log126.横一文字
セードーは拳を握らず、五指を開き指を曲げたままアーヘリアへと突き入れる。
この虎爪と呼ばれる拳の型は、言葉の通り虎のように相手を引き裂くか、立てた指を掌底の要領で相手にめり込ませるものだ。全身を金属製の鎧で固めた相手に対してはさしたる効果は上げられない。
だが、今のセードーの両手は闇の波動を纏い、鋭く研ぎ澄まされている。その刃の鋭さは、アーヘリアが手にする大剣に勝るとも劣らない。
鎧を掠めた瞬間に切り傷を残すセードーの虎爪……否、闇爪を前に、アーヘリアは力強い笑みを浮かべる。
「凄まじいな……!」
「おおぉぉぉ!!」
返す刀で放つのは背手刀。腰の捻りも加えられた一撃はアーヘリアの首を掠めてゆく。
アーヘリアはギリギリのところでセードーの手刀を躱し、手にした大剣を振り下ろす。
「はぁぁぁっ!!」
「チェリャァァァ!!」
それに合わせてセードーは固めた正拳を突き上げる。
大剣の腹に拳を這わせ、腕を捩じり、最小の動きで大剣を弾く。
セードーはそのまま体を捻り、アーヘリアも大剣を抱えて体を回す。
「セイヤァッ!!」
「フッ!」
闇の波動を纏った足刀蹴りが、槍の一突きか何かのようにアーヘリアに襲い掛かる。
鋭く呼気を吐きながら大剣の腹でそれを捌き、アーヘリアは再び上段から大剣を振り下ろす。
「おりゃぁぁぁ!!」
「コォォォ……!」
裂帛の気合いで放たれた斬撃は、セードーの回し受けによって捌かれる。
轟音を響かせ叩きつけられた大剣が、勢い余って地面へとめり込む。
一瞬だが、アーヘリアの動きが止まる。
その隙を逃さず、セードーは大剣の刃を駆け上り、アーヘリアに蹴りを浴びせる。
「前蹴りぃぃぃ!!」
「うぉっ!?」
アーヘリアは上体を逸らして何とかそれを躱す。
そして握ったままの大剣の柄を、勢いよく捻った。
次の瞬間、大剣の姿が一筋の鎖に変じる。
セードーは体勢を崩しかけるが、空を蹴り抜いてその場を脱する。
アーヘリアが勢いよく鎖を引くと、突き刺さったままの鎖の先から巨大な錨が姿を現す。
鎖を引き、錨を肩に載せるアーヘリアを前に、セードーは静かに呟く。
「鎖分銅に近いな」
「これを見てそんな感想を溢したのは君が初めてだよ」
真っ当なようでいてどこかずれたセードーの一言に、アーヘリアは苦笑を溢す。
そのまま錨を放り上げ、鎖を持って勢いよく振り回し始める。
唸りを上げて回転速度を増す錨。触れるだけでミンチになってしまいそうな勢いだ。
アーヘリアは動かぬセードーを見据え、狙いを定める。
「――ハァッ!!」
そして解き放たれる錨。
十分な遠心力を得て加速する錨は砲弾にさえ匹敵する勢いでセードーに迫る。
だが、錨の鎖がアーヘリアの手から離れた瞬間に、セードーはその場を駆け出していた。
飛翔する砲弾の下を掻い潜り、セードーはアーヘリアへと接近する。
アーヘリアは鎖を引き戻さず、代わりに大きく腕を振るう。
次の瞬間鎖付の錨は長大な槍へと変じる。
セードーが完全に近づき切る前に、アーヘリアは横薙ぎに槍を払った。
「ゼァァッ!!」
「シッ!!」
セードーは小さく跳躍し、槍の一撃を回避する。
そして空を蹴り、アーヘリアへと一気に接近する。
「正空正拳突きぃぃ!!」
「おっと!!」
アーヘリアは槍を立て、セードーの拳を受け止める。
槍はミシリと嫌な音を立てて歪むが、セードーの拳を受け止めきった。
アーヘリアはそのまま石突を振り上げ、セードーの胴を打ち据えようとする。
だがセードーは足を上げてそれを受け止める。
