真紅
正直、奴隷という制度自体には特に思うことはない。
地球でだって19世紀までは普通に奴隷制度はあったし、効率的な制度であることには変わりはないから。『奴隷制度があります』と言われても「ああそうですか」で終わる。どっかのラノベ主人公みたいに解放運動なんて面倒くさいことはしない。というか意味がない。社会のシステムを乱すだけでしかない。地球とは違う世界なんだから。
ただまあ。
違法に奴隷に落とされて、その人生を狂わされた人達には、何も思わない、というわけではないけれど。
◇
「臭い」
腐臭がする。
「それでは皆様お待ちかね、奴隷の出品へ移りたいと思いますっ!」
「「おおお!」」
仮にも貴族だというのに、自分達が定めたルールを他人には強制し、自分達だけが破る。
「ああ、反吐が出る」
俺はそういう奴らが一番嫌いなんだ。
「この国、もう終わってんなあ」
臭い、臭い、臭い。そこら中から腐臭がする。
確かに、国のような大きい組織になれば必ずどこかに腐敗は生じる。だが貴族はダメだろう、しかもこんなに沢山。国の中枢なんだからさあ、もっとちゃんとしとけよ。
宣言が終わると同時に舞台の上に引きずり出されたのは一人の少女。緑髪の美しい可愛らしい娘だ。ただし、その表情は恐怖に染まっているが。
「人族で15歳の少女でございます!この美しい緑色の髪、整った顔立ち、どこをとっても高品質と言えるでしょう!そしてもちろん処女でございますっ!」
「「「おおっ!」」」
「………」
奴隷というものは基本的に主人の命令には逆らえない。なんでも、奴隷になる際には『奴隷紋』という特殊な魔法が施され、奴隷の行動に制約を課すことができるんだとか。
奴隷制度が広まる他の国では、奴隷と一言で言っても様々な種類がある。自分から身売りして奴隷になり、行動の制約が軽い契約奴隷。犯罪を犯して強制的に奴隷に落とされ、制約がかなり重い犯罪奴隷。最後に、よほどのことがないとならない、主人の命令には絶対に逆らえない完全奴隷というものがある。
そして裏社会で取引されるような違法奴隷はだいたいが完全奴隷だ。なぜならその方が需要があるから。股を開けと言われればその通りに、死ねと言われればその通りに動いてしまう、完全な操り人形。確かに魅力的だろうよ、クソが。
そしてあの少女もおそらく完全奴隷。さらにはあの見た目だ、完全にそっち目的の奴隷だろう。紹介の方法からも分かるけど。
「……はぁ〜」
気分が悪い。その今にも泣き出しそうな顔を見ると、震えが止まらないその身体を見ると、そしてそれを見て余計興奮している豚共を見ると、本当に嫌な気分になる。
きっと彼女もなにか悪いことをした、ということはないんだろう。ただ訳も分からず奴隷にされて、このオークションに出されているんだろう。
「あ〜」
最悪の気分だ。ぶち壊したい。全部更地にしたい。ここにいる豚共全員殺したい。
でもダメだ。今ここで衝動的に動いても確実に足がつく。リンベルに迷惑がかかってしまう。それはいけない。やるなら準備してからだ。
それにここで動いても俺にメリットはない。ただ『あの子を助けられた』と自己満足に浸れるだけだ。後々の処理に困るに決まってる。そちらも準備が必要だ。
別の手段として、もしあの子を俺が買うとしても、他の奴隷はどうする?違法奴隷はごまんといる。いちいち気にしてちゃキリがない。というか金が足りない。
だから結果として、俺は何もしないことになる。
「……ごめんな」
同情はする。何かしてやりたいとも思う。
だけど、同情だけで動くほど、俺は善人じゃないんだよ。
どんどん上がっていく落札額を聞き流しながら、そんなことを考えた。
「43番様が白金貨1枚大金貨5枚で落札でごさいますっ!」
その後も奴隷の出品は続く。誰も彼もが美男美女。落札額は軒並み白金貨1枚超え。ニーズに合わせて女の奴隷の方が圧倒的に多いけど……ご婦人ご令嬢もしくは同性愛者のために男も揃えてあるようで、正統派イケメンから美少年まで……あ、今のは男の娘だわ。
「6番様が白金貨2枚で落札でございますっ!」
6番男の娘好きェ……。
「続いての奴隷は――――」
「……はあ」
どの奴隷も顔を絶望に染めて舞台に上がる。そして落札されてさらに絶望する。そんなもんを延々と見せられても気が滅入る。もう帰っちゃおうかな……。
「――――ある参加者様からの出品です!」
「……あ?」
舞台に上がったのはそれまでとは一風変わった真紅の少女。
今までの奴隷は全員、綺麗な服装で傷一つない様子だった。
しかしこの少女は全身傷だらけ。というか……あれは両腕がないのか?服の腕の部分に中身が入ってないな。
「こちらの人族の少女は少々傷モノでして、両腕欠損に全身に傷の跡がございますが、顔はなかなかに整っております!」
「………」
趣味が悪い。あんなに傷だらけにして両腕まで切り取るなんて、どんな性癖してんだ。
「……ん?」
その少女は周囲をくるくる見回している。何してるんだ?
まるで、何かを探しているような――――
「……っ!」
目が、あった。
その目は。
絶望なんてしていなかった。
「……へえ?」
お互いに目は逸らさない。じっと見つめ合う。
その目の奥を覗き込む。
そこにあるのは。
覚悟と、憎悪だ。
「くくっ」
「しかしこの少女の素晴らしいところはそのスキルっ!鑑定不可のスキルが一つと、特異スキルである《痛覚操作》というスキルを持っているのですっ!」
「ふふっ、あははっ」
おあつらえ向きじゃあないかい?
