log129.乗り越えるべき壁
「いや、負けたわけやあらへんぞ? こうしてワイが死に戻るも作戦のうち、イノセント・ワールドの先輩として、後輩のセードーに花を持たしてやってんぞ?」
「奥の手まで持ち出しといて言い訳すんな負け犬」
「誰が負け犬じゃシャラァァァァァ!!!」
心を抉るような暴言を吐くサンに、ウォルフの右ストレートが唸る。
アーヘリアによって死に戻りさせられたウォルフはその後、戦いに復帰すべく地下十五階を目指した。
だが、地下十四階の下り階段はいまだに解禁されることなく沈黙を保ち続けており、ウォルフもまたそこで足止めを食うこととなってしまった。
怒りの右ストレートを軽やかに大纏崩捶で迎撃されるウォルフを眺めながら、マコが苛立ちを隠そうともせずため息をついた。
「はぁ……っかし、元プレイヤーのイベントボスとか……運営は何考えてんのよ? しかもPvP特化型? 時間停止? 勝てるわけないっしょ、そんなの……」
「実際のところどうなんだい、ストライカーさんよ?」
「その名で俺を呼ぶんじゃねぇよ」
ホークアイからの呼び名に歯をむき出しつつ、リュージは自分の見解を述べる。
「まあ……人海戦術で何とかするしかないだろ。時間停止にしろ超加速にしろ、5秒が持続時間だろ? さすがに5秒でこの人数を一撃って訳にゃいかねぇだろ」
「まあ、頭数はそろっているか」
スティールは辺りをぐるりと見回す。
今ここにいるのは異界探検隊、銃火団、スティールと着ぐるみ少女にセードーとGMを除いた闘者組合だ。人数にして十人強。5秒で倒しきるには、さすがに無理があるだろう。
「どんなスキルにもインターバルはあるからな。殺されなかった奴が、覇王様の首をとりゃいい。セードーが超人薬で奮闘し、あと一撃くらいに減らしてくれてりゃ御の字だろ」
「はっはっはっ! まあ、そんなところだな! ホーク! 目はいつでも使えるようにしておけよ!」
「OK、軍曹」
「あんたもよ、ミスターストライカー。いつでもその剣使えるようにしときなさい」
「呼ぶなというのに……とりあえず手伝えマコ」
セードーが敗れたときに備え、出会いがしらに最大火力を打ちこめるように準備を始める一同。
ホークアイはリボルバーをリロードし、リュージは焔王に炎を溜め始める。
スティールは次に使い潰す鎧を選定し始め、ウォルフをぶちのめして準備運動を終えたサンは屈伸運動を始める。
皆が思い思いに次の戦いに備える中、キキョウはじっと地下十五階への階段を見つめていた。
階段を見つめ微動だにしないキキョウに気が付いたソフィアが、彼女へ近づいてゆく。
「……キキョウ?」
「あ、はい? なんでしょう?」
ソフィアの呼びかけにキキョウはすぐに返事を返す。
振り返って己を見るキキョウに、ソフィアは少し迷ってこう問いかけた。
「不安……なのか?」
セードーが一人で戦っていて。そう、言外に問いかける。なんとなく、ソフィアはキキョウがそう感じていると思った。
いくらイノセント・ワールドがゲームとはいえ、親しい友人が一人でイベントボスに挑むなど尋常ではない状況だ。中にはそういうプレイを楽しむ者もいるが、普通はそんな状況を選ばない。
イノセント・ワールドはMMORPG。相手は中身が人間の元プレイヤーであるが、それでも多人数を相手にすることを想定しているはずだ。一人で太刀打ちし得る相手ではないだろう。セードーも、遠からずリスポン待ちの席に入ることだろう。それはつまり、セードーが負けることを意味する。
「………えっと」
ソフィアのその問いに、キキョウは少しだけ考え、それから少しだけ微笑む。
「少しだけ……でも、大丈夫だって信じてますから」
「……そうか」
キキョウの微笑みに、ソフィアもまた笑みで返す。
キキョウの言葉の真偽を知る術をソフィアは持っていない。だが、キキョウがセードーを信じているというのは、はっきりと理解した。
