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復讐とは

 ◆






 魔物は殺しきった。返り血でユウカ様からもらった服を汚してしまったことは反省しなければ。いや、そもそも普段着で戦わせたユウカ様が悪いのでは……というか防具は……?


 いやまあうん、それは置いておこう。我ながらなかなか頑張ったと思う。これならユウカ様も褒めてくれるかもしれない。



「………」



 だけど、何故だろう。


 空虚だ。胸に穴が空いてしまったような。


 いや、理由は分かっている。


 さっき、気づいてしまったから。



 奴隷は命令されない限り自由に行動できる。


 死ぬのも、殺すのも自由だ。


 そして私は『主人を害するな』という命令を受けたことは、ない。



 殺せた。


 もっと早くに、殺せたはずだ。



 なら。


 そうであるなら。


 もっと早く解放されることができた。


 自由になれたはず、なのに。



 そうできなかった、ただ嬲られるだけだった私のこれまでの人生は、一体何の意味があったのか――――






「お疲れ様、カメリア」

「……ぁ、ユウカ、様」


 なんの気配もなく後ろに立っていたユウカ様が声をかけてくる。


「どうした?」


 私の目を覗き込んでくる蒼銀の瞳。


「……いえ、なんでもない、です」


 その瞳からは、何の感情も読み取れない。


「……ふーん?」

「……っ」


 朝からずっと見ていたが、ユウカ様は基本的に常に笑顔だ。でも何故だろう、どこか嘘くさく、薄っぺらく感じる。リンベル様へ向ける笑みや、オークションで見せたあの苛烈な笑みにはそんなことは感じなかったのだが……。

 そしてたまに笑顔が消えた時には、ゾッとするような無表情がそこにある。あるいは、それだけが彼女の本性で、他は作り物なのだろうか。


 そして今、目の前の貼り付けられた笑顔の下では、何を考えているのか……。


「ねえカメリア」

「は、はい、なんでしょう」




 そして唐突に彼女は告げた。




「殺したいかい?」

「っ!?」


 な、にを。


「ああ分かる、分かるよカメリア」


 何が、分かると。


「殺したいだろう?のうのうと暮らしている奴は許せないだろう?自分を苦しめた奴は、同じだけ、いやそれ以上に苦しめて、苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、惨たらしく殺したいだろう?」

「……ぇ、ぁ?」



 その顔は変わらず笑顔。


 しかしその口から紡がれる言葉はまさに猛毒。


 少し離れたリンベル様には聞こえないほどの小さな声で、淡々と話し続ける。



「君にはそれを為せるだけの力がある。そして私も力を貸そう。遠慮はしなくていい」

「な、え?」

「まだそれほど時間は経ってないけど、君はもう私達の仲間だ。……私はね、苛つくんだよ。私の仲間が傷付けられるのは。たとえ過去のことだとしても、今の君に影を落とすようならその原因は排除しなければならない。で、原因は?どうせ前の主人だろう?いいよ、私が君の前に引きずり出してあげる。そこからは煮るなり焼くなり好きにするといいよ。ああ、私は手を出すつもりはないから安心していい。君がやらないと言うなら私が代わりに殺すけど。そうだね、まずは鞭で叩くのがいいよ。君のその傷跡、鞭打ちのせいだろう?やられたことをきちんとやり返さないと、復讐したって気分にならないよね。あ、そういえば身体の傷跡の方は治してなかったな、後で治してあげるから安心して。うーんその後は全身を切りながら爪剥いで歯抜いて目くり抜いて……ああいや、腕の先の方から切り刻んでみよう。それくらいの方がいいよね?脚の方も同じようにしよう。それから命乞いし始めたら笑いながら見下して顔を踏みつけながら言ってやるのさ、『助けるわけねえだろバーカ』ってね。その時の表情は面白いよ、ホントに。ああこれが絶望の体現かって思うからね。あ、私は手を出さない約束だったね、思わず自分がやる前提で話してしまった。忘れてくれ、カメリアの好きなようにやるといいよ。それにしてもその命乞いのバカバカしさったらありゃしないよ。それと同じくらいのことを自分がやってるってのに、自分がそれをされる覚悟もないなんてね。殺す者は殺される覚悟をするべき、当たり前の話だ。覚悟がないなら最初からするなってこと。そうは思わないかい、ねえカメリア?」


 抑揚のない話し声。

 何の躊躇いもなくつらつらと語る拷問方法。

 そして剥がれ落ちた笑顔の下には、やはり恐ろしいほどの無表情。


「それに……」


 しかしその瞳には、激しい怒りの炎が宿る。


「今の君は、昔の私みたいだ。正直、見てられないよ」

「え……?」


 似ている?私とユウカ様が……?


