観光
「おはよう、リンベル」
「うみゅ……おはよ〜ユウカちゃ〜ん……」
王都二日目の朝。
昨日の夜はそのまま帰った。いきなりオークションに乗り込んだりはしない。準備が足りないからね。あ、死体は焼却処分して証拠隠滅したよ。これなら誰が殺ったかは分かんないでしょ、たぶん。
「うにゅ〜……」
殺し合いで荒んだ心はまだ眠そうなリンベルを見て癒やす。可愛いわあ。
「ほらリンベル、髪ボサボサだよ、こっち来て」
「はぁ〜い……」
リンベルを膝の上に乗せて、櫛を使って髪をとかす。合法的にリンベルのサラサラな髪に触れるチャンス、逃すわけには行かない。頼めばいつでも触らせてくれるだろうけどね。
「本当にリンベルは綺麗な髪だね……」
「うゅ……」
純白に輝く長い髪。サラッサラだしいい匂い。理想の髪って感じ?
この髪はちゃんと保護しなきゃいかんな。
「……《魔纏》」
リンベルの髪の毛一本一本を魔力でコーティング。薄く、誰にも気付かれないほどに、それでも髪を守れるように。
「うん、これでよし」
「うぅ〜ん……ユウカちゃ〜ん……?」
「なんでもないよ、ほら、そろそろ起きて」
「ねむぃ〜……」
もちろんこの作業は自分にも施してる。俺の髪も綺麗だからね、傷つけるのは勿体ない。
「はよ起きろー」
「あう〜」
今日のリンベル寝起き悪すぎでしょ。
「……ねえ、リンベル?」
「ひゃっ!?な、なにっ!?ユウカちゃんっ!?」
「……私、なんかしたっけ?」
「い、いや!?何でもないよっ!?」
意識がはっきりしたリンベル、なぜか俺を避ける件。現在俺とリンベル間の距離、3m。話しづらい。そしてちょっと傷つく。
「……んー?」
なんかしたっけ?覚えがないな。
「……リンベ「ひゃいっ!?」
「……まあいいや、早く朝ごはん行くよ」
「う、うん」
思いつかないなら考えても仕方ない。スルーしよう。
傷つくけど。少し傷つくけど。
「あぅぅ……ユウカちゃんの顔見れないよぉ……」
「おいしいっ!」
「そうだね」
食べ物は偉大だ。食べ始めたらすっかりいつも通りのリンベルになった。というか結局リンベルのアレはなんだったんだろう。全然分からん。
「うん、これも美味しいな」
それにしても本当に美味しい。これは王都での食事はここで安定かな……。
「ここを見つけたリンベルはお手柄だね」
「ふっふ〜ん!どんなもんだいっ!」
「うんうん、すごいすごい」
「ユウカちゃん適当〜……」
威張ってたリンベルが可愛い。
むくれてるリンベルが可愛い。
「おいしいっ!」
すぐ笑うリンベルが可愛い。君を食べたい。
「……いやいや」
うん、いかんな。自覚した途端にリンベルが可愛く見える。何してても可愛い。子供を見てる親の気分ってこんな感じなのかね?(違う)
「ごちそうさまでした」
早く慣れないと。
「それで、今日は何する?」
「とりあえず観光っ!」
「……まあ、それでいいか」
この王都に来た目的は拠点の確保。不動産屋みたいなとこがあるかは分かんないけど、何かしら土地が欲しい。
ただまあ、それは後でもいいや。
「もう行く?」
「行っちゃお〜っ!」
「行っちゃうかー」
今はリンベルとの時間を楽しもう。
◇
「やっぱ人多いな」
「すご〜い!」
相変わらずの歩きにくいほどの人の多さ。
「人混みもそこまで嫌いじゃないけどさあ……」
「早く行くよっユウカちゃんっ!」
「あ、待ってよリンベル」
すぐ走り出すリンベル可愛い。子供かっての。
「わっ何あれ!」
「……お面の店、か?」
通りの両側に連なる露店。そこでは本当にたくさんのモノが売られており、ここを見て回るだけで時間があっという間に過ぎそうだ。
そしてリンベルが見つけたのはお面を売っている露店。日本のお祭りでも出ていそうな店だ。
「らっしゃい」
出迎えたのは頑固そうなおっちゃん。職人感があるね。
「いろいろあるんだね」
「おじさん、このお面何っ?」
「蝿だよ、嬢ちゃん」
「すご〜い!」
「……蝿……?」
なかなか個性的な品揃えのようで。
「……お」
目に止まったのは貴族が舞踏会の時に着けるような、目元だけを隠す仮面。中2臭い。
「おじさん、これ頂戴」
「それか、銀貨5枚だ」
「……結構いい値段するね」
「本物と同じ材料使ってる上に、この俺が仕上げた物だからな。本物とは見分けつかんってことで、ちょいと高くなっちまった」
見れば確かに高価な金属が使われてるし、何より装飾は緻密に作り込まれてる。何でこんなの露店で売ってるんだよ。ちゃんとした店で売れよ。
「……分かったよ、銀貨5枚ね」
「毎度あり」
「あっ、ユウカちゃんずる〜い!私も買う〜!」
「はいはい、好きなの選んでいいよ」
「やっほ〜っ!」
リンベルに適当に返事しながら仮面を受け取る。サイズもいい感じかな、着けてみよう。
「どんな感じよ?」
「わあっ!カッコいい!すごい似合ってるよユウカちゃんっ!本物のお貴族様みたいっ!」
「ほぉ……本当に似合うな」
「ふふん」