ソフィアはキキョウの隣に立ち、彼女がそうするように地下十五階への階段を見つめる。
その先で戦うセードーの無事を願うように。
「何やら苛立つ気配を感じっぼぁ!?」
「黙ってろ負け犬。……けど、信じてるかぁ。言うねぇ、キキョウも♪」
「レミみたいな純粋な子ってまだいたのね……。世の中まだ捨てたもんじゃないわね」
「フフフ……いいわね、キキョウちゃん……信じられる旦那様がいるって……フフフ……」
「み、ミツキさん、落ち着いてください!?」
「なんでこの人こんなに影背負ってんの!?」
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時間間隔の延長、というものがある。
達人同士の立会において、一撃一撃がきわめてスローモーに感じた、という逸話を科学的に検証し、証明した現象のことだ。
VRMMO発展以前は単なる逸話の一つとして片づけられていたこの話も、脳分野の開拓により実際に存在する現象として立証され、現代においてはVR内のみではあるが一般人でも体験できるよう再現することさえ可能となっている。
ちょうど、イノセント・ワールドの時間停止がそうだ。
時間停止は0.01秒が体感で5秒ほどになるスキル。これに超加速というスキルを組み合わせることで、さながら静止した時間を動けるかのように感じることができるのだ。
普通のプレイヤーたちは0.01秒を認識することさえできない。〈無〉属性であるこの二つを持っているアーヘリアは、ただのプレイヤーたちに対して圧倒的に優位な立場にあると言えるだろう。
………ある、特定の人間たちを除いて。
「っ、ご、がぁ!?」
吹き飛び、転がるアーヘリアの体。彼が転がるたびに地面が砕け、粉塵が舞う。
全身を特別なスキルの入った鎧で守られているが、鎧の防御が役に立っているようには見えない。今や彼のHPは4割を切るところまできてしまっていた。
「く……!」
バラバラと降り注ぐ破片を払いながらアーヘリアは素早く体勢を整え、顔を上げる。
彼の視線の先には、誰もいない。
大剣を握りしめ、アーヘリアは叫ぶ。
「時間停止ッ!!」
叫ぶのと同時に、まだ舞い落ちる粉塵や地面の欠片が、中空で静止する。
全ての時間が遅くなる時間停止の発動によって、世界の時間がほぼ止まる。
時間にして0.01秒。認識さえできないはずの時間の中で、アーヘリアの横顔にセードーの拳が決まる。
(ぐ……!?)
横から思い切り殴りつける体勢のセードーは、そのままの勢いで回し蹴りを放ち、アーヘリアの胴を打ち据える。
そして振り抜いた足を翻し、突き刺さるような足刀蹴りを放った。
この間、アーヘリアの体に衝撃はない。時間停止はあくまで0.01秒を認識できるようになるスキル。知覚や感覚までは、追いついてこない。
だがそれは同時に。
「―――っぼぁぁ!?」
時間が解けるのと同時に、0.01秒の間に受けた攻撃を受けるということ。
足刀蹴りによって打ち出されたアーヘリアの体が木の葉のように宙に舞う。
「コォォォ……!」
超人薬の効果により0.01秒を動けるセードーは、止まることなくアーヘリアへと攻撃を浴びせる。
地を蹴り空を蹴り、自らが吹き飛ばしたアーヘリアへと追いつき、猛撃を浴びせる。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
「がぁぁぁぁ!!??」
まったく同時にアーヘリアの全身を、あらゆる方向から打ち据えるセードー。遠巻きに戦いを見つめているランスロットから見れば、セードーが分身しているようにしか見えない。
中空で逃げる場さえ奪われたアーヘリアは為すすべなく打ちのめされ、そのまま地面へと落下する。
轟音を立てて堕ちるアーヘリア。彼は痛感していた。
(勝てない……! 時間を停止しても、その中で加速しても……その中で動ける人間には、勝てない……!)
