log155.セードーVSシャドーマン
セードー……いや、正道真樹という少年は師に褒められたことがなかった。
毎日、師の言うとおりに鍛錬を行い、技の修練をこなす日々。師は淡々と、正道へ己の持つ技術を継承するだけであった。
己の師に崇拝の念を持っていた正道少年はそのことに不満があったわけではないが、ふとした時に尋ねてみたことがある。
師は、その師に褒められたことはあるのか?と。
幼き正道少年のその問いに対する師の答えは、実に簡明なものであった。
「――人を殺す外法の技に、上手いも下手もありはしない――」
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セードーとシャドーマンの戦いは、徐々に激しさを増してゆく。
互いに固めた拳を打ち、振るい、そして叩きつける。
双方ともに一歩も引かず、敵の一撃を捌き、己の一撃を打ちこまんとする。
「………」
「シィィィ……!」
無言のセードーに対し、シャドーマンは深い深い笑みを浮かべつづける。
不気味ささえ感じるその笑みは、新しい遊びを覚えた子供のそれのように見える。
まるでセードーの技に合わせる様に、シャドーマンは己の腕を振るっている。
互いの攻撃が通らぬ状況に埒が明かぬと考えたのか、セードーが一際大きく腕を振るう。
上段から、まるで振り下ろすかのような拳鎚打ち。
シャドーマンは素早く腕を上げて、それを受け止める。
シャドーマンの腕の骨を折らんばかりの一撃――ではない。
セードーの一撃は、極めて軽い。シャドーマンの腕に己の腕を添えるだけかのような……。
「―――」
瞬間、シャドーマンは己の下顎を貫こうとしていた、セードーの手刀を受け止める。
顎の真下、骨のない肉だけの部分を、鋭い手刀で貫こうとしていたのだ。
セードーの必殺を受け止め、シャドーマンは笑みを深める。
「………」
だが、その笑みを打ち消すように、セードーの片膝が爆音とともに手刀の肘を打ち据える。
「ッ!?!?」
さながら撃鉄のごとく放たれた膝によって、銃弾のように加速する手刀。
シャドーマンは貫かれる寸前で大きく仰け反り、鼻の高さが僅かに目減りする程度で助かった
「―外法式無銘空手、金槌―」
体の一部を叩くことで、必殺の一撃をさらに強く打ちこむ技。
シャドーマンはセードーの手から己の手を離し、慌てて飛び退る。
それを追い、セードーはシャドーマンの腹部を狙った回し蹴りを放つ。
丸太のような一撃がシャドーマンの腹に迫る。
「―――」
シャドーマンは冷静に、セードーの蹴り足をからめ取ろうとする。
蹴りもまた必殺の技であるが、防がれてしまえば機動力は大きく削がれる。シャドーマンの学んできた技があれば、セードーの蹴り足をからめ取ることは不可能ではない――。
はずだった。
「――?」
己の腹に蹴りが決まる瞬間、つかめたはずの感触はなく、手はただ虚しく空を掻き廻すのみ。
あったはずのものを探し、シャドーマンが視線を巡らせるより速く、今度こそセードーの蹴りがシャドーマンの側頭部に決まった。
「!?」
「―外法式無銘空手、空蝉―」
己を蹴る瞬間に足の先を引き、そのまま体をもう一回転させ、十分な遠心力を持って敵の無防備な側頭部を打ち据える妙技……。
己を襲った衝撃に、シャドーマンが気付くころにはセードーはさらに一歩飛んだ。
「………」
足場なき宙へと飛ぶセードー。
頭を振るい衝撃を抜き、セードーを見たシャドーマンは即座に行動を写す。
空中歩法があるとはいえ、この至近距離でただ飛ぶだけでは無策に他ならない。シャドーマンの一撃で打ち落とされて終わりだ。
だが、飛んだだけでは終わらない。セードーは空を蹴る。
シャドーマンに向かって、思いっきり突撃するように、空を蹴る。
「!?」
空を蹴り、加速したセードーはシャドーマンの腹に膝を叩き込む。
シャドーマンは瞬時に反応し、セードーの膝を受け止める。
しかし、己の下策をシャドーマンは即座に恥じる。
宙を飛ぶセードーの膝を受け止めたこの姿勢……。
人一人の体重を受け止めたせいで、体は大きくくの字に曲がってしまっている。
――ちょうど、セードーの目の前に頭を垂れるかのような姿勢で。
「―外法式無銘空手―」
予想した衝撃はすぐに振り下ろされた。
シャドーマンの脳天に、肘打ちという形で。
