旅立ち
「はあ……」
朝か。
「……はぁー……」
恥ずかしい……。
いい年して泣くとか……黒歴史だよ……。
昨日はすごく、あれだった。
もうね、夜まで視線が優しい優しい。しかもカレンさんとリュエルさんとの距離が近くて近くて。恥ずか死ぬかと思ったわ。
「ああぁぁぁ……」
(気にしない)(………まちがいは誰にでもある)
「うるさいよー……」
蒼黒碧黒が茶々入れてくるんだけど、なんなん。
あーもうマジでやだ。これから朝ごはんでまた顔合わせるのがもう、殺しに来てるよね。
「はあ……いくか……」
寝間着から着替えてナプキンも替えて準備完了。
「……ああぁぁぁ……」
(意気地なし)(………女々しい)
「……うるさいよー……」
「あ、ふふ、おはようユウカちゃん」
「おはようございます、ユウカちゃん……」
「おっ、おはよう」
「……おはよう」
あああああぁぁぁ……。
「……おはようございます、皆さん」
恥ずかしいよ〜……。
「さっ、朝ごはん食べましょ!」
「もうこの肉料理に慣れただろ?」
「それは……はい」
「食べすぎると太りますからね……」
「太っているところを見たことはないが」
「これでも気にしてますから……」
「気にしないわけないでしょ!女心が分かってないわねー、ゲイルは」
「……分かるわけないだろう」
騒がしく、今日も始まる。
いつもより少し、距離は縮んだ。
こちらの世界の、もう1つの家族と。
「……ああ、幸せだな」
久しぶりに感じたよ。
◇
「へーいリンベル、元気ですかー」
「およ、また来たねユウカちゃん」
「少し暇になったもので」
あの黒歴史の日から数日経った。
そこからは特に何も起こらず、ギルドで依頼をこなし、資料室で本を読み、暇になったらリンベルのところへ行き、ご飯は竜の咆哮と一緒に食べてその後おしゃべりするという日常だ。
「進捗、どんな感じですか」
なんだかリンベル相手だとどんどん口調が砕けてく。もはやなんちゃってですます調になってるよ。
「うん、いい感じだよっ。ユウカちゃんの刀ほどこだわってないから、もうすぐ全部出来るんじゃないかな」
「それは良かった」
話の話題は竜の咆哮の武器の話。
あの人達にも報告してあげよう。アレンさんとゲイルさんはすごい喜ぶだろうな。
「うーん、最初はプレゼントしようって、思ってたんですけどねえ……」
「あれ、変わったの?」
「そんなに恩を感じなくていいって言われちゃいまして」
「あ〜……」
「でも個人的には恩返しはしたいなあ、とも思ってまして」
どうしようかなあ。
「あれでいいんじゃないっ?あの、なんでも言うこと聞いてくれる権利とか」
「そんなものじゃ……」
「そういうのは気持ちが伝わればいいのっ。相手に受け取る気がないんなら、恩返しの意味だって半減しちゃうでしょ?だから、まずは感謝の気持ちを最大限伝えて、恩返しは、本当に必要になったときにとっておけばいいじゃん!そのためのその権利だよ!」
「……むう」
一理ないこともない。リンベルのくせに生意気な。
「……いやこれでも私、ユウカちゃんの2倍くらいは生きてるからね?」
「分かってますよー」
「ホントに……?」
見た目からだと説得力ゼロだけどな。
「私さ〜、そろそろこの街出ようと思ってるんだよね〜」
「あ、そうなんですか」
少し、寂しくなるな。
「ユウカちゃんはどっか行かないの?」
「うーん、確かにこの街では、もうやることやり尽くした感があるんですよねえ……そろそろ移動かな……」
この世界を見て回るっていう目的もあるから、いつまでも留まってはいられない。
「そうなると、竜の咆哮ともお別れかもしれないですね……」
次の目的地はこの国、メルセン王国の王都と決めている。俺は一度決めた事は覆さない主義だから、もし行き先が違うならお別れだ。
「まあ、自立も必要ですし……」
自立するという当初の目的も変わっちゃいない。
「どこいくつもりなの?」
「まずはこの国の王都、ですかね」
「ふ〜ん……」
そこを拠点に、世界を回りたい。
「……ねえ、私も着いてっていい?」
「え?」
「私も、ユウカちゃんと一緒に行っていい?」
「……なんでです?」
そんな面白いことないと思うけど。
「私の勘が告げてるのっ!ユウカちゃんに着いていけば必ず面白いことが起きるって!」
「いやどういうことですか」
なんか貶されてる気がするんだが。
「だいたいユウカちゃん!一人で旅しようとか考えてないっ?」
「そうですけど?」
「そんなのダメだよ!味気ないよっ!誰かと一緒に行ったほうが絶対いいよっ!」
「蒼黒と碧黒が……」
「武器はノーカンだよっ!」
「えー……」
確かに何日も一人旅、というのは飽きそうではある。
リンベルとなら話しやすいし、気安くいけるから適任ではあるけど……。
「本当に着いてくるんですか?」
「そのつもりだよっ!」
「……うーん……」
どうしようかな……。
「むぅ〜っ、それならアレだっ、言うこと聞いてくれる権利使うよっ!これでいいよねっ!」
「えー」
ここで使うの?
