六十八 奇手妙手
治承5年5月。
白山神社勢力と和解し、越中国府を抑えた政子は、北条宗時以下首脳陣を呼び寄せた。
「さあ、楽しい軍議の開始ぞ!」
接収した国司館の広間にみなを集めて、政子は宣言した。
以前とは打って変わって上機嫌な彼女に、みな戸惑ったが、悪いことではない。
「まずは足利義兼よ! 奥州の様子はどうだ!」
「はっ! 奥州の主、藤原秀衡は後白河院より新たに院宣が発せられたのを好機と、中央の争いからは手を引きたいと。越後一国に関しては、坂東の望みを聞く準備があるとのこと!」
――で、あろうな。
政子は内心うなずいた。
藤原秀衡の視点で見るとわかる。
越後における平家勢力との決戦に勝利したとはいえ、それで反抗勢力が絶えたわけではない。
その上、越中、信濃、上野、と、坂東に囲まれていては、越後に置いた兵を引かせるわけにもいかず、軍団を維持するだけで、看過できない消耗が発生する。
――ならば、越後を餌に、妥協を引き出すのが、あちらにとっては上策であろうよ。
考えながら、政子は問う。
「シテ、秀衡の望みは?」
「奥州の静謐」
「奥州にかまうな、ということか」
「まさに」
政子の歯に衣着せぬ言葉に、義兼が苦笑しながらうなずいた。
ならば、と、政子は楽しげに、木曽義仲に目を向ける。
「――義仲よ、どうするのが一番面白いであろうな?」
「おれっちに聞かれても困るぜ、姐さん」
いきなり問われた義仲は、頭をかきながら首をひねり。
「……おれっちなら、まあ、貰えるもんは貰っちまえばいいって思うけどよ」
「まあ、そうであろうな……ただ、もっと楽しそうな手があるのだ」
「もったいぶるなよ、魔王娘」
横から、源為朝が、楽しそうに促す。
政子は、口の端をつり上げて提案する。
「越後を藤原国衡に預ける、というのはどうだ?」
「それは、また……」
義兼が言葉に詰まる。
みなが戸惑うなか、政子は源義経に顔を向ける。
「義経よ、名目上は、藤原国衡はいまだおぬしの騎下、で間違いないな?」
「ああ。実際御破算だとは思うし、こっちからの命令は受け付けんが、なんだかんだで、正式に返せとは言われとらんな」
「なら、問題あるまい」
「ありすぎるっ!」
横から全力で突っ込んだのは、兄の北条宗時だ。
「奥州藤原氏の庶長子を勝手に配下にして権力を与えるとか不穏当すぎるっ! 奥州に介入する準備としか思えんぞ!」
「で、あろうな」
「わかってるなら――」
「かっかっか!」
と、宗時の言葉をさえぎるように。
突然、為朝が笑いだした。
「なるほどなるほど、こいつは気の利いた皮肉だぜ!」
皮肉、と言われて、一同の顔に理解の色が広がる。
義兼が、代表して政子に尋ねた。
「かつて奥州が源氏の御曹司――義経殿を預かって、坂東介入の手札にしていた。その意趣返しだと?」
「意趣返し、というよりは、問いじゃな。奥州の主、藤原秀衡の器を図る、な……これをはねつけるようなら、しょせん秀衡も小利口な男に過ぎぬ」
「もし、受け入れるなら……」
「あなどれぬ、ということよ。奥州に狭き天下を描く男とはいえ、な」
楽しそうに、政子は笑う。
「ともあれ、交渉しているうちは、奥州も動くまい。義兼、気楽にゆっくり話してこい」
「はっ!」
「その間に、我らは動く。大軍は要らん。上野、下野、信濃、常陸から2000。選りすぐれ」
源範頼ら、それぞれの国を預かる武将たちが、そろって応の声を上げる。
「伊豆、甲斐は、東海道、中山道の変事に備えよ――それから、兄者」
「はっ!」
「坂東を統治する武士の都を作る。その裁量を任す。藤九郎は兄者を助けてやってくれ。普請は比企、三浦、上総、大庭……源家に縁深い南坂東の衆を中心にやってほしい」
「おお、ついに我々の、我々だけの都がっ!!」
宗時たちの返事をかき消すように、上総広常が歓声を上げた。
中央からの独立を志す広常にとって、その象徴となる都市の建造は、心の琴線に触れるものなのだろう。
「焦るな、広常。まだ本物ではない」
政子は、高ぶる広常に忠告する。
「わしに従う者どもを武士の都に集め、組織する。そのための、坂東武者の心をまとめるための、手段としての都づくりよ。それが本物となるには、まだ時間をかけねばならぬ」
「ははあっ! この広常、心は常に尼御台様の下にございますぞっ!!」
わかっているのかいないのか、上総広常が大声で政子を讃える。
「わしは北坂東勢とともに、北陸道を攻める……が、義経よ、為朝よ。坂東の兵が集うのを待つまでもない。さきに行って存分に暴れるがよい!」
政子の言葉に、修羅二人は口の端をつり上げ、笑う。
「はっはっは、そうでなきゃいけねえ! さあ義経よ、暴れまわってやろうぜ!」
「ああ! お前が追いつく前に、都へ攻めのぼってやるわ!」
「なにを! おれっちもすぐに追いついてやるぜ!」
為朝と義経に対抗して、木曽義仲が威勢よく吼えた。
共鳴したとも言う。
熱を帯びたような。
そんな活気のある様子を見て、北条宗時は目を閉じて、静かに微笑んだ。