硬い鋼を打つような高音を立て、闇の波動が槍の一撃を止め切った。
「……驚いた。今のでダメージは入ると思ったんだがな」
「我が闇を打ち破ることは早々容易くはないぞ。貴様ご自慢の武器を掻い潜るつもりでかかってこい」
「理解した!」
アーヘリアは素早く槍を引くと、小型の双剣を手にする。
「であればそのがら空きの胴体を狙わせてもらおう!!」
「よかろうっ!!」
セードーは拳を握り、アーヘリアの振るう双剣と相対する。
「「おおおぉぉぉぉっ!!」」
鳴り響く剣戟音。火花を散らし、剣と拳がぶつかり合う。
アーヘリアの振るう双剣。セードーの振るう正拳。
一見すると、その速度は互角のように見える。
「………」
セードーはそこに疑問を覚える。
少なくとも先ほど双剣を使って見せた瞬間、アーヘリアはセードーとウォルフを相手取り、手にした双剣でもって圧倒してみせた。
二人よりも一人を圧倒する方がたやすいのは自明の理。しかし今のアーヘリアはセードーと互角の勝負を繰り広げている。
「……まだ底が見えんな」
セードーのつぶやきを聞き、刃を振るう手を止めないままアーヘリアは笑って見せる。
「手札を見せねば、勝負はしない主義かな?」
「………」
安い挑発だ。短気な気性であれば、怒りを抱き無謀を侵すだろう。
だがセードーは瞳を細めるのみ。その瞳の中に動揺はなく、ただ冷徹に眼前の敵を見据えている。
アーヘリアはそんな彼の様子に満足そうに、愉快そうに口を開く。
「いいね。この攻防の合間にも揺らぎなし……。本物の戦士を目の当たりにしているようだ」
「御喋りが覇王の流儀か? さぞかし口は切れるのだろうな?」
「フフ……口先だけではないさ。もっとも、自分の腕前というわけでもないけどね」
セードーは攻防の合間に攻撃を仕掛ける隙がないかどうか探る。
鳴り響く金属音の合間、己の決殺の一撃を入れる瞬間……。
(……少なくとも、一、二撃、入れる余裕がある……)
セードーはそう判断した。
アーヘリアの双剣は素早く、確かに手練れの動きであった。
だが、それは剣術の動きではなく我流のそれだ。何らかの技術を習得しそれでもって武器を扱うのであればそれなりに洗練されているし、動きの違和感もさほどない。そうして最適化された動きが、攻撃の隙を消してゆくのだ。
だが、アーヘリアの動きにはそれがない。ある程度最適化されてはいるが、剣を振るう腕は素人の者だろう。長き闘争を経た剣撃は一流の剣士にも劣らないものだが、決して一線を越えてはいない。おそらく、今後も越えることはないだろう。数百年の研鑽を経た剣術の要訣は、人一人の一生をかけても越えられるものではない。
かつて相対したことがある居合の達人を思い出し、セードーは油断なく目を細める。
(……だからこそ、恐ろしい。この男、この状況を理解していながら、余裕を持っている)
アーヘリアの顔に浮かぶ余裕の笑みは、自らの実力を過信しているから浮かんでいるのではない。
今己の首元に刃を突き付けられていることを理解しながらも、それを潜り抜けられるだけの実力を持っていると確信している笑みだ。
それはつまり、現状を覆す手札を持っているということ。
勝負するべきか、せざるべきか。おそらく、この瞬間が分水域なのだろう。
セードーは注意深くアーヘリアへと拳を振るう。
アーヘリアはそんなセードーの様子を知ってか知らずか、ゆっくりと語り始めた。
「――当然、過去のイノセント・ワールドにも君と同レベルか、それ以上のプレイヤーはいた……。私はそんな彼らもこの手にした武器を使い下してきた……。それは私の実力か?と言われれば肯定するが、それが私の技術か?と聞かれれば否定をする」
