97話
その日の空は、どんよりと曇り空が広がっていた。そして、天気予報によると、夕方からは雨が降るらしい。
その天気予報を朝に見て、今日は折り畳み傘を持参している。
窓から灰色の空を見つめていると、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
黒板に化学式を書いていた先生のチョークが止まり、「もうそんな時間かぁ」なんて言っている。
「じゃあ、今日の授業はここまで。日直、号令をお願い」
まだ先生は授業を続けたい様子だったが、ここで切り上げることにしたようだ。
まあ、今は四時間目。この後には昼休みが待っているため、授業を延長しようものなら、生徒たちから非難の嵐が飛んでくる。
日直の号令で礼をすると、俺は教科書やノートを片付けようと一度、席に座った。
「ねえ昂輝、ちょっといい?」
教科書に手を伸ばすと、隣の綾女から声をかけられた。
「ん、どうかした?」
「えーっとね、その、来週末のことなんだけど……」
「来週末……って、あ、クリスマスのこと?」
その返答にこくこくと頷く綾女。
来週末は、世のカップルが待ちに待ったクリスマス。
俺も綾女と過ごす初めてのクリスマスということで、少し前から浮かれていた。
「そ、それでね、昂輝はどこか行きたいところあるのかなって」
「綾女はどこか行きたいところとかある?」
「えっ、まだ決まってない。いろいろと雑誌とか見ているのだけれど、どれも楽しそうで」
「あーなるほど。それなら、こことかはどうかな?」
俺はスマホでお気に入り登録していた場所のサイトを見せた。
その場所は、隣の市にある水族館。そして、近くの公園では、この時期イルミネーションがなされている。
この水族館と公園は、カップルの聖地となっているらしい。
一昨日、今年のクリスマスは綾女とどこに行こうかといろいろと探していたときに、目を惹かれたので、チェックを入れていたのだ。
「いいわね……」
スマホを見る綾女の目はキラキラと輝いている。どうやら当たりのようだ。
「よし、それじゃあ、クリスマスはここに行こうか」
綾女は嬉しそうに首を縦に振った。
俺も彼女につられて笑みを浮かべる。
「まーったく、見せつけてくれるわね~」
その時、七海が呆れた顔で近づいてきた。
「べ、別に見せつけるつもりなんかじゃないわっ」
「どこがよ。教室でイチャつきながらクリスマスの予定を立てるなんて、私たち幸せです、って見せつける以外のなにものでもないわ」
「ま、傍から見れば、どっからどう見ても、バカップルだな」
七海だけでなく遼も俺の席に集まってきた。
「まさか、バカップルにバカップルって言われる日が来るなんて思ってもみなかったよ」
「いや、あんたたちのイチャつきは本当に目の毒だから。見てみなさいよ、周りを」
そう言われて、俺は周りを眺める。
すると、クラスの視線(主に男子の)が、俺を射殺すように突き刺さってきた。
「綾女は文句なしの美人だし、ここ最近は笑うようにもなってきてさらに可愛くなったって、男子からは人気なのよ。まあ、桂君と付き合ってるっていう事実がすでに広まっているから、綾女に近づこうとする男子もいないけど」
たしかに、綾女は道行く人が思わず振り返るほどの美少女だ。それに、ここ最近は人づきあいも改善しており、その人気に拍車がかかっている。
ちなみに、俺と綾女が交際しているという事実が広がったのは、七海が書いた新聞記事によるものだったりする。
「ま、そういうことだから、昂輝は少し気を付けた方がいいぜ。あまりイチャつくと、クラスの男子に刺されかねないからな」
「おいおい、そんな物騒なことを言うなって……」
すると綾女は、
「うーん、たしかにそうね。昂輝、それなら放課後に昂輝の家でクリスマスのことを考えましょ?」
何気なしにそんな提案をしてくれる。
その瞬間、クラスに残っていた男子の殺意がさらに増した気がした。
隣では、七海と遼がため息をついている。
「志藤さん、さらっと彼氏の家に行くという爆弾発言を投下してるんだよな~」
「自覚がない当たり、恐ろしいわ」
「ま、まあ、それよりも学食に行かない? ほら、早くしないと混雑してしまうしっ」
これ以上ここにいたら、遼の軽口が現実のものとなりかねないので、退散を提案する。
「そうね、友愛も待たしてしまうし」
綾女が席から立ち上がった。
その後、俺も席から腰をあげ、遼たちとともに学食へと向かうことにする。
教室から出ると、前を遼と七海が歩き、俺と綾女はその後ろを並んで歩く。
遼と七海はクリスマスのことについて話しているようだった。とはいっても、遼が牧原さんとのクリスマスデートの予定について七海に喋っているだけだ。
七海が惚気んな、と遼を睨んでいる。
牧原さんとの惚気話を聞かされている七海を不憫に思っていると、左手に何かが触れた。
気になって見てみると、綾女が顔を赤く染めながら右手をさすっている。それに、その目は、俺の左手をちらちらと捉えていた。
あー、なるほどね……
俺は、何も言わずに彼女の右手を握る。
「えっ、ちょっ」
綾女が驚きの声を上げるが、そんなものは無視して、彼女の指に自分の指を絡める。
廊下には他の生徒もいるが、だれも他人の手元なんて見ていない。でも、もしