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log143.カネレ・カレロ

 赤く、岩肌がむき出しになり、草木の一本さえ生えていない高い頂をセードー達はひたすらに上る。

 死の荒野……とでも呼べそうなほど、生命が繁殖する気配が見受けられない山肌であるが、そんな場所にもモンスターはポップする。


「コォォォ……!」


 呼気と共にセードーは襲い掛かってきたオオトカゲの頭めがけて、肘と膝を叩きつける。


「フンっ!!」


 生々しい音を立てて、オオトカゲの頭が砕け散る。

 クリティカルの快音が後から響き渡りオオトカゲの絶命を告げるとともに、セードーの背後で爆音が響き渡った。


「メテオキック・ブラストォォォォ!!!」


 突然出現したティラノモドキの胴体に、スティールの流星キックが決まる。

 轟音と共にティラノモドキの体を突き抜けたスティールは山肌へ着地し、そのまま勢いを殺すように滑ってゆく。

 そして迫る爆風を受け止めるため交差していた両手を払い、叫んだ。


「……爆散っ!!」


 その声をトリガーに、ティラノモドキが粉々に砕け散った。

 どことなくヒロイックなスティールの向こう側では、コトカゲの群れを丸まったスタッフィが蹴散らしてゆく。

 ボムボムと柔らかい音を立てて跳ねまわるスタッフィボールはどことなくファンシーだが、その下で砕けるコトカゲ達の姿を見るに、威力は冗談ではないのだろう。

 最後の一匹を引き潰したスタッフィはそのままゴロゴロとスティールの傍まで転がり、勢いよく元の姿に戻る――。

 が、勢いが付きすぎたのかそのまま前のめりになってしまい、両手を振り回してバランスを取ろうとするが、結局倒れてしまった。

 そんなスタッフィの姿にスティールは苦笑しつつ、セードーの方へと振り返る。


「もうすぐ頂上だが、少し休憩を取ろうか。まんぷくゲージも空だしな」

「……そうだな。ここにあいつがいるとも限らない。この後も、戦う準備はすべきか」

「(ここで会えるのが一番いいけどねー……。うう、目が回るぅー……)」


 セードー達は頂上へと到達する寸前で何度目かの休憩を取る。モンスターのレベルもそこそこ高く、さらに傾斜を登るという行為がかなりまんぷくゲージを消費するため、山に登る際はなるたけ休憩を取ることを推奨されている。まんぷくゲージが空になった場合のデメリットは経験値が取得できないだけなので、急ぐのであれば無視して昇ればよいが、そこまでして山を登る理由もない。

 空になった空腹ゲージを満たすべく、携帯食料を口にしながらセードーは自分の経験値を確認し、軽く目を見開いた。


「……驚いたな。2Lvは上がりそうなくらい経験値が溜まっている」

「セードーにしてみれば、格上との連戦だ。経験値も溜まってゆくだろう」


 メットを被ったまま食料を食べるという、謎すぎる行為を行うスティールの隣で、ぬいぐるみの口が開いて食べ物を咀嚼するスタッフィが軽く首を傾げた。


「(じゃあ、ステータス上げれば? ステータス上げとけば、もっと楽になるよ?)」

「……今はまだだ。どうせなら、皆がいる場所でLvは上げたい」


 セードーはクルソルを仕舞い、グビリと水筒の中を飲み干す。

 濡れた口元を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。


「それに、ここにはLvを上げに来たのではない」

「(んー……まあ、皆に遠慮してるってことかな? 気にしなくてもいいと思うけど)」

「そう言うなスタッフィ。人には人の事情……いや、気持ちがあるものだろう」


 セードーが立ち上がるのを見て、自身も立ち上がるスティール。

 スタッフィは彼らの言葉に納得がいっていないようではあったが、すぐに立ち上がった。


「(――そうだね。私がどうこういうことじゃないね)」

「そういうことだ。セードー。今昇っている山の頂上はすぐそこだが――」


 スティールがセードーの方へと向き、声を掛けようとしたときだ。

 彼らのいるところに、何やらやかましい音が鳴り響いてきた。


「……? なんだ?」


 スティールが耳を澄ませてみると、それはギターを適当にかき鳴らしている音だとわかった。

 続いて調子っぱずれな歌声まで聞こえてくる。歌詞はなんというか適当に即興で歌っているだけのようで、場末のバーの片隅で適当に演奏していればそれなりに収入がありそうだと、スティールは何となく思った。

