宿
まず目、というか耳に入ったのは通りを埋め尽くす喧騒。
「新鮮な野菜入ってるよー!」「ガランの新型魔道具だよっ!寄ってきなー!」「あっちの店いいんじゃないか?」「おいもっと安くてきるだろっ!」「ありがと〜!」「極東の国の幸運のお守りだよ!珍品さ!」「そこのおにい〜さ〜ん、こっちどう〜?」「採れたての魚だよっ!」「ここでしか手に入らない代物だよー!買い時だよー!」「ほいっ、串焼き一丁!」
あちこちの露店から聞こえてくる客引きの声。舗装された道を打つ靴の音。漂ってくるいい匂い。溢れかえる人、人、人。
「ほわぁぁああ!」
「へえ、すごいな」
渋谷みたいだ。
「すごい人だよユウカちゃんっ!」
「……というか、なんか多すぎない?」
王都ってこんなに人いるんだっけ?どこにもそんなこと書いてなかったけど。
「……まあいいか、まずは宿探さないと」
「そだねっ」
まあ、これだけ広いならどっか見つかるだろ。
◇
「見つかんねえ」
「疲れたよ〜」
はい見事にフラグ達成しましたー。
もうね、めちゃくちゃ宿埋まってるんだわ。宿自体は大量にある。だって王都だもの。でも全部埋まってる。人が多すぎるんだよ。
だあら「何でこんなに埋まってるの〜」とかさっきまで言ってたんだけどね。
「もうすぐ竜神祭なんだから当たり前じゃないかい!あんたらもそういうクチじゃないのかい?」
と言うのは5軒目の宿の女将の談。もちろんこの人にも断られた。
………。
「……ねえリンベル、竜神祭って何?」
「知らな〜い」
うん、知ってた。
「リンベルに訊いた私が馬鹿だったよ」
「ひどいっ!」
そういえばゲイルさんが祭りがどうのこうのって言ってたような……。
「来るタイミング悪かったかな……」
「何言ってるのユウカちゃんっ!むしろ最高のタイミングじゃん!これだけ人が集まるんだからすごく大きいお祭りなんだよっ?観光し放題じゃんっ!」
「それはそうだけどさ……」
なんにせよ人が多すぎて。
「宿すら取れないのは予想外だったな……」
「それはそうだねぇ……」
どうしようか。
「野宿でもするっ?」
「……それすぐ襲われそうなんだけど」
「ユウカちゃんならすぐ返り討ちじゃん」
「まあそうなんだけどね」
百人規模の山賊でも返り討ちです。経験者は語る。
「出来れば安眠がしたいなー……」
「あっ!あそこ宿じゃないっ?あの向こうに見えるあそこ!」
「どこに……ん?えー……あそこー……?」
向こうに見えるのは、周りから明らかに浮いている建物。
これは、宿……というか……。
「えっと……高級旅館かな?」
明らかに高いやつやん。絶対高いやつやん。だって他の宿と一線画してるじゃん外装も雰囲気もさあ。
「……あそこー?」
「でも他になかったよっ?」
ぐぬぬぬ。
「……はあ、とりあえず行ってみようか」
「ひゃっほ〜!」
野宿は出来れば避けたいからなあ……。
「高ぇ……」
部屋、空いてました。
「過去1高ぇ……」
とりあえず一泊確保。野宿は回避した。
「わあっ!お部屋広いよユウカちゃんっ!」
「それはようござんした……」
稼ぎはある。Aランク冒険者だし、ソロだし。正直有り余ってる。ただ、宿にこんなに持ってかれるのは納得いかねえ……。
「うひゃ〜!ベッドふっかふかだよっ!」
「へー……」
いやいいんだよ?たまにはね?たまには羽伸ばすのも必要だと思うよ?きっとそれが今だったんだよ、うん、そういうことにしよう。
「あははは!柔らか〜いっ!」
「楽しそうだねリンベル……」
ベッドの上で飛び跳ねるリンベル。埃舞うよ?
「ユウカちゃんも一緒にやろ〜!」
「……えぇ……」
「早く早く〜!」
「……しょうがないなあ」
子供っぽいなあ、もう。
言われた通りベッドの上に乗ってみる。
ボフン
「……ふむ」
ボフンボフン
「……ほーん」
ボフンボフンボフンボフンボフンボフン
「ひゅ〜!ユウカちゃんノッてるね〜!」
「なにこれすっごい跳ねる」
やべえ楽しい。
「ゴホッゴホッ」
なんか馬鹿なことしてた気がする。
「埃舞いまくってるよこれ……」
「やりすぎたね……」
ベッドもグチャグチャになってるし……。
「……はあ、後で宿の人に直してもらおう」
「えっ、私達が今から直すんじゃないのっ?」
「……ベッドメイキングも仕事のうちだよ、うん」
「ユウカちゃん鬼畜っ!」
「失礼な」
ちょっと直すのが面倒くさいだけだ。
「それで、まだ時間あるけど……何する?」
「う〜ん」
今の時刻は午後4時ほど。何するにも中途半端になりそうな時間だ。
「夕食はここで食べられるらしいからそうするとして……それまでここでゴロゴロするか、街を見てみるか……あ、私は冒険者ギルドに行かなきゃダメか」
「え、なんで?」
「途中で達成した依頼があるから、その報告しとかないと」
「あ、そっか」
予定埋まったわ。時間も丁度いい感じかな?