誰にともなく語って見せるアーヘリア。
何かを懐かしむように目を細めながら、アーヘリアはセードーを見据える。
「私には技術はない……。ステータス補助によって大地を割るほどの剣撃を放てても、それを制御する術は持たない。長大な槍を、小さな双剣を、鎖付の錨を……十分な威力で放つだけの力を持っていても、それを活かしきるだけの腕は私にはない」
ある意味では敗北宣言か。今、アーヘリアは技術ではセードーに勝てないと認めたようなものだ。
アーヘリアの独り言は続く。
「当然真っ向勝負を挑めば、君たちのような人種には到底かなわないさ……。今のこの状況も、いつ崩されるか戦々恐々という奴だ」
「……だが貴様は自身の勝利を疑っていない」
アーヘリアの言葉に、セードーは答える。
「貴様の瞳には確信が宿っている。俺に負けることはないという、確信が」
「もちろん。まともにやって勝てないのであれば、まともに相手をしなければいい。それだけだ」
アーヘリアはそう答え、そして笑みを深めた。
「だが当然、それでは覇王足りえない。私が持つ、君たちを真正面から正々堂々不意を打つための手札は――」
瞬間、アーヘリアの動きが霞む。
次の瞬間、いつの間にか大剣に変じていたアーヘリアの武器の柄が、セードーの腹を強かに打ち据えた。
「ごっ!?」
「――こういうものだよ」
アーヘリアは静かに囁き、セードーを吹き飛ばす。
大剣を振るい、横薙ぎの構えになったアーヘリアは、吹き飛んだセードーを追い、駆け出した。
「おおおぉぉぉぉ!!」
「ご、ほっ……!」
セードーは腹に受けた衝撃を何とか逃がし、迫りくるアーヘリアに拳を構える。
だが、その瞬間、アーヘリアの動きが急激に加速した。
「!?」
「―――!!」
すでにアーヘリアの声は聞こえない。間合いが詰められたのは刹那の合間。
もはや受けることも叶わない。捌くことさえできない。
セードーは反射的に左足を上げ、右腕で腹を庇う。
セードーの手足に刃の感触が触れる。
「おおおぉぉぉぉ!!」
闇の波動で防ごうとするセードーを、アーヘリアは力任せに叩き斬る。
鋼の引き切れる轟音耳障りな音が響き渡り、セードーの体が二つに分かれる。
下半身と上半身は泣き別れになり、左足と右手の欠片が宙を舞う。
セードーの体を斬り抜けたアーヘリアは、血振りの動作を行いながら、小さく呟いた。
「……今ので倒したつもりだったが、HPが残るとはな」
地面に落ちるセードー。その頭上に浮かび上がっているHPバーはわずか……ほんの僅かではあったがまだ赤く輝いていた。
今の一撃を、セードーはかろうじて受け切ったのだ。体が二つに分かれるのと引き換えに。
損傷の状態異常に陥り、そのまま気絶するセードーから目を放し、アーヘリアはまだどこかにいるであろうランスロットに声をかける。
「まだいるのであれば、小さな騎士よ。彼を手当てするといい。出なければ、次は君がそうなる番だ」
「ひっ……!」
少年が息を呑む声が聞こえ、慌てたようにセードーの駆け寄る足音がする。
アーヘリアはそれを聞きながら、ウォルフの方へと視線を向ける。
「さて……準備は整ったかな?」
「ああ……充分や」
足元で渦巻く〈風〉を全身に纏いながら、ウォルフは凶悪な笑みと額に青筋を浮かべる。
「覚悟はいいな、凡王ゥッ!」
「フ……」
吼え猛るウォルフを見て、アーヘリアは小さく微笑むばかりであった。
なお、ランスロットに治療系スキルはない模様。




