盗賊死すべし慈悲はない
「ここらで野営しようか」
「そだね」
イオニル街を出てからはや20日。
寄り道してばっかだからまだまだ王都には着かない。
「リンベルそっち持って」
「はいよ〜」
リンベルのアイテムボックスに入っていたテントを道の端に広げる。
時刻は夕方。日は沈み暗くなり始めた時間。
別に俺はまだまだ歩けるし、夜でも全く危なくはないけど、こういうのもたまにはいいだろう。旅の醍醐味ってやつだ。
「ふぃ〜、今日も歩いた〜」
「そうだね」
リンベルには少しキツかったかな?
「これなら明日には着くかな?」
「どうだろね、ユウカちゃんが走ればすぐだと思うけど」
「……まあ、リンベルがやれって言うならやるけどさ」
「誰かと話しながら歩くのが旅の醍醐味だよねっ!」
「ふふっ、まあ……そうだね」
確かに一人旅は思ったよりキツそうだ。リンベルと一緒に来て良かったかも。
「じゃあ適当に料理作っちゃうよ」
「ユウカちゃんの料理は適当を超えてるよ……」
「そうかな?」
面倒くさいからホントは作りたくないんだけどね。料理までアイテムボックスの中に突っ込むのもなんだし、温かいのが食べたいし。
「とりあえず肉狩るか」
「肉はとりあえずで狩るものじゃないよ……」
感覚を集中する。
空気の流れから生物の呼気を。
音と匂いから生物の気配を。
魔力からあらゆる存在を。
空間を完全に把握する。
「……ん?」
こんなところに、人がいる?
「しかも一人?」
おそらく成人男性、小柄、武器は持ってる、かな?
そいつが左後方70mにいる。
「あ、離れてった」
何だったんだろう。
「まあいいや、とりあえず……」
さっき見つけたウサギ、っぽい動物?を狩ろう。
「お待たせ」
「いや、早いからね?」
待ってることには変わりはないから。
「今日はウサギ肉のソテーかな」
「わ〜い!」
「まずは……碧黒」
(………うん)
ウサギの死体に碧黒をぶっ刺して血を吸ってもらう。お手軽血抜きだ。
(………もう大丈夫)
「ありがと、碧黒。リンベルー、ほーちょー」
「はいよ〜」
1mもある碧黒は料理には使いにくすぎるからね。
「ふんふふんふんふ〜ん」
さっさとウサギを解体して内臓は焼却。
肉は叩いて薄くする。アイテムボックスに入ってる塩胡椒で味付して獄炎魔法で表面をカリッと焼いて、またまたアイテムボックスから出てきたバターとワイン(なんで入ってんの)で調整。あっさりしてるけどこれでいいや。めんどいし。
あとは食べられる野草を探して適当なサラダに。オリーブオイル・塩・砂糖・お酢(アイテムボックスに入りすぎじゃない?)でドレッシングも作ってみた。
〈《料理》のLvが4に上昇しました〉
「はい終わり」
「ひゃっほ〜!」
野営だし、こんなもんだよね。
「いただきます」
「ねえユウカちゃん、前から思ってたけど、『いただきます』ってなに?」
「え?……ああ」
こっちにはこの習慣はないのか。
「食べるものの命に感謝する言葉で、『貴方の命をいただきます、ありがとうございます』って意味だよ」
「へぇ〜」
まあ今どきやってる人も少ないんだけどね。
「じゃあ私もっ、いただきますっ」
「ふふっ、召し上がれ」
俺も食べようか。
一口パクリと……ふむ。
「少しクセがあるけど、まあ許容範囲かな」
ここまで食べられる味になってるのは生産の才能のおかげかな。
「う〜んっ、おいしいっ!」
「そう?」
「野営でこんなにおいしいのなんてなかなか食べられないよっ!」
「それなら良かったよ」
誰かがおいしく食べてくれるのは、やっぱり嬉しいね。
「ユウカちゃんなんでこんなに料理上手なのっ?まだ若いのに」
「うん?あー……まあ、やる機会があっただけだよ」
前世で一人暮らしだったから、とは言えないしなあ。
「あ〜っ、おいしかったっ!」
「お粗末様でした」
ふう、食った食った。ウサギ結構食べるとこあったな。ていうかなんかさっきのウサギでかくない?気のせい?実はウサギではない?