「リンベルはどうする?」
「私もユウカちゃんについてくよ」
「はいよ」
まあ、そうなるよね。
「アイテムボックス持った?」
「バッチリだよっ!」
「よし、じゃあ行こうか」
いざ、王都の冒険者ギルドへ。
◇
「ほえ〜……」
「これはまた」
人通りの多い道をくぐり抜けて到着した冒険者ギルド。
「デカイな」
それはデカかった。具体的に言うとイオニル街の冒険者ギルドの4倍くらい。
「なんでこんなに大きいの……?」
「たぶん、ここはメルセン王国全土の冒険者ギルドの統括もしてるんでしょ。各ギルドの実績とか不祥事とか、そういうのも全部調べなきゃいけないからね、人も場所もかなり必要になるはずだよ」
「ふ〜ん……?」
コンピューターもないからなあ、大変そう。
「まあそれはどうでもいいや、早く行こう」
「そだね」
ここでも自動ドア。冒険者ギルドは自動ドアじゃなきゃダメとか決まってんのかね……?
中に入ってみれば、そこは広くて清潔なエントランス。市役所か何かかな?ただしそこに屯してるのはガラの悪い冒険者共。いろいろぶち壊しだよ。
そしてそいつらは入り口に突っ立ってる俺達をめちゃくちゃ見てる。凝視してるよ。静まり返ってるよ。俺達が超絶美少女だからってこっち見るなカス、仕事しろ。
「すみません、依頼達成報告いいですか」
とりあえず一番近かった受付嬢のところへ向かう。うん、かなりの美人さんだ。
「………」
「……?あのー?」
「はっ!あ、えっと、何でしょうか!?」
「……依頼達成報告です」
受付嬢、お前もか。お前女だろ何見惚れてんだよ。
「えっと、冒険者カードの提出をお願いします。それと依頼の内容を」
「はい、冒険者カード。依頼はAランクのバジリスク討伐です」
「はっ……?えっ?」
前にも言ったけどAランクには魔物氾濫の単独殲滅の功績で上がれた。まあそれまでの依頼達成の積み重ねもあったんだけどね、失敗した依頼0でここまでやってきたし。ただあの魔物氾濫、原因になりそうなことが何もなかったのが気にならないこともないが……まあそれはいい。
それよりも目に見えて困惑する受付嬢。なんじゃ、文句あっか?
「えっホントにAランク!?っていうかバジリスク討伐っ!?」
あ、声がデカイよ君ぃ。
「「「………」」」
ほらあ、視線集めちゃったじゃーん。
「……討伐部位ならアイテムボックスの中ですので。ね、リンベル?」
「全身丸ごと入ってるよっ!」
バジリスクは丁度王都への道中にいたので狩ってきた。ついでに高く売れるので全身持って帰ってきた。
受付嬢が驚いたのは、Aランクの依頼も魔物も普通はなかなか出て来ないからだろう、しかも俺こんな小娘だし。
ただ、大声を出したのはいただけないなあ。だってほら―――
「ハッ!こんなちっこい女がAランク?嘘も大概にしろよ、あぁん!?」
こういうのが寄ってきちゃうじゃんよ〜。
「……はあ、最近テンプレ展開多くない?」
「てんぷれ?って何、ユウカちゃん?」
「おいコラてめえ!無視してん―――」
さて、意訳しよう。
「アホがいっぱい絡んでくるってことだよ、リンベル」
「―――じゃねゴッ!?、………」
唐突に倒れるバカ男。
はいおしまい、テンプレなんかさせないぜ。
「……ユウカちゃん、何したの?」
「……何も?」
「嘘だーっ!」
ちょっと圧縮空気で頭ぶん殴っただけだよ、俺ナニモシテナイヨ?
「で、解体所の方にバジリスク出した方がいいですか?」
「……あっはい、お願いします」
若干引き気味の受付嬢。貴方にも少しは責任あるからね?
「こ、こちらです」
「はーい」
「え、ユウカちゃんあの人放置するの?」
「なんかする必要ある?」
「……ないかも」
「でしょ?」
それならいいんだよ。
「ほら、早く行くよリンベル」
「あ、うんっ」
とてとて着いてくるリンベル可愛い。
それにしても……。
「……アイテムボックス便利だなあ」
バジリスク全身入るとか。
「うーん」
自分で作れたりしないかね?