「……はあ」
まあ、いいか。一回言ったことを覆すのも俺の主義に反する。
「……分かりましたよ、着いてきてくれて結構です。面白いことがあるかは保証しませんからね?」
「ひゅ〜!ありがとうユウカちゃんっ!分かってる〜!」
調子のってんなあ……。
「これで旅のお供ゲットだ〜!」
そっちが目的かよ。
◇
「ユウカちゃん、私達、そろそろこの街を出ようと思ってるの」
「え」
リンベルと約束してから数日、カレンさんからそんなことを告げられた。急だね。
「リンベルさんから武器を買ったら、お金がね……この街には高ランク依頼がないから……」
そんな理由で移動するのか……。
「……私が払いますよ?」
「だーめ」
「……むう」
「それで、内陸の方に移動しようと思ってるんだけど……ユウカちゃんも一緒に来る?」
「………」
大陸の左下に位置するこのメルセン王国は海に面している。
そしてこの国の王都は海寄りだ。王都は商業の中心でもあり、海運で齎される資源を取り扱うために、その立地になったとかなんとか。
そして今俺のいる街は国の中心くらい。
王都に向かうためには、内陸方面には、行かない。
「……いえ、以前から王都へ向かおうと考えていたので……内陸には」
「……そう……寂しく、なるわね」
……うん、とても、残念だ。
「……いつ頃出発する予定なんですか?」
「いろいろ準備して……1週間後くらいかしら」
1週間(=6日)後か……なら、俺もそれくらいに出るか。
「私も、準備しますか……」
特にすることないけど。
◇
「ふう」
最後の1冊を読み終える。
「……とったどー」
ギルド資料室の本はコンプリートした。さすが俺。
これでもう、本当にやり残したことはないな。
「……明後日か」
寂しくなるなあ。
◇
「おはようございます」
「おう、おはよーう」
「おはよう、ユウカちゃん」
「おはようございます……」
「おはよう」
いつも通りの朝の挨拶。
「じゃあ、朝から豪勢にいくわよー!」
「おー」
「わー……」
「………」
「あはは……」
「……ノリ悪いわねえ」
いつもとちょっと違った朝ごはん。
「それじゃ、私達の新しい門出祝いと、ユウカちゃんのこれからの幸福を願って、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
いつもより多い肉と、いつもより少し柔らかい高級パンと、相変わらずの薄いスープ。
手には木のコップ、俺のはジュース、皆は薄い酒。旅立ちの時はいつも朝に酔わない程度に酒盛りをして、その後出発するのが恒例なんだそうな。
「……自分で門出と言うのも毎回どうかと思うんだが」
「なら次からゲイルが音頭取りなさいよ」
「いやカレン、それは酷だろう」
「ちょっと向いてなさそうですね……」
「………」
「ゲイルさん、元気出して……」
「……ああ」
騒がしく、賑やかに。
しんみりした空気は似合わない。
「ユウカちゃんと一緒に行けると思ったんだけどなー」
「すみません……前から決めてたので」
「王都に行くんでしたっけ……?」
「はい、そのつもりです」
「王都か……あそこは町並みが綺麗だからな、観光もよくできるだろ」
「それに、そろそろ祭りの時期だったか?」
「うーん、分かんないや!」
「カレンには訊いていない」
「ちょっと!どういうことよそれ!」
「そのままの意味だ」
「まあまあ……」
これも、最後か。
「寂しく、なりますね」
「……また、会えるわよ」
「ああ、また会ったときにはランクも抜かれてるかもな」
「急いでSランクにならないとですね……」
「負けてられないな」
「あっ、その時にはユウカちゃんも竜の咆哮に入らないっ?」
「ああ、いいですね、それ」
「うん、確かに楽しそうだ」
「戦力増強にもなる」
「ユウカちゃんって前衛、でしたっけ……?」
「うーん、前衛後衛どっちもいける感じですかね」
「なら中衛ね、うちにいないとこじゃない!」
「全然アリだな」
「ふふ、その時になったらよろしくお願いしますね」
「ああ、大歓迎だな」
「そのためにも、もっと強くならないとダメね!」
「ユウカちゃんより弱いと面目立たないですからね……」
「そのためにも移動するからな」
「魔物狩って狩って狩りまくるわよ!」
「無理はなさらないように……」
「俺が止めるから大丈夫」
「リーダーですからね……」
「止めてもらわないと困る」
「ちょっと!なんで私が暴走する前提なのよ!」
「だって、なあ?」
「カレンですし……」
「………」
「は、ははは……」
「ユウカちゃんまで!?」
この朝ごはんは、長くなるね。
「ふぅー、食べた食べた」
もう昼ですが。朝ごはんとは(哲学)。
「じゃあ、もう行こうか」
「そうね」
あ、もう行くのね。食休みとかはしないの。
「荷物持ったなー?」
「大丈夫です……」
「ああ」
なんだろうね、この切ない感じ。夕方の学校から帰るとき感じるようなやつ。例えがショボいな。
