log142.ニダベリル
赤茶けた大地が視界いっぱいに広がり、町中に立った煙突から終始吹き出す煙が瞳に痛い。
いくつもある鍛冶場から鳴り響く金床を叩く音は、不思議とリズムを刻んでいるように聞こえてくる。
すえた臭いは金属が焼ける音だろうか。深呼吸をしようものなら、熱い空気が肺をいっぱいに満たし、咳き込むことは請け合いだろう。
そんな悪環境とは反対に、町中は人々の姿で満たされ、活気が溢れ零れそうなほどであった。
ずんぐりむっくりとした低身長でがっしりした体躯を持つドワーフ。犬と人を掛け合わせたような不思議な獣人コボルト。古代より生きていると言われる機械人間オートマン。皆一様に汗をかき、そして笑顔で自らが生み出した武具たちを道行くプレイヤーたちへと披露している。
所狭しと並ぶ鍛冶場で狭いはずの空間が、その場を包む熱気のおかげで不思議と広く感じてしまう。何とも言えず、不思議な場所に、セードーは立っていた。
「……ここがニダベリル、か」
スティールたちと共に金属の街へとやってきたセードーは、初めて見る鍛冶場の街を見て、ポツリとそう呟いた。
皆と別れた後、セードーは自らの心当たりを探るべく、スティールたちにニダベリルへの案内を頼んだ。
己の武技を磨くことを旨とする闘者組合、あいにく金属製の武具には縁遠いギルドであったため、誰もニダベリルへと赴いたことがなかったのだ。
「すまなかったな、スティール。俺のわがままを聞いてもらって」
「なんの。気にするな、セードー」
セードーの願いを快く引き受けたスティールは、その言葉を受けて一つ頷いてみせた。
「お前が行きたいというのであれば、俺に否はないさ。できることは、すべて請け負おうとも」
「(スティール、セードーさんとは仲がいいよね)」
着ぐるみ少女が楽しそうな笑顔を浮かべながら、そう看板を掲げてみせる。
少女のその言葉に、スティールは少し恥ずかしそうに後ろ頭を掻いた。
「まあ……俺にもいろいろあったんだ。その、スタッフィと会う前にはな」
「(ふーん)」
着ぐるみ少女……スタッフィは、そんな言い訳じみたスティールの言葉を聞いて楽しそうに看板を裏返す。
愉快そうな様子のスタッフィをみて、セードーは申し訳なさそうに彼女にも頭を下げた。
「そちらの……スタッフィさんも申し訳ない。スティールも、あなたも、この件には関わりがないというのに……」
「(スタッフィでいいよ、セードー君)」
スタッフィはそう看板を掲げ、一回裏返す。
「(それに、気にしないで? 私も、スティールも、あまりやることがないし……個人的に、PKって嫌いだし。シャドーマンが止められるなら、私も協力するから)」
「……それでも、言わせてほしい。本当にすまない」
セードーは下げたままの頭でもう一度詫び、そしてゆっくりと頭を上げる。
「……そして、ありがとう。二人とも、俺に協力してくれて」
決然とした表情のセードー。真剣な表情だ。だが……何か裏があるようにも見える。ほの暗い、何とも言えない感情が渦巻いているように見える。
そんな彼の顔を見て、二人はそれぞれに頷いた。
「気にするな、セードー」
「(そうそう。フレンドには、頼ってほしいものだよ)」
……その表情の裏にあるものには触れず、そう頷くスティールとスタッフィ。
セードーは一つ頷き、それからニダベリルへと振り返る。
「……それでは、行こうか。しかし、この街の活気はすごいな」
町中を歩きながら、左右を見回すセードー。
多くの街は路上に露店が広げられ、そこを根城にするNPCやプレイヤーたちのおかげでメインストリートは特に活気にあふれているものだ。
だが、ニダベリルはそこだけではない。町中が強い熱を放っているかのように、活気に満ちているのがわかるのだ。
おそらく、町中に存在する鍛冶場のおかげだろう。鳴り響く金属音、そしてその金属を溶かすための炉……それらを回す鍛冶師たちが、この街の熱気を熱く、高く、そして強くしているのだ。
それらの熱気、活気を懐かしそうに眺めながらスティールが前を行くセードーへと説明する。
「ああ、そうだな……。おそらく多くのプレイヤーがまず目指すのがこのニダベリルだ。ここでは様々な武器、防具が入手できる」
道行く戦士が路上のバスターソードに目を取られ立ち止まり、騎士のような風体の少女が屈みこんで美しい盾の表面を物欲しそうに撫でている。
「ここで入手できるあらゆるものの水準は、ミッドガルドを越えており、さらに武具の改造に関しても基点となるのはここで発生するクエストだ。セードー達のような志を持つ者にとっては無縁かもしれないが……この街からすべてが始まるというプレイヤーもいるという」
「(信じられないかもしれないけど、この街を拠点にしているギルドが一番多いんだよ?)」
「住むには適さないように見えるが、それよりも利便性が勝るということか」
多くのプレイヤーたちの会話に耳を傾けてみれば、スティールの言うとおりに己の武器をどのように改造するかを話しているようだ。
多くの者にとって羨望の的となる遺物兵装であるが、やはり入手率を考えれば手に馴染んだ武器を改造してゆく方が良いのだろうか?
