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追憶

「さて、冒険者ギルド行こうか」

「ほえ?」


 リンベル呆けた顔も可愛い。


「もちろんカメリアもね」

「え?」


 朝食の後の食休み。唐突に告げる。


「なんで?」

「なんでって、そりゃ―――」


 決まってるだろ?





「―――カメリアの冒険者登録だよ」





 ◇






(ぶーぶー)(………ぶーぶー)


 人っていうのは髪型一つ変えるだけでずいぶん印象が変わるもんだ。


「うんっ!これでよしっ!」

「ありがとリンベル」

「えへへ〜」


「あ、あの……」


(ぶーぶーぶー)(………ぶーぶーぶー)


「よく似合ってるね」

「元が可愛いからね〜」


「……うう」


「照れなさんなって」

「そういえばユウカちゃんは髪型とか変えないの?」

「変えるなら後ろで適当にまとめるくらいかな?私複雑なの作れないからなー、リンベルができるのは意外だったけど」


(ぶーぶーぶーぶー)(………ぶーぶーぶーぶー)


「ふっふっふ、私だって女の子だもんっ、それくらいできるよ!」

「ねえそれ私が女じゃないって」


(ぶーぶーぶーぶーぶー)(………ぶーぶーぶーぶーぶー)


「言ってるような……」


(ぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶー)

(………ぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶー)


「だあっ!うるせえっ!」

「!?」

「どしたのユウカちゃん!?」


 蒼黒碧黒がさっきからぶーぶーぶーぶーうるせえ!


「悪かったよっ!アイテムボックスから出し忘れてさあ!」


(ぶーぶー、血を所望する)(………ぶーぶー、おわび、代償)


「分かったから!後であげるから黙って!」


 バイブ音かてめえらはっ!





「こほん、お見苦しいところをお見せしたようで」

「あ、うん……」

「は、はあ」


 なんだいその微妙な視線は。


「ところでカメリア、その髪染めてもいい?」

「あ、お好きにどうぞ……」

「なら勿体ないけど遠慮なく」


 余ってた金の染料でカメリアの髪を染める。真紅の髪は綺麗だから染めたくはないんだけどね。

 うん、完璧な金髪美少女だ(2回目)。


「うん、腕も治ってるし、まさか君がカメリアだなんてバレないだろう」


 今俺達が何をしているかと言えば、カメリアの身元偽装だ。

 せっかくオークションで俺が隠れてたのに、カメリア連れ歩いてるところを見られて俺だとバレるなんてマヌケなことはしたくない。

 そんなわけで少しボサボサだった髪はリンベルが丁寧に整えてハーフアップに、そして俺が金髪に染めて綺麗な服を着せればあら不思議、どこぞのご令嬢かと見間違える美少女がそこに。うーん、化けたなー。


「へ、変じゃないでしょうか、私がこんなもの……」

「全然そんなことないよっ!すっごく似合ってる!」

「へいカメリア、もっと自信持たないと。君は可愛いんだから」


 眼福眼福。なるほど、貴族が美人ばっか買う気持ちが分かったな。これはいい。


「準備も出来たし、早く行くよ」

「はいよ〜!」

「は、はい」


 どっちにしろ闇魔法かけるからたぶん大丈夫なんだけどね。






 ◇






「《槍王(そうおう)》……ですか?」

「そう」


 ダジャレじゃないよ?


「君には《槍王》っていうスキルがある。それと称号にもだ。きっとこれが司会が鑑定不能って言ってたスキルだろう。なんで私は見えたのかは分からないけど……私が考えるに、このスキルは《槍術》やその進化系の最上位スキルだ。《剣聖》みたいなね」


