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講習

「…んむ」


 目が覚める。んん……。窓の外を見れば朝日。もう、起きなきゃ……。


「……ぅ《毒薬作成》むにゃ……『賛美の狂歌』ぁ……」


 ぱく


「ふぎ……っ!」


 いっっ!!


『とうっ、俺のターンっ!いぎっ!』

『俺テンション高いなあ』

『な』


 ふう、楽になった。

 よろしくな、3番目の俺。


『お、おう…っ、任せとけ……っ』


「ふっ、ぅう」


 あー、目が醒めた。



 今日の始まりだ。








「あれ」


 竜の咆哮がいない?


「……ああ」


 今日からいないんだっけ。ちょっと寂しいな。


 一人で朝ごはんを受け取って食べる。


「……いただきます」


 まあ、こんなもんだよね。


 ……また肉だけど。






 現在時刻、体感午前8時30分くらい。


 ギルド集合時刻は正午くらい。時間は基本的にアバウトである。


 まあ、3時間は暇なわけで。


「資料室でやるか」


 もはや一人部屋の資料室。誰も使わないから毒薬も飲める。並行して本も読める。やったね。


「ちょっと走って行こう」


 ランニングも大切だよね。








 目が、足りない。


「ふっ、ふぅぅううっ」


『なあ、俺あっちの本読みたいんだけど』

 いや、俺はこっちなんだ。

『クソッ、俺らめ、痛くないからって余裕こきやがって……』

『暇だなー』


『あ、左右の目を分割して操作しようぜ』

 え、それ出来んの?