「出発するぞー」
「おー」
……気が抜ける掛け声だなおい。
「ユウカちゃんは?」
「門までお見送りします」
どうせならね。
「ユウカちゃんは可愛いからね、男共が寄ってくるかもしれないけど、その時はガツンと言わないとダメだからね?あいつらすぐ調子乗るから」
「正直キモチワルイ人が多いですよね……」
「くくっ、辛口だなあリュエル」
「あそこまで露骨に視線を向けられるとどうしても……」
「分かりました、その時は殴ればいいんですね」
「いや、そこまでしなくても……」
「いいわよ、やっちゃいなさい!」
「むしろ殴られるだけで済んで感謝するべきだと思います……」
「……どうしようゲイル。女達が怖い話してるんだけど」
「気にしたら負けだ」
そんなこんなですぐに門まで到着。
お別れだね。
「皆さん、どうかお元気で」
「うん、ユウカちゃんもね」
「……最後にもふらせてください……」
「わふっ!ちょ、リュエルさ」
「あ、私もやる〜」
「もがっ、もごっ」
「「………」」
最後まで締まらないなあ。
「じゃあねユウカちゃん!もう泣かないでよ!」
「……ぐはっ」
「寂しくなったらいつでも来てくださいね……」
大丈夫だよ。
「また会おうなー」
「……また会おう」
「まってるからねー!」
「ギルドで連絡取り合えますからねー……」
もう、大丈夫。
「はいっ、ありがとうございましたっ!」
深く頭を下げる。
この感謝が伝わるように。
なるべく深く。
彼らが森で見つけてくれなかったら、ゴブリンの餌食になっていたかもしれない。
彼らが保護してくれていなかったら、こんなに快適な生活は送れなかったかもしれない。
彼らがいなかったら、もっとこの世界はつまらなかったかも、いや、つまらないものだったに違いない。
全部、あなたたちのおかげでなんですよ。
こちらへ振り返って、手を振りながら離れていく、新しい家族にも思える人達。
彼らにも聞こえるように、大きな声で。
「……さようならっ、またお会いしましょうっ!!」
いつの日か、もう一度。
その時は、ちゃんと恩返しさせてもらうよ。
◇
「そうか、嬢ちゃんも行っちまうのか、寂しくなるな」
「ユウカさん、お元気で」
「はいっ」
ギルマスとルミルさんにも挨拶。一応ね。
「またいつか、この街に帰ってきますので」
「それまでにはSランクになっとけよ?」
「ふふっ、分かりました、約束しましょう」
俺は、約束は破らない主義なんでね。
「では、お世話になりました」
「おう、達者でな」
「またのご利用、お待ちしてますね」
「ふふ、はいっ」
「ユウカさんもいなくなっちゃうのかあー」
「はい、カレンさん達が行ったら、私も行こうと思ってたので」
「そっかあー、私達の収入減っちゃうねえー」
「ふふふ」
宿屋に戻って、看板娘のミカンちゃんにも挨拶。
「いつかこの街に帰ってきたら、また寄らせてもらいますね」
「うん、いつでも待ってるね」
「ミカ〜ンっ、仕事しなー!」
「「……ふふっ」」
女将も変わらないね。
「じゃあ、また」
「うん、またね、ユウカさん」
これで、もういいかな。
「リンベル」
「はいよ〜っ!」
白髪の美少女と共に。
「荷物は」
「全部アイテムボックスの中だよっ!」
「ならよし」
新しい街へ。
「じゃあ、行きますよ」
「ひゃっほ〜!」
目的地は、メルセン王都。
「………」
空を見上げる。
雲一つない晴天。
あの日と同じ空だ。
旅立ち日和だね。
「いい天気だね、ユウカちゃん」
「そうですね」
さて、新しい世界を巡る、第一歩だ。
「楽しみですね」
「ねえねえユウカちゃん」
「ん、なんですかリンベル?」
「……その敬語、やめない?」
「………」
「これからは一緒に旅するんだし……何より」
「わたしたち、仲間、でしょ?」
………。
「どうかなっ?」
「………あー」
……まあ、そうか。
「……ああ、そうだな」
「……ん?」
「よしっ、ならこれから敬語はなしだ」
「あれ」
「よろしくな、リンベル」
「え、なんで男言葉っ!?」
「こっちの方が使い慣れてるからだよ」
「えっやだやだ〜!やめようよ〜っ!絶対似合わないよ〜っ!」
「いやそんなこと言われてもな……」
「うわああああ、ユウカちゃんがグレた〜っ!!」
新しい人生は、まだ始まったばかり。
――第ニ章 完――
第二章完結しましたー
長かったー
前回書いたときよりなぜか3万文字増えましての完結となりましたが、とりあえずここまで読んでくださった方々に感謝を
たくさんの方に評価もいただいて、ムッティーは感激しております、評価されていない方にも評価していただけたら幸いです
このあと前は無かった人物紹介と閑話を数個挟んでから第三章に移りたいと思います
まだまだ前到達していたところまで掛かりそうですが、ちまちま更新していきたいと思います
これからも頑張りますので、最後までどうぞお付き合いくださいませ
ムッティー




