地下
コンサートホールのようなその空間は、意外にも多くの人がいた。
高そうな服を着て、沢山の従者を引き連れた醜く太った豚……もとい貴族共。ほぼ全員が仮面を着けている、これじゃあ誰が誰だか分りゃしない。まあ貴族達自身はお互い分かってるんだろうけど。
そして未だにオークションが始まらずに暇を持て余した豚共の視線は、見た限り一つしかない出入り口から入ってきた美しそうな女……つまり俺に移る。うわあ、男共の視線がねっとりしてる。露骨すぎるだろ。気持ち悪い。
「……女が一人?」
「アレはどこの令嬢だ?私の妾に―――」
「黒髪……忌々しいわ」
あーもう、無視だ無視。さっさと席に座ろう。座席指定とかないよね?
そして座ってもひしひし感じる欲望に塗れた視線。それと少しの敵意?なんでだろう。
「ヒソヒソ」「ヒソヒソ」
「……はあ……」
既に帰りたくなってきた。
それにしてもなんでこんなに目立ってるのかね。俺そんな変なことしてないと思うんだけど……あ、いや。
「一人だけはまずかったか……?」
改めて周りを見ても、一人でここへ来ている奴はいない。うん、そりゃそうだよね、貴族なら付き人はいるに決まってるよね、しかも女ならなおさら。ミスったなあ。まあ誰か連れてくるにしても誰がいるのって話ではあるんだけど。というか闇魔法かけとけば良かったのか。失敗失敗。
「『魔義眼』」
とりあえず周囲を把握しておこう。『魔義眼』を5個くらい作って……。
「行け」
このホールの隅々まで調べあげる。特に意味はない。
ん?ほうほう、こんなところに隠し通路がね。おお、これが今日出品されるやつか、『魔義眼』を通してじゃ鑑定できないのが悔やまれるな。で、こっちの箱……というか檻か?たぶんこの中に奴隷がいるんだろうな。まあ見るのは後でいいか。
ふむ、こうして見るといろいろと抜け道があるな。まあ貴族が使う用の場所だし、非常用に作ってあるのか。埋めておこうかな(特に意味はない)(クソ迷惑)。
と、そんなことを考えていると不意に辺りが暗くなり、舞台の上のみが明かりに照らされるように。
「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました!」
そして舞台に上がったのは一人のピエロ。泣きながら笑う不気味な仮面を着けながら、陽気な口調でソレは言う。
「今宵もオークション、開幕でございますっ!」
「……うわあ」
うーん、やっぱり趣味悪いわ、ここ。
◇
キモいピエロが言うにはこのオークションは夜明け近くまでやるそうだ。
目玉商品である奴隷は最後の方に出品されるらしく、その前には迷宮産出の武器やアクセサリー、魔道具、その他いろいろな珍しいモノが出品されるよう。落札の方法は単純で、係員から渡された番号札を掲げながら金額を言い、その金額が一番大きかった者が競り落とすことができる。ちなみに支払いは現金。各席にはマイクのような魔道具も取り付けられているため、大声を出さなくても発言は伝わるということだ。無駄にハイテク化してるな。
「本日初めの品はこちらとなります!」
そして今は奴隷の前座である武器などの出品の時間が始まったところ。
まあ正直、興味ない。
「かの名匠グリゲン=スマトルの作ったと言われる槍でございます!」
かの、って言われても誰だか分からん。
「……《鑑定》、《見切り》」
名称:王者の撃槍
等級:秘宝級
製作者:ゲリマン=スマトル
スキル:《頑強》《貫通》
「……ふーん」
うん、特に感想は浮かばないよね。だってリンベルが作った武器の方がよっぽどすごいし、俺が携帯してる刀は幻想級だしね、秘宝級を見せられてもねえ?
「スキル付きの秘宝級の武器でございますっ!開始額は大金貨1枚と金貨5枚とさせていただきますっ!」
「ぶっ!」
え、高くね?それつまり1500万円くらいでしょ?高い高い高すぎるよ、そんな価値ないでしょそれ。
「大金貨1枚金貨8枚」
「大金貨2枚!」
「大金貨2枚金貨5枚!」
「……えぇ……?」
どんどん上がる。あの、えっと、幻想級はタダだったよ……?
