温泉
「とりあえずいちゃいちゃさせたかった。むしゃくしゃして書いた。後悔はしていない」などとムッティー容疑者は供述しており、今後動機の解明を………
「温泉?」
「そう、温泉」
急になんじゃい。
「それまたなんで?」
「近くにあるらしいのっ!寄り道してみないっ?」
「ふーむ……」
温泉か。確かに日本人としては心惹かれないこともない。
ここ最近は入れてなかったし……。
「いいね、行ってみようか」
「ひゅ〜!さっすがユウカちゃ〜ん!」
「何がさすがなんだよ……」
リンベル調子いいなあ。
「あ〜っ!また男の人っぽい喋り方してる〜!」
「うっ、しょうがないじゃん、まだ慣れてないんだから」
「ダメだよ〜、ユウカちゃんには似合わないよ〜」
「へいへい……」
イオニル街から出発してはや10日。
王都への旅路は順調である。
「で?温泉ってどこにあるの?」
「う〜んっとね、隣の街が温泉街なんだって」
「まだ遠いじゃん……」
「ユウカちゃんならすぐでしょ?」
「そうだけどさ……」
順調……かな?
「そうと決まれば出発だ〜!」
「おー(棒)」
順調じゃないかもしれない。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり。寄り道してばっかだ。王都が遠く感じるよ。
「旅の醍醐味は寄り道だよっ!」なんて言うリンベルに付き合う毎日。まあ、楽しいからいいけどさ。
「ひゃっほ〜っ!」
「………」
今日の移動は走り。
俺がリンベルを抱えて走る。これが一番速いってのが悲しいところだ。
「速い速〜いっ!」
「楽しそうダネ……」
俺は視界の端でぶるんぶるんしてるナニカに気を取られて仕方ないよ。
普段はこんなことはしない、当たり前だけど。だいたいは二人で歩いてる。なんで俺だけが走らなきゃいけないんだよ。
ただ今日は、温泉と聞いて反応した俺の日本人魂に応えて、少し急ぐ。リンベル抱えてると柔らかいしいい匂いするから役得だしね。
「あ、魔も―――」
「ふっ!」
(あーれー)(………むう)
「ギョッ!?」
「何か言った、リンベル?」
「……何でもないです」
蒼黒をぶん投げて魔物にヘッドショット。うん、いいコントロールだ。
「《魔糸》」
(わー)(………ずるい)
からの、あらかじめ繋げておいた魔力の糸を引っ張って蒼黒を回収。いやー、魔力って便利だわー。
「……前から思ってたけど、ユウカちゃんって変わったスキル持ってるよね……」
「そう、かな?」
めちゃ使いやすいよ?
「さて、もうちょい速くするよ」
「はいよ〜!」
《魔糸》を前方の木に引っ付けて、一気に巻き取って加速。立体機○装置の完成だ。
「うひゃぁぁああ!」
「まだまだいくよー」
あれ、ちょっと楽しい。
「おうえっ、ぎもぢわるい……」
「……ごめん、リンベル」
やりすぎた。
「まあ、もう着いたからセーフってことで……」
「アウトだよっ!」
怒られた。
「前にもこんなことしたよねっ?ねっ!?」
「あははは」
「むぅうう、ユウカちゃんっ!」
「あははっ、ごめんってば」
全く怖くない怒り顔。うん、可愛い。
「ほら、行くよリンベル、温泉入るんだろ?」
「むっ!」
「……入るんでしょ?」
リンベルは元の口調はお気に召さなかったようなので、ちょっとだけ口調を変えてる真っ最中。このまま中性的な喋り方で落ち着きそう。なかなか苦労してるけど。
「まずは宿取らないとね」
「そだねっ」
温泉か、久しぶりだな。
◇
ああぁー……。
「ユウカちゃんどうしたの?」
「……いやー」
忘れてたぁー……。
今、俺達がいるのは宿に併設されてた温泉、その女湯の前。
そう、女湯である。
「……ハードル高ぇー……」
男の精神にはハードル高いよ、これ、なかなかに。
いやあ、そういえば温泉って男女別だったね。性があやふやな俺には厳しいものがあるよ。
「もうっ、早く行くよっ」
「あっ、ちょっと待っ」
まだ心の準備が―――
「あっ、誰もいないよっ!貸し切りみたいっ!」
「……ほっ」
脱衣所には誰もいなかった。
良かった……まだ3時くらいだからかね、助かった。誰かいたら引き返してたかも。
「ほら、ユウカちゃんも脱いで脱いで」
「あ、そうだ……ねっ!?」
視界に入ってきたのは全裸のリンベル。
……えっ。
「……ぶっっ!!」
「えっ!?どうしたのユウカちゃん!?」
あっ可愛いいかん直視してしまったなんだあの胸これは精神的ダメージが大きいぞヤバいヤバい肌白かったいや落ち着け落ち着け俺は女今の俺は女リンベルの裸綺麗だったを見ても何も問題はない問題ないはず……。
いや問題あるわっ!