 とはいえ、こんな赤茶けた山の頂で聞こえていい音ではないだろう。場違いにもほどがある。

 いったい誰のものなのか確認しようとスティールが音源を探そうとすると、セードーは先に進み始めてしまった。


「セードー?」

「……どうやらこの先にいるらしい」

「(いるって……セードー君が探してる人が?)」


 セードーはスタッフィの問いに答えず、一気に山を登ってゆく。


「おい、セードー!?」

「(あ! 待って待って!)」


 そんな彼の姿を、スティールとスタッフィは慌てて追いかけた。

 頂までの距離はさほどない。ほどなくして、場違いなシンガーの正体ははっきりした。


「~~♪ ~♪ ……っと? ヤッホー、セードー!♪」

「久しぶりだなカネレ。こうして顔を合わせるのはどのくらい振りか……」


 ニダベリルの誇る鉱山の一つ、その頂に腰かけギターをかき鳴らしていたのは、カネレ・カレロ。

 このゲーム最古参を誇るプレイヤーの一人であり、初心者への幸運(ビギナーズラック)創始者とも呼ばれるプレイヤーであり、このゲームで最も有名なトッププレイヤーの一人だ。

 そのカネレの姿を目にし、スティールは驚いたようにセードーに問いかけた。


「……セードー。もしや、カネレ・カレロとフレンドなのか?」

「ああ。初めてゲームログインした日に出会った」


 短く応えるセードーの言葉に、スティールは感嘆の吐息を漏らす。


「……そうか。それは幸運だぞ、セードー」

「なに?」

「(カネレ・カレロにゲームログイン時に出会えて、さらにフレンドになれたプレイヤーは、幸せになれるってジンクスがあるんだよ)」


 スタッフィも、カネレの姿に驚きながらも看板を掲げてセードーへと説明する。


「(いろいろ理由はあるんだけれど……でも、例外はないんだ。カネレは、このゲームでは幸運を運ぶギタリスト、とも呼ばれてるんだよ)」

「それは気のせいさ~♪ 皆が幸せなのは、皆の力!♪ 僕はきっかけでもおまもりでもない~♪」


 ジャカジャカギターを鳴らすカネレは、愉快そうに歌い続ける。


「だって僕はプレイヤー♪ そんな不思議な力があるわけじゃないじゃな~い~♪」

「……長くプレイしていれば、そんなうわさも流れるだろう。だが、お前の言うとおり重要なのはそこではない」

「ん~♪ じゃあ、何が大事かな~?♪」


 セードーの言葉の先を促すカネレ。やかましく、ギターをかき鳴らしながらではあるが。

 そんなカネレの様子に構わず、セードーは問いかけを始めた。


「今俺はシャドーマンを追っている。聞いたことがあるか?」

「あるよあるある~♪ PKって聞いてるよ~♪」

「らしいな」


 セードーは一拍を置いて、カネレへと問う。


「――俺はそいつがレアエネミーの一種であると考えている。正しいだろうか?」

「――それをどうして僕に聞くのかな?」


 ギターを鳴らす手は止まらない。しかし、声から歌うような節が取れる。

 レアエネミーの法則に従うのであれば、シャドーマンはレアエネミーとは呼べない。基本的に、レアエネミーは一度出現すれば、一番最初に遭遇したプレイヤーを追い続けるからだ。

 特殊なレアエネミーは出現場所や条件の関係でプレイヤーを追うことはできないが、そう言った特殊なものを除けばすべてのレアエネミーはプレイヤーを追い続ける。一度ログアウトしようと、何度でも。大陸を越えようと、どこまでも。

 だが、シャドーマンは違う。無差別に、様々な人間を、PKしている。決して一人ではない。被害者の数は、三桁で足りるのだろうか。明らかに、イノセント・ワールドというゲームの仕様、そのロジックから外れた存在だ。セードーの言っていることは見当はずれにしか聞こえないし、聞く相手も明らかに間違っている。それを聞くべきは、運営だろう。