 おそらくこのスキルの補正幅は他のスキルの比じゃないだろう。なんたって最上位だし。


「君のステータスを見せてもらったけど、ああオークションの時にね?そこで見れば、君の魔力は0だった。そう、まったくの0だ。つまり魔法は完全に使えない」


 魔力が0なんてことはほとんどない、というか全くないらしい。

 この世界の生物は凡そ魔力を持っている。そもそも大気中に魔力は漂ってるし、食物にも魔力は含まれてるんだから、魔力を持たないなんてことはほぼありえない。


「ただし、その体力の数値は異常に高かった」


 カメリアのようなケースを除けば。


「たぶん取り込んだ全ての魔力が身体能力の強化に使われて、今の君が使用できる魔力は0ってことなんだろうね。これも《槍王》の効果だろう」


 まったく末恐ろしい。まだまだレベルも低いのに、体力のステータスがドーピングしてる俺の3分の1もあるなんてな。すぐに追い抜かれそうだ。


「つまり君は、肉弾戦特化でガンガン行こうぜ型の槍使いだ」

「……なんでしょう、嬉しいんですけど、何とも言えない気持ちです」

「……似合わないねえ〜」

「……まあ、うん」


 そのスタイルがカメリアに合ってるのは間違いない……はず。


「そこで、だ。カメリア、君にはその強さを活かして冒険者になってもらいたいんだ」

「なぜ、私が?」

「まあ、単に冒険者カードが身分証になるっていうのもあるし、稼ぎ口も増えるしね。登録しておいて損はない。あ、偽名は使った方がいいかも……いや大丈夫か」


 オークション会場にいた奴も名前までは覚えてないだろ、たぶん。偽名にしても後々面倒になりそうだし、カメリアのままでいいか。







「ちょっといい?」

「はー……い!?」


 突撃隣の受付嬢。王都に来た日と同じ人だ。またフリーズした。まあ闇魔法かかってたから、この人からは俺達が突然現れたように見えて驚いただけかもしれないけど。


「おーい?」

「……はっ!?も、申し訳ありません!なんのご用でしょうか!?」

「ああ、彼女の冒険者登録、お願いできるかな?」

「よろしくお願いします」

「あっ、よっ、喜んでっ!」


 返答として「喜んで」ってどうなんだ?別にいいけど。


「じゃあ私は依頼見てくるから、終わったら呼んでね」

「わかりました」




「さて……」

「どんな依頼にするのっ?」

「うーん、適度に難しいやつ、かな」


 昨日見たときは良さげなのはなかったけど、この際効率は度外視しよう。


「……うん、これでいいかな」




 Bランク依頼

 マーダーハウンドの群れの討伐

 報酬:大銀貨5枚

 詳細:ここ数日、商隊がマーダーハウンドの群れに襲われることが多発し……………






 ◆







 side:カメリア







「「「グルルルルルゥ……」」」


「っ」




 垂れる涎。


 剥き出しの牙。


 迫りくる死の臭い。




「頑張れ〜!」

「………」




 その冷徹な蒼銀の瞳は何を見るのか。


 私は何を求められているのか。




「ふぅー……」




 分かりきっているはずだ。




「そうだ、カメリア」




 ですよね、ユウカ様。







「敵は、殺せ」







 ◆






 私は物心ついたときには孤児院にいた。

 両親は知らない。知ろうともしなかった。生きるには必要ないことだから。

 私がいた孤児院……いや、孤児院とは名ばかりの地獄では、まともな生活は望めなかった。

 子供の世話をするはずの老婆は逆に子供に暴力を振るう。

 年上が年下から搾取するのは当たり前。

 食事はたまにパン一切れにありつけるかどうか。

 時々院の子供が減っていたのは、死んだのか売られたのか。

 その頃はそんなことを考える余裕もなかったけれど。

 ユウカ様の言葉を聞いた今考えれば、この過酷な環境下で私が死ななかったのは《槍王》の強化のせい……いや、おかげなんだろう。





 ある日、そんな日々に転機が訪れた。

 孤児院に来るには似合わない、いかにも高そうな服装をした男がやってきた。

 老婆に言わせればその男は『鑑定士』らしい。普段は子供に威張り散らす老婆がとても媚び諂っていたのが印象に残っている。

 その男は子供一人一人をじっと見つめ、時々老婆と何か話していた。

 数人を見て回った後、その男は私の前に来た。

 ひどく濁っているように見えたその目で見られると、何故か寒気がした。自分の全てを見透かしてくるような嫌な目。だから私は全力で拒んだ。見せてなるものかと、心の中だけで抵抗した。実際に抵抗すれば暴力を振るわれるのは分かっていたから。

 この行動が正解だったのかは分からない。きっとこの行動で私は《鑑定》に抵抗して、それに成功して鑑定士は《槍王》を看破することができず、私はただ正体不明のスキルを持っているとされたんだろう。