「なんでもう脱いでるんだよ……」
「えっ、だって脱がないと温泉入れないよ?」
知ってるよ、知ってるけどさ……。
「……とりあえず先入ってて、リンベル」
「え?うん。すぐ来てよ?」
「……分かってる」
とりあえず危機は去った。
「ふぅー……」
落ち着け、俺。分かってたじゃないか、いつかこんな日も来るって。それがたまたま今日だっただけだ。それに相手はリンベルだけだ。友人だ。いいじゃないか、最高の状況だよ。ここで慣れておかないと苦労するぞ、リンベルには犠牲になってもらえ。なに、見られて減るもんじゃないさ。それならいくらでも見た方が得だろう。あんな眼福な身体つきしてるんだから。隅々まで舐め回すように見ればいいじゃないか。いや何を考えてるんだ俺は。
「……はあ」
とりあえず服を脱ぐ。
細長い手足、くびれた腰、まあまあある胸、うーん、女だなあ。自分の身体には何とも思わないのに、なんで他人だとめちゃ気になるんだろうね。
「……行くか」
温泉つかりたいし。
「お待たせ……」
「あっ、遅いよユウカちゃ……なんで目閉じてるの?」
「べ、別に」
見なければ全部解決ということに気がついた。
幸い空気の流れからどこになにがあるかは分かるから、躓くなんてことはない。ふふふ、勝った、勝ったぞ。
「もうっ、せっかく景色綺麗なのに……ほらっ、目開けて」
「あ」
無理矢理開かされた目に入ってきたのは、真っ白な肌。
その童顔に似合わない豊満さでありながら、全く重力を感じさせないハリを持つ胸。
服の上からでは分からなかった、意外と細長い手足。
思っていたよりも、大人な女性の身体。
「……ぐふっ」
「えっ!?」
ぐ、思春期の男には刺激が強すぎる……っ!
「ど、どうしたのユウカちゃん!?どっか痛いの!?」
「い、いや、何でもないから……」
だが、俺は負けない……っ。
「ま、まずは身体洗わないと……」
「あっ!じゃあ洗いっこしよっ!」
「なっ!?」
洗いっこ、だと!?なんだその高度なワードは!?
「ほらっ、こっちこっちっ」
「ぐ、ぐぅう」
避けられぬ戦いか……っ!
「まずは私が洗ってあげるね〜」
「よ、よろしく……」
あ、これならリンベルは視界に入らない。勝ったわ。
「んしょ、んしょ、どう?」
「うん、きもちーよ」
あ〜、リラックスするわ〜。
「前も洗うね〜」
「いや、そっちは自分でひゃうっ!?」
「ん?ひゃう?」
「な、なんでもない……それより、こっちは自分でやるから……」
「あ、そう?」
急に触ってくるから驚いたじゃねえかこの野郎……。
「じゃあ次、ユウカちゃんの番ね〜」
「……なっ!?」
この俺に、リンベルの身体を洗えだと!?高度すぎるぞっ!?
「早く〜」
「……くっ」
いっそ殺せ!
「はわ〜きもち〜」
「………」
布越しでも分かる柔らかさ。濡れて肌に貼り付く純白の長い髪。どうしたって視界に入ってくる白い肌。ちらりと見える細い首筋。熱気で赤く上気した頬。
「………」
なんの拷問だっ!
「ユウカちゃ〜ん、前も〜」
「……いや、それは無理、自分でお願い」
「えぇ〜?」
もぅまぢむり、さっさと温泉つかろう。
「先入るよ」
「あっ、待ってよユウカちゃ〜ん」
リンベルから逃げる。
くっ、思ったより拷問だ。まだ俺には早かったんだ。もっと修行を積まなきゃいけなかったんだ。
「ふぅ……」
ああ、でもやっぱり温泉気持ちいいな。
「あああぁぁ……」
ほぐれる〜……。
「きもちぃ〜ね〜、ユウカちゃ〜ん」
「そうだね〜……ぇっ!?」
リンベルいつの間にっ!?
「あ、やっぱりユウカちゃん照れてるんだ〜、可愛い〜」
「あ、いや、あの、その」
「なによ〜、裸の付き合いでしょ〜」
「いや、それは」
「ふっふっふ〜、いっつもユウカちゃんにはやられっぱなしだからね、ここで仕返ししちゃうよっ!」
「ひゃっ!?待、ちょ、リンベ」
「待たないもんね〜っ!」
「にゃっ!?まって、リンベルっ、なぐるよっ!?」
「こしょこしょこしょこしょ〜!」
「やめっ、ひゃぁぁぁああああ!?」
◆
「ふう、満足っ!」
「………(ピクピク)」
まだぐったりしてるユウカちゃんから逃げる。
こんなことした後じゃ、ホントに殴られちゃうからねっ!
「ユウカちゃん可愛いかったな〜」
ひゃうっ、だって、ひゃうっ。ふふふ、普段の仕返しができたねっ。
急いで身体を拭いて服を着る。ユウカちゃんが正気に戻る前に逃げなきゃ。
「ん〜っ!温泉楽しかったっ!」
「……楽しそうだね、リンベル」
……あ。
「……ユ、ユウカ、ちゃん……?お、おはよう……?」
「……ふふふふ、くっくっく、あはははは」
やばっ。
「待ちやがれこのクソアマァァアアア!!!」
「うひゃぁぁあああ!!!ごめんなしゃぁぁあああ!!!」
誰か助けてぇぇええええ!!!
なぜそこに温泉があるのか、なんていうツッコミは入れてはいけない
だってふぁんたじいだもの。