「……まさか、ユウカ様も……?」

「復讐なんてつまらないことはさっさと終わらせて、前を向いたほうがいい。そっちの方が、よっぽど自分のためになるよ」

「………」


 なぜユウカ様は私の復讐心を見抜けたのか。それに先程の、さも実体験のように語った拷問に、私と似ているという言葉が示すのは……つまり――――


「……あ、そういえばまだ答えを聞いてなかったね。



 ねえカメリア、君は憎くてたまらない、すべての元凶を、殺したい?」





 その答えは――――





「……ユウカ様」

「何?」

「ユウカ様は……どう、したんですか、その」

「ハ……決まってるでしょ?」





 ユウカ様は、感情を押し殺した声で、歪な笑顔で言った。






「殺したよ」








 ◇







 もともとカメリアを買おうと思った時から、復讐しようと思ってることには気付いてた。だから本人が言い出したら手を貸そうとは思ってたんだけど、思ったより自分は短気だったようだ。思わず手出ししちゃった。



「……殺ります、私が、自分で」

「そう、ならいいんだ」



 だってあんなに悲しそうな顔されたらねえ?ほっとけないじゃん。それにね、身内が困ってたら手助けしたくなるのが人の性というもので……。


「もう帰るよ。リンベルから視線ビンビン感じるし」

「あ、はい」


 マーダーハウンドをアイテムボックスに回収していたリンベルはその作業を終えたよう。待たせる訳にはいかない。


「『洗浄』」


 最後に返り血塗れのカメリアを綺麗にしてっと。


「……申し訳ありません」

「次からは返り血も避けるようにね」

「………………………はい」

「その間は何」

「…………いえ、別に」


 そんなの無理とか思ったろお前カメリアさんよお。






 ◇






 今回受けた依頼、現場が街から離れすぎている上に、マーダーハウンドの群れの正確な位置も自分で調べなくちゃいけないことから、明らかに報酬と釣り合ってなかった。まあこれくらいしかカメリアに丁度いい依頼がなかったから受けたんだけどさ。


 まあ何が言いたいかって言うと、街に辿り着くまで時間がかかるってことで。


「ラッセル侯爵、ね」

「……はい」

「ぐすっ、ひっぐ」


 カメリアの過去の話を聞くのもその時間で出来たってことだ。


「うぇええ、カメリアちゃぁあんつらかったねえぇぇええ」

「はいはい、泣きやもうねリンベル」

「ユウカちゃんつめたあいぃぃい」


 それにしても侯爵か……思ったより高い爵位が出てきたな。


「どうやって引きずり出すか……どっかで会えないかね?」

「それは少し厳しいかと……」

「だよねえ……あー、もう屋敷に忍び込んで拉致るか?」

「……えぇ……」


 不可能ではない。というか今の俺ならたぶん余裕でできる。


「……あ、いや待てよ。カメリア、その侯爵って確かオークションにも来てたよね?」

「あ、はい。毎回参加していると言っていましたが……」

「ふむ……」


 なるほどなるほど?


「……うん、決めた。オークションごとぶっ潰そう」

「え!?」


 この前からすごい気に食わなかったんだ、あのオークション。


「オークションにのこのこ出てきた侯爵ぶっ殺して、ついでにオークションもぶっ潰そう」


 俺はこの前の鬱憤を晴らせて、カメリアは復讐を果たせる。

 あらやだ、このプラン一石二鳥じゃない奥さん?


「そ、そんなこと」

「カメリアもあそこは気に食わないでしょ?」

「いや、まあ、それはそうですが……」

「私ならできる」

「………」

「なら、殺った方が得でしょ?」


 もっと自由に行こうぜカメリア。


「ねえ?」

「は、はは……」


 向こうは法を破ってんだ。こっちだってどこぞのギャング並みにやったって文句は言えないよなあ?



「確か次のオークションは……」



 丁度一週間後。

 そしてその日は……。



「竜神祭の二日目か」



 楽しいお祭りになりそうだなあ。






「そうと決まれば早速準備しないとね」



 証拠は残さないようにしないと。こっちが損する復讐なんてそれこそ意味が無いからね。






「……うーん、そろそろ空間魔法と時間魔法探すべきかなー……」









「いやっ、なんでお貴族様殺す前提で話が進んでるのっ!?」

「いやー、あははは」

「ユウカちゃんっ!?」


 小市民なリンベルも可愛いなあ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! ユウカさん、案外に中々激烈な思考をしていますね!? カメリアさんへの思い遣りですから悪いじゃないですけど。 オークションを潰し気か。この前はあんなにイライラ…
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