なんたって完璧美少女の俺だからな、何でも似合うんだよ。
「これなら使えるね」
「それ何に使うの?」
「……まあ、ちょっと野暮用が、ね」
「ふ〜ん?」
一応、顔は隠しておいた方がいいかなと思ってね。
「それで?リンベルはどれ買うの?」
「う〜ん」
そう唸って並べられた面を睨むリンベル。可愛い。
「これ、何でこんなにいっぱいあるのっ?」
「あ?そいつか?」
リンベルが指差したのは金色の竜の顔を模した仮面。他はだいたい1枚か2枚しかないのに、この仮面だけ山積みにされてる。確かに不自然だな。
「そりゃあ竜神祭の観光客が買ってくからだよ」
「うわ出た、竜神祭」
「なにそれ〜?」
「はっ?お前ら竜神祭知らないで王都に来たのか?」
「うん、さっぱり」
「なんにも知らな〜い」
「マジかよ……」
そんなに有名なのか、竜神祭。
「いいか?竜神祭ってのはな、この王都で数年に一回開かれるデケえ祭りだ。この国を守ってるって言われてる竜神様に感謝と祈りを捧げんだよ。で、その竜神様がこの仮面になってるわけだ。お土産としては最適だろう?」
「なるほどね」
「へ〜」
竜神なんてホントにいるのかね?アホらしい。
「じゃあこのお面くださいっ」
「はいよ、大銅貨3枚だ」
「……さっきの仮面との差がひどいな。リンベル、もっと他に何か買う?」
「う〜ん、これだけでいいや!」
「そう?」
なんか悪いな。自分だけ高いの買っちゃって。後でリンベルになんか買ってあげよう。
「毎度ありー」
「いい買い物だったよ」
「ありがとね〜!」
お面屋から離れる。最初から高い出費だった……。
「どんどんまわろ〜!」
「おー」
けどまだまだ露店はたくさんある。全部まわるとするといくら金かかるんだろ……稼いでるからいいけどさ。
「……はあ」
まあ、リンベルが楽しそうならいいか。
「ね……あれ、リンベル?」
隣を見てもリンベルはいない。何処行った?
「あ、いた」
辺りを探せばある露店の前にリンベルの姿。何かを受け取ると走って俺のところへ戻ってきた。何やってんの?
「リンベル、何して」
「はいっ、ユウカちゃんっ!」
手渡されたのはりんご飴っぽい何か。……えっと、何これ?
「一緒に食べよっ!」
「……ああ、そうだね、ありがとうリンベル」
なんだよ、ちょっと嬉しいじゃねえか。
「……甘いね」
「甘〜い!おいしい〜!」
初めて食べた謎の飴は、とても甘かった。
「甘いなあ」
リンベルと一緒に居ると、甘いよ、何もかも。
「次行こ〜!」
「口にくわえたまま走ると危ないよ、リンベル」
◇
しばらくリンベルと露店をまわった。
それでもさすがは広い王都、全く見終わらない。これ全部まわるの何日かかるんだ?
「リンベル、そろそろ帰ろうか」
「そうだねぇ〜」
時刻はもう夕方、空は茜色に染まってる。そろそろ帰らないと、美味しい晩ごはんにありつけない。
「じゃあここをぐるっとまわって帰ろう」
「はいよ〜っ」
うん、今日も楽しかった。
「……ん?」
今、なんか視線が―――。
「あっ、あれすごいっ!行こっ、ユウカちゃん!」
「え?あ、ああ」
リンベルの目に止まったのは大道芸。ピエロの格好をした人がナイフでジャグリングしてる。
「……おや?」
よく見たら、ここ、昨日のあそこに近いな?
「わっ、すご〜いっ!」
「……へえ」
ピエロは一旦動きを止めると、ふわりと宙に浮いてジャグリングを再開した。
「風魔法で浮いてるのか。すごいな、あれ結構制御難しいんだけど」
「……ユウカちゃん普通にやってたけどね……」
「それはまあ、私だから」
でも、おかしいね。あれだけ風魔法を使える奴が、大道芸なんてしてるかね?もっといい就職先が、あるはずだよね?
例えば、貴族の護衛みたいな。
「………」
さっき感じた視線はこいつか。
ああ、よく見ればナイフの持ち方にもクセがある。普段は逆手持ちなのかな。
「ねえ、ピエロさん?」
こんなところまで監視してるなんて、ご苦労なことだね?
「また会おうね?」
オークション会場でね。
「ひゅーひゅー!」
「すご〜い!」
そのピエロが芸を終えると、観客から多くのおひねりが飛んだのだった。
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解説置き場
○リンベルとユウカの資金
リンベルとユウカはお互いの資金は共有のものとして扱っている。もはやこの二人に別れる気はあるのだろうか。
そしてその資金は莫大である。ユウカのAランク冒険者としての稼ぎが日に日に増えていっている上、リンベルの鍛冶師としての収入、というか貯蓄はもともとかなり多かったため、普通に暮らしていたら使えきれないほどに資金は膨れ上がっている。
しかし今のリンベルは武器をほとんど売っていない。つまり無収入である。つまりヒモである。もう一度言おう、リンベルはユウカのヒモである。
「人聞きが悪いよっ!」
「……リンベルが私のヒモ……(意外と悪くないな)」
「ユウカちゃんっ!?」