「―槌打―」
「―――ッ!?」
シャドーマンの頭を、重い打撃が襲う。
今までに、受けたこともない連撃の数々。
それを前に、シャドーマンは。
「―――ニィ」
それでもなお、笑みを絶やすことはなかった。
セードーの殺意を受けて恍惚に浸っていたブルースであったが、いざ戦いが始まった瞬間にだらしない顔は引き締まり、じっとセードーとシャドーマンの戦いを観察し始めた。
「………ふむ。シャドーマン、奇怪な存在だな」
「……今更それを言う?」
ブルースの尻に敷かれたままのエイスは、壮絶な打ち合いを演じるセードーとシャドーマンを信じられないようなものを見る目で見つめ、そしてブルースを見上げる。
「あなたも散々知っているでしょう? あれには、常識が通用しない……それが、レアエネミーよ」
「それはそうだろう。だが、それだけに見えん」
セードーと互角に打ち合うシャドーマンを見て、ブルースは下に敷いているエイスも見る。
「ミスエイス。君のLvは100だろう?」
「ええ……それがどうかしたの?」
「そしてセードー君のLvは35を超えた程度……。ではその双方と死闘を演じるシャドーマンのLvは?」
「………」
Lv35程度のセードーと互角に戦うシャドーマン。こいつは先ほど、Lv100のエイスを接近戦のみとはいえ圧倒していた。
シャドーマンと相対した双方のLv差は70程度。このステータス差は、普通は埋められるものではない。挑む時点で頭がどうかしているし、瞬殺されてしかるべきだろう。
イノセント・ワールドには確殺攻撃を始めとする様々なシステムがある故、格下による大物喰らいは良くある話だ。だがそれでも、Lv70差の壁を超えるような存在はなかなかいない。
だがシャドーマンは、その差を無視して双方と死闘を演じている。これではまるで――。
「――まるで敵対しているものとステータスを合わせているようだ。戦いを長く続けるために」
「――気のせいでしょう」
ブルースの言葉に、エイスはそっけなく答える。
だが、まるで感情を殺したかのような声だ。答えたくない何かを答えるような。
「奴はレアエネミー……。仕様に沿った存在よ。そんな無茶な仕様があるわけないでしょう? 一度相対した敵とステータスを合わせるなんて」
「初出没のレアエネミーは、その相手のLvを参照してステータスを決めるが……っと」
ブルースが疑問を抱く間にも戦いは進む。
セードーの攻撃が、流れる様にシャドーマンに決まってゆく。
顔面を微かに手刀が抉り、回し蹴りが頭を打ち据え、そして晒された後頭部に肘が打ち下される。
手刀はともかく、後の二撃はクリティカルものだ。同Lv帯の人型のエネミーであるならば一撃死、もしくは大ダメージを狙える攻撃であったが、シャドーマンに応えた様子がない。
即座にセードーの腰に掴みかかろうとした。
「――アレを見る限り、セードー君に全てのステータスを合わせているわけではなさそうだ。HPはボス級か?」
「………どうかしらね」
セードーの腰を掴み、そのまま鯖折を決めようとするシャドーマン。
しかしセードーは即座にシャドーマンの頭を掴み、地面を蹴り――。
「えっ!?」
そのまま、シャドーマンの首を軸に、体ごと横に回転した。
おそらく空中歩法を利用し、壁を蹴るかのように空を蹴り体を回転させたのだろう。シャドーマンとセードーは、そのまま回転の勢いに乗って吹き飛んでいった。
「な、何今の……!?」
「首を狙ってへし折ろうとしたようだが……」
ブルースは冷静に呟きながら、シャドーマンを見やる。
シャドーマンは何事もなかったかのように立ち上がった。
「……どうやら、シャドーマンも同じタイミングで回ったようだ。無傷だね」
「回……!? どういうことよ!? 何がおこってるの!?」
一人取り残されるエイスをよそに、戦いはさらなる局面を迎えようとしていた。
セードーは難なく立ち上がったシャドーマンを前に、胸中で苦虫を噛み潰した。
(あのタイミングであの判断……。首はもらったと思ったが)
シャドーマンは笑みを絶やさぬまま、拳を構えた。
まるで、セードーの鏡写しかのように。
シャドーマンと同じ構えを解かぬまま、セードーは考える。
(……拳の機動も打ちあううちに同じものになっていた気がする。よもや……学んでいるのか?)