 《槍王》だと分かったらどうなったのだろう。騎士団に保護されて、不自由ない暮らしが送れただろうか。それともただ戦場に送られて野垂れ死にしただろうか。

 分からない。分からないが、ここで私の運命は決まった。





 それから数日後、孤児院の前には見慣れない質素な馬車が停まっていた。

 そして私が呼ばれ、その馬車の中に押し込まれた。

 しばらくして馬車から放り出された時、目の前には大きな屋敷があった。

 屋敷の地下へ連れて行かれ、そこで無理矢理、全身を蝕む奴隷契約が行われた。


 まったく訳が分からなかった。

 気が付けば貴族の奴隷として飼われることになっていた。


 ただ一つ分かったのは、私の未来は明るくないということだった。





 そこからの日々も、いや、そこからの方が地獄だった。



 私を買ったらしい貴族は加虐趣味だった。

 子供が泣き叫ぶ様を見るのが好きだった。


 何度も殴られた。

 何度も首を締められた。

 何度も鞭で叩かれた。

 何度もナイフで肌を切り裂かれた。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 私の尊厳は、穢された。


 ユウカ様とリンベル様によれば、私の容姿は整っているらしい。なるほど、ならばあの他の子に対するより執拗な嬲りも理解はできる。納得などするはずもないが。


 そして不幸にも私は槍王だ。身体の丈夫さは他とは比べ物にならなかったらしい。

 何人もの子供が壊れ、打ち捨てられていく中で、私だけが生き残った。

 私だけが。

 その頃には私は痛みの感覚も薄くなり、貴族に対する反応もしなくなってきた。貴族も私を何とか泣かせようと、趣向を凝らした甚振り方をするようになった。


 指の先から輪切りにして恐怖を煽ってみたり。

 腕をナイフで貼り付けにして一晩放置してみたり。


 私は無視した。


 何度も死にかけた。

 そして生き残った。

 貴族は嬲り続けた。


 私は無視した。


 痛みは完全に消えていた。

 身体は動かなくなっていた。

 精神は悲鳴を上げていた。


 私は無視した。


 両腕を切り取られた。


 私は無視した。


 腹いせに何度も鞭で叩かれた。


 私は無視した。


 ……何故、私がこんな仕打ちを受けなければならない。


 私は無視した。


 ……ふざけるな。


 私は無視した。


 私が何をした。


 私は無視した。


 私は、必死に生きていただけなのに。


 私は無視した。


 私は……。









「殺してやる」





 ただ、憎しみだけを募らせていった。






 ◆






「飽きた」


 その一言で、呆気なく地獄の日々は終わりを迎えた。






 ◆






「今宵もオークション、開幕でございますっ!」


 私を不要とした貴族は、私を売りに出した。


 久々の甚振られることのない日。


 何も嬉しくはなかった。



 たとえあの貴族から離れても新しい貴族から嬲られるだけ。


 私の未来はまだ明るくない。



 それにあの貴族はまだ死んでいない。


 私はまだ殺していない。



 まだ、死ねない。



「おら、さっさと歩けゴミ」



 後ろから度突かれながら。


 動きにくい身体を引き摺って歩く。


 舞台の上へ。



「続いての奴隷はある参加者様からの出品です!」



 せめて私を買う貴族の顔を睨んでやろうと思って。



「こちらの人族の少女は少々傷モノでして、両腕欠損に全身に傷の跡がございますが、顔はなかなかに整っております!」



 私は出会った。



「……ぁ」



 圧倒的な存在に。





 ひと目見て分かった。


 格が違う。


 アレは、ヒトを超越している。




 本能が警鐘を鳴らす。

 お前では敵わないと。

 早く逃げろと。




 でも私は。


 ……私は。




 鼓動がうるさくて。




 他の事はもう気にならなくて。




 『鑑定士』の時と同じ感覚がしても拒絶する気は起きなくて。






 その仮面の奥から覗く蒼銀の瞳に。



 その美しい顔が描く苛烈な笑みに。



 目を奪われた。





 私の心は、囚われてしまった。






 ◆






 そこからは怒涛の展開だった。

 蒼銀の瞳の女―――ユウカ様なわけだが―――に買われ、貴族でないと言われ、宿まで抱きかかえられ、ユウカ様は絶世の美少女で、髪も綺麗な蒼銀で、純白の髪の美少女に睨まれ、なぜかユウカ様に腕を治された。


