始末
「どうだった?」
「いい感じだったよっ。設備もちゃんとしてるし、みんないい人達だったし」
「そりゃ良かった」
しばらくぶらぶらした後にリンベルと合流。まあリンベルの行動は全部見てたから訊かなくても分かってたけど……一応、様式美としてね?というかこれ別行動する意味なかったな。次からは一緒にいよう。
「ユウカちゃんは何してたの?」
「ギルドに行って、良さげな依頼はなにもなかったからそこらへんぶらぶらしてたよ……まあ、多少収穫はあったかな」
「なになに?何があったの?」
「これ、変なのが売ってた」
「……これ、何?」
「私も分からないな、鑑定通らなかったし」
「……えぇ……」
あの謎の実の後は何もなかった。まあ普通の市場にいきなり謎の実があった方がおかしかったんだけども。
「それで?もう行く?」
「あ、うんっ!」
別れる前の不機嫌(というか照れ?)とはうって変わってルンルンリンベル。もうさっきのこと忘れちゃったの?可愛い。
「今日中にこの地区は見終わるよっ!」
「はいよ」
観光好きだなあ、リンベルは。
王都は王城の城壁を含めなければ、四重の大きな壁で囲まれている。
中心に王城があり、そこから一枚目の壁の内側を第一地区、二枚目の壁の内側を第二地区と、このように第四地区まで存在する。
第一地区は貴族街、第二地区は貴族ではない富裕層の居住区、第三地区はある程度裕福な人々が住み、第四地区は一般的な人々が生活している、というふうに内側に行くほど位が高くなっている。しかし大国の首都ということもあり、貧しい人々はいないとされている(というかそういう人達は街の外へ追い出されることがあるそうな)。
当然それぞれの地区によって特徴は異なり、内側に行くほど高級志向になる。
そして今俺達がいるのは第四地区。一番庶民的な地区だ。
「ぷは〜っ!染みる〜!」
「……爺臭いな……」
時は夕方。この地区の見るべきところはだいたい見た、と思う。
「おいしいねこれっ!なんかしゅわしゅわする!」
「……なぜ炭酸があるのか……」
「たんさん?なにそれ?」
「この飲み物のことだよ」
「ふ〜ん」
今は露店で買った飲み物片手に、小さな広場に座って休憩中。なぜか炭酸があった。色は緑だけど。いやまああるならあるで嬉しいけどさ。今度また買おうか。
「結構まわったね」
「明日からは第三地区だねっ!」
「……まだ観光するの?」
「あったりまえじゃん!王都に来たからには全部見ないとっ!」
「……そう」
いくらでも付き合うけどさ。
「………」
「………」
穏やかな時間が流れる。周りの喧騒のせいで静かではないけど。リンベルとのこういう時間も好きだ。会話がなくても気まずくならないし、精神が癒やされる感じがする。
「わあっ!夕日だよユウカちゃん!」
「おお、いい感じの景色だね」
街は夕日に照らされて橙に染まる。綺麗だね。
「……はぁー」
一日も終わり。リンベルと遊んで、変なものひろって、リンベルと遊んで、リンベルと遊んで、今日も濃厚で楽しい一日だった。
今は気分が良かった。ずっとこんな毎日ならいいのにと思う。思ってたんだよ。
だからさあ――――
〈スキル《敵意感知Lv1》を獲得しました〉
邪魔、すんなよ。
「『獄炎』」
50m後方、さっきから俺達を見ていた男を殺す。燃やし尽くす。灰も残さない。さっさと死ね。
〈スキル《気配感知Lv1》を獲得しました〉
「……あーあ」
せっかくの気分が台無しだよ。
どこのどいつだ。この前殺した貴族の子飼いの仲間か、それとも別件か。リンベルまで狙ってたから反射的に殺しちゃったけど……。
まあ、どちらにせよ。
「……ブチ殺すぞ、ゴミが」
俺の幸せを、壊すな。
「ん?何か言った、ユウカちゃん?」
――――……。
「いや?なんでもないよ、リンベル」
◇
よくよく考えたらすぐ殺したのはまずかったかもしれない。
(あさはか)(………考えなし)
「うるさいな」
「にゅ〜……」
まずはとっ捕まえるべきだった。誰が俺達を狙っていたのか吐かせてから始末しなきゃだめだった。それにあの時の俺達には闇魔法もかかってた。その状態の俺達を見つけるのは難しいはずなんだが、どうやって見つけたのかもわからなくなった。反省反省。次からは冷静に行動しよう。
「うにゅ〜……」
場所は変わって宿の部屋。寝る前にリンベルをモフモフしてる。眠そう。可愛い。
「もう寝るか」
「ぅん……」
目が半開きになってるよ、リンベル。
同じベッドに入って部屋の明かりを消す。
「おやすみ」
「……おやすみなさぁぃ……」
するとすぐに寝息が聞こえてくる。寝付きいいなあ。
「……リンベル、リンベル」
「……すー……」
ちゃんと寝てるね?
