真紅加入
「到着っと」
「わっ」
裏路地から出てすぐに闇魔法をかけて身を隠し、カメリアはフード付きのローブを被せてからちょっと抱きかかえて、建物の屋根伝いで宿まで直行。カメリア、両腕がないからバランスが取れないでフラフラ歩いてて危なっかしいったらありゃしない。思わずお姫様抱っこで移動しちゃったよ。
「うーん、普通に正面から入るか」
空は太陽が地平線から顔を出して明るくなり始めた。完全に朝帰りだけど、まあ気にしないようにしよう。
闇魔法をかけたまま、宿の従業員にも気付かれないように中に入る。
「さっさと行こうか」
「あ、あの、降ろして……」
「た、だ、い、ま〜……」
そろりそろりと部屋に入る。リンベルは寝てるよね?
「カメリア、静かにね」
「はい……」
カメリアが入ったところで闇魔法を完全に解く。
「ふぅー……」
仮面を外して一息。髪にかけていた光魔法を解いて黒髪から金髪へ、さらに滅碧魔法で染料をそそぎおとして元の蒼銀に戻す。俺があそこにいたのはたぶん誰にもバレてない、はず。
「………」
「……何?」
「あっ、い、いえ!」
見惚れるほどか?悪い気はしないけどさ。
「今から寝るのも微妙か」
ちょっと寝室覗いてからリビングでくつろいでよう。
音を立てないように、寝室のドアを開けて……。
「……おかえり」
「いひゃっ!」
チラッと覗いた先の寝室のベッドの上には掛け布団の球体。
「り、リンベル……?」
「………」
もといリンベル。
「ど、どしたの……?」
「………」
「おーい……」
「……どこいってたの」
「えっ!あ、えっと」
やばい、これは果たして奴隷オークションと素直に答えて良いものか。めっちゃ機嫌悪いぞ、絶対怒られるやつだぞこれ。たぶん全面的に俺が悪いんだけどもっ。
「どうかしたんですか?」
「あっ馬鹿」
カメリア今話しかけて来るなぁぁああ!
「……その子だれ」
「あっ、これは違くて、その」
「だれなの」
「……ぁぅー……」
「えっと……?」
なんでこんな浮気現場が妻にバレた夫みたいな気分にならなくちゃいけないんだ。
「………」
「わかったよ、話すよぉ……」
だからそんな目で見ないでー……。
「………」
「………」
「……えっと……」
助けてー。誰かー、カメリアー。
「……つまりその子は奴隷なの」
「……そうです」
思わず敬語になります、はい。
「……はあ」
「ぁぅ……」
助けてー……。
「……一言言ってからでいいじゃん」
「……え?」
「なんでなんにも言わないで行っちゃうの」
「あ、ご、ごめ」
「……起きたらいなくて、びっくりしたんだから」
「……ごめん」
「次からは、ちゃんと私にも言って。……別にユウカちゃんがどこで何してても、私はなんにも言わないから」
「……うん」
ああ、そりゃそうだ。
リンベルと一緒にいるんだから、リンベルに何も言わないのがいいはずがない。
「ごめんね、リンベル」
「……ん」
でもリンベル、そんな不安と寂しさを全面に出した顔で抱きついてこられても、こっちが和むだけだよ。
「うりうりー」
「……んふ」
まったく、可愛いやつだなあ。
「……えっと……?」
あ、ごめんカメリア、君のこと忘れてた。
◇
「改めて、自己紹介といこうか」
3人で向き合うように座る。
「私はユウカ=ロックエデン。一応Aランク冒険者として活動してる。他に肩書はない……まあすぐにSランクに上がるけどね」
「私はリンベル!自分で言うのもなんだけど、すごい鍛冶師だよっ!」
「自分で言うのか……」
「だって事実だもんっ!」
すっかりいつもの調子に戻ったリンベル。天真爛漫天下一品って感じ(意味不明)。ベッドでモフり倒したのが良かったのか……?
