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鎧と女将  作者: 井上啓二
第二章 帰郷
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第11話

 二時間後……。


 ……ドスン……ドスン……ドスン……。


 ポーケントッターが帰ってきた……。


 そして肩を落として報告する鉄巨人に、出迎えたメロディが、顔の横に大粒の汗を浮かべて呟いた。


「ク、クビになっちゃったんですか……」


「……面目シダイモゴザイマセン」


「まったく、いったいどんなポカをやらかしたんだい?」


 同様に出迎えたサンディスが天を仰ぐ。予想はあったが、それでも二時間とは早い。


「パパ、どうしたの? もしかして誰か踏み潰しちゃったの?」


 ティアが今にも泣き出しそうな顔で、遙か頭上の父親に言った。


「……イエ、ソウデハナクテ……」


「いったい、どうしたのですか?」


 さすがのメロディも、巨人の尋常でない落ち込みように、表情を曇らせて訊ねた。もちろん、ソウルアーマーであるポーケントッターに外見上の変化はなかったが、声色の調子で分かる。

 彼を働きに出させたのは自分のようなものだ。責任を感じる。


「なにがあったか、話してみて下さい。もしかしたら、力になれるかもしれませんし……」


「……実ハ……」


 ポーケントッターは言いにくそうに、ポツリポツリと、事の顛末を説明した。


 その話によると、ポーケントッターの仕事自体はとても上手くいったのだそうだ。

 大型帆船は積み荷が多く、荷揚げ・荷積みは船員の手だけでは足りずに、それぞれの寄港地で人足を雇う必要がある。

 馴染みの『口入れ屋』に手配を頼んでおけば、後は必要な人数を『口入れ屋』が集めてくる算段になっているのだ(ポーケントッターも、そのような『口入れ屋』に仕事の周旋を頼んでいた)。

 日雇いだが、ポートホープのような港町では仕事に困ることはない。


 ポーケントッターは、初めての仕事に大いに張り切り、率先して働いた。

 なにせ、万人力のマンパワーを持つソウルアーマーの彼である。

 彼にとっては、年代物の麦の蒸留酒だとか、塩漬けにされた豚の腸詰めだとか、あるいはまだ青いうちに摘まれた林檎がぎっしりと詰まった大樽などは、枯れた小枝と変わらない。

 ポーケントッターは、まるで子供が積み木細工を並べるような手軽さで、ヒョイヒョイと荷揚げ荷積みを行った。


 こうなっては、港湾労働者たちの熟練した『樽転がし』の技術も、『白銀の稲妻』の鉄腕には敵わない。

 ポーケントッターの作業を見ていた船主は、その働きぶりに大いに感心し、手を叩いて巨人を誉めた。

 さらに、冒険心溢れる船主であると同時に利にさとい商人でもある彼は、人足一人分の手間賃で、10人分の仕事を、10分の1の時間でこなしてしまうポーケントッターがいれば、他の人足は必要ないことに気づいた(ポーケントッターの雇い賃は他の人足たちと同じだった)。


 船主は即決断を下し、ポーケントッター以外の全ての人足をその場で解雇した。

 荷揚げ・荷積みは、元から雇っている船員とポーケントッターがいれば充分だ。

 もちろん、人足たちは納得しない。当然だ。いきなりその日の食い扶持を失ったのだから。


 船主と港湾労働者たちは、ポーケントッターの足元で、口入れ屋を挟んで対峙した。

 船主にしてみれば、人足たちの恨みを買おうが、ポーケットッター一人(?)を雇った方が遙かに利が出る。商人は利が全てだと、この強欲な船主は思っている。

 港湾労働者たちにしてみれば、突然出て来たソウルアーマーに今日の仕事を奪われた挙げ句、これから先もその危険があることに気づき、憤慨し、そして怖れた。人足たちの怒りと不審は、船主だけでなくポーケントッターにも向けられた。

 利益が懸かった船主は一歩も退かず、生活が懸かった人足たちはさらに退けなかった。


 間に挟まれた口入れ屋はただただオロオロし、それ以上に心優しいポーケントッターは、自分が原因で生じた険悪な雰囲気に狼狽えた。

 結局、事態を動かしたのは、それまで傍観していた船長以下の船員たちだった。

 船長と船員たちは、顔見知りの港湾労働者たちに同情し、その肩を持った。人足たちの解雇が撤回されない限り、船は動かさないと船主に宣言した。


 ポーケントッターも、いきなり今日の糧を失った港湾労働者たちを慮り、船主に彼らを解雇しないように頼んだ。

 それまでポーケントッターを高く評価していた船主は、この裏切りに激怒した。

 船長や船員だけでなく、たかが『機械』に過ぎないソウルアーマーが人間に逆らったことが許せなかった。


 船主は掌を返したように、ポーケントッターをクビにした。

 士気をあげた人足たちは、自分たちの生活を脅かすソウルアーマーを今後雇わないように、口入れ屋に強要した。

 屈強な港湾労働者に囲まれた口入れ屋は、一も二もなくその要求を受け入れた。人足たちは祝杯をあげ、ポーケントッターは港の仕事を失った。


「呆れた! あんたって人はなんてお人好しなんだい! それで何も言わず、ただ黙ってクビになってきたっていうのかい! そんなんでこの世の中を渡っていけると思ってるのかい?」


 サンディスは呆れを通り越して、本気で怒り始めていた。


「世の中ってのはね、競争なんだ! 上にいる奴は引きずり下ろし、下から来る奴は蹴落として、自分の食い扶持を守らないといけないんだよ! そんなお人好しなことでどうするんだい!? なんでもっと図太く自分の仕事を守らないんだ! あんた、このティアを飢え死にさせる気かい!?」


「サンディスさん、もうそれくらいで」


 気を高ぶらせるサンディスを、メロディがたしなめた。

 メロディにも、サンディスが高ぶりは理解できた。サンディスは、ポーケントッターの人の良さが歯がゆくてたまらないのだ。

 周りの人間から『人が良すぎるほどに良い』……と誉め言葉ではなく言われるメロディから見ても、ポーケントッターの性格は『もう少しどうにかならないか』……と思われる程だった。


「でも、ポーケントッターさん、サンディスさんの言うことも本当ですよ。あなたは良い人すぎますよ。ティアのためにももう少し図々しくならないと」


「……申シワケゴザイマセン」


 鉄巨人が謝ったとき、肩を組んだ二人の赤ら顔の男が上機嫌で近づいて来た。宿の常連だ。すでにどこかで何杯か引っ掛けてきたらしい。聞こし召している。


「よぉ、ポーケントッターじゃないか! さっきは気の毒だったな!」


「機械が人間の仕事を奪うからだ! 港の仕事は俺たちに任せて、機械は粉でも突くか、ここで店番でもしてな!」


「そうそう、どうせ金を稼いだって酒は飲めないんだからよ!」


 二人の酔漢は、巨人を見上げて、ぎゃははは!と大笑いすると、「さあ、祝杯の続きだ!」と一階の酒場に消えていった。


「ポーケントッターさん、今の人たちと一緒に働いてたのですか……?」


 だとするなら、この鉄巨人は、この宿の常連客の仕事を守ったことに……。

 サンディスも、メロディの言わんとすることを理解して押し黙った。もう発破を掛ける気はなくなっていた。


 ポーケントッターはそれ以上黙して語らず、ただティアだけが、


「大丈夫よ、パパ。パパの分もティアが働いてあげるから。ティアがパパを食べさせてあげる」


 と、目をウルウルさせながら、優しくも残酷に父親を慰めていた。



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