log112.ケイオス・テンタクル
鞭のようにしなる巨大な蔓の一撃がセードーの頭上に降りかかる。
「チッ!」
舌打ちと共にセードーはその場を飛び退く。轟音と共に、彼が立っていた場所が砕け散ってしまった。
打ちこまれた蔓が巻き戻るのに合わせて、サンが一気に駆けだしてゆく。
「でぇぇいぃぃぃ!!」
鋭い気勢と共に、蔓が生えている根元に向けて、貼山靠を叩きつけた。
衝撃と共に散る爆炎。勢いよく猛る炎が蔓の根元を焼き払う……ことはなかった。
「燃えないわねぇ。意外と瑞々しいのかしら?」
自身を掴もうとする蔓から逃げるミツキの言うとおり、蔓の根元は燃えることはなかった。
火に耐性でもあるのだろうか、表面こそ焦げているようだが対してダメージは入っていない。
となれば、当然反撃も視野の内に入れるべきであるが……サンは貼山靠を放ったままの姿勢で固まっている。
「なにしとんねん! はよはなれい!!」
「……これでいけると思って、《ダイナマイト》使っちゃった♪」
「アホかぁぁぁぁぁぁ!!!」
ひきつった笑顔を浮かべるサンにウォルフが思いっきりツッコむ。
ダイナマイトとは、そのものずばりダイナマイトのごとき爆発を発生させる〈火〉属性スキル。比較的低レベルで取得できる割にはMP当たりの火力がかなり高いため、大抵の〈火〉属性持ちは主力スキルの一つとして運用する。
このスキルの難点は、高レベルになっても消費MPそのものは減らず、威力が上がるごとにスキル硬直時間がじわじわ伸びていくというものだ。連発するようなスキルを組むのであれば、Lvは1止めが推奨されている。
なお、あらんかぎりのSPを《ダイナマイト》につぎ込んだサンは、実に10秒もの硬直時間が発生する模様。
背中をピタリと蔓の根元にくっつけたサンの体に、子供の腕ほどもの太さのある別の蔓が巻きつこうとする。
そんな彼女の傍に、カランという鈴が鳴るような音が聞こえる。
「サンちゃん!」
「キキョォー!」
光陰流舞で接近したキキョウが、サンの腕を掴み再び光陰流舞を発動する。
するりと蔓を抜け出したサンは、離れた間合いでキキョウに抱き付いた。
「助かったー! さすがキキョウ! 愛してるぜー!」
「きゃ!? さ、サンちゃん、今そんな場合じゃ……」
「サイクロンパンチャァー!!」
抱き付かれたキキョウは、突然のことに困惑しているようだが、まんざらでもなさそうであった。
そんな二人の様子を見て、ウォルフが絶叫しながら蔓を伸ばす本体へ渦巻く竜巻を叩きつけた。
近づく蔓を闇の波動で斬り裂きながら、セードーがポツリとつぶやく。
「女同士でもお前のセンサーは反応するのか?」
「何のことやねん! センサーてなんやぁ! この状況で呑気に漫才しとる二人に苛立っとるだけやぁ!!」
「フフ、素直じゃないんだから」
「何がぁ!?」
ミツキが一歩前に出て、振り下ろされる蔓の一撃を捌き、安全な場所へと誘導する。
そうして敵の攻撃を凌ぎながら、ミツキは困ったように眉尻を下げた。
「まあ、仲良し論は置いておいて……実際問題、どうしたものかしらね?」
「いささか難敵……と言いますか、対策不足でしたね」
「こればっかりはなぁ……。ワイとセードーだけやと、さすがに足りひんやろ」
目の前に立ちはだかるボス……おそらくレアエネミーを前に、セードーとウォルフも弱ったような声を上げる。
そんな彼らの背後から、人の足音と勇ましい掛け声が聞こえてきた。
「円卓の騎士のランスロットです! 貴方たちの援護……ッ!?」
聞こえてきた少年の声は、途中で驚きのどに詰まってしまったようだ。
振り返ったセードーは、そこに一人の少年と一人の騎士が立っているのを確認し、頷いた。
「来たか。想像していたより、ずっと早かったな」
「のんきに言っとる場合かい! 追いつかれてんねんぞ!」
ウォルフは叫びながら、レアエネミーへと向き直る。