「ふわぁあ〜、もう眠いね〜」
「そう……だね、やることもないし寝ちゃおうか」
日没と共に活動停止して、9時までには眠って、夜明けと共に起きる生活。なんて健康的。前世じゃ考えられんな。
「おいで、リンベル」
「ふにゃぁあ〜……」
そして最近はリンベルと一緒に寝ている。
もっふもふのふっわふわなんだ、これが。ヤバいんだよ、リンベル抱き枕性能高いんだよ、超快眠なんだよ。
「はぁぁああ〜もふい〜……」
「うにゅ……」
あー……いい匂いもするー……。
「おやすみ、リンベル」
「おやすみにゃさぃ……ユウカちゃ……」
「にゃさい……?」
なんだよ、可愛いじゃねえか。
「あったかいなあ……」
そうして俺はすぐに眠りに落ちていった。
◇
声が、聞こえる。
「ぐへへ、すげえ上玉じゃねえか」
「お手柄だぞっ、今夜はこいつらで遊べるっ」
五月蝿い。
耳障りだ。
「おらっ、さっさと運ぶぞっ」
「ふんっ、女二人でいちゃつきやがって」
五月蝿い五月蝿い五月蝿い。
せっかく気持ちよく寝てたのに。
「こんなところで寝た自分達を恨むんだな―――」
気配が近寄ってくる。
俺達に触れようと。
ふざけんな。
「私の、リンベルに……」
「あ?」
その汚い手で。
「触ってんじゃねえ、下郎が」
伸ばされた手首を握り潰す。もう二度と、リンベルに触れないように。
「……うわ」
手のひらが血でべっとりになっちゃった。きもちわる。魔法でやればよかった、寝ぼけてたわ。
「あ、ああああああ!?」
「五月蝿い」
「ギュピッ!?」
急いで獄炎魔法で首を焼き切る。うるさいとリンベルが起きちゃうだろうが。
「はあ……」
運がない。寝てたら突然こんな奴らが襲ってくるとは……。
もしかしなくてもさっき見つけた一人はこいつらの仲間か……始末しとけばよかった。
「まったく……安眠させてくれよ……」
せっかくのゆるふわムードだったのに……。
「おいどうしたっ!?」
「何があった!」
お仲間もうるさいのばっか。リンベル起きちゃうだろうが。
「んにゅ〜……なに〜?」
「あっ」
ホントに起きちゃった。
「ユウカちゃ〜ん……?」
「リンベル、寝てていいよ。ちょっと五月蝿いのが外にいるだけだから」
絶空魔法で音を遮断、これで静かになった。
「ほら、おやすみ」
「ぅん……」
そう言ってすぐに寝息をたてるリンベル。可愛い。
「……蒼黒、碧黒、準備は?」
(わくわく)(………待ってた)
ならよし。
「さて、害虫駆除しようか」
安眠妨害反対。害悪死すべし。慈悲はない。
「おいダズっ!どうした!?」
「そいつなら死んだよ」
「なっ……!?てめえ!起きやがったのか!」
レイプ魔のゴミ共は……1、2……5人か。いや、少し離れたところにもっと人の気配を感じるな。割と大きめな盗賊団か。面倒くさいのに出くわしたなあ。
「どうせなら全滅させておこう」
「なにをごちゃごちゃガ……!?」
蒼黒で首切り。血は吸ってもらってるから出ない。
「また襲われても困るからね」
「な、何だこいつ……!?」
今後の睡眠のためだ。
「まああれだ、私達を襲った自分達を恨んだらどうかな?」
さっさと死んでくれや。
リーチが一番重要なのって対人戦だと思うんだ。
「クソッ、近づけなギッ!?」
「アハッ」
両手に持つ特大の漆黒の刃で敵を断つ。相手の間合いに入るまでもなく殺す。
「いいねえ」
やっぱリンベル最高。使いやすすぎ。
「手に馴染むわあ」
「ひぃっ、ギャッ!」
(大収穫)(………おいしい)
「もっと吸わせてあげるよ」
向こうにまだまだいるみたいだからね。
「まあとりあえず」
「や、やめっ」
「すぱーん」
実行犯5人は殺して、と。
「リンベルどうしようかな……」
