log115.マグレックス
レアエネミー・マグレックス。
レアエネミーとしては標準であり基本である呼ばれているモンスター、ディノレックスの亜種。
アルフヘイムで登場するディノレックスが、ニダベリルの活火山の環境に適応したとされるモンスターで、全身に灼熱の溶岩を纏って行動する。出現地点は溶岩の露出しているヵ所で、たとえ水たまり程度の溶岩しかなくても運が悪い……あるいは良いと出現する。
ディノレックス種らしく白亜紀の肉食大型恐竜をベースにした体型を誇り、顎の咬筋力は鍛えに鍛えた絶鋼黒金装備でさえ一発で破壊してしまうほどであり、脚力も激しい高低差を持つニダベリルを時速60km前後で駆け抜けるほどに強力。
さらに亜種特有のブレスを保有し、口から放たれるブレスは耐性のないプレイヤーを一発でリスポン待ちに叩き落とす。
だがマグレックスで最もよく上がる特徴と言えば、全身に纏った灼熱の溶岩であろう。
基本的にニダベリルの活火山においてのみ見ることができる溶岩は、プレイヤーが触れれば一発で部位欠損を発生させてしまうほどにダメージが大きい自然トラップであり、ニダベリルに赴く際は熱耐性を上げるアクセサリーや魔法を習得することを強く推奨されている。
マグレックスが身に纏う溶岩はこう言った自然トラップほど強烈ではないが、迂闊に近接戦闘を挑ませるには躊躇われるほどの脅威となっている。
通常鉱石で鍛えられた武器であれば二、三斬りつけただけでドロリと溶けてしまい、鋼の鎧は三十秒ほどで原型を留められなくなってしまう。
であるためマグレックスを倒す場合は魔法攻撃で溶岩ごと撃ち抜くか、遠距離武器で溶岩を纏っていない部位……唯一露出している眼球を射抜くのが最も効率の良い戦い方である。
だが遠距離武器は種類によっては難易度が逆に上がる。マグレックスの瞳はさほど大きくはなく、さらにマグレックスは結構激しく動く。眼球に直撃する前に溶岩の熱で誘爆するミサイルや、拡散度が広く定点射撃に向かない弾丸を選択した場合のショットガンなどはお話にならず、さりとて貫通力の高いライフル系弾頭も先読み射撃などの高度な射撃力が要求される。
よって最も安定したダメージを与えられるのは魔法攻撃であるが、〈火〉属性は言うまでもなく無効化される。マグレックスの纏う溶岩の温度を魔法攻撃が上回れればダメージも通るようになるが、MPの消費率を考えれば無駄以外の何物でもない行為だろう。
ならばと〈水〉属性を選択するのはもっとまずい。確かに瞬間的なダメージは他の属性よりも高いが、一撃撃ちこんだ後が問題となる。
マグレックスの溶岩は一度冷え固まると、装甲値1000の頑強な鎧と化すのだ。これを破壊して本体にダメージを与えようと考えるのは溶岩状態でマグレックスに〈火〉属性魔法を撃ちこむよりも無駄である。
同様に装甲値1000を誇るがHPが1とか一桁台のメタルゴブシリーズと異なり、マグレックスのHPはその辺りのボスモンスターよりもはるかに高いのだ。よほど腕……いや、保有しているスキルに自信がなければ、マグレックスに〈水〉属性系の魔法や攻撃は控えた方が無難である。
だが、もし誤って〈水〉属性の魔法を撃ちこんでしまった場合は――(出典:Lv1から歩ける、イノセント・ワールドレアエネミーの旅「著:オーディール、発行:CNカンパニー出版部」)
「ロォーケットォー!! パァーンチィィィ!!」
激しい咆哮と共に炎が爆ぜ、スティールの体が一瞬加速する。
背中、そして肘から噴き出すロケット噴射を推進力に、スティールは弾丸のごとくマグレックスの頬を鋼の拳で殴り抜ける。
その一撃で溶岩が飛び散り、マグレックスの首が大きく曲がる。
一瞬白目をむきかけるマグレックスであったが即座に体勢を立て直し、スティールの方へとその鼻面を向ける。
〈KISYAAAAAAA!!!〉
鼻息荒く走るスティールを追いかけるその姿は、大昔のパニック映画に登場する化け物のようだ。
スティールの頭をあと少しで噛み砕ける……というところでその鼻面に巨大なクマの着ぐるみがぶつかった。
「―――ッ!!」
〈ANGYAAAAAA!!??〉
ロケット頭突きとでもいうのか、砲弾のような勢いでマグレックスへと飛んでいった着ぐるみの少女は、その勢いのまま弾き飛ばされくるくると回り始める。
灼熱の溶岩にぶつかったというのに、少女の着ぐるみは焦げ目一つなく地面にぶつかる。
そのままボールのようにポーンポーンと跳ねまわる少女を、スティールは慌てて追いかけはじめる。
そんな二人の様子を横目に、イースは剣杖を振り上げる。
「駆けよハヤブサ!!」
そして一言短呪を唱えるとともに剣杖を振るい、その切先から風の刃を飛ばす。
鋭い風の刃は溶岩を裂き、マグレックスの体表に鋭い切り傷を生み出した。
〈KIEEEEEEE!!!???〉
「残りHPは半分程か……。まだまだ追いつめるぞ」
「言うだけはある。エアカッターの魔法一つでレアエネミーと立ち合うとはな」
「―――ッ!!」
