log104.助力
マンスリーイベントも四日目を終了し、RGSを初めとするいくつかのギルドはマンスリーイベントを攻略し終え、その証拠となるスクリーンショットを掲示板上に上げ始めていた。
最速はやはりRGSであったが、それ以外のギルドも少し遅れてスクリーンショットを上げているところを見ると、今回のマンスリーイベントはだいぶ運に左右されるタイプのイベントのようだ。
RGSが挑んだ城砦は、おそらくイノセント・ワールド内ではお目にかかれないような規模の大要塞であったが、とあるギルドは難破する海賊船を調査したという。前者は戦闘色が強く、後者はパズル要素が強かったらしい。中には大ギルドと呼ばれないような、無名のギルドも攻略勢の中に名を連ねている。どうやら彼らは運よく簡単な城砦を引き当てることができたらしい。
挑むギルドや同盟の規模にもよるだろうが、それでもそれぞれ挑むダンジョンや城砦の性質が違うというのが、これほど多様な攻略結果を生むというのはなかなか面白い。
ゆっくりと掲示板を読むアラーキー個人としては、またこんなイベントを開催してほしいと願うところであるが、ギルド同盟の一員としては悩ましいところだ。
「ふぅ……んむ」
四日目のイベントを終えたのち、セードー達ギルド同盟のメンバーと別れた彼は仲間たちと共に、一旦初心者への幸運のギルドハウスへと戻ってきていた。
そして掲示板を読みながら小さく唸り、今後のダンジョン攻略について少し悩みはじめていた。
彼らのギルド同盟はイベントの攻略を開始してから四日目にして、ダンジョン地下九階まで到達することができた。実際にダンジョンの攻略を開始してからは二日。それで地下九階まで到達できたのは、喜ばしいことだとアラーキーは思う。
だが、こうして掲示板に寄せられた数多の攻略完了情報を見て、同盟内で焦りを感じている者が出てきているかもしれないのだ。
アラーキーは自室の椅子をギシリと軋ませながら、天井を見上げる。
「攻略速度は重要じゃなくとも、周りがどんどん攻略してちゃ、なぁ」
このゲームを始めたばかりで、ジャッキーたちと三人でパーティを組んでいたころを思い出すアラーキー。
あの頃はまだまだたくさんのダンジョンが未実装の状態であり、月一単位で新しいダンジョンが実装されていた。そうして新しいダンジョンが実装されるたび、三人で挑み、攻略していったものだ。
そんな中で、自分たち以外の誰かが新しいダンジョンの攻略を終えたと聞くたび、アラーキーは訳もない焦燥感に駆られた。
ジャッキーやエイミーは自分たちのペースで攻略しようと口をそろえたのに、アラーキーはそれを無視して攻略を急いでしまったものだ。
当時を思い出し、アラーキーは一人苦笑する。
「まあ、なんていうか……若かったもんだね、あの頃は」
別にダンジョンの早期攻略に命を懸けていたわけではない。それならば、今頃はRGSに所属していることだろう。
自分ではない誰かが攻略し、その数が増えるごとに増していった焦燥感……。今思えば、嫉妬に似た感情を胸に抱いていたのだろう。
MMOのダンジョンというものは、究極的には誰もが攻略できるように設計されている。超絶難易度などと呼ばれ、誰もが挑んでは即死してしまうようなダンジョンであっても、きっちりとした手順でもって挑めばLv1でも攻略できるように作られていることがある。
故にこそ攻略を焦る必要はないと言えるが、だからこそ攻略を焦ることもある。
誰もが攻略できるということは、そこを攻略できなければ平均値以下だと、自分で勝手に思ってしまうわけだ。
「別に勉強の成績じゃないんだがな……。誰もがやってることを、自分がしてないってのは案外苦痛だったもんだ、うん」
ゲームを始めたばかりの頃は、アラーキーは目の前に広がる世界に感動し、その隅々まで見てみたいと思っていた。世界の端はもちろん、その中に散らばるダンジョンの奥地まで。
そんな、自分も見たこともないような光景を見ず知らずの誰かが知っている……そんな状況に耐えられなかったのかもしれない。