0.01秒の中を超加速なしに動くセードー。今の彼のLvは150。そのステータスはすでに刹那に等しい時を動くのに十分なものと言えるだろう。
だが、人間の感覚はそうもいかない。身体は誤魔化せても、感覚は元の人間のままのはずなのだ。
実際、セードーも0.01秒が見えているわけではない。彼はアーヘリアを見据えて拳を振るっているようには見えなかった。
(たとえ見えていなくても……身体は動く……! 長い、長い訓練で磨き上げた、自分の身体が、己の意志のままに動くのか……!)
かつて、同じ状況に陥った時には理解できなかったことが、今のアーヘリアには理解できた。
セードーは、敵を見て動いているのではない。あくまで己が積み重ねてきた技を、拳を……動かないアーヘリアにぶつけてきているだけなのだ。今まで学び、磨いてきたとおりに。
見ていないのであれば躱せばよい、と人は言うだろう。
だがそれさえ叶わない。セードーの拳は、目が付いているのかというくらいアーヘリアを追いかけてきた。
あるいは本当に目ではなく、拳で視ているのかもしれない。それが、武術家という生き物なのかもしれない。
(ふ、ふふ……呆れ果てて声も出ない……これほどとはな……)
アーヘリアは自嘲の笑みを浮かべる。
Lv150のステータスを十全に活かし、アーヘリアを追い詰めるセードー。
そんな彼との戦いでアーヘリアがなによりも驚いているのは――。
(これほど……これほどの隔たりがあって尚……あの時の彼には届かないとは……)
今この瞬間戦っているセードーの実力は……かつて挑んだイベントボスプレイヤーと比べて数段は確実に劣るという確信があることだ。
セードーの拳は、時間停止を使っていても避けることが叶わない。だが、かつて挑んだあの男は、時間停止を使っていても見ることが叶わなかった。
(四年……。私にもブランクはあるだろう……。だが、こうしてセードー君と戦って感じる、彼の強大さ……!)
アーヘリアがイノセント・ワールドを去った理由は、かのイベントの際に出会ったイベントボスプレイヤーの存在である。
確かに負けはした。一人では勝てず、全てのプレイヤーの力を終結し、ようやく勝つことができた。
止めはキングアーサーに譲り、自身はサポートに徹した。
それでも、胸を張って言える。α版からプレイを続けたイノセント・ワールド、その中にあってあれほど燃え盛った戦いはなかったと。
圧倒的と言える壁を前に、死力を尽くし、手を結びあい、時には非常に見捨て、それでも誰かのために盾となり……。
あるいは生涯においても二度とないであろう、文字通りの意味で全力投球することとなったイベント……。PvPに燃えていたアーヘリアにとって、あれこそが自身のエンディングだったと言えた。
当時パーティを組んでいた二人の仲間は今でも良き友人だし、遺物兵装という新たな要素がPvPに新しい風を呼び込んだのも事実だ。
だが、それでも燃えなかった。燃え盛ることはなかった。まるで、燃え尽きたかのように、アーヘリアの胸の内に熱が蘇ることはなかった……。
(……フ、フフ……)
それ以降、イノセント・ワールドを去り、四年。かの会社に勤めるようになった仲間の誘いを受け、こうしてイベントボスプレイヤーとしてマンスリーイベントに参加し、セードーに出会うことができた。
そして改めて確認できた。自身の胸の内に、まだ小さい火種があることに。
(もう二度と会うことはないと思っていた……。彼のような、決してスキルだけでは越えられない壁……!)
アーヘリアは立ち上がる。そのHPはすでに一割を切っている。このままセードーに攻め続けられれば危ういだろう。
(今度こそ、打倒する! 壁は……壁は乗り越えるためにあるのだから!!)
自分より強い相手を、そして多くの大ギルドを相手取り、ただの一度を除いて勝利し続けてきたアーヘリア。
彼は今目の前に横たわる敗北の二文字を前に、自らを奮い立たせる。
今度こそ……目の前の壁を乗り越えるために。
「捻じれ……覇王大剣ァッ!!」
そして唱える。唯一無二の相棒の名を。
なお、理論上イノセント・ワールド内においてはプレイヤーが光速に迫ることが可能な模様。