「ふっふっふ、ふははは、はぁーっはっはっ」

『らんららんららん』

『一回やってみればいい』

 せやな。


 あ、出来た。これ外から見たらどうなってんだ……。


『2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41……』

「おーっほっほっほっ……」

『これで同時に2冊読めるな』

 やったぜ。


「ひっひっふー」


 俺うるさい。何やってんだ俺。


『いやちょっと素数を……』

『いやちょっとささやかな抵抗を……』


 俺の身体で変なことすんのやめろ、俺。


『………』

『しゃあねえなあ……いてて』

『後で代わってやるよ』

『お、ありがたい』



 ……なんかもう、カオスだな。





『……俺だけすることないんだけど』







 〈《並列思考》のLvが4に上昇しました〉







 ◆







 side:イチル







「よしっ」


 家を出る。


 俺の名はイチル。16歳。この街出身だ。


 今日は待ちに待ったギルドの講習の日。

 16歳になったら冒険者になってもいいと親に言われ、なったからさっさと依頼を受けようとしたら講習を受けろと言われ。なかなか冒険者として活動出来なかった。

 俺は剣の修行もつけてもらってるから大丈夫なのに……。


 だが、もう我慢できない。講習が終わったらすぐに行こう。




 講習は正午から。

 今の時間は朝の10時くらい。……気が逸ったな。しばらく時間を潰さなきゃいけない。市場でも回るか。

 市場には多くの露店がある。昼食は食べてこいって話だったし、そこで腹を満たそう。

 串焼きやパンを適当に買って食べる。ついでに周りをぶらぶら見回してゆっくり歩く。あ、あそこの野菜いいな。後で買おう。

 今の時間は……11時か。まだ少し早い。広場に行って素振りでもしようか。身体を動かしておこう。


「ふっ、ふっ、ふっ」


 日課となっている素振り。小さい時から、近所の元冒険者に教えてもらっていた。同年代の子供に負けるということはないだろう。


「ふっ、ふっ、ふ……」




 おや。もう12時を過ぎている。集中しすぎた。


「急がなきゃ」


 走ってギルドへ向かう。日々の走り込みもやっている。この程度朝飯前だ。






「よしっ、到着」


 うぃーん


 ギルドへ入る。

 確か……集合場所は、食堂の方だったか。


 あ、あそこに子供が集まってる。あそこだな。


「すみません、遅れて――――」





 息を、忘れた。






 そこにいたのは、一人の少女。


 肩までの蒼銀の髪に。


 スラリと伸びた手足に。


 少し強気な、正面を見据える澄んだ瞳に。




 何よりも、その、圧倒的な、それでいて儚げな、美貌に。




 目を、奪われた。



 彼女がそこにいるだけで、まるでそこが華やかな舞台の上であるかのように感じられる。



 そしてその少女は、ちらりと俺を一瞥すると――――




「……(ハァ)これで全員ですね。早く始めましょう」




 とても可愛らしい声で、隣の指導官達にそう言ったのだった。






 ◆






「……で、あるからしてー」


 確かに、役に立つ。

 必要な荷物、食料の選び方、荷物の持ち運び方、疲れない歩き方、魔法の効果的な使い方、いろんなことを教えてくれる。

 しかも、どれも現場でしか分からないようなことだ。街にこもっていた俺じゃあ、こんな視点は生まれない。

 ……来てよかったな、この講習。


「次は、冒険中の荷物の重さについてだ。とりあえずここに人数分、実際の冒険者が長期遠征の時に背負う荷物を用意してみた。一回背負ってみろ」


 目の前に配られた荷物を、言われた通りに背負ってみる。


「うおっ」


 結構、重い…っ。これを背負って歩くのは、かなりキツイな。


「移動の際はこれを背負って延々と歩き続けるんだ。これがキツイやつは筋トレをしろ。まずはそこからだ」


 なる……ほど。次から筋トレもしよう。



 ……そういえば、あの子は大丈夫だろうか。女の子にこの重い荷物はなかなか大変だと思うけど。


 周囲に視線を巡らし、彼女を後ろに見つければ――――





 ―――彼女は、荷物を背負ったまま、60cm近く、垂直飛びしているのだった。



「……意外と軽いな(ボソッ)」



 ………。






 ◆







 次は魔法についての講義だ。

 魔法は近接戦闘をする者には必要ないと思えるかもしれないが、実はそうでもない、らしい。魔法が使えたら、旅に水を持たなくても済むし、火を簡単につけることもできる。つまり、いろいろ役に立つ、らしい。


「これが魔法書だ。これを読んで理解すれば、簡単な魔法が使えるようになる。まあ、あくまで簡単なものだ。本格的にやるには、もっと難しい魔法書も読まないとな」


 それだけでも、だいぶ助かる。これが無償だって言うんだから驚きだ。この制度はここのギルドだけのものらしい。すごいな。


「まあ、とりあえず読んでみろ」


 表紙をめくってみる。

 ……これは。


「分からないか、そうだろうな。俺も最初分からなかった。まあ、それは家に持ち帰って、毎日眺めていろ。そのうち分かるようになる」


 ……全く分からない。これ、分かるようになるのか?


 ……あ、あの子は大丈夫だろうか。こんなに難しい本を読まされるなんて……。


 ……辺りを見回して、横に見つけた彼女は――――




「……ふーん」




 ――――他の人から見えないように隠して、()()()で、魔法を発動していたのだった。……見えてるけど。




 ……て、え、無詠唱???




「……そゆことね」






 ◆







 最後は実技。

 俺はこれには自信がある。周りの奴らに負けるつもりはない。


「よし、全員来てるな。ここに武器がある。種類は出来るだけ持ってきたが……自分に合うと思った武器を持ってみろ」


 迷わずに直剣を手に取る。うん、やっぱりこれだな。


 ……そういえばあの子は、何の武器を使うんだろう。


 目を動かすと、視界の端にあの子の姿。


「……!」


 あの子は、その手に直剣を取り――――





 ――――棚に戻した。



 ………いや、うん。







「よし、それぞれ選んだな。ちょっと素振りしてみろ。俺達が手直ししてやる」


 言われた通りに素振りをする。毎日やっていることだ、これくらいは完璧にできる。


「お、お前はいいな。普段からやってるな?」

「ふっ、は、はい」

「ああ、やめなくていい。このまま直してやる」



「ああお前、そこはこうだな……」


 意外とズカズカ指摘された。完璧だと思っていたけど、そんなことはなかったのか。でも、一人の視点じゃ分からないようなことばかりだった。……やっぱり来てよかったな、この講習。


