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log147.月下の決闘

 ミッドガルドとニダベリル。その境界にほど近い場所で二つの人影が決闘を行っていた。

 すでに空は夜へと変わり、辺りを照らすのは月の光のみ。緩やかに伸びる岩の月影の間を、一人が駆け抜けてゆく。

 手にしているのは鎖鎌。両手でもって回しながら、駆ける一人は鎌の刃をもう一方へと投げ飛ばす。

 岩を背に飛び上がったもう一人の手には何も握られていない。首に巻いたマフラーは夜風を受けて勢いよくたなびき、小さな影をより一層大きく見せた。

 飛び上がった一人が月を背負った時、その口元が大きく裂けた。

 空に浮かび上がる白い月とは対照的な、紅い、紅い、三日月。

 それを笑みだと判別できる頃には、空に浮かんでいた人影は瞬きの間に消えてしまった。

 地上に残されたもう一人は素早く鎖鎌を引き戻し、代わりに両手を大きく広げる。

 失った鎖鎌の代わりに両手には手袋をはめ、その周りには何か粉のようなものを振りまいている。

 月の光を受けて小さく輝く粉のようなものを辺りに漂わせ、一人は静かに瞑想し――。


「―――フッ!!」


 次の瞬間、斜め後方から拳を打ちこんでくる一人の一撃を、手にした大剣で受け止める。

 驚くほどの轟音と共に、大剣を構えた一人の体を吹き飛ばす。

 拳を打ったもう一人は裂けた口元をそのままに、追撃を加えるように飛び上がる。

 その背に魔方陣が浮かび、それを力強く蹴り抜いた一人の飛び蹴りが、大剣を持った一人に襲い掛かる。

 しかし大剣は消え失せ、代わりに現れた鎖鎌がその一人を救う。飛び蹴りの機動から鎖鎌の伸縮で逃れた一人は素早く態勢を整え、今だ空中に浮かぶもう一人に向け鎖鎌を振るった。

 鋭い風切音が蹴りを放った一人に向かう。彼は鎌を素手で弾いた。

 攻撃は一度では終わらない。鎖鎌を持った一人は体を大きくひねり、もう一方の鎖鎌を叩きつける。

 その一撃は蹴りで弾き、空中にいた一人は地面へと降り立つ。

 顔を上げ、笑みを浮かべる一人。その顔に浮かぶ笑みには狂気が滲む。

 それに相対するもう一人は鎖鎌を振り回す。じっと笑みを浮かべる一人を見つめる眼差しは、どこまでも冷静だ。

 ――と、鎖鎌を振り回していた一人が、不意に呟いた。


「――俺の負けだな」


 呟くが早いか、鎖鎌を手元まで引き戻し、そのまま腰の裏に仕舞い込んでしまう。

 相手から戦う意思が消えたのに気が付いたのか、笑みを浮かべていた一人から笑みが消え、きょとんと不思議そうな眼差しでもう一人を見た。


「……マケタ? ナンデ?」

「単純な能力差だ。おそらくこのまま戦っていても押し切られるだろう」


 そう呟く一人は腕を組み、まっすぐにもう一人を見据える。


「それでも戦うというのであれば、俺は何もせん。この身、好きに引き裂くがいい……シャドーマンと呼ばれるものよ」

「……ンー……」


 目の前の一人にそう言われ、もう一人……PKシャドーマンは小首を傾げる。

 目の前の存在に納得がいかず、自身がなにをしてよいのかわからない。そんな風情だ。

 シャドーマンは目の前の男をまっすぐに見据え、それから問いかけるように口を開いた。


「……タタカイハ、モウヒトリヲタオスモノ?」

「そうだな。競い合う二人がいれば、それは戦いだろう」

「タオス、ソウ、タオスモノ。タオサナイデ、カチマケハキマル?」

「そういうこともある。貴様と俺のように、明確な差異があればな」


 そうして一人は己の頭上を指差す。

 そこに浮かび上がるのは彼の名前とそのLvだ。


「見ろシャドーマン。俺のLvはたったの8だ。お前がどれだけのLvに相当するのかは知らんが、このゲームの入り口に立ったばかりのものだ。例え何度かお前の攻撃を凌げようと、結局は競り合いに負ける」