ベッドからそっと抜け出してリンベルのアイテムボックスを手に取る。
「ちょっと借りるよ」
まあいつも無断で使ってるんだけどね……。
「はあ、まさかこれを着ることになるとは」
アイテムボックスから取り出したのはいつぞやに最初の街で買った……というか押し付けられた漆黒のドレス。サイズはたぶん大丈夫、だと思う。いや、胸はきついかもな。
「……まあ許容範囲かな」
背中はぱっくり開いて色気全開。誰得ですか。
「あ、と、はー」
この前買った仮面と昼間に買った金色の塗料も取り出して。
「『水流操作』」
塗料を滅碧魔法で作った水でとかしてから髪に染み渡らせる。魔法を使ってるから染め残しなんてものもない。完璧な金髪美少女だ。
「『幻色』」
さらには念を入れて光魔法で髪の色を黒に見せる。
俺の一番の特徴は綺麗すぎる顔だが、二番目の特徴は蒼銀の長い髪だ。これから行く場所に俺が居たという痕跡は残したくない。
顔は仮面で隠せる、でも髪は隠せない。だから染めた。その上から魔法で誤魔化した。まさか二段構えになってるとは誰も思わないだろう。
「蒼黒、碧黒、我慢してね」
(むう)(………なるべく早く)
「分かってるよ」
刀達をアイテムボックスの中に入れる。本人達(本刀達?)は嫌がるから普段はしてないけど、さすがに悪目立ちがすぎる。
「さて、行こう……いや、行きますわ」
久しぶりの貴族設定の出番だ。
「オークションへ」
今日の夜は、秘密のオークションが開かれる。
俺が参加しても……別にいいよね?
◇
悟られるな。
口調、雰囲気、歩き方、全てに気を配れ。
悟られるな。
堂々としていろ。俺は……私は、貴族だ。
「ごきげんよう」
「おお……お恵みくだされ……」
闇魔法をかけて人目を避けながら表通りを抜け、薄暗い路地裏に座り込む男に話しかける。
一見ただの物乞いにしか見えないこの男、しかしこいつは――――
チャリンチャリン
「これでいいかしら?」
「………」
金貨3枚と銀貨8枚と銅貨5枚。これが暗号なんだろ?
「……確認致しました。これまでのご無礼お許しください」
「構わないわ」
――――こいつは連絡要員。オークションへ初めて参加する時に取り次ぎを頼む者だ。
なんでそんなこと知ってるかって?親切なお兄さんが泣き叫びながら教えてくれたよ。はっはっは。
「では案内させていただきます」
「ええ」
男は薄汚れたローブを脱ぎ去ると、下には整えられた執事服を身にまとっていた。手が込んでるね。
「まだかしら?」
「もうまもなくでございます」
歩くこと十数分、お嬢様風な口調で問いかける。
「私、このような格好で大丈夫かしら?」
「は、何も問題はないと思われます。皆様お顔は隠されておりますので」
「そう」
まあ後ろ暗いことしかしてないからな、誰もが見てみぬふり、か。
「到着致しました」
「へえ、ここが……」
この前暗殺者達に襲われたところより少し奥。
目立たぬように周りと同じようなボロい見た目に作られてあるが、明らかに他より頑丈に作られてある小さな建物。
「それでは、いってらっしゃいませ」
その中には、下へと通じる階段があった。
「……地下、ね」
これは気配探っても見つからないなあ。
長い階段を降りる。案内役の男はついてこなかった。きっと持ち場に戻ったんだろう。
それにしても長い。もう20mは降りた気がするんだけど、まだ着かないのか。しかも階段周りの装飾が下品。金キラでギラギラゴテゴテしてる、センスがない。趣味悪いな、ここ作った奴は。いや、そもそも王都の地下にこんなもん作る時点で趣味悪いな。
「やっと底か」
なんだかんだ5分はかかった気がする。これ運動不足の貴族にはキツイんじゃないか?
階段が終わればそこから伸びる細い通路。そこを抜ければ――――
「……広いな」
そこは劇場。
観客は貴族。
演者はピエロ。
小道具は奴隷。
趣味の悪い茶番劇が、今日も王都の地下で幕を開ける。