思い出として省みれば笑い話であるが、今の同盟としてはそう思うものが現れるのはよろしくない。なるたけ足並みはみださない方が良い。そういうのを不快に思うプレイヤーもいるし、中には乱れた足並みに踏みつぶされて、嫌な思いをするものも現れるかもしれない。
もちろんアラーキーの杞憂ということも考えられるが……今日の各ギルドの成果確認の時、幾人かの顔は暗く曇っているのをアラーキーは見た。昨日は六階も進めたのに、今日は三階しか進めなかった……そのことが、気がかりなのだろう。果たしてイベント期間中に城砦を攻略しきれるのかどうか、と。
そこに今日のイベント掲示板を見ようものなら、その心象は推して知るべし、だろうか。
「なるたけ後にしこりが残るような話は避けたいもんだが……うぅむ」
「少しいいかしら、アラーキー君?」
そうしてアラーキーが懊悩していると、部屋の扉をギルドメンバーの一人が開けてアラーキーに声をかけてきた。
「うん? どうかしたのか?」
「いえ、あなたに会いたいって言って……」
ギルドメンバーの女性は少し悩むように沈黙を挟み、あるギルドの名を告げる。
「……円卓の騎士のギルドマスターが、来ているわよ」
「……わかった」
アラーキーは小さく頷き、椅子から立ち上がった。
アラーキーが向かった応接室で待っていたのは、豪奢な金の鎧を見に纏った小さな少年騎士と、その護衛と思わしき二人の近衛騎士の姿であった。
アラーキーがやってきたことに気が付いた少年騎士は、すぐに立ち上がりアラーキーに頭を下げる。
「突然の来訪をお許しください。初心者への幸運のアラーキーさん」
「んにゃ。気にしなさんな、円卓の騎士の……名前は?」
「ランスロットと申します」
少年騎士はそう名乗り、小さく笑う。彼の後ろに立っている近衛騎士は、直立不動のまま会釈も挨拶もしなかった。
アラーキーは片手を上げてそのあいさつに応じてそのまま彼の向かいへと座った。
「……で? わざわざ大ギルドの一つである円卓の騎士のギルドマスターが、俺に用ってのはなにかな?」
そして挨拶もそこそこに本題に入るアラーキー。ランスロットは小さく頷き、アラーキーの前に腰かける。
「用というのは他でもありません。いま、アラーキーさんも挑まれているマンスリーイベントのことです」
そして真剣な表情でアラーキーをまっすぐに見据え、自らの要件を切り出した。
「アラーキーさんたちのギルド同盟……そのお手伝いを我々に任せていただけませんでしょうか?」
「………」
アラーキーはその言葉に黙し、うっすらと目を細める。
突然の助力の申し出。だがタイミングを考えると絶妙と言える。ちょうどアラーキーはダンジョン攻略に関して悩んでいた。今円卓の騎士の手が加わり戦力が増えれば、そのままゴリ押しも可能となるかもしれない。
だが、その絶妙すぎるタイミングがいささか引っかかる。
(なんかきな臭いねぇ、うん。こいつ、どこでうちの同盟のことを聞いたんだ?)
大ギルドであればその行動はある意味筒抜けとなる。その知名度から来る注目度は決して侮ることはできず、常に何らかの追っかけや監視があると考えて間違いはない。
対してアラーキーも今身を寄せているギルド同盟は、初心者への幸運の人間こそ参加はしているが、その中身は名もなき小規模ギルドが身を寄せ合った烏合の衆だ。その動向を追いかけるだけの価値があるとはさすがに思えない。
だが、ランスロットは助力を申し出た。何らかの形で、ギルド同盟のイベント進行度合いを聞いているということだろう。
そのまま黙して語らないアラーキーを前にして、ランスロットは熱意の籠った眼差しを彼に向ける。
「このたびのイベント、今アラーキーさんがおられる同盟のように皆が手と力を合わせなければ、突破は難しいと考えます」
「……」
「そして我々円卓の騎士は、皆さまのように力が足りないと嘆くギルドの味方です。共に手を取り合い、力を合わせてダンジョンを攻略する……。これに勝る喜びはないと考えています」
アラーキーが黙ったままなのをいいことに、一気にまくしたてるランスロット。
その少年の眼差しには少なくとも嘘はなさそうに、アラーキーは見えた。
ちらりと見上げる近衛騎士の方は全く動かないが、そちらの方にも何かの含みがあるようには見えない。