「まあ、言うても先に進まれてへんのが事実なんやけどな……!」
「先に進むって……!」
ウォルフの言葉を聞き、ランスロットは信じられないと言わんばかりに声を張り上げた。
「レアエネミー、ケイオス・テンタクルじゃないですか!! 裏ボスとも名高い、超ド級のレアエネミーですよ!?」
ランスロットは叫び眼前に立ちふさがるレアエネミー……ケイオス・テンタクルを指差す。
その姿はさながら蔓の集合体といったところであり、花弁と思しき部分は怪獣の頭か何かのように鋭い牙が並んでいるのが見える。
だが、驚くべきはそこではない。何よりも驚くべきはその体積だ。
今までのレアエネミー、マグレックスにパトリオットもかなりの大きさだ。背丈という意味ではサイクロプスも負けてはいまい。
だが、ケイオス・テンタクルは部屋の壁一面にみっちりと寄生し、セードー達を喰らわんと終始鋭い蔓を振り回しているのだ。
その圧迫感たるや、密室の地下にいるというのも相まって間合いを離しているのに目の前にケイオス・テンタクルの蔓があるのかと錯覚するほどだ。
「ケイオス・テンタクル……それがこのモンスターの名前か」
「やっぱレアかい。名前が見られへんから、おかしいとおもっとったんや」
「おかしいって……状況わかってますか!?」
荒れるランスロットに対して、セードーとウォルフは呑気なようにも見える。
それは目の前に存在するモンスターを知らないからだろうとランスロットは思い、二人に説明するべく息を大きく吸い込む。
だが彼を、ノースは押し止める。
「総隊長。二人への説明は後で。今は、このイベントをクリアするのが先決です」
「あっ……! そ、そうですね、その通りでした……」
ノースの言葉に我を取り戻し、ランスロットは吸った息を吐き、そのまま深呼吸を繰り返す。
忙しない様子の少年騎士を見て、ウォルフは呆れたように肩をすくめた。
「なんやあれ。まるでデビュー試合に上がった直後のルーキーやで? あんな調子で大丈夫かいな」
「さて。あれでも円卓の騎士のGMらしいし、大丈夫なんじゃないか?」
「あらまあ。人は見かけによらないわねぇ」
ランスロットが平静を取り戻す合間に、少し離れた場所でじゃれ合っていたキキョウとサンもセードー達に合流し直す。
その間にもケイオス・テンタクルからの攻撃は止まなかったが、何とか話をできる程度の準備は整った。
「と、とにかく……我々は貴方がたと共にイベント攻略に乗り出します!」
「たった二人でかいな? 大したもんやな、ルーキー」
「ル……!? 誰がルーキーですか! 僕は――」
「話が進まん。じゃれ合うならチャットで静かにやってくれ」
セードーは素早くウォルフとランスロットからの音声出力設定をミュートに変えるとノースへと向き直った。
「さて……二人だけということは腕に自信ありと見る。期待させてもらおう」
「ありがとう。その期待に添える努力はしよう」
ノースはセードーの言葉にニヤリと笑うと、腰の剣を抜き払った。
「さて、このケイオス・テンタクルを越えなければイベントボスの元には到達できないようだが……倒す必要は?」
「おそらくありませんわ。ケイオス・テンタクルが展開される前、私たちは階段が開いているのを見ています」
油断なく構えるミツキ。その言葉に続くように、サンとキキョウも口を開く。
「なんだ敵いねーじゃんかよ、とか言ってたらいきなりこいつが出てきて、階段塞いじまったんだよ」
「何とか先に進もうにも、蔓が邪魔して……。初めは〈火〉で焼き払えばいいかと思ったんですが、全然燃えないんです」
「それも致し方あるまい。ケイオス・テンタクルは基本属性に対して耐性を持つ。特異属性であれば十全にダメージは通るだろうが……」
そう言ってノースはセードーとキキョウを見やる。
おそらく二人が特異属性だということを知っているのだろう。
ノースの視線を受け、二人は首を横に振った。
「あの範囲を斬り開くとなると、いささかLvが足りん」
