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log146.アバロンの密会

 飛空艇、アバロン。

 イノセント・ワールド内においても極めて珍しい、移動型のギルドハウスである。

 このギルドハウスは過去存在していた大型更新イベントにおいて入手可能であったもので、一時期はイノセント・ワールドの大空を席巻していたものだ。

 だが今のイノセント・ワールドの空に、飛空艇の姿はない。それは何故か?

 ……まあ、これは単純な話で撃墜されてしまったのだ。そのほとんどの飛空艇が。

 通常、ギルドハウスというものはあらゆる攻撃に対する耐性を備える。致死攻撃に必殺攻撃、大ダメージの確殺攻撃にLv100超えステータスの通常攻撃であろうと、ギルドハウスの完全破壊はできない。いや、破壊はできる。しかし数秒後には治ってしまうのだ。このギルドハウスの修復にはギルド内の金庫より自動でNPCへの支払いが行われるため、一切のノーリスクではないが……。

 しかしその仕様、飛空艇型ギルドハウスには適応されていない。それは何故か?

 こちらも単純な話、飛空艇というのは極めて強力な存在だからだ。制空権を確保されるだけで狩場を奪われてしまうプレイヤーもいるだろう。あるいはイベントで飛空艇を使用すれば、あっという間に飛空艇所有ギルドはイベントランカーとなるだろう。そんな一方的なゲーム展開を防ぐための仕様が、自動修理の不適応なのだ。

 もちろん、壁に穴が開いた程度であれば修復はできる。しかし、それもNPCを飛空艇に招き入れ、その上で壁の穴がきちんと塞がるだけの時間を経て、ようやく塞がるのだ。普通のギルドハウスであれば、数瞬で塞がる穴も、一週間かかってしまうこともざらだ。そして修理中に飛空艇が空を飛ぶことはできない。壁に穴が開いているので、そもそも飛べないというのが正しいのだろうが。

 そして飛空艇の心臓と言える動力炉……これが異常をきたし、破損してしまった場合。こうなるともう飛空艇は修理不可能となる。この理由は、動力炉に使用されている最重要パーツである“精霊を封じた大型結晶”が飛空艇を入手できるイベントでのみ配布された限定アイテムであり、現イノセント・ワールドにおいて入手方法が存在しないためだ。そのため、一度動力炉、特に大型結晶が壊れてしまうと、もう飛空艇は空を飛ぶことができなくなってしまうのだ。

 これらの仕様に、飛空艇乗りのプレイヤーたちは大いに不満を吹き上げ、大型結晶の再配布を望むメールを運営へと送った。中には課金仕様にしても構わないというものもいた。

 だが、運営は首を縦に振ることはなかった。あらゆる仕様に対し、真摯にプレイヤーたちの意見に耳を傾けている運営が、頑として受け入れることのなかった数少ない事例の一つであると今のイノセント・ワールドにおいても語り草となっている。

 ただし、主動力を失っても飛空艇がギルドハウスとしての機能を失うことはなかったため、飛空艇の価値がそこまで落ちることはなかった。落ちてしまえばいらぬというプレイヤーもいたが、落ちた飛空艇の遺跡っぽさを気に入り後から住み込むプレイヤーも後を絶たなかった。

 そしてすべての飛空艇が形を残して落ちたわけでもない。空を飛ぶレアエネミードラゴンとの壮絶な一騎打ちの末、ドラゴンの命と引き換えに原型さえ残さず爆散してしまったという伝説を持つ飛空艇もある。当然乗員は皆無事で、今も元気にイノセント・ワールドをプレイしている。

 閑話休題。

 そうした多くの逸話を持つ飛空艇の中でも、最長の寿命という現在進行形で伝説を更新する飛空艇アバロン。円卓の騎士(アーサーナイツ)の旗艦である現艇の中は、いつになくガランとしていた。


「………」


 常であれば、アバロンの中には総隊長親衛隊と呼ばれるギルドメンバーたちがおり、彼らの常の冒険の拠点として利用されている。アバロン内には商人NPCもおり、質を問わねば必要なアイテムはすべて揃えることができる。