 “アーヘリア Lv8”。そう浮かび上がる己の標識を示しながら一人は……アーヘリアはシャドーマンをまっすぐに見据える。


「勝ち星を得たいというのであれば、くれてやろう……そんな時期は俺にもあった。この身を引き裂かねば止まらんというのであれば抵抗もすまい……どうせ痛みなどないしな」

「………」

「さあ、どうする、シャドーマン。無抵抗を貫く、負けを宣言した人間を前に……貴様はどう動く?」


 まるで、シャドーマンを試すようなことを口にするアーヘリア。

 シャドーマンを見据える瞳に浮かぶ光を見て、シャドーマンは微かに揺れる。


「……ンー……ンンー……」


 微かに迷うようなそぶりを見せるシャドーマン。

 その手が緩やかにアーヘリアへと伸びてゆく……と見えた瞬間。


「凍てつけェェェェェェェェ!!」


 轟音と共に現れる氷柱。辺りの気温が一気に下がる。

 アーヘリアとシャドーマンは同時に飛び退き、それぞれの武器を構える。

 唐突な襲撃者はアーヘリアの方など見向きもせず、シャドーマンへと躍り掛かった。


「死ねェェェェェェェェェ!!」

「―――?」


 手にした刃をまっすぐにシャドーマンへと突き下ろす襲撃者。

 シャドーマンはきょとんとした表情でそれを見つめ――。


 ゴギンッ!!