「えっと、カメリアと申します。どうぞよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「よろしくっ!」
皆ずいぶんあっさりした自己紹介だな。
「……うん、もっと他に言うことないの?」
「え〜、例えば〜?」
「例えば……趣味とか、出身地とか」
「う〜ん、私、趣味も鍛冶だし、出身地はな〜……」
「ああ、隠れ里だったっけ」
「うんそう……って言っちゃうの!?」
「別に隠すことでもないでしょ」
「いや……まあ……そだけど……」
だってリンベル、隠す気ないよね?隠れ里なのに。
「そういうユウカちゃんはどこから来たのっ!」
「あれ、まだ言ってなかったっけ?」
「聞いてないよっ!」
「あれだよ、実はね、い―――」
―――異世界から来たんだ―――
「―――……」
「?どしたのユウカちゃん?」
「……あ、いや……実はどこから来たのか全く記憶になくてね。所謂記憶喪失ってやつかな」
「へ〜、記憶喪失……って、えっ、えええええええ!!?」
「知らなかったのか」
「知らないよぉおおお!?」
2ヶ月一緒にいたけど、お互いのことについてはあんまり話さなかったっけか。
「………」
何でだろうな。異世界から来たって言っても大丈夫だとは思うけど。
なんか、言いたくない。
「……私のことはいいから、カメリアは?」
「いや良くないよぉお!?」
「リンベルは黙ってて」
カメリアが喋れないでしょうが。
「私は……孤児院で育って、訳もわからないまま貴族に引き取られたので……どこ出身か、と、言われると……」
「……あー……」
「……あ〜……」
重い。
「うん、この話はなしにしよう」
「そだね」
「………」
雰囲気悪っ。変えよう、なんかもっと、もっと別の……。
「……あ、カメリアの腕治そう」
「え?」
早いうちに済ませておこう。
「えっと……治せる、んですか?」
「うん、いけるよ。カメリアなら」
普通の人に使ったら死ぬより辛いだろうけど。
「《毒薬作成》『永劫なる悼み』『liquid』」
痛みと引き換えに身体を再生する毒液を作り出す。久しぶりの再生効果の活用だな。最近怪我してなかったし。
「それは……?」
「あっ!ニョキニョキ手足が生えてくるやつ!」
リンベル、覚え方……。いやまあ合ってるんだけどさ。
「さてカメリア、このど……液体を切断面にかければ君の手足は再生する」
「ユウカちゃん今毒って言おうとぐむーーっ!」
勘のいいガキは嫌いだよ。
「そ、そんな簡単に……」
「できるよ、それが私の能力だ」
通常、欠損は回復魔法では治らない。失われた箇所を再生することなんかできない。切断直後ならくっつく場合もあるそうだが、たいていは切断された腕を回収するなんてことはできないし(切断されるような状況で腕回収の暇なんてない)、そもそも少しでも間を置いてしまうと治らないため、これはかなり稀なことだ。最上位の神官なら再生も可能とかいう噂も聞いたことあるけど……どうだかね。
まあつまりは、だ。なんでもかんでも再生できる俺の能力はこの世界ではかなり異質ということだ。
「ただし、その代償として一生消えない痛みが着いてまわるんだけどね、しかも耐性スキルで軽減できない痛みが」
「えっ」
「そこで、だ。カメリア、君の《痛覚操作》、痛覚を完全に遮断するのはできるかい?」
「は、はい、できると思います」
「ならよし。《痛覚操作》は耐性スキルって感じじゃないし、たぶん大丈夫だろう。確証はないけど」
「ま、待ってユウカちゃん!」
「ん?何、リンベル?」
「つまりユウカちゃんはずっと痛いってこと!?」
「あ?あー……慣れたからもう平気だよ」
「そんなっ」
「それに私は特殊だからね、心配はいらないよ」
《異形精神》で文字通り痛み分けしてるからね。
「でも……」
「本当に、大丈夫だから」
心配性だなあ。
「話が進まないから私のことは置いといて」
「む〜……」
「カメリア、これ、使うかい?もし軽減に失敗したらかなり辛い日々になるだろうけど」
