とある少年の初恋の話
はっちゃけた
side:イチル
俺では、こんな俺では。
届かない。
相応しくない。
振り向かせられない。
君は、美しすぎるから。
◆
講習で見たときから惹かれていた。
その美貌。
その才気。
格が違った。
それでも、追いつきたいと、思ったのに。
「なっ……もうDランク昇格ですかっ!?」
「おう、そう聞いたぞ。なんでもゴブリンの集団を一人で殲滅したとかなんとか……」
「そんな……登録もついこの間なのに……」
「まあ気にすんな。たまにいるんだ、そういう、天才ってやつは」
「………」
天才。
それは初めから分かっている。
でもそれでも、俺は彼女に追いつかなきゃいけない。
そうでもしないと、俺は彼女に釣り合わない。
「……依頼受けてきます!」
「おう、気をつけてな」
もっと成長しなきゃ。
早く実力を付けなきゃ。
彼女に、置いていかれてしまう。
◆
「はぁぁああ!!」
「ギギギィ!」
ゴブリン・ソードマンと鍔迫り合いをする。
「ぐ、ううう!」
力が、強いっ。
だがっ!
「ぐっ、はぁぁあ!!」
あの子の方がもっと強かった!
「ギキャァッ!?」
思いっきりゴブリンの剣を押し上げる。そしてがら空きになった胴めがけて!
「はっ!」
斬るっ!
「グギャッ!!」
「ぐうっ」
確かに腹を切り裂いた。が、ゴブリンはその一瞬では絶命せず、悪あがきとばかりに剣を振ってきて。
「く、くそっ」
それは俺の右腕に傷を与えた。
「ま、まずい、止血しないと……ぐふっ!?」
「グギャギャ」
背中に大きな衝撃を受けて、そちらを振り返れば棍棒を持ったゴブリン。
2匹目!?油断したっ!
「ぐっ、はあああ!!」
「ギャッ!?」
最後の気力を振り絞って、そのただのゴブリンの首を切り裂く。
「ぐっ、はあ、はあ」
ゴブリン・ソードマンのランクはE。それを一対一で倒すことができたということは、俺は少なくともEランクの実力はあるということ。
「……Eランクじゃ……ダメなんだよ……」
だが、それに苦戦するということは、Eランクの実力しかないということ。
彼女はDランクだ。しかも階級特進したということは、さらに上の実力があるだろうということ。
「クソッ、ちくしょぉ……」
こんなんじゃ、釣り合わない。
「くそぉ、くそぉ……」
彼女がもっと遠い存在になってしまう……。
◆
失意の中、ギルドへ帰還する。
依頼は達成した。けれど、自分と彼女の差を実感して、どうしても喜ぶ気にはなれなかった。
「……ぁ」
そしてギルドに入ると、目に飛び込んできたのは蒼銀の後ろ姿。
彼女だ。
彼女はCランク依頼の掲示板の前で依頼を選んでいる。
「……っ」
目を逸らす。
ずっと見ていたい気もする。自然と彼女に視線を向けてしまうこともある。
だけど、ダメだ。
彼女は、今の俺には眩しすぎる。
「……ん?」
そして、彼女から目を離せば分かることもある。
それは、ギルド中から彼女に注がれる視線の数。
何人もの冒険者の男が、彼女のことを目で追っていた。
「あ……」
Eランクなど低ランク冒険者はもちろん、Cランクの、今の俺じゃ到底敵わないような冒険者まで、みんな。
急に恥ずかしくなった。
そりゃそうだ、彼女の魅力は計り知れない。多くの男が魅了されるのも当然だ。
そして自分も、その中の一人。
そう、ただの普通の一人でしかない。
講習で少し接点を持ったくらいで彼女と親しくなった気になっていただけ。彼女にとって自分など、路傍の石に過ぎない。
それは、自分より魅力的な男からの誘いを即断っている彼女を見れば明らかだ。
「はは……」
なんだ、俺は馬鹿か。当たり前じゃないか。
俺と彼女が、釣り合うわけない、なんてことは。
「………」
諦めよう、彼女のことは。
きっと俺よりよっぽど頼りがいのある男と付き合うんだろう。
そいつと幸せになってくれれば、それでいいさ。
ああ、でも。
少しだけ、少しだけでいいから。
君のことを、見守ってても、いいかな。
「……そうだ」
見守るだけでいい、それだけで、俺は十分だ。
そう考えたとき、彼女を見ていた男達と目が合い、俺は閃いたのだった。
◆
「イチル氏〜っ!」
「なんだ、会員番号128。騒がしいぞ」
「ユ、ユウカちゃんが、ま、街から出ていくって!」
「なっ、何っ!?」
ユウカちゃんがいなくなるだと!?