ありえない可能性。敵がNPCでレアエネミーであるなら、まずありえない。
さりとてプレイヤーとも思えない。シャドーマンの姿、そして動き……それはあまりにもセードーに似すぎていた。
「―――ニィ」
拳を握り、笑みを浮かべ、セードーににじり寄るシャドーマン。
知るものが見れば、それはセードーが相手の様子を窺う時にする動きだと知れるだろう。笑みを浮かべている以外は……今のシャドーマンはまさにセードーの生き写しと言えた。
(……この短時間で、学んだのか……? 俺の空手を……外法式無銘空手を……)
ありえないと理性が叫ぶが、本能はそうだと叫ぶ。
今目の前で相対している相手は、己の技を持つ者だと。
(……ならば)
ありえない仮定を、肯定し。
セードーは一つ決意する。
己の技を学び、真似るのであれば……そこにこそ、付け入る隙がある。
「―外法式無銘空手―」
セードーは両手を額の前におく。
鉄壁を誇る、前羽の構え。
それを見て、シャドーマンも即座に型を真似る。
しかし、セードーの動きはそれで終わらない。
「―奥義―」
小さな呟きと共に、セードーの両手がゆっくりと降りてゆく。
半円を描くように降ろされる両手。その拳は少しずつ変わってゆく。
「―――?」
虎爪、虎口、開甲拳、熊手、鶴嘴拳。
一本拳、拇指拳、喉輪、鶴頭、正拳。
空手における拳の型を演じつつ、セードーの両手は両の腰に正拳で据えられる。
――両の拳を引いた、放たれる寸前のような形で。
セードーの動きについていけず、シャドーマンは不思議そうな顔で彼を見つめる。
「………!」
セードーはそのまま、一気に駆けだした。
そして、引いた拳を一気に放ち、最大速度で無数の拳撃を打ち放った。
「―阿修羅閃空撃―!!」
種々様々な拳の型と共に放たれる拳撃はシャドーマンの全身を打ち据え、そして止めに放たれた正拳がその人中を抉り穿つ。
「―――ッ!!」
外法式無銘空手の奥義をその身でもって体験したシャドーマンは、中空へと体を放り出されていった。
「今のは……!?」
「無数の攻撃を、瞬時に放ち、相手の全身を打ち据える技……かな」
遠くで見ていたからこそ、何とか見切れたブルースはそう分析する。
一瞬で上へと吹き飛んだシャドーマン……それを見つめながらブルースは疑問を覚える。
(……しかし、クリティカルでも倒しきれないシャドーマン、今の攻撃で何とかなるものか?)
セードーの放った技はいわゆる乱打技……。クリティカルによる一撃必殺ではなく、無数の攻撃による削り殺しを狙うような技だろう。
HPがどれほどあるか、そして装甲がどれだけのものか……それらが不明なシャドーマンに有効な手立てとは思えない。
案の定、地面に着地したシャドーマンは即座に体勢を立て直し、セードーへと向き直り、構える。
次撃を放たんとするセードーもまた、シャドーマンへと振り返り、構えを取る。
両者が取る構えは――前羽の構え。
「……あ」
そしてゆっくりとした動作で、二人は拳の型を作ってゆく。
虎爪、虎口、開甲拳、熊手、鶴嘴拳。
一本拳、拇指拳、喉輪、鶴頭、正拳。
全てを作り終え、正拳の拳を腰だめに構える両者。
「あれって……!」
「セードー君の放った――」
外法式無銘空手、奥義、阿修羅閃空撃。
同時に駆け出した二人は、同時にその技を解き放った。
無数の拳撃が、シャドーマンの腕から放たれる。
セードーの全身を打ち据えるべく放たれたそれは、セードーの放った拳撃群によって迎撃される――そう考えたシャドーマンの予想は大きく外れる。
「―――?」
拳がセードーの体に打ち据えられる刹那の間に、シャドーマンは不思議に思う。
何故……自分の拳がセードーの拳に当たらないのだろうか?と。
虎爪、虎口、開甲拳、熊手、鶴嘴拳。
一本拳、拇指拳、喉輪、鶴頭、正拳。
それらがセードーの放てる最大速度で、彼の拳を迎え撃つように放たれたはずだ。
そして、彼も放ったはずだ。最大速度で、己の打てる最大の拳撃を。
しかし、シャドーマンが刹那に見たはずのセードーの拳撃はいつの間にか消え失せ……代わりにその懐にはいつの間にかセードーの腕が伸びていた。
その腕が形造る型は、手刀。空手の放つ技の中でも、刃のように鋭く、殺傷力も高い必殺の型。
空間を抉るように、捩じるように放たれたそれが、先ほど放ったセードーの最大速度以上の速さでシャドーマンへと迫っていた。
「―――!」
刹那に満たない間で、シャドーマンはセードーの瞳を見る。
それは……勝利を確信した者の目ではない。敗北を見据えた者の目でもない。
それは……確殺者の瞳だ。敵を、必ず殺すと誓った、殺人者の瞳だった。
セードーは己の技と引き換えに……必殺の一撃を放つ機会を生んだのだ。
「………ッ!!」
セードーは己の腕を捩じる。
己の放てる必殺を。無防備ともいえるシャドーマンの心臓を抉るべく、まっすぐに突き入れる。
「――セードーさんッ!!」
―――その時だ。己のよく知る……無垢な少女の声が聞こえてきたのは。
コレガ……コレガ……。
コレガ…… サ ツ イ ……!




