log121.リアルチーター
レアエネミー・ケイオス・テンタクル。
……不意な遭遇が常であるレアエネミーとの戦闘。概ね初戦はどのレアエネミーも苦戦するものだ。
だがこのケイオス・テンタクルは不意を打つという点において、他のレアエネミーとはいささか趣を異なる。
まずケイオス・テンタクルは必ずある地点にポップするという、レアエネミーにあるまじき性質を持つ。実装当時はそれじゃただの強いモンスターだろうというツッコミが大量に放たれたものだが、一度、いや二度もケイオス・テンタクルに相対すれば大体のプレイヤーがケイオス・テンタクルをレアエネミーと認めた。それ以外のプレイヤーはケイオス・テンタクルをレアエネミーではない別の何かだと断じた。
次にケイオス・テンタクルは基本属性に対して耐性を持つ。相活相克の関係を持たないイノセント・ワールドの属性であるが、物理学における基本的な性質は概ねこの世界でも通用すると考えてよい。紙は〈火〉で燃えるし、〈水〉で湿気る。紙の元となる木は〈地〉で育まれるし、〈風〉は軽い紙を吹き飛ばしてゆく。
これはモンスターたちにも同様のことが言える。植物に属すモンスターは〈地〉に根を張り、〈水〉を養分とする。〈火〉を近づければ当然燃えるし、人の肌を裂く鋭さの〈風〉があればその枝葉も斬り落とせるだろう。
だがケイオス・テンタクルはその全てに対し反してみせる。〈火〉が触れた程度では燃えず、〈地〉ではなく己の種子から根や蔓を出す。人肌を裂く程度の〈風〉ではびくともしないし、養分は〈水〉ではなく他の生物の魔力を摂取する。植物にあるまじきたくましさである。ちなみに特異属性に関してはどんなスキルを取ったかによるようだが、おおむね普通にダメージを与えられるようである。
そしてその攻撃方法だが……大体は蔓による打撃を用いる。本体から生える、広大なダンジョンすら覆い隠す大量の蔓を用いて近寄るプレイヤーたちを叩き伏せ、巻きつき絞り上げ、その中に満ちる魔力を吸い上げるのだ。魔力……すなわちMPを吸い取られればプレイヤーは気絶する。そうなるとケイオス・テンタクルはそのプレイヤーを繭状に縛り上げ、そのまま魔力タンクとして捕縛し続ける。こうなると半ログアウト状態が強制ログアウトまで続くことになるため、早急に救出した方がよいだろう。決してケイオス・テンタクルはソロで挑んではいけない。かつて筆者も勇んでソロ討伐に乗り出したものだが、結果は三時間半ほどの強制半ログアウトだ。もう二度とあんな無為な時間を過ごさないと誓った。
さて、多くの読者が「不意打ちが特異って割には攻撃は普通だな」と思われたかもしれない。まったくもってその通りだろう。基本的にケイオス・テンタクルは蔓以外の攻撃はしてこない。圧倒的な物量というか質量こそがケイオス・テンタクルの武器だ。
だが気を付けてほしい。本体にも見える花弁……種子から直接咲いている唯一の花を迂闊に攻撃してはいけない。ここがクリティカルポイントであるのだが、ここを攻撃した場合……たとえ熟練プレイヤーパーティであろうと、ケイオス・テンタクルからの逃走を保証することは一切できない。(出典:Lv1から歩ける、イノセント・ワールドレアエネミーの旅「著:オーディール、発行:CNカンパニー出版部」)
大量の蔓が津波のごとくキキョウたちへと迫る。
「来ました!」
「えぇい! いまどき触手プレイなんかはやんねぇっつのぉ!!」
棍を構えるキキョウの傍から飛び出したサンが、蔓を跳び越えるように駆け抜ける。
うねる蔓の上を軽快なステップで踏み抜き、サンは一息に怪獣の頭のように見える花弁の元へと迫った。
「派手派手しい頭しやがって……! これでも喰らえってんだよぉ!!」
拳を握り、両手を大きく振り上げ拳鎚を叩きつけようとする。
ケイオス・テンタクルは一瞬で頭を庇うように蔓を伸ばし、がら空きになったサンの胴体に一本蔓を打ちこんだ。
「おぐっ!?」
花弁に拳を振り下ろす寸前に喰らったストマックブローに、思わずサンは噴き出した。
ケイオス・テンタクルはサンの撤退を許さず、そのまま胴体に蔓を巻きつけ、さらに四肢の動きを止めるように蔓を纏わせていった。
「だ、ちょ!? やめぃ!?」
サンは暴れて抵抗しようとするが、ケイオス・テンタクルはレアエネミーらしい力強さでサンの動きをからめ捕ってゆく。
