二時限目 高校に編入しました(その2)
本日2話目です。
(つーか、だよ……)
何とか気を取り直した俺はようやく昼飯を食うべく教室に戻った。ガラガラになった教室の中を突っ切って、窓際の一番後ろの席に座る。
(なんで誰もあの二人を見て平然としてんだよ。特にあの二人目の女子……女子?)
そもそもあれを人間とカテゴライズしていいのだろうか? ゴンザレス(命名:俺)の姿を思い出して戦慄しながら、俺はそこはかとなく素朴な疑問を抱きながら鞄から弁当箱を取り出した。
「おー、やっと帰ってきおったで」
「うっし! なら弁当食べるとしましょうか。あたしもーお腹ペコペコよ」
どっかからそんな声が聞こえてきて、何気なく顔を上げれば目の前には弁当袋が二つ、俺の目の前に掲げられていた。
男の方は茶髪で部活をしているのだろうか、随分と日に焼けて浅黒い。糸のように細い目をして、笑うとその眼がより一層細くなっている。
もう一方の女の方はアンダーフレームの眼鏡を掛けていて、その奥からは大きな目が俺を覗いている。俺が座っている状態で俺より少し上に頭がある程度だから相当に小柄だ。その体格に合わせるようにして――胸はささやかだな。
「なーなー、ぴょん吉。一緒に飯食おうぜー!」
開口一番、糸目で茶髪の男の方からそんな風に声を掛けられた。
「……ぴょん吉?」
「せや、ぴょん吉」
「そうよ、ぴょん吉」
眼鏡の女も何故か俺を見て「ぴょん吉」呼ばわりしてくる。つまりは――
「……もしかしなくとも、俺の事か?」
「せやで? つーか、ぴょん吉以外に誰がおんねん?」
「いやー、いきなり転校生が来るって小野塚センセーに言われてどんな奴が来るかと思ったら想像以上だったわ。まさかいきなりの自己紹介で『ぴょん』なんて言い出すような壊滅的センスの奴だったなんて」
「ぐっ!」
「せやな。いっくら緊張しとったにしても中々出てきーへんで。あんなギャグ」
「おふぅ!」
「しかもあんな怖い目付きで言われてもねぇ。一瞬また冬が戻ってきたのかと思ったわよ」
「がはぁっ!!」
せっかく人が忘れかけていたというのに! しかも目付きが悪いのは俺だって気にしてるっていうのに。
「と、ともかく……ぴょん吉は止めろ。俺が立ち直れなくなるから……」
「えー、つまらん。アレを自分の持ちネタに出来るくらいに磨かな立派な芸人にはなれへんで?」
「別に芸人志望じゃねぇよ!」
「まーまー、どうせ人生の黒歴史となったんだし、今の内に受け止めとかないと大人になっても羞恥で死にたくなるわよ?」
「大きなお世話だよっ!?」
こいつらは……。ナイーブな俺の神経をゴリゴリと削りやがって。
「んで! そんないきなり人生の汚点を作った男に一体何のようだよ?」
「お、いきなり開き直りおったで。案外図太いなぁ」
「休み時間にトイレに籠るくらいだから豆腐メンタルかと思ったけど、木綿豆腐くらいには固いのね」
どっちにしろ豆腐かよ。
「あ、用っていうのはさっきも淳平が言った通り、アンタと三人で昼ごはん食べようと思って」
「……俺と、か?」
「そうそう。転校初日だし、いきなり一人でご飯食べるのも寂しいでしょ?」
そう言いながら二人共近くから椅子を引きずってきて俺の机を囲んでくる。
口ではああして弄ってきてムカつく野郎だと思ったけど、なんだ、気を遣ってくれてんのか。案外、いい奴らだな。俺のササクレ立ってた心がちょっぴり――
「顔怖いしコミュ症っぽいし、友達なんてどうせ卒業まで出来ないでしょ?」
「ボケのセンスもゼロやしなぁ。ぼっちの転校生なんて見とる方がいたたまれんわ」
「ああ分かってたよコンチクショウ!」
癒されるわけがねぇよ。ったく、何なんだこいつらは。そんなに人の心を弄んで楽しいか。
そんな具合に俺の心が暗く濁ってダークサイドに落ち始めたところで、スッと日本の手が俺に向かって差し出された。
「まあ、でもアグレッシブにチャレンジする精神は嫌いやないで。それに、こうして同じクラスになったんも世の中の人間の数考えたら奇跡的な縁やしな。
俺は那須・淳平や。淳平って呼んでや。これからよろしゅう頼むわ」
「アタシは上遠野・深音よ。出来れば深音って呼んでほしいわ。アンタは目付きは怖いけど悪いやつじゃ無さそうだし、これから長い付き合いになるようぜひ努力したいし、努力してほしいもんね」
……まったく。二人揃って好き勝手言いやがって。でもまあ……そこまで本気で腹が立たないのは、きっとこいつらが別に俺を本心から馬鹿にしてるわけじゃないって何となく分かるせいだろう。
で、これも何となくなんだが。
「……武内・直だ。こちらこそよろしく頼む。最初に全員の前に立った時はどうなるもんかと思ってたが、お前らと居ると色々と退屈しなさそうだ」
こういう友達は嫌いじゃない。
そう思える自分が居て、俺は二人の手を握った。
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で、一通り挨拶してようやく昼飯を食べ始めた俺達だったんだが、そこで衝撃の事実が発覚した。
「はぁっ!? お前らがクラス委員長!?」
「せや。正確には深音が委員長で、俺は『副』やな」
「そ。だからアタシは偉いの。さあ思う存分アタシを敬いなさい!」
「……ありえねぇだろう」
お前はまず背と胸を成長させろ。そうすれば多少は見た目的に威厳が付くかもしれんぞ。