 ――地面へと突き下ろされた刃が周囲を凍結させるのと同時に、いずこかへと姿を消してしまった。

 襲撃者は鋭い眼差しで辺りを睥睨し、苛立たしげに舌打ちをした。


「チッ。ようやく見つけたと思ったのに……! 逃げ足だけは速いわね……!!」

「――あー、助かったよ。確か、エイス……だったかな?」


 アーヘリアは武器を仕舞い、両手を上げながら襲撃者……エイス・(ブルー)・トワイライトへと近づく。

 手にした剣を腰に吊るした鞘へとしまったエイスは、胡乱げな眼差しでアーヘリアを見返した。


「……何かしら?」

「一応礼を。あのままだと、こちらは殺されるのを待つだけだった」

「いらないわ」


 エイスはすげなくそう言って、アーヘリアへと背を向ける。

 全てを拒絶するような背中を見て、アーヘリアは迷わずに声をかけた。


「仕掛け時を誤ったな。もう少し、奴が動きを見せていれば初撃も当たったろう」

「――ッ!」


 エイスは憤怒を瞳に宿しながら、アーヘリアへと振り返った。

 アーヘリアはエイスの眼差しを平然と受け止めながら、軽く腕を組む。


「何を焦っているかしらんが、少し落ち着くことを勧める。そんな様では、倒せる敵も倒せんよ」

「うるさい……! あの程度、私なら一人でも仕留められるのよ……!」


 過剰ともいえる自信を口から放つエイス。


「逃げ回るあいつを補足するのに時間はかかった……! けど、もう逃がしはしない!! 徹底的に追い詰めて、必ず殺してやる……!」

「……ずいぶん気負うな」


 エイスの様子を見て、アーヘリアは軽く眉を顰める。

 彼女の言動の過激さや、吐露する感情の激しさ。どちらも明らかに常軌を逸していると言える。

 モンスターにやられたことを根に持って延々と同種のモンスターを狩り続けるプレイヤーがいたりすることを、アーヘリアは知っている。

 いわゆる○○ハンターという奴だ。まあ、狭義的にはもちろん意味が変わってしまうが、広義的には怨恨から一種にこだわるプレイヤーもこの分類に含まれる。

 アーヘリアは小さく肩を竦めながら、エイスを眺める。


「まあ、Lvが100であればシャドーマンにも負けることは無かろうよ。殺すなどと公言してPK行為を行うのはどうかと思うがな」

「――何を言っているの。奴はレアエネミーよ」

「……なに?」


 ハッキリと断言するエイスの言葉を聞き、アーヘリアは片眉を上げる。


「あれが……レアエネミー? モンスターの一種だと?」

「ええ、そうよ……。あらゆる情報が表示されなかったでしょう?」

「そうだがな。そう言った情報に鍵でもかけているのかと思ったよ。噂のPKだからな」


 エイスの言葉に、アーヘリアはそう返す。

 ゲーム内情報……主に名前とLvはプレイヤーの頭上に表示されるようになっているが、設定を弄ればこれを非表示にもできる。あくまで設定を弄ればできると言うだけで、本当に弄る者はほとんどいないが。

 理由は単純な話で、名前を隠すのはやましいところがあるからだと、イノセント・ワールド内ではまことしやかに囁かれているからだ。

 というのも、一時期PK行為が流行った時期がイノセント・ワールドにもあり、そうしたPK行為を働く者はPKを行う時には名前を非表示にし、そして普通にプレイする際は名前を表示するという、ある種の二重生活を送っていたからだ。名前の表示設定を変えたうえで、見た目の装備も替えてしまうとPK行為の発覚率もそれなりに下がる。そうした工作の上で、PK行為を楽しんでいるわけだ。

 とはいえPKは決闘した際に発生するという性質上、決闘したという情報ログは被害者プレイヤーの元に残る……加害者プレイヤーの情報と共に。世界が広く、プレイヤーも多いとはいえ、そんな行為を続けていれば、すぐにPKプレイヤーの存在は発覚する。そうしたプレイヤーは運営へと通報され、アカウントの永久喪失という罰を喰らってイノセント・ワールドから退場していった。普通のMMOと異なり、プレイヤーの生体電流がログインキーとなっているVRMMOのイノセント・ワールドにおいては、それは永遠にイノセント・ワールドをプレイできなくなるという意味でもある。アカウントを変えてもう一回、とはいかないのだ。

 アーヘリアは己のクルソルを取出し、決闘情報を確認する。彼女の言うとおり、シャドーマンがレアエネミーであれば情報ログが残っているはずだ。


「……なんだ、これは?」


 だが、決闘情報ログに残っていたのは、不可思議な……言ってしまうと文字化けしたような情報ログだった。


“・キ・罕ノ。シ・゛・ネキ霹ョ、キ、゛、キ、ソ。」”


「……情報ログが文字化けている……? どういうことだ?」


 首を傾げるアーヘリア。

 相手がレアエミーであれば、情報ログは残らない。しかしこれではプレイヤーとも言い難い。

 使用上の存在であるプレイヤーの情報が、文字化けするなどということがあってはならないだろう。仮にもイノセント・ワールドはサービスを提供するゲームなのだ。こんな不具合、いつまでも残していては悪評の元だ。

 だが、こうして文字化け情報が残ってしまっている。運営が、珍しくサボっているのだろうか?


「とりあえず、バグ報告メールは送るか……」


 アーヘリアはため息とともに、運営への問い合わせフォームを開く。

 そうしてメールを送る間に、シャドーマンへの疑問が膨れていった。


(……しかし、なんなのだ、あれは。噂に聞いているほどの凶悪さは感じなかったし、殺せるタイミングで仕掛けてこなかった……。エイスの出現で引いた辺り引き際は良いのだろうが……)


 メールを送り終え、アーヘリアは顔を上げる。

 傍にいたエイスという少女……聞くところによればトッププレイヤーの一人である彼女なら、今までイノセント・ワールドに入っていなかった自分の知りえない情報を持っていると思った。


「エイ――」


 だが、気が付いた時にはエイスの姿はなく、未だに凍りついた氷柱だけが彼女のいた痕跡を残すばかりであった。


「……まいったな」


 軽く後ろ頭を掻くアーヘリア。

 ゆるりと傾く月が見下ろす中、溶けた氷柱が砕ける音が、辺りに響き渡った。




なお、遺物兵装(アーティファクト)はそのままの模様。

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