両手両足を縛られ、ピンと音がしそうなほどに伸ばされたサンは、全身に蔓を巻きつけられるというあられもない姿で空中に固定された。
「っだー!? やめろコンチクショウがぁ!! はずかしいじゃねーかぁ!」
サンは顔を赤くしてそう叫ぶが、それでやめてくれるケイオス・テンタクルではない。
サンの体の拘束をより強くし、だぼっとした中華服の上から体のラインが浮き上がるほどに絞り上げる。
「あがっ、くぅぅぅぅぅ……!!」
視界の端で減ってゆくHPに、全身を襲う衝撃。
サンはそれらに苦痛を覚え、呻き声を上げる。
ケイオス・テンタクルはさらにサンにダメージを与えるように蔓の締め付けを強くしてゆき――。
「嫁入り前の娘になんてことしますか、あなたはっ!」
ケイオス・テンタクルの攻撃に怒りを覚えたミツキの一撃によってその蔓を両断された。
鋭い手刀によって斬り裂かれたサンの体に纏わり付いた蔓は、力なく地面に落ちてゆく。
ミツキは素早くサンを抱え、己諸共サンを捉えようとする蔓に一蹴り入れ一気に攻撃範囲からの離脱を図った。
「サン、大丈夫?」
「けほ、けほっ。あんがとミツキさん……あんちくしょうが……!」
軽く咳き込みながら、サンはケイオス・テンタクルを睨みつける。
サンを抱えたまま、蔓の上を駆け抜けてゆくミツキを見ながら、ノースは呆れたような声を上げた。
「わざわざ危険地帯を歩かずともよいだろうに……」
「ですが、すでに足の踏み場もありません」
棍を振り回し、近寄る蔓をけん制しながらキキョウはぼやく。
すでに彼らの周囲は蔓で囲われており、場合によっては一瞬で押しつぶされてしまうだろう。
今のところケイオス・テンタクルはその暴威を振るう気配を見せないが、発狂させてしまえば分らない。一息でケリを付けたいところだ。
ノースは手にした剣を横薙ぎの形に構え、勢いよく一閃した。
「ハァッ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた剣閃は辺りを飲み込み、一気に肥大化する。
ノースの放った巨大な斬撃は辺りの蔓を巻き込み、ケイオス・テンタクルを両断してゆく。
軽く棍を回しながら、キキョウは感嘆の息を吐く。
「お見事……。ギア単一を極めると、こうも強力になるのですね」
「うむ……。器用貧乏と囚われがちのソードギアであるが、それは転じて万能無限への道ともなる」
手にした剣を振るい、蔓を斬り裂きながらノースは語る。
「多くの者は早々にカテゴリーギアを捨て、ウェポンズギアを取得してゆくが……我慢を覚え一つを極めれば、何でもできるようになるものだ」
「極めた一は、雑な全に勝るということですか……勉強になります」
キキョウは静かに言いながら、軽く跳躍する。
「ならば私も、極めて見せましょう! この道を!」
即座に光陰幻舞を発動し、複数個所から迫る蔓をことごとく迎撃していった。
ミツキに下してもらいながら、サンは不思議そうに問いかける。
「……さっきから不思議なんだけど、キキョウのそれってどうなってんの?」
「分身系って、割とAI任せな側面があるって聞いたことがあるわねぇ」
手刀を放ち、その先から少量の水を飛ばし、ウォーターカッターの要領で蔓を断ち斬りながら、ミツキが答える。
それに補足するように、ノースが蔓を裂きながら口を挟んできた。
「正しくはあるが、正確ではないな。分身系は予め設定しておいた行動を状況に応じて選択できるようになるのだ。一つ二つであれば自身で選択もできるだろうが、それ以上となると自身の判断が及ばない場所に関しては周囲の危険度合いによって自動で設定しておいた行動を展開できるようになるのだ」
「あら、そうでしたの」
ノースの言葉に感心したようにミツキは頷く。
蔓の上で蔓を払いながら、キキョウは首を横に振った。
「いえ、勝手に出てくるのはなんだか怖くて……全部マニュアルで出るようにしてるんです!」
「マニュアル……? それ全部をか?」
「はい! この方が、戦いやすいです!」
光陰幻舞を展開しながら蔓を払って回るキキョウ。その数は、今は五人に増えている。
キキョウが四人の分身をマニュアル操作で操りながら過不足なく戦って見せる光景を見て、ノースは心の内で苦々しげに唾を吐く。