「はっ、《鑑定》、《見切り》」
名称:カメリア
種族:人族
職業:奴隷
称号:槍王、違法奴隷
状態:欠損(両腕)
Lv:3
体力:4560
魔力:0
スキル:《槍王Lv1》《痛覚操作LvMax》《忍耐Lv8》《王者の覇気Lv1》《体力回復Lv3》
《槍王》。槍王、か。
初めて見た、称号と同じ名前のスキル。
剣聖や、勇者と同じ――――
「ふ、は」
これは運命か。
《槍王》。
欠損。
《痛覚操作》。
そして、俺の《毒薬作成》、『永劫なる悼み』。
「アハッ」
彼女を最大限利用できるとしたら、それは俺だ。
「ああ、いいねえ」
同情だけでは動かない。
俺にメリットがなければ。
だが。
俺にメリットがあるならば。
君が、俺の役に立つのであれば。
手を差し伸べることに、躊躇はしない。
「君は、私が貰おうか」
「うおばべぁら……」
思わず変な声が出た。
「79番様が白金貨1枚と大金貨8枚で落札でございますっ!」
「あばばばばば……」
カッコつけました。「貰おうか」とか言いました。うん、若干後悔。
高い。とにかく高い。1億8000万。やっぱり希少スキル持ちは高くなるみたい。ボロボロだから少し安くなったみたいだけど。
あああ〜……この2ヶ月の稼ぎがパアだ。まだまだ迷宮発見の報酬があるから余裕だけど、それはリンベルとの共有資金ってことにしてるし……。
いやいいんだ……リンベルからちょっと、ちょっとしばらくお金借りるから……後で返すから……すぐ稼ぐから……。
「……帰ろ」
これ以上金を使う気はない(俺が稼いだ分しか使ってないからね?ホントだよ?)。これ以上ここにいても時間の無駄だ。なによりここは精神的にクる。ずっと絶望の表情を見せられても、俺に出来ることはないっていうのがね、自己嫌悪だよ。
「お帰りですか?」
「ええ」
「ご案内します。落札なされたものは出口の方にございますので」
「分かったわ」
席から立ち上がったらすぐに駆け付けてきた係員に案内されて。
「ではこちらへ」
「………」
後ろの扉からホールを出る……前に一度振り返る。
目に映るのは肥え太った豚。
恐怖と絶望の底の奴隷。
それを嗤うピエロ。
「……ゴミが」
もう二度と来たくない。というか頼まれても来ない。
それでももし、もしもう一度来るとしたら、それはあの少女が――――
「……気が早いか」
まだ会ってもいないんだから、今考えても仕方ない。
ただ。
あの燃え盛る真紅の炎は、そのまま消すには勿体ない。
彼女が望むのであれば、その火に油を注いであげよう。
◇
「それでは契約いたします」
目の前には真紅の髪の少女。
歳は16くらいか?俺の見た目とほぼ変わらない。
近くで見ればかなり綺麗な顔をしているのが分かる。傷だらけではあるが。勿体ない。
「血をこちらへ」
「ええ」
指の先を切って血を1滴。身体が頑丈になりすぎて他人じゃ傷付つけられないから、自分の爪とか《魔刃》でやらないといけないんだよね、これ。この前針で刺そうとしたら針の方が曲がってビックリしたよ。これがステータスの恩恵かね。
「『奴隷紋』発動」
「……っ……!」
そしてその血は少女の方へ吸い込まれるように消えていき、少女の顔が少し歪む。どうやらかなり気持ち悪い感覚のようだ。
「これにて契約は完了です」
現在は奴隷契約の更新中。階段の手前で今回俺が落札したもの―――腕輪と奴隷―――と現金の交換だ。ここで持ち逃げしたらどうなるんだろう。そこら中に潜んでる暗殺者風の奴らが襲ってくるのかな。あー怖い怖い(棒)。
「またのご利用お待ちしております」
今日だけで2億2000万使った。過去一番の出費だ。後悔は……少ししかしてない。
「……ついてきて」
「……はい」
真紅の少女……カメリアを連れて階段を登り始める。帰りも係員は階段の前までしかついてこないのか。謎いな。
「………」
「………」
はい気まずい。話題がない。沈黙が痛い。誰が助けて。
「……あー」
「……?」
「君、名前は?」
「……カメリア、です」
鑑定したから知ってるけどね、訊かないと不自然じゃん?
「私はユウカ……ユウカ=ロックエデン、一応言っておくと貴族じゃないから、そこんとこよろしく」
「……えっ?」
「今から私が泊まってる宿に帰るよ、もう一人連れがいるけど」
あー……そういえばリンベルにどうやって説明しようかなー……いきなり女の子一人連れ帰ったら怒られそうだなー……。
「あ、あの」
「それから君には槍の才能がある。今後は戦ってもらうから覚悟するように」
「……あの」
「ああ、その腕はすぐ治すから心配しないで」
「あのっ!」
「……何?」
「何故、私を買ったんですか?」
「……君は他とは違う、『使える』と思った、それだけだよ」
味方が誰もいないんじゃ何かするにも人手不足だ。その点奴隷はいい。裏切らないし、好きなように使える。一人くらい使える奴隷を抱え込んでも不利益はない。……こんなふうに考える時点で俺もクズか。
「それに……貴方は……何者、ですか?」
「……んー?」
何者?変わった質問するねえ。どういう意図?
「………」
「………」
本人は真面目な顔。うーん、なんて答えようかな……。
「……天才」
「えっ」
「超絶美少女」
「えっ……?」
「Aランク冒険者」
「えっ!」
それと……。
「善人面した悪人、かな?」
だから俺には、救いを求めないでね?
「これからよろしくね、カメリア?」