ここに置いていくのも不安だし……。
「一応連れてこうか」
絶空魔法で音を遮断しながら、揺れないようにリンベルを浮かせる。魔法の揺りかごかな?睡眠妨害ダメゼッタイ。
「じゃ、行こうか」
(わーい)(………ひゅーひゅー)
「村襲われてんじゃーん」
「あ?何だおまビッ!?」
小さい村が盗賊団に襲われてた。こんなとこに村あったのか、地図にも載ってなかったよ。
「うーん、まあまあヤバめ?」
どうやら少し来るのが遅かったようで、既に多くの村人が殺されている様子。ただ、村の中で一番大きな家の中に、かなりの人数立て籠もってる風の気配を感じるから……うん、とりあえずあそこに行こう。
「うーん、刀だけじゃ効率悪いな」
(むう)(………無念)
「しょうがないでしょ……《魔遊剣》」
魔力の剣を30本生み出す。
「行け」
それを四方八方に飛ばす。音もなく命を刈り取る全自動遠隔殺戮剣の完成だ。敵味方の判別は《異形精神》が適当にやってくれるから大丈夫。
「さて、少し急ごうか」
助けられるのに死なれたら寝覚めが悪い。
◆
side:そんちょー
「村長、もう、これ以上は……」
「……そうか」
少ない人数で四苦八苦して、ようやくここまで大きくしたこの村も、盗賊により一夜で無に帰す、か……。
「……すまない、みんな。魔力がもうすぐ切れて、結界が解除される。そうなると……奴らがここにも……」
今は住民の一人のスキルの《結界術》で盗賊共の侵入を防げているが、魔力が切れてしまってはどうしようもない。
「すまない……本当にすまない……」
最後の望みでここまで逃げてきた住民達に謝罪する。もっと、もっと戦える力があれば、こんなことには……。
「村長、謝らないでください。みんな、分かってますから」
「あぁ………」
こんな、女子供すら守れないなんて……。
「村長、魔力がもう切れますっ!」
「………」
………。
「……みんな、儂が時間を稼ぐ。一斉に外に出て、バラバラになって逃げろ。少しでも生き延びるんだ」
「そんなっ、村長はっ!?」
「こんな老いぼれの最後の役割だ。キチンと、果たさねば」
壁に立て掛けてあった剣を取る。ここ何十年も使っていないが、無いよりはマシだろう。
「必ず、生き延びるんだぞ、みんな」
「「「「………っ、はいっ!」」」」
そんな顔をするな、皆を守って逝けるのなら、本望。
「すみませんっ!魔力切れましたっ!」
「よしっ!早く行けっ!裏口からだっ!必ず生き延びろっ!」
そう叫び、私は表玄関から出る。
「おっ?ジジイがやっと出てきたぞ」
「はっ、死に急ぎかよ、引きこもってれば楽に死ねたのによ」
家の前にいたのは7人程度。儂がここで、注意を引いて時間を稼ぐ!
「ハッ、貴様らこそこんなジジイに何人もかかってくるとは、よほど儂が恐ろしいと見える。そんなものだから盗賊なんぞになるのだよ」
「あ?なんだとこのジジイ」
「もういっぺん言ってみやがれ!」
「何度でも言ってやろう、貴様らはそのような腑抜けだから盗賊なんぞに成り下がるのだよっ!」
「……ぶっ殺すっ!」
「さっさと死ねやっ!このクソジジイ!」
一斉に向かってくる盗賊達。
ああ、儂もここまでか。
「はぁぁぁあああ!!!」
せめて、せめて多くの住民が、生き残れますように―――
「ギペッ?」
「―――はっ?」
突然、目の前の盗賊の頭が、漆黒の刃に貫かれる。
「な、何が……」
「ごめんなさい、遅くなりました」
宙から飛び降りてきたのは一人の少女。
格別に整った容姿と、美しい蒼の髪は、この村では見たことがない。
「お、お主は……」
「あー、通りすがりの冒険者です。盗賊に襲われていたようなので、ちょっと加勢に」
「冒険者……?」
この少女が?