(化け物か、あの小娘……。自分の体に加え、さらに分身までマニュアル操作……。動作を見るにかなり細かく行動を設定しているようだが、一体どんな思考回路だ)
キキョウの本体が放つ棍の技の冴えは、分身も如何なく発揮していた。
文字通り五人に増えて戦うキキョウを見て、ノースは冷静に考える。
(こいつらのおかげでケイオス・テンタクルのレベル自体は低めのようだが……それを抜きにしても余裕があるのはこの技量のおかげか。リアルチーターはこれだから困る……)
キキョウの技量を前に毒づくノース。純粋な技量を比した場合、どちらに軍配が上がるかなど一目瞭然だろう。
このまま競り合った場合、一体どちらが先にケイオス・テンタクルを仕留められるか……。
強力だが雑な攻撃範囲のノースに、威力も範囲も及ばないが何よりも正確な攻撃を放つキキョウ。ノースの経験上、打ち漏らしの少ないキキョウの方に若干の部がある。
(この小娘、特異属性〈光〉の持ち主……。GMもそうだが、特異属性は存在自体がチートだからな。何らかの隠し手があるとみて相違あるまい)
強力な一手に全てを覆される……。竜斬兵を初めとする、熟練プレイヤーたちに舐めさせられた辛酸をノースは忘れていない。
(あるいは小娘一人であればごり押しも効いたかもしれんが……まだ二人いるからな)
ちらりと視線を向ける先にいるのはミツキとサンだ。
「やっ! ……サン、とりあえず補助に回ったら?」
「うっせぇー! ふんぬらぁー!」
鋭い水手刀で蔓を斬り裂くミツキに、無理やり全身強化しながら蔓を引きちぎるサン。
どちらもレベルと比較するとかなり技量が高い。サンは三人の中で最も荒っぽいが、だからと言って放置できるレベルではなかった。
分身五体をマニュアル操作するキキョウや少量の水で大量の蔦を斬り裂くミツキに比べればサンの活躍は地味だが、少なくともケイオス・テンタクルの物量攻撃に叩き伏せられない程度には軽快だ。普通のプレイヤーであれば、蔓を殴れる位置に近づけばそれだけ被弾のリスクを背負うものなのだが、サンは隙を見せびらかした時以外での被弾は驚くほど少ない。軽さの代わりに防御力に劣る布系装備は伊達ではないということか。
(どいつもこいつもとんでもない技量だ……。武器もなく、スキルとシステムの恩恵だけでここまで来ただけのことはある……)
基本的にイノセント・ワールドでは武器の強化が最優先と言われている。
殺られる前に殺るの精神だ。いかに強力な攻撃も、その持ち主が死んでしまえば意味がない。
これはプレイヤーにも言えることだが、人工知能のルーチンによって制御されているモンスターであるならば、いくらでも隙の突きようがある。どれだけ技術が発展しようとも、人工的に作られたAIの突発的な事態に対する対応力は、人間を上回るものではないのだ。
キキョウたちを支える技量は、イノセント・ワールドのモンスターたちのそれを上回るものだ。どうにかしたければ、それ専用の反応力とAIを備えたモンスターを用意する必要があるだろう。そんなことする意味があるのかは知らないが。
ノースはキキョウたちの技量を苦々しく思いながらも、自らの優位を確信していた。
(……だが、そんなリアルチートにも弱点はある)
にやりと仮面の奥で笑いながら、蔓の上で戦うキキョウに声をかける。
「援護する! 一気に花弁を叩け!!」
「はい!」
ノースはそう叫びながら斬撃を放ち、キキョウの進路上の蔓を斬り裂く。
その援護の元、キキョウは一気にケイオス・テンタクルの花弁へと近づいていった。
「そのまま、叩き伏せろぉ!!」
「やぁぁぁぁぁ!!!」
キキョウを助けるように斬撃を放ちながら、ノースはにやにやと笑い続ける。
(そう、叩くがいい……自爆スイッチを!!)
気合と共に光陰幻舞で分身を生み、同時に花弁を打ち据えた。
クリティカルの快音が響き渡り、ケイオス・テンタクルのHPを一気に減らしてゆく。
「やった!」
「いいわ、そのまま一気に――!」
キキョウが攻め入ったのを見て、サンとミツキが喝采を上げる。
それに応えるべくキキョウは棍を大きく振るい、もう一撃加えようとする。
そんな彼女の前で、突如花弁が開き。
「っ!?」
うっすらとした、白い煙が噴き出してキキョウの体を覆い尽くした。
なお、一部の愛好家にとってプレイヤーを縛り上げるケイオス・テンタクルは絶大な人気を誇る模様。