「他にいらっしゃいませんか!?……はい、ではこの槍は27番の方が大金貨3枚と金貨2枚で落札となりますっ!」
3200万円…………リンベルなら秘宝級くらいポンポン作ってるけどなあ。貴族の金銭感覚が狂ってるのか……それとも一般的にはかなり珍しいのか?だとしたらリンベル何者だよ。
「今宵は始めから高額の落札となりました!ではこのまま次の出品へ参りましょう!」
「ふわあ……」
眠い。
これまでに食指が動く武器は全くなかった。等級が希少級か秘宝級の物しかなかったから、今の自分の装備を考えても買う気になるわけがない。防具が何かあれば買おうかなとも思ってたけど出品されなかったし。そもそも蒼黒碧黒が武器として完成されすぎてるんだよ。だから退屈で仕方ない。
「続きましては魔道具の出品でございます!」
そして武器の出品は終わって魔道具へと移る。せっかく参加したんだし、こちらも有用そうな物は買うつもりだけど……なんかあるかね。
「こちらは『魅惑の灯籠』というモノでございまして、この灯りに照らされた者は魅力的に見えるという魔道具でございます!」
胡散臭い、効果が。テレビ通販で売ってそう。
「《鑑定》、《見切り》……うわ」
ホントにその効果なのかよ、偽物にしか思えないのに。謎魔道具もあるもんだな。作ったやつ馬鹿だろ。
そして落札額が上がるわ上がるわ。キモデブハゲの豚が買ったところでお前らの魅力はそんなに変わらんだろうよ……。
「絶対に手に入れなさいっ!この私のためにっ!」
いや、ご婦人ご令嬢も買い求めですか、キャーキャーうるさい……ああ、怖い怖い。
「58番様が大金貨3枚と金貨6枚で落札でございますっ!」
アホ高いな。アホか。アホだな、うん。
その後もなかなか買いたいと思うような物は出てこない。全自動化粧魔道具だったり、剣に取り付ければその剣が光る魔道具だったり、頭に取り付ければ髪の毛が増える魔道具だったり、「それ、要る?」と言いたくなるような物ばかり。いや、最後のは要るかもしれない。
「うーん……」
これはあれだな、ニーズが違いすぎるな。俺は実用的な魔道具―――例えば変装や、探知に使えるような物―――が欲しいのに対して、貴族はもっと別の物……権威を示せるような何かしらの"希少な物・新しい物"が欲しいんだろう。そもそも貴族共は実用的な物は既に持ってるのかもな。だったらオークションがこの様相なのも頷ける。俺にとっては都合が悪いことではあるが。
「続いては遺跡から発掘されました珍品でございますっ!」
「……ん?」
遺跡ねえ……なんとも胡散臭い響きだけど――――
「こちらはつい先日発見された腕輪でごさいまして、鑑定士も『何も分からない』と匙を投げた代物です!」
――――なんだか、惹きつけられる感覚があるなあ?
「……《鑑定》《見切り》」
名称:∌‡神√✡腕∆
等級:№%µ
スキル:《身¥-能®‡化》
――――詳細不明。
「それでは金貨8枚から開始でございます!」
「金貨9――「大金貨2枚」
ザワッ
一気に値段を引き上げる。周囲に俺が買うという強い意思を見せつける。
逃さない。アレは絶対、手に入れる。身体が反応するんだ。呼ばれてる感覚がある。これは明らかに、普通じゃない。
「だ、大金貨2枚金貨1ま――「大金貨3枚」
なんだかよく分からんが、アレはたぶん、俺が持つべきものだ。誰にも渡さない。
「ぬ……大金貨3枚金貨2ま「大金貨4枚」……ぬう……」
幸い金ならあり余ってる。奴隷はたぶん買わないし、王都での拠点購入に使う金さえあればあとは全部使ってもいい。
そして一気にレイズする俺には勝てないと悟ったのか、入札する奴はいなくなった。
「他にいらっしゃいませんか?……では79番様が大金貨4枚で落札でございます!」
4000万円程度、Aランクの依頼をこなしていればどうとでもなる。
「……ふっ」
これじゃあ貴族の金銭感覚を笑えないな。俺も十分ぶっ壊れてる。
まあそれほどの価値があの腕輪にはある。それだけの話だ。
「いい買い物だった」
それにしても、あれはなんだろうな?
そこからはもう消化試合。残りの魔道具にも遺跡からの発掘品にも興味が湧くものはなかった。
後は奴隷のオークションだけだし、買う予定もないから帰ろうかな、とも思ってたんだけど。
「……アハッ」
ちょっと予想外の出費になりそうだ。
舞台に上がったのは一人の少女。
全身は傷だらけ。
その両腕は失われている。
しかし彼女は。
たなびく真紅のその髪は。
決して倒れはしないと真っ直ぐに立つその姿勢は。
威圧感すらも感じるその覇気は。
何よりも、ただじっと俺だけを貫く、何者にも屈しないだろうその鋭い真紅の眼光は――――
「アァ……いいねえ……」
――――ひどく、心を震わせた。
「君は、私が貰おうか」
《鑑定》、《見切り》。
名称:カメリア
種族:人族
職業:奴隷
称号:槍王、違法奴隷
状態:欠損(両腕)
Lv:3
体力:4560
魔力:0
スキル:《槍王Lv1》《痛覚操作LvMax》《忍耐Lv8》《王者の覇気Lv1》《体力回復Lv3》