話した感じ、まあ社交性は高いかもしれんが、とてもこの二人が俺のイメージのクラス委員長像と一致しない。むしろおちゃらけた感じといい、人をおちょくるのが好きなキャラクターといい委員長とは正反対の所に位置する人間だと思うんだが。そしてそれを示すように――
「何よー。不満気な顔して、如何にも『お前はふさわしくないだろう』って言いたげね?」
「だってお前ら……二人して全部の授業爆睡してたじゃねぇか」
そうなのだ。この二人、午前の授業中、見事に揃ってイビキを掻いてやがったのだ。
とても真面目なクラス委員長がする所業じゃないだろう。
「だって仕方ないじゃない。授業がつまんないんだから」
「いや、だからってだな……」
「それにアタシだって別に最初からやりたくて委員長してるんじゃないんだし。面倒臭いしつまんない仕事ばっかでクラスの雑用係みたいなもんなんだから。あ、ちなみに淳平もそうだけどね」
「あ? そうなのか?」
ふさわしく無いとは思ったが、もしやるならこいつらは自分から率先してやりそうなもんなんだが。淳平の方を振り向くと、こいつもまたジュースを飲み干しながら頷いた。
「んじゃ何でだ? そんなに嫌だったんなら他の奴にやらせりゃ良かっただろうに」
「そりゃそうなんやけどな」
気づけば二人共額に指を当てて難しい顔をしてやがる。
「なんだ? そんなに深刻な話なのか?」
「ん? そういうわけや無いんやけどな」
「最初は誰もやりたがらなかったのよ。でもさ、クラス委員ってまず決めなきゃこう、始まんないじゃない? で、ずーっと立候補を待ってたんだけどさ、それでも誰も手を挙げないわけよ」
まあ、そうだわな。ンな面倒なこと誰かに押し付けられるならぜひとも押し付けたい。
「そないやったらいつまで経っても帰って寝られへんやん? で、イライラしてな、オマケになんつーか、『ここで行けばお前目立てるで!』っつう囁きが、な?」
「そうそう! それで『ハイッ!』って二人して手を挙げちゃったのよねー」
「……お前らホンッとに仲良いな」
ハッハッハー、などと二人して肩組んで笑ってやがる。真面目な話かと思って真剣に聞いた俺が馬鹿らしくなってきた。
「まま、それでもせっかくの機会やしな思うてんねん。一遍くらい経験してみんのも悪ないな~思うて」
「小野塚センセーも内申を良くしてくれるって約束してくれたしねー」
「まあお前らがそれで良いならいいんだけどさ」
だからこそこうして転校生の俺に話し掛けてくれたんだろうしな。そう考えると、理由は何であれ立候補してくれたこいつらには感謝してもいいのかもしれないな。
「でもさ」
そんな事を考えながら弁当箱をつついていると、深音が机に頬を突いて物憂げな声を出した。その視線の先を辿っていってみるが、そこには特に何があるわけでも無く、昼休みのせいですっかり人気の無くなった教室の姿があるだけだ。
「イラつくっていうのは本当だよ。本当に……ムカつくんだ」
「……何にだよ?」
「学校の連中にだよ」
深音の口調はひどく冷たくて、表情も別に怒った様子は無いが何処か感情を抑えている様に俺には見えた。だから、彼女の言葉が本気で思っているんだと分かった。
「どいつもこいつもひどく湿気た面してさ、やる気無くしちゃって。ちょっと受験に失敗したくらいでなに人生終わりみたいな顔浮かべてんのって感じよ。センセーはセンセーで機械みたいに淡々と授業進めるだけだしさ。アタシらが寝ててもお構いなしで起こす素振りも見せないし」
「……そうなのか?」
「まーな。一応稜明高校は世間様からは進学校って認識されとるみたいやけど、生徒の大半は県内一の進学校に挑んで散った奴が大半や。そことウチを比べればレベル差も歴然やしな。
ま、必死で努力してきた連中からしてみれば燃え尽きとるのもしゃーなしってとこやな。そないな連中相手にしよったら先生らもやる気はでえへんやろうしな」
「冗談! たった一回のペーパーテストで私達の何が測れるっていうのよ。大事なのは『今』を楽しく! 全力で! 生きること。ちょっとの失敗でしょぼくれてても仕方ないっての。
ま、そんな訳で直、アンタも早いとこ『ぴょん吉』を忘れて前向きに生きる事よ」
「お前は俺に思い出させたいのか忘れさせたいのかどっちだよっ!」
思わず突っ込まずには居られない高一の春。
それで深音の雰囲気も柔らかくなってはくれたんだが、その最中でも俺は僅かながらの苦しさを胸に感じていた。
(全力で、か……)
深音が気づいているかどうかは知らんが、俺は俺自身の事を指摘されているのかと思った。
何をするにもやる気は無く、何かに一生懸命になれることもない。何となくアメリカから日本に帰ってきて、そこそこの学力と家からの近さからこの高校を選んだ。特にやりたいことは無くて、漫然と忙しさにかまけて流される様に生きている毎日。自分で自覚はしているが、知り合いに目の前でこうも嫌悪されると胸にくるものがある。
(だけどな……)
こんな事を言うと深音に怒られるかもしれんが、今は無理だ。今はまだ……何かに本気で取り組むなんて事は出来そうにない。
「ん……? もしかして本気で蒸し返されるの嫌だった?」
「あ? ああ、いや、別にそういうわけじゃないけどよ……」
「武内くーん。居るー?」
「あ、はい!」
どう返事をしようかと迷っていたところに救いの手が差し伸べられた。
声の方を見遣れば教室の入口で凛ちゃんが俺を手招きしていて、急いで立ち上がると先生の所に小走りで向かった。
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