「私もです……。私が取ったスキルは物理系みたいで、焼き払うのは……」
「ふむ……となれば」
ノースは一つ頷き、手にした刃をケイオス・テンタクルへと向ける。
「円卓の騎士、総隊長護衛方、北方の将、ノースの実力を御覧に入れるとしよう」
手にした剣を構え、ノースは大上段から振り下ろした。
「でぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃ!!」
裂帛の気合いから放たれた斬撃は地を伝い、瞬く間に肥大化してゆく。
そして通り道の蔓を飲み込み、引き裂いてゆく。
巨大な斬撃は反対側の壁まで到達し、蔓の下に覆い隠されていた階段の姿を露わにした。
ケイオス・テンタクルは痛みを感じているかのように花弁頭を天に向け、声なき声を上げる。
「すごい……!」
ノースの実力を目の当たりにし、キキョウは驚き目を見張る。
ノースは大したことでもないというように、血振りの動作を行う。
「ギア単一であっても、この程度の火力は出せるということだ」
「へ、へぇ……少しはやるじゃん……」
サンは微かに頬をひきつらせながらも、ノースの実力を認める。
事実、セードー達が束になってもできなかった“道を切り開く”という行為を一撃で為してみせた。Lvを鑑みても、ノースの実力は飛び抜けていると言えるだろう。
そうして切り開かれた道へと、セードーとウォルフが一目散に駆け出してゆく。
「感謝する」
「よっしゃー! ゴーアヘッドゴーアヘッド!!」
「あ! まだ話は終わってません!!」
それを追い……というよりはウォルフとの口論を続けようとしているのか、ランスロットも二人の背中に続く。
だが、その行く手を塞ぐようにケイオス・テンタクルの蔓が伸びてゆく。自己治癒能力でもあるのか、恐ろしい勢いで先へと進む道が塞がっていってしまう。
だが、先に進まねばイベントは攻略できない。セードーとウォルフは素早く己の頼みにするスキルを発動する。
「五体武装・闇衣……!」
「ソニック・ボディ!!」
セードーの纏った〈闇〉の波動がケイオス・テンタクルの蔓を引き裂き、ウォルフの放つ風ができた蔓の隙間を無理やりこじ開ける。
そのまま一気に駆け抜けてゆく二人に、ランスロットは何とかついてゆく。
「ちょ、ま……! ケイオス・テンタクルの蔓の隙間を縫うなんて、無茶すぎます!」
「なんで着いてきたんやぁ! 邪魔やボケェ!」
自身の腰にかじりつくように捕まるランスロットを引きはがそうと、ウォルフはじたばたと暴れはじめる。
隙だらけのウォルフを狙う蔓を手刀で斬り裂きながら、セードーは先に進むよう階段を指差す。
「着いてきてしまったものは仕方あるまい! そのまま引きずって先へ行け!」
「えぇい、貧乏くじな……!」
ウォルフはなんとか腰からランスロットを引きはがし、そのまま首根っこを掴んで階段へと突き進む。
セードーはその後ろで二人を守りつつ、階段へと向かった。
セードーを狙う蔓も存在したが、それはノースの閃衝波によって引き裂かれてゆく。
「ヌン! ……何とか進めたようだな」
「そうですね……」
キキョウは棍を手の中で回し、ケイオス・テンタクルを見上げる。
ミツキとサンもそれに並び、腰を落としてケイオス・テンタクルからの攻撃に備え始めた。
「じゃあ、私たちはここでケイオス・テンタクルを倒しましょうか」
「やったるぜ! あのアホたちより先にこいつぶっ倒して、二人を助けに行こうぜ!」
「威勢がいいな……クク」
ノースは三人の様子に小さく笑みを浮かべ、剣を構えた。
ケイオス・テンタクルは先へと進んだ三人を無視し、改めて残った四人へと向き直る。
階段は再び蔓の中へと埋もれてゆき、ケイオス・テンタクルは牙を剥き音なき咆哮を上げた。
なお、ケイオス・テンタクルはレアエネミーとしては極めて希少な、特定地点で必ずポップするタイプの模様。