何とか跳ね回る着ぐるみをとっ捕まえて落ち着かせたスティールは感心したように呟くが、着ぐるみ少女は敵意に満ちた表情でイースを睨む。
今度は自身に向かって突進してくるマグレックスを、テレポートの魔法で翻弄しながらイースはスティールたちに声をかける。
「そんな風にのんびり見ていないで、手伝ってほしいものだが……」
「フッ……。手伝ってくれと言われるとはな」
イースの言葉を聞き、スティールは自嘲するような笑い声を上げる。
そもそもは自分たちが戦っていた相手であり、イースにも手伝いはいらぬと言った身でありながら、イースに手伝えと言われてしまった。なかなか上等な皮肉だろう。
スティールは軽く首を横に振りながら、立ち上がる。
「だが、落ち込んでもいられん。さっさと倒さねば、セードー達に向ける顔がなくなってしまうからな」
「―――!」
スティールの言葉に着ぐるみ少女も立ち上がり、グッと体に気合を入れる。
そして二、三跳ね飛び、そのまま丸まり、凄まじい勢いで回転し始める。
「―――!!」
「あまり張り切りすぎるなよ! この場で目を回されてもかなわん!」
高速回転し弾丸のようにマグレックスに突っ込んでゆく着ぐるみ少女にそう言いながら、スティールは大きく両腕を交差させる。
「ぬぅぅぅ……!」
そして気合いを入れて目を光らせ、大きな声で叫んだ。
「メガ・ブラスタァー!!」
スティールは叫ぶと同時に顔を上げ、目から二筋のビームを発射する。
黄色のビームは一直線にマグレックスへと突き進み、溶岩を穿ちその場にマグレックスを固定する。
〈AAAAAA!?〉
痛みかあるいは驚きか、咆哮を上げるマグレックスの腹に着ぐるみ少女が猛烈な勢いでぶつかってゆく。
少女は再び跳ね飛び、そのまま柱の一本に激突するが今度は勢いを失うことなくもう一度マグレックスへと立ち向かおうとする。
ビームを発射し終えたスティールは再びマグレックスを穿つべくメガ・ブラスターの発射体勢に入った。
「……目からビームとはな。何とも、面妖な」
スティールの姿を見て、イースは呆れたように呟く。
今スティールが放ったビームの本来の名称は「ライトニング・レーザー」。〈光〉属性のレーザー魔法で、特異属性魔法の中では比較的容易に入手可能な部類に入る魔法だ。
属性解放により得られるスキルと異なり、特異属性魔法の習得は魔導書と一定以上のINTさえあれば可能であるため、高レベルプレイヤーとなると特異属性魔法を持っているというのは珍しくないことであったりする。
スティールも何らかの方法で特異属性魔法を入手し、いくらかのオリジナル要素を加えて運用しているのだろう。
メガ・ブラスターをチャージしながら、スティールはイースに言い放つ。
「ビームは目から発射されるものだろう……メガ・ブラスタァー!!」
「それは知らんが……まあ、いい」
再び放たれるメガ・ブラスターがマグレックスを縫いとめるのを胡乱げな眼差しで見つめながら、イースは胸の内で小さくほくそ笑む。
(フフ……どうやらこいつらは、ロールプレイを重視するタイプのようだな……)
イノセント・ワールドに限らず、MMO系のゲームをプレイするスタイルは大別して二種類に分けられるだろう。
ゲーム内における経験値や資金、あるいはアイテムの入手効率を重視する効率重視型。そして、ゲーム内のキャラになりきりゲーム世界の中に没入するロールプレイ重視型。
人によって程度の差やプレイ傾向によって千差万別の変化はするであろうが、大まかな分類としてはこの二つになるだろう。
ゲーム内で何かを競う場合、手ごわいのは効率重視型だろう。何に重きを置くかによって脅威度は変わるだろうが、効率重視型には“遊び”が存在しない。隙無く思考されたプレイスタイルは、時として美しささえ伴うこともあるだろう。
対し、ロールプレイ重視型はゲームを楽しむことに特化したスタイルともいえる。ゲームの中にいかに没入し、その世界の住人となって過ごすか……そこに腐心するのがロールプレイ重視型だ。そのプレイスタイルは時として効率を無視したものとなるが、そんなことは重要ではないのだ。
(鎧を、着ぐるみを着たまま、武器も持たずに戦う……非効率甚だしい。鎧にしろ着ぐるみにしろ、誇るべきは防御力……ならば火力も追求し、レアエネミーも防御力と火力で押し切るべきだろうに)
イースは零れそうになる笑みを鉄仮面の奥に押し込めながら次の魔法を準備する。
HPも半分を切り、全身が白熱化し始めたマグレックスが咆哮を上げる。
「温度が上がったな。青銅鋼、どこまで持つものか……!」
マグレックスの発狂を見て、スティールが難しそうに唸る。
一度回転を止めた着ぐるみ少女がスティールに近づき、二人で何かを相談し始める。
イースはマグレックスを一気に攻めたてない二人を見て、自らの勝利を確信する。
(ハッハァー! 馬鹿め、マグレックスは発狂と同時に基本ステータスが下がるモンスター! 白熱化した溶岩も、実質的なダメージの上昇にはつながらないので、そのまま一気に攻め落とすのが常道なのだよ!)