 ここまで訳が分からないのは、貴族に買われたあの日以来だった気がする。


 ただ、ユウカ様に「頑張ったね」と言われて、自分の中の張り詰めていた何かがパキリと壊れた音を聞いたのは、気のせいではないと思う。


 私を褒めてくれた。

 私を認めてくれた。

 私の存在を許してくれた。


 初めての体験だった。


 あれほど泣いたのはいつぶりだろう。


 あれほど感情が動いたのはいつぶりだろう。


 分からない。


 分からないが。



 私はユウカ様に救われた。


 私はユウカ様に忠誠を誓った。


 そして今日、この日。


 私の運命は、変わった。





 これだけは、確かなことだ。






 ◆






 そして今。


 唐突に放り出された実戦。


 手にはつい先程渡された槍。ユウカ様が「うわ、オークションに出てたやつより強いじゃん……」と仰っていたが、まるでいくらでもある雑な作品であるかのような扱いだったのは何故だろうか。後でお聞きしたい。


「グルルルルゥ……」

「………」


 目の前には魔物の群れ。


 ジリジリと詰まる距離。


 魔物を見るのは初めてだが、恐怖心というものはない。そんなものはとっくに消え失せた。


 ただ、魔物に勝てるかどうかは別だと思うが……。そもそも槍を持つのも初めてだ。戦いになるとも思えない……。ユウカ様のご命令だから受け入れたものの……まさか私、死ぬ?



「ガウゥッ!!」

「くっ!」


 一匹の魔物が飛びかかってきた。なんとか槍で弾くも、体勢は崩れる。


「ウォォオオン!!」


 二匹目っ、まずいっ!


 目前まで牙が迫って、私は噛まれて、死―――







「ギャンッ!」


「……え?」



 気が付けば、私の槍は魔物を貫いていた。


 あれ?いつの間に?誰が?どうやって?



「「「「グルルルルラァァアア!!」」」」

「あ……」


 仲間を殺された怒りに、魔物達は一斉に私に向かってくる。

 これはもう、どうしようも―――




「ギャン!」

「ガァア!」


「は?」




 私の身体は勝手に動いて、二匹の魔物をまとめて屠った。


「……これは……」


 頭の中に流れ込んでくる。

 槍の持ち方、攻撃の仕方、敵の攻撃のいなし方、体勢を崩さない歩法、効率のいい呼吸法、あらゆる戦闘の技法が分かる。


 これが槍王。


 これが、私?



「……ハッ」



 私が、槍王?



「ハハッ、ハハハ」



「「グルルッ」」



 逃げ腰になった魔物に自分から飛びかかり、その首を貫く。



「グゴッ」

「アハ」



 先についている刃で目玉を切り裂き、蹴り飛ばす。



「ギャオンッ!」

「アハハッ」



 石突で後ろから襲いかかってきた魔物の口内を貫通、脳髄をぶちまける。



「ハハハハ、アハハハハッ」



 なんだ、私はこんななんだ。



 こんなに強いんだ。



 なんだ。



「ハハ、ハ」



 なんだよ。



「キャンキャン!」

「ハハ……」



 こんなに強いんだったなら――――




「……ハ」







 早く槍を持って。







 あんな貴族なんて、さっさと殺せばよかった。







 ◇








 返り血で真紅に染まり、狂ったように笑いながら大狼の魔物を屠る少女。


 予想以上だ。さすが槍王と言ったところか。


「……いや、カメリアが、かな」


 見たところ、彼女には恐怖心というものがない。特殊な精神性と槍王、組み合わせればこれほど怖いものはない。それにしても初戦闘であそこまで戦えるとは……買った甲斐があったな。


「ユウカちゃん?」

「ん、なんだい?」

「なんか嬉しそうだねっ」

「……まあ、そうだね」


 嬉しくないわけがない。


 カメリアは強ければ強いほどいい。




 カメリアは、リンベルを守るために買ったんだから。




 この幸せがより確実に守れるようになったんだから、嬉しいに決まってるよね?






「期待してるよ、カメリア」

カメリアがもらった槍


名称:リンベル印のアダマン槍

等級:秘宝級

製作者:リンベル=アルフォード

スキル:《頑強》《超貫通》《軽量化》《破断》




ちなみにカメリアがまともな教育を受けていないにも関わらずある程度の常識と敬語を知っているのは、何年も貴族の愚痴をほぼ毎日聞かされていたからです。

これがスピードラーニ○グ!(違う)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! へぇ、カメリアさんの槍王スキルは生れ付きのかぁ。 私個人は鬱展開が好きじゃないですが、このくらいの長さはまだ大丈夫だと思います。 カメリアさん、ちょっとユウ…
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