カメリアに問う。君には覚悟があるのか、それとも恐れをなして逃げるのか。
まあ、答えは分かりきってる。
「使います」
君には、覚悟がある。
「その程度で、腕が治るのなら。それに―――」
だから買ったんだけどね。
「―――痛みなんて、とうに慣れました」
「ふふっ」
やっぱいいなあ、こいつ。
「痛覚は完全に遮断した方がいい。かなり痛むから」
「はい」
「じゃあいくよ」
「はい」
『水流操作』で『永劫なる悼み』をカメリアの肩の部分へかける。すると腕の切断面がボコボコと盛り上がり始め―――
「〜〜〜っっっ!!!」
「早く遮断しろっ!」
「っ、はいっ!」
カメリアは一瞬痛みに顔を歪めたが、すぐに《痛覚操作》を使ったようで、穏やかな顔に戻っていった。
「ふう……」
「うん、大丈夫そうだね」
「やっぱりすごいね〜」
「え、あ、れ……?」
「痛みは?何か違和感は?」
「あ、ない、です」
「そりゃ良かった」
カメリアは呆然と。
その、傷一つない綺麗な腕を見て。
「……ふぇ」
「ふぇ?」
「ふええええええん!」
泣いた。
「うえっ!?」
「うええん、えっぐ、ひっぐ」
え、なに、これどうすればいいの。急に泣かれても困るんだけど。
「あう、あ、ありがどうございまずぅう、ありがどうございまじだぁ!」
「……ああ」
ハッとした。
きっとカメリアは、今まで人の温かさというものに触れてこなかったんじゃないだろうか。子供を貴族に売り払うような孤児院に、両腕を切り取るような貴族。まともな環境とは言えないだろう。
彼女だってまだ子供だ。ずっとずっと一人で頑張ってきて、両腕を無くしながら、いつ終わるかも分からない奴隷生活に耐えながら、これからもずっと張り詰めて警戒する。そんな状況、いつかは耐えきれなくなる。当たり前だ。
しかしここにきて齎された救いの手。警戒していた貴族ではなく、両腕を治し、扱いも悪くないだろう優良物件。張り詰めていた気が緩むのも、仕方ないだろう。
「うん、頑張ったね、カメリア。もう大丈夫、大丈夫だよ」
「あ、う、うああぁぁああん!」
抱きしめて。
親身になって、慰めて。
優しい主人、力のある主人、自分を守ってくれる主人。
印象に残るだろう?
「ひっ、うっ」
「私の仲間になったなら、もう大丈夫だよ」
緩みに付け込む。
こうすればカメリアは、俺に依存する。
より俺に忠実な駒になる。
「……フフッ」
あくどい、せこい、なんとでも言え。
これが俺のやり方だ。
仲間にした以上、無下にするつもりはないけどね。
「さあ、私に尽くしてくれよ?」
ねえ、俺の可愛い奴隷ちゃん?
◇
「も、申し訳ありませんっ!」
「いやいいよ」
目の前には平身低頭のカメリア。かしこまりすぎ。
「お召し物をそんなに汚してしまって!」
「もう着る予定もないし、大丈夫だから」
涙と鼻水らしきものでぐっしょりになった黒ドレス。まあ魔法で洗濯すればいいだけだし、そもそももう二度と着たくないぞこんな派手な服。
「……ユウカちゃんエローい」
「黙らっしゃい」
なんでこんなに背中丸見えなんだ、まったく。
「はあ、胸が苦しい」
さっさと脱いでいつものワンピースを着る。微妙にキツかったから息苦しかったんだよ。
「ふー、やっぱり普段着が楽だね」
そういえば長いスカート着てももう違和感無くなったな。慣れって怖い。
「さて、何しようか」
さっきも言ったけど微妙な時間帯。今更寝ても少ししか寝れないが、起きるにも少し早い。
「リンベル、どうし」
「ふわあぁあぁあ」
「………」
……デカいあくびだなあ。
「……寝ようか」
「……そだね」
俺とカメリアは徹夜だし、リンベルだって途中で起きたからまだ眠いはず。
うん、少しでいいから寝ちゃおう。
「そうと決まれば寝室へゴー」
「お〜」
「………」
「……カメリア?来ないの?」
「あ、私は床で寝ますのでお気になさらず……」
「いやいいよ、ベッド1つ余ってるからそっち使って」
「え?でも部屋に2つしか……」
「私とリンベルはいつも一緒に寝てるから、大丈夫」
「……えっ//」
「……ん?」