後ろを歩く全身鎧の戦士を、それから着ぐるみを着る少女を見てセードーはポツリとつぶやく。
「……しかしスティールにとっては住み心地が良い街かもしれないが、スタッフィにとってはそうでもなさそうな街だな」
「……やはりそう思うか?」
そんなセードーの言葉に、スティールが笑みを含んだ声を上げる。
それから一拍置いて、愉快そうなスタッフィが看板を掲げ上げた。
「(私の着ぐるみ、裏地に鎖鎧が編み込んであるんだよ!)」
「裏……地? なんだそれは、防弾スーツ的なあれか?」
「(その通り! こうすることで、ちょっと重いけど十分な防御力のある着ぐるみができるのさ!)」
思ってもみない言葉に一瞬呆けるセードー。着ぐるみの裏に鎖鎧。発想としては間違っていないのだろうが、ファンシーな着ぐるみの裏に鎖が編み込んであると聞かされると何とも言えずシュールだ。
「着ぐるみのまま防御力を上げようとすると魔法に頼らざるを得ない……そうなると改造費に維持費と金がいくらあっても足りんからな……」
「(単純に防御力を上げるだけなら、裏地に鎖で十分なんだよー)」
「なるほどな……。想像もしてみなかったな」
セードーは通りがかりの露店でクナイを数本買いながら、先を進む。
「スティールの相棒であるということは伊達ではないということか……」
「そう言われると、何とも言えんな……」
「(ところで、セードー君の心当たりってなんなの? 聞いてなかったけど……)」
スタッフィに問われ、セードーは視線を上げる。
「……この辺りで一番高い山の上を目指している」
「(え? 山?)」
セードーの言葉に、スタッフィは不思議そうに看板を裏返す。
セードーは振り返ることなく、街の外へと出るための道を進み続けた。
「ああ、そうだ。あいつはニダベリルの高い山の上で、よくギターを鳴らしているというからな……。おそらく一番高い山の上だ」
「あいつ……情報屋か何かか?」
「いや……だが、このゲームに最も詳しいプレイヤーの一人だろう」
少しずつだが、街の活気が遠ざかってゆく。
代わりに広がるのは、鉱山を開拓する新たな活気だ。
「あいつが言うには“高いところから見下ろすと、このゲームの世界全てが見渡せるようでお気に入り♪”……なんだそうだ」
「……仙人か何かのようなことを言うのだな、その、セードーの知り合いは……」
少し考えてからスティールは遠慮がちにそう口にするが、セードーは小さく微笑みながら返す。
「あいつの場合は何とかと煙はの方だろう」
「(セードー君、意外とひどいこと言うね)」
遠慮のないセードーの言葉に、スタッフィが苦笑しながら看板を掲げた。
そんな彼女の言葉に頷きながら、セードーは目の前に広がる山岳を見上げる。
「そうだな……まあ、あいつのことだ。笑って許してくれるさ」
「ふむ……セードーがそこまで信頼するか。個人的に、その彼に興味が湧いてくるな」
「(そのためには、とりあえず登山だよね!)」
そこかしこに開いた坑道の入り口を縫うように、山の頂上へと続く道が敷設されている。
だがその道とて完全に頂上まで続いているわけではない。人の手のはいらない高さまで行くと道は途切れ、そこからはプレイヤー自身の手で道を切り開いてゆく必要があるのだ。
「(で、どうするの? 一番高いとなると、私たちのLvだと結構危ないと思うけど……)」
「推奨Lvは50以上だ。装甲の厚いモンスターも増えるので、一撃必殺のクリティカルも狙いづらい」
「やはりそうか……では欲張らず、手近な山から上るとしよう。いるかどうかも分からん。いれば儲けもの程度だ」
セードーはそう呟きながら、山道に足をかける。
と、その時、坑道の中から三体のリザードマンが飛び出してきた。
手にしている武器はボロボロだが、未だに輝きが衰えていない。リザードマン自身のLvも30前後。気の抜けない相手だ。
「っ! ロケットパンチィィィ!!」
いち早く動いたスティールの必殺の拳がリザードマンの顔面を打ち砕く。
「(ハンマーナックルゥー!)」
宙を飛び上がる看板が示す通り、巨大化したスタッフィの両手がリザードマンを叩き潰す。
「外法式無銘空手――」
そして残り一匹のリザードマンの喉に、セードーの手刀が突き刺さる。
「――首薙」
……そして刺さった手刀で頸動脈を引きずり出すように、強引にリザードマンの喉笛を描き切った。
クリティカルの快音と共に、消え去るリザードマン。
己の敵に集中していた二人は、セードーに駆け寄り声をかけてくれた。
「ぶじか、セードー!」
「(いきなりLv30なんて……! 道間違えたかな?)」
「さて、どうかな」
セードーは消え去ったリザードマンのいた場所から目を離し、頂上を見上げる。
「……何があろうと、会ってもらうぞ。カネレ」
小さな呟きは、誰に聞こえるでもなく風に流されていった。
なお、着ぐるみの中は<水>属性魔法で快適に過ごせるようになっている模様。