イースは目の前のレアエネミー・マグレックスの情報を知っていた。
マグレックスは発狂と同時に防御力が下がるタイプのモンスターであることも、白熱化した溶岩装甲はダメージが上がったわけではない、見た目だけの演出であることも。
そして、このモンスターのレアドロップの条件も。
(だが、このまま攻め落とすような愚は侵さん……一度、その溶岩を冷やし固め、神鉄オリハルコンをゲットせしめようじゃないか……!)
マグレックスの溶岩は冷え固まることで装甲値1000となる……そしてその状態でマグレックスを倒すことができれば、原石一つで三つのレア武具を作成することが可能となる神鉄オリハルコンというアイテムを入手することができるのだ。
神鉄オリハルコンを入手する……そのために行うべきは。
「……時に、スティールとやら」
「なにか?」
次の魔法を放つためにチャージを持続しながら、イースはスティールに声をかける。
「このモンスターを討伐した暁には、私にもアイテムを一つ頂きたい」
「一つ?」
「(盗人猛々しいですッ!)」
イースの言葉に、スティールは不審げな声を上げ、着ぐるみ少女は看板を掲げ上げる。どうやら少女はこの看板で他の者と会話するらしい。
それはさておき、レアエネミーとなれば、ドロップするアイテムの質はもとより量もかなりなものとなる。
通常モンスターで1~2個程度、ボスで3~4個程度のアイテムをドロップするところ、レアエネミーは8~12個程度のアイテムを落とす。レアエネミーのみが落とすアイテムも存在するので、遭遇率を考えれば少ないくらいであるが、それでも一戦闘で得られるアイテムとしては破格のものがある。
その中の一つを貰いたいと、イースは宣言したのだ。最低でもレアが保障されているアイテムの中で、たった一つだけと。スティールでなくとも、不審に思うだろう。
横入りからとはいえ、助太刀を申し出たにしては謙虚に過ぎる。何か裏がありそうであるが……。
自らの不審を疑うスティールに、イースは微かに微笑みながらさらに言葉を重ねる。
「その代り……私があのモンスターを仕留めたときは、好きなアイテムを選ばせてもらう。それが条件だ」
……あまりにも、スティール側に有利すぎる条件だった。考えるまでもなく、戦力比上有利なのはスティールたちの方だ。レベルに差があれ、スティールたちは二人。イースの二倍の人員だ。その分手数も増えるし、マグレックスへ攻撃を仕掛けられるタイミングも多い。いくらLv80であるとはいえ、ボス格のモンスターのHPを一発で半分削るスキルなど存在しない以上、手数に勝るスティールたちの優位は揺らがない。
スティールはしばし考え、そして小さく頷いた。
「……まあ、よかろう。先に仕留めれば、くずアイテム1個で構わんということだろう?」
「そういうことだ」
スティールの言質を取り、いよいよイースは仮面の奥でほくそ笑んだ。
(ロールプレイ重視であれば、スキル構成も見た目の派手さ重視だろう……! 冷えたマグレックスの装甲を抜く手段はない!)
イースはチャージした魔法を解き放つべく、剣杖を振り上げる。
(だが俺には無属性防御無視魔法が手札に幾つかある……この勝負、もらったぁ!!)
勝利を確信するイースの隣で、着ぐるみ少女もまた両手を振り上げて何らかの魔法を発動しようとする。
イースはそれを横目で見ながら、スティールたちを嘲笑う。
(なにをする気か知らんが、無駄だぁ!)
そして二人は同時に、いかれるマグレックスへ向けて魔法を解き放った。
なお、効率もロールプレイも重視しない、リアル生活型なるプレイヤーもいる模様。