 そんなセードーを見つめる顔には笑みを浮かべ、しかし見つめる瞳に笑みはない。どこか、虚ろな様子だ。セードーの言葉に機嫌を損ねたか、あるいは――。

 セードーはそんなカネレの瞳を見つめ、素直に答えた。


「お前が一番……この世界(・・・・)を良く知っていると考えた」

「ふーん……」


 カネレはギターを鳴らし、セードーを見つめる。

 セードーはカネレの言葉を待たず、先を続けた。


この世界(・・・・)はとてもよくできている。時として、現実であると錯覚してしまいそうになる位にな」


 セードーはカネレから視線を外し、山の頂から下界を見下ろす。

 雲一つない快晴から見下ろせる下界は、どこまでも広く、どこまでも青く、そしてどこまでも静かだ。彼らが今立っている場所から見える光景は、まるで世界の全てを切り取ったかのように見える。


「だからな、カネレ。俺は思った。……そんなゲームであるイノセント・ワールド、時としていきなりモンスターが生まれる(・・・・・・・・・・)こともあるんじゃないか、とな」

「……セードー?」


 セードーの言いたいことを掴めず、スティールが疑問符を浮かべる。

 だが、カネレには伝わったようだ。顔にいつもの薄っぺらい笑みを浮かべ、一際強くギターをかき鳴らした。


「――OK! セードーの言いたいことはよっく分かった! 君は、知りたいんだね? シャドーマンのことを!」

「――そういうことだ」


 前後の脈絡など完全無視したカネレのセリフだが、セードーはそれで十分だったようだ。腕を組み、カネレの言葉を待った。

 ギターをかき鳴らしながら、カネレはシャドーマンについて語り始める。


「もちろん僕も知ってるよ! といっても、他の人より多くは知らない! 知ってると言えば、シャドーマンがPKを繰り返してるってことくらいだ!」

「(なんだ……。さすがに、トッププレイヤーでも知らないんですね……)」


 微かな落胆を露わにするスタッフィ。

 そんな彼女に申し訳なさそうに眉を下げながらカネレは答える。


「ごめんねー! 駄目トッププレイヤーだから僕……でも人より知ってることはあるよ! と言っても、シャドーマンのことじゃない! エイスのことだけどね!」

「エイス? 彼女がどうしたんだ」


 カネレの言うエイスと言えば、エイス・ブルー・トワイライトのことだろう。

 冷徹なトッププレイヤーの姿を思い出すセードーに、カネレは思いがけない事実を伝える。


「彼女が追っているのさ! シャドーマンをね!」

「……彼女が? 何故だ?」


 エイスのことをよく知らないセードーの問いはある意味最もだろう。

 PKである以上、何らかの方法でシャドーマンの凶行は止めるべきだ。しかし、できるなら関わりたくないのが人の性。

 エイスというトッププレイヤーが、シャドーマンを率先して狩ろうとする理由がセードーには思いつかなかった。邂逅は一度だけ、それもほぼ一瞬だった……。


「………」


 ……いや、その一瞬、そのきっかけ。

 セードーはようやく思い出す。

 あの時、エイスは、何を倒しに来ていた(・・・・・・・・・)


「……そうか、彼女が……」

「うん♪ 必死こいて動いて回ってるからー、案外彼女にくっついてればシャドーマンに会えるかも?♪」


 ギターを鳴らす手を止め、カネレはセードーを見つめる。


「――会えるといいね、セードー。君の疑問が晴れるといいね」

「……ありがとう、カネレ」


 どこか透き通ったカネレの言葉……いや、声にセードーは小さく頷く。

 

(得るものは得た……。不十分ではあるが、十分か)


 セードーは矛盾した思考を抱えつつ、カネレに背を向ける。


「(あ、セードー君……?)」

「……行こう、スタッフィ。お話、ありがとうございました」

「どういたしまして~♪ がんばってね~♪」


 結局二人の会話の意味が解らなかったスティールたちは、カネレに頭を下げセードーを追いかける。

 山を下りてゆく三人を、カネレはいつまでも見つめていた。




……カナラズ、ミツケダス。

ミツケテ……コロシテヤル……!

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