはない。無理に殺すための拳を振るっているかのような違和感はない。

 つまりあれが――あの戦い方こそが、生来の外法式無銘空手なのだろう。

 名に外法を冠することの意味、そして無銘を名乗る意味……。

 考えてもわからなかったが、これであれば頷けるかもしれない。

 つまり、歴史に名の残らぬ外法の技こそ、彼の操る技なのかもしれないのだ。


「セードー……パネェ……」


 セードーの放つ威圧感を感じ、サンはごくりとつばを飲み込んだ。

 サンはやや特殊な生まれ育ちであるが、そんな彼女でもわかる。

 セードーは殺せる。リアルであれば、ウォルフを殺せるのだ。

 サンはかつて一度だけ中東の地を訪れたことがある。

 その時の護衛として戦地を共にした傭兵。人を殺すことを生業とする、彼をサンは思い出していた。


「……どうすれば……」


 そしてミツキはどうすべきか迷っていた。

 止めるべきか、止めざるべきか。

 良心を考えれば、セードーを止めるべきだ。たとえ殺しの技を放とうと、不意を打てば取り押さえられる自身がミツキにはあった。

 だがそれでいいのかと、武人としての矜持が囁く。

 たとえ経緯はどうあれ、今二人の少年は一対一で対峙しているのだ。

 それを遮ってよいのか? 邪魔してよいのか?

 不粋かどうかではない。一武人として、この戦いは必要なのではないかと感じている。

 根拠はない。ただ、そう感じるのだ。

 そして、ミツキが迷う間に戦いはさらに進んでゆく―――。






 セードーはウォルフへと追撃を加えるべく、蹴りを放とうとする。

 狙っているのは上段。ウォルフの側頭部。


「―――!」


 振り上がる足の機動からそれを読んだウォルフは、蹴りがギリギリ上を通り過ぎる様に屈みながら、一歩前に出る。

 ――そして地面を踏んだ瞬間、膝の上にセードーの蹴りが襲い掛かった。


「あぎっ!?」


 セードーはウォルフが動いた瞬間に蹴りの機動を捻じ曲げ、彼の膝頭を踏み抜くように踵を振り下ろしたのだ。

 生来の威力は出なかった……。だが、ウォルフの体勢を崩すのには十分な威力だった。

 ウォルフは足を襲った衝撃により、やや前のめりにつんのめる。


「――外法式無銘空手――」


 瞬間、セードーは一気にウォルフの懐へ踏み込む。


「――奥義――」


 そして拳を固め、足を曲げ、跳躍の体勢を取る。

 次の瞬間、爆ぜるような爆音とともに、セードーは天井へ向けて飛び上がった。

 上がり様、ウォルフの顎を拳で突き上げながら。


「っがぁ!?」


 顎に襲い来る衝撃で、ウォルフの体が勢いよく仰け反る。

 突き抜けた衝撃が脳を揺らすことはなかったが、度重なるクリティカルによりウォルフのHPは瀕死にまで追い詰められてしまい、その視界は重傷ペナルティ警告によって大きく歪む。

 ウォルフの頭上まで飛び上がったセードーは天井に足を付け、仰向けに倒れかけるウォルフの喉首に向かい、勢いよくもう一度跳ねる。


「――羅刹断撃――!!」


 そしてウォルフの喉へ、鋭い手刀が振り下ろされた。

 首の骨をそのまま一撃で両断せんとばかりに放たれたセードーの奥義は、ウォルフの喉ごとギルドハウスの床を粉砕する。

 轟音と共に木片と粉塵が舞い上がり、ウォルフのHPが0となる。

 ウォルフは一瞬息を詰まらせ、手足が衝撃で跳ね上がり……そして力なくパタリと床に落下する。

 そのままゲーム復帰までの間の半ログアウト状態へと突入する。


「―――」


 セードーは、ゆっくりと立ち上がる。

 そして茫洋とした眼差しでそのままギルドハウスの外へと向かい始めた。

 ウォルフを一瞥することもなく、キキョウたちの方へ振り替えることもなく、セードーは無言のまま外へと出てしまった。


「……っ! セードーさん!」

「あ、キキョウ!」


 ミツキの制止を振り切り、キキョウはセードーを追うべく駆け出した。

 ギルドハウスの扉を開け、辺りを見回す。

 狭い路地の中、ゆらゆらとどこかへと向かうセードーの背中が目に入った。


「っ! セードーさん!」


 キキョウはその名を呼び、その背中を追おうとする。

 だが、彼女の肩を力強く掴む者がいた。


「――待つのだ、キキョウ君」

「え!?」


 その手の大きさと力強さに驚き、振り返るキキョウ。

 そこに立っていたのは、アレックス・タイガーであった。

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのGMである彼は、キキョウの肩を優しく、しかし力強く掴み制止し、ゆっくりと首を横に振った。


「何があったかは聞かぬ。だが、セードー少年のことは吾輩に任せてほしい」

「で、でも……!」


 キキョウは消えてしまいそうなセードーの背中と、タイガーの優しい顔を見比べる。

 セードーらしからぬ言動に、荒々しすぎる戦い方。いつもと違う彼の姿にキキョウ自身戸惑いがないわけではない。

 だがそれ以上に、セードー自身が気がかりであった。

 まるで無理やり自身を奮い立てている様な、崖の縁に立っている様な危うさがセードーの中にある気がしたのだ。

 そんなセードーを一人にしておけない、そう訴えようとするキキョウに、タイガーは諭すように告げる。


「キキョウ君。その優しさは美徳であるが、時に人を斬りつける刃ともなる……。今は、セードー少年のことは放っておいてあげて欲しい」

「け、けど、それじゃあ――!」

「彼は、吾輩が何とかしよう」


 セードーの何かを知っているのか、確たる自信を持って告げるタイガー。

 もうすでに遠のいたセードーの背中を追って歩きはじめるタイガー。

 軽く振り返りながら、キキョウにギルドハウスの中を示した。


「それよりキキョウ君。君はウォルフ君の様子を見ていてくれたまえ」

「ウォルフ君の……?」

「うむ。彼は彼で、傷ついているだろうからな……」


 タイガーはそれだけ言って、セードーを追いかけはじめた。


「セードーさん……」


 キキョウは数瞬、彼の背中を追いかけるかどうか迷ったが、結局彼の言うとおりにウォルフの様子を見ていることにした。

 いつどのタイミングから、あの決闘を見ていたかはわからないが、今のセードーに必要なものがはっきりとわからないキキョウより、様々な経験を積んでいるであろうタイガーの方が、セードーを追うのにはふさわしいのかもしれない。

 それに、ウォルフの様子が気になるのも事実だ。

 手加減抜きに容赦なく叩き伏せられた今の彼がどうなってしまうのか……それが、気になった。




 なお、タイガーは決闘が始まる辺りには来ていた模様。

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