 時間があれば、誰か一人は必ずいるであろう、そんな便利な拠点であるアバロンの廊下を歩くのは、たった一人の男であった。


「………」


 長い金髪をうなじで縛った、そこそこ顔立ちの整ったイケメンだ。おそらく初見における女性受けはなかなか良いものと思われる。

 しかし男の顔は険しく歪められ、まっすぐ前を見つめる瞳はゆらゆらと不穏な光を湛えて揺れている。


「………」


 肩に担いだ黒色の大槍は彼が歩くたびにカチャカチャと鎧の肩とぶつかり合って耳障りな音を立てる。

 軍靴のようなブーツを鳴らし突き進む男の目の前には、とある男の執務室が現れた。

 男がノックをせずに開いた扉のネームプレートには「ノース」と記されていた。


「――ベルザ。ノックぐらいしたらどうだ」

「今この船にいるのが俺とテメェの二人だけなのにか? めんどくせぇ」


 執務机に向かい何か書きつけていたノースの言葉に、黒槍の戦士、ベルザは苛立たしげに鼻を鳴らして机に近づいてゆく。


「この船も随分静かになったもんだな。いつものウゼェガキはお休みの時間か?」

「そうだな。それに、他の連中にもギルドの活動休止をあいつを通じて伝えてある……。しばらくは、この船に近づく奴はおるまい」


 ベルザがそう言って時計を見ると、時計は日本時間で午前7時を指していた。

 イノセント・ワールド内に存在する時計は、それぞれのプレイヤーがログインした地域により示す時間が異なる。この時計もベルザから見て午前7時を示しているに過ぎない。

 現在時刻にすぐに興味を亡くしたベルザは、ノースを睨み、口を開いた。


「その休止……意味あんのか? ギルドとしての活動やめて、なんかメリットでもあんのかよ?」

「………」


 ベルザの質問に対し、ノースは沈黙を返す。

 CNカンパニーにも静観していると見られている円卓の騎士(アーサーナイツ)……実は活動を休止していたのである。

 休止を決定したのはマンスリーイベントが完了して数日後。ギルドメンバーにはランスロットを通じ活動の休止を通達してある。

 その期間は、二週間前後。

 ノースは書き物から顔を上げ、ベルザを見やる。


「……メリットデメリットで言うなら、デメリットの方がでかい。こうして活動を休止している間にも、他のギルドやプレイヤーは力を付けてゆく」


 ノースの言葉に、ベルザは苛立たしげに眉を跳ね上げる。


「だったらよぉ。こんなふうにちんたらしている場合じゃ――」


 そうして文句を垂れようとしたベルザの口を、ノースは机を壊れるほどの力で叩いて黙らせた。


「貴様の言うとおり、ちんたらしている場合じゃない……!」

「――ッ!?」


 その口調に込められた嚇怒たるや、空気が歪んで見えるほど。ベルザには一瞬ノースが膨れ上がったように見えた。


「だが、今のままじゃだめだ……! 奴らに飲まされた煮え湯、きっちり落とし前を付けねばならない……!」

「……まあ、連中にゃ俺も一杯食わされてる」


 そのまま怒りのままに我を忘れそうなノースを宥めるべく、ベルザはなるたけ穏やかな口調でノースへと語りかけた。


「だからこそ、やってやるんだろう? きっちり、落とし前付けてやるんだろう? なあ、ノース?」

「――ああ、その通りだ」


 ベルザの言葉に、ノースはわずかに体を震わせ、ゆっくりと拳を解く。

 そうして顔を上げたときには、先ほどの冷静なノースに戻っていた。


「……それで、ギルドの休止だが……この間に振るい落としをしておこうと思ってな」

「振るい落とし?」

「ああ。今の円卓の騎士(アーサーナイツ)に相応しい人材……その振るいを掛ける」


 ノースはポツリとそんなことを呟きながら、机を直し、書き物を再開する。


円卓の騎士(アーサーナイツ)に足りないのは、勝利への執念、そして何を捨てても上へと上り詰める上昇志向だ。キング・アーサーは何もせずともそれらを得ていたが、俺にはそんなものはない……」

「――で、振るいをかけると?」


 ベルザがノースの机を覗き込む。

 彼が今書いているのは、特定の人物へ向けたメールのようだ。


「そうだ。いくらか目を付けている連中がいる……そいつらに声をかけ、円卓の騎士(アーサーナイツ)の改革を行い、その地位を盤石なものとする。もう、ちまちまハイエナ行為なんぞしなくとも済むような、そんなチームに変えるのだ……」

「ふぅん。そのためにゃ、手段は問わないようだな……」


 ベルザは円卓の騎士(アーサーナイツ)の改革自体に興味はないのか、小さくため息をつきながら適当な壁に背中を預ける。


「それはいいが、じゃあ、俺がやってる煽りは何なんだよ? 適当な掲示板に、シャドーマンの情報とセードーとか言うガキの名前を並べろってのは?」

「ああ、あれか? まあ、下準備という奴だ」


 ノースはペンをクルリと回し、ベルザを指す。


「正体不明のPK、シャドーマン。こいつの姿はセードーとうり二つ……。そして実名を流されるセードー。そのうち奴は正義屋気取りのギルド連中に群がられるだろう」

「どのゲームにも鬱陶しい連中はいるもんな。で?」

「その中に、我々円卓の騎士(アーサーナイツ)が現れても、何の不思議もあるまい? たとえそのままセードーを討ち取ったとしても、何ら問題はないだろう」

「大義名分作りってか? 回りくどい」


 ノースの案に、ベルゼは深いため息をついた。


「そんなことしてねぇで、囲ってボコっちまえばいいじゃねぇか。後手後手に回ってっから負けたんじゃねぇの?」

「黙れよ、ベルゼ……」


 メールを書く手を止めず、ノースはドスの利いた声でベルゼを脅す。


「あのガキ、ボコる程度でやめてやれるか……。かの覇王……伝説のPVPマスターアーヘリアを単独撃破したあのガキを……。ただ殺す程度で済ますものか……!」


 キャラのLvをリセットし、イノセント・ワールドへと舞い戻ったかつての覇王アーヘリア。

 一から自身を鍛え直すという彼に、当時を知るものとしてインタビューを試みた一人の記者が、イノセント・ワールド中に伝えた事実はこれだ。


“一人の少年にサシで負けてしまってな。これは鍛え直してリベンジしなければと思ったのさ”


 アーヘリアはMMOの常識に則り、セードーの名を公言したわけではない。しかし彼はマンスリーイベントのボスプレイヤーであったことと、自身を倒したのが武術家であることは隠さなかった。

 どちらも断片的で、何かを確定できるものではない。だが、知るものが知れば、ある程度の推測はできる。

 覇王アーヘリアを倒したのは、セードーであるという推測が――。


「今はただ、覇王の復活を祝うだけの記事も、いつかはあのガキの名誉にとってかわるやもしれない……! そうなる前に、奴を孤立させてやる……!」

「……そうかい。せいぜい、頑張るといいさ」


 ベルゼは呆れたように呟き、執務室を後にする。


(……そのガキの隣にいるあのメスガキ……そっちは俺が頂くがな)


 その脳裏に、かつて屈辱を味あわせられた少女の顔を浮かべながら。




なお、覇王さんはギアから属性もリセットしている模様。

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