「すぐに会員を集めろ!緊急会議だっ!」
「急な招集ですまない、今日の議題は我らが身守るユウカちゃんがこの街から出ていってしまう、ということだ」
会議室の雰囲気は重い。当然だろう、あのユウカちゃんがこの街からいなくなってしまうかもしれないのだから。
「……くっ、なんでこんなに急なんだ!」
「それについては……情報班からの報告を頼む」
「はっ!我らがユウカちゃんは、Aランク冒険者パーティー竜の咆哮がこの街から離れるのに合わせ、出立するとの情報が入りました!2日後に出立するようです!」
「ありがとう、座ってくれ」
「はっ!」
「……以上が今回得た情報だ。これを踏まえ、今後の我らの活動について議論したいと思う」
会議室は静まったまま。皆、ユウカちゃんがいなくなることを本気で悲しんでいる。議論する気にもならないか……。
そこで自分が喋ろうとすると、一人がポツリと呟いた。
「……この街に残ってもらえばいい」
「「「………」」」
「……そうだよ、この街に留まってもらえばいいじゃないか!そうすれば俺たちはまだユウカちゃんを見守れる!ユウカちゃんは俺たちに守られて快適な生活が送れる!素晴らしい案じゃないか!ええ!?」
……なんだと?
「……確かに、一理あるな」
「ああ、それなら万事解決だ」
「おお……!なんて素晴らしい……!」
「そうだ!ユウカちゃんに残ってもらえばいい!」
……ふざけるな、違うだろ。
「そうだ!ユウカちゃんはずっとこの街にいるんだ!」
「それがユウカちゃんの幸せだ!」
「我らのユウカちゃんは永遠に不滅―――」
「ちーがーうーだーろー!!違うだろー!!このバカー!」
「か、会長……?」
「おいっ!会員番号75番っ!」
「はっ、はいっ!」
「『ユウカちゃんを見守り隊』規則序文を言ってみろっ!」
「はっ、はいっ!『我らはユウカちゃんを見守る者であり、それ以上でもそれ以下でもあってはならない!ユウカちゃんの意思と幸せを第一に行動するべし!』でありますっ!」
「そうだっ!そのとおりだっ!だが今のお前らは何だっ!ユウカちゃんにこの街に居てもらう?ユウカちゃんの意思を変えてまで?ふざけるなっ!それは見守り隊ではないっ!ただの束縛だっ!お前らの都合でユウカちゃんの行動の邪魔をするなっ!ただ見守る、それが俺達のはずだろうっ!ええっ!?」
「「「「………」」」」
「ならば俺達がするべきことはなんだっ!?見守ることだろうっ!ただユウカちゃんを影から見守って、密かに応援してあげるのが、俺達の役割なんじゃないのかっ!!??」
「「「「………」」」」
「……ぁ、ああ、俺は、俺はなんてことを……」
「すみません会長……俺達が間違ってました……」
「そうだ……俺達は見守るだけ……」
「そうだっ!俺達は見守り隊だっ!それだけていいんだ!」
「ですが会長……俺達は、これからどうすれば……?」
「ふっ、決まっているだろう」
「え……?」
「情報によれば、ユウカちゃんはいつかこの街に帰ってくるつもりらしい。ならば俺達がするべきことは一つっ!この街をっ!ユウカちゃんが誇れる街にすることだっ!」
「「「おぉ……!」」」
「これからの活動は街の活性化運動だっ!ユウカちゃんがいつか帰ってきた時、驚かせて嬉し泣きさせてやろうじゃないかっ!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」」
「さあ復唱しろっ!『ユウカちゃん万歳!』」
「「「「「ユウカちゃん万歳!ユウカちゃん万歳!」」」」」
◆
「……さようならっ、またお会いしましょうっ!!」
「ぐすっ、ううっ、やばい、とける」
「尊い……尊い……」
「尊さが具現化して飛んできた」
「ああああああぁぁぁぁああああ!!!!ああああああぁぁぁぁああああ!!!!」
「分かりみがふかい」
「尊死」
「いいねいいねいいねいいねいいねいいねいいねいいね」
「拡散希望」
「グスッ、おいお前らっ!泣いてないで早く行くぞっ!」
「「「お、おうっ!」」」
今日の空は雲一つない晴天。
ユウカちゃん、見てるかい?君のおかげで、この街は変わっていくよ。
俺の名はイチル。16歳。Dランク冒険者。
『ユウカちゃんを見守り隊』会長、会員番号0番。
一人のしがない、ユウカちゃんのファンだ。
ヤバみがふかい