「うん、まあ、こんなもんだろ。これからも頑張れよ」

「はいっ!」


 ……そういえば、あの子は大丈夫だろうか、少し変わった、というか見たことない武器を手にとってたけど……。


 辺りを見回すと、すぐに彼女の姿を見つける。


 一心不乱に、その手に持つ剣を振る姿は――――



「……下手だな」



 ――――下手だった。

 ちょっと指導官も困り顔。


 それでも少しずつ、指導官が手ほどきをしていくと、みるみるうちに上達していき――――





 ――――数分後には、完璧な素振りをしていたのだった。






 ◆






「よし、最後に新人同士で模擬戦をしてもらおう。ただ勝ちを目指すなよ、お互いに利益が出るような試合をするんだ」


 そう言って、ペアを作っていく指導官。


 5組ほど作ったところで俺の番となる。


 そうして、俺とペアになったのは――――






「よろしくお願いします」






 凛とした声。


 さらりと流れる蒼い髪。


 その、少し切れ長の瞳は。


 俺を、捉えていた。


「あ、ああ……」


 まさか、彼女ととは。





「では、構え」


 声に促されて、ハッと剣を手に取る。

 そうだ、模擬戦だ、しゃんとしろ。


 彼女の武器は見たことがないけど、鞘に入った……少し曲がった、剣?


 構えと言われた彼女は、鞘から剣を抜いて、正眼に構えた。



「……始めっ!」



 一気に踏み込む。先手必勝だ。

 彼女は少し目を見開いて、慌てて剣を剣で弾いた。


「っ」


 重いっ!その腕のどこにそんな力が……。

 だが、彼女は……攻撃され慣れていない?いや、今のはそれよりも、間合いを測りそこねたような……。

 いや、今はどうでもいい。次の一手だ。


 少し体勢の崩れている彼女に突進。


「きゃっ」


 弾き飛ばす。少し罪悪感があるけど……。

 そしてここで、いつもなら相手に剣を向けて、おしまい、だけど……。


「………」


 もう一度、距離を取る。

 まだ、やりたい。


「……は?」


 彼女は少し呆けたあとに、微笑みを浮かべた。

 俺の意図を察したんだろう。

 ああ、そうだよ、もっとやろう、君と一緒に。


 ゾクッ


 ……っ?何の寒気だろう……。


「……っ!?」


 ふと気付けば彼女は目の前。

 もう来てるっ!?速いっ!?


「っく!」


 剣を防ぐ。ぐっ、重いっ!


「っ、はぁっ!」


 一度、距離をとる、いや、取らされる。

 ……ふふっ、すごいな。


「いくぞっ!」


 もっと剣を合わせる。


 何度も、何度も、何度も。


 ああ、すごい、どんどん成長していく。

 剣の速度が上がっていく。

 どんどん剣の扱いが上手くなっていく。


 なんて才能だ。これが、天才か。


「……はあっ!」


 楽しいっ!


 楽しい楽しい楽しい!もっとやりたい!たとえ俺が追い抜かれても!この才能と、彼女とっ!


「やぁっ!」


 彼女となら、もっと一緒に、成長でき――――




「……アハッ」




 彼女は一つ、笑うと。


 剣を鞘に納め。


 身体を捻って、一気に――――





 カンッ





 気付けば、手から、剣が飛んでいく。


 な、にが。



「……ふぅー」


 剣を振り切った体勢の彼女は。


 一つ息を吐いてから。


 剣を鞘に納め。



「ありがとうございました」



 貴族と見紛う程の美しい礼をした。




 その、揺れる蒼髪と、蒼い瞳は。


 ひどく美しく。




 そして、ひどく、残酷だった。

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