熱く力を合わせることの素晴らしさを語る少年を見ながら、アラーキーは考える。
(なんつーか、ただひたすらに正義に酔うただのガキだねぇ、うん。これで腹に一物抱えてるなら大した策士だが)
「どうでしょう、アラーキーさん? 我々円卓の騎士と共に、栄光の輝きを掴みませんか?」
そう言って手を差し伸べるランスロット。その眼差しはどこまでも真摯なものだ。
アラーキーは少し返答に窮する。
さてどこまで信用できるものか。助力自体は歓迎したいところであるが……。
そうして悩んでしまうアラーキーを見て、ランスロットはだめ押しをしようと口を開く。
だが、そんな彼を押し止めるものがいた。
荒々しい足音共に扉をけ破って入りこんだ少女は、キッとランスロットを睨んで声を張り上げた。
「――何をしに来たの、ランスロット!?」
「あ、アンナちゃん!?」
突然現れた仮面の少女の姿を見て、ランスロットは驚きの声を上げる。
ゴシック調のドレスを身に纏った少女、アンナはランスロットを見て肩を怒らせながらさらに声を張り上げる。
「あなた、まだ正義の味方気取りをやっているのではなくて!?」
「せ、正義の味方気取りなんて、そんな……! 僕は本当に……!」
「お黙りなさい! 貴方、自分の身を省みたことはあって!? 今の円卓の騎士がなんて呼ばれているか……知らないなんて言わせなくてよ!?」
「し、知ってるさ! 知っている……だからこそ、僕は!」
「だから売り込みに来ているとでも!? 甘いのよ、それじゃ! 人に目を向けるより、まずは自分に目を向けなさい! ここに来るよりも、やることがあるんじゃなくて!?」
一気にまくしたてるアンナの剣幕たるや、見た目はアンナよりもはるかに年上であるはずのアラーキーも気圧され、委縮してしまうほどであった。
鬼を睨み殺すような殺気を放つアンナを見て、ランスロットはしばし悲しそうな顔で彼女を見ていたが、やがて諦めたように立ち上がった。
「……アラーキーさん。今日は一旦帰らせていただきます……。ですが、もし助力が必要とあらば、我々はいつでも――」
「さっさとお帰りなさい! アラーキーさんも、こんな奴に助力を乞う必要はありませんから!」
「お、おう。わかったから落ち着こう、アンナ。ランスロットも早く帰った方がよさそうだぞ、うん」
「は、はい。それでは……」
放っておけば今にもランスロットの尻を蹴飛ばしかねないアンナを制しつつ、アラーキーはランスロットへ帰るよう促す。
ランスロットは牙さえ向くアンナに背を向け、とぼとぼと帰り始める。その背中には哀愁さえ漂っているように見えた。ずっとだんまりを決め込んでいた近衛騎士たちも、そんなリーダーの背中を追って歩き去っていった。
フーッと威嚇する猫のような声を上げていたアンナは、ランスロットの姿が消えたのを確認してからギロリとアラーキーを睨みつけた。
「アラーキーさん!? わかってますわね!?」
「あ、ああ。わかってるよ。円卓の騎士はハイエナギルド。今は助力は求めちゃダメ。OK?」
「OKですわ! まったく、油断も隙も――」
頭から湯気を出しながら、アンナは応接室から去ってゆく。
彼女は元円卓の騎士であったが、兄の離脱を機に初心者への幸運へとギルド替えを行った変わり種だ。
普段は気立てが良く実年齢と見た目もあって、初心者への幸運の中で愛される新入りポジションなのであるが、今の円卓の騎士を蛇蝎のごとく嫌っており話題に上るだけであんな風になってしまうのだ。
アンナが去ったのち、アラーキーは小さく息をつき天井を見上げる。
「ふぅ、やれやれ……しかし、助力ね」
そうしてランスロットの言葉を反芻する。
実際、今のギルド同盟のみで城砦の最深部まで到達できるかどうかは怪しい。
そして今からでは、他のギルドと同盟を組むのも難しいだろう。円卓の騎士のように、手を差し伸べるギルドは少ないだろう。
「……んむ」
アラーキーは顔をしかめ、悩み、それからクルソルを手に取る。
悩んだときは、誰かに相談すべきだろう。さしあたって、まずは仲間に。
なお、アンナの仮面はちょうちょモチーフの模様。