「……悪いことは言わん、お主も早く逃げた方がいい。盗賊共は数が多い、お主だけでは―――」
「大丈夫ですよ、もうほとんど殺しましたから」
「―――は?」
ほとんど、殺した?
「何くっちゃべってやがるっ!」
「死ねっ!」
「あ、危ないっ!」
こちらを向いていた少女に、後ろから二人の男が斬りかかった。
「アハッ」
「……え?ガフッ」
「ガッ……」
と思ったらすぐに崩れ落ちた。一体、何が……。
「ああ……いい切れ味……」
「な……」
恍惚とした表情の少女の持つ、漆黒の双刀。
その威圧感は……これは……。
「……あ、盗賊が全滅したみたいです」
「何?」
どこでそんな情報を……。
「帰還しろ」
「……なっ!?」
少女が一言そう言うと、村中から飛んできたのはいくつもの血に塗れた透明の剣。
一体何がどうなっている!?
「うん、一つも欠けはなし。意外と丈夫だな」
「………」
儂、もうよく分からん……。
「ユウカちゃ〜ん!住民のみんなも戻ってきたよ〜!」
「ありがとうリンベル。……寝ててよかったのに」
「村長!」「村長っ!」「村長……」
「お、おお……みんな……」
助かった、のか……。
「よかった……本当によかった……」
これだけの命が救われた。
まだ、未来を繋げることができた。
「ありがとう……ありがとう……っ!」
この見ず知らずの、一人、いや、二人の少女のおかげで。
「この村を代表して……最大限の感謝を……っ!」
「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」
その少女は困ったように笑うと。
「えっと……お役に立てたなら、何よりです」
そう、言ったのだった。
◇
村の中心で火が燃え盛る。
亡くなった人達への祈りを込めて。
自ら犠牲になって時間を稼いでくれた感謝を込めて。
「………」
手を合わせる。
冥福を祈って。
〈称号:救世主 を獲得しました〉
〈希少スキル《救いの手Lv1》を獲得しました〉
「……ん?」
「どうしたのユウカちゃん?」
「いや、なんか妙なのが……」
まあ、これを考えるのは後でいいか。
「それで、皆さんはこれからどうするんですか?」
今はこっち。
俺達が駆けつけた時には多くの住民が殺されていたこの村。
殺されたのは男性が多かったようで、今後の労働などに不安がありそうなものだけど。
「そうですな……儂らはこれからもここで生きるつもりです。しばらくは厳しいでしょうが……なに、もう一度村を作るだけです」
「……そう、ですか」
「……そんな顔をしなさるな。儂らにとっては命があっただけでも儲けもの、救ってくださった貴方が心配する必要はありません。むしろそんな貴方になんのお礼もできないことの方が情けない」
「そんなことは……」
「……儂らは儂ら自身の力で生きてきた。これまでも、そしてこれからも。貴方の力を借りる必要はない」
「………」
「……だから、貴方は儂らのことは気にせず進みなさい。若い者が、ここで時間を潰している暇はありませんぞ?」
「………」
なんだかなあ……。
「すっきりしねえなあ……」
◇
朝には村を出た。
よそ者の俺達がいたら村の人達も安心できないだろうから。
「ふふふっ」
「なんだよリンベル」
なんでそんな嬉しそうなんだよ。
「いや〜、ユウカちゃんって結構お人好しだな〜って」
「……うるさいよ」
なんか、気分が悪かったんだよ。
「あ〜あ、急いで街に着かないとねっ」
「……ごめん」
「ふふ、全然いいよっ!ユウカちゃんの良いとこ見れたからねっ!」
「……むう」
リンベルにイジられるとは……屈辱。
「私は……私がしたいようにするだけだよ」
「うんっ、ユウカちゃんはそれていいと思うよっ!」
「……そうかい」
◆
「村長っ!家の表に!」
「何……?」
そこにあったのは、それまでなかった山積みの食料。
確かに食料は今の季節、備蓄が少なく不安ではあったが……。
「まったく……気にせんでもいいと言ったのに……」
とんだお人好しもいたものだ。
「ユウカ殿、か……」
改めて、感謝申し上げるぞ。
『食料余ってたので差し上げます。適当に使ってください。 ユウカ』
最後まで責任は持ちたい人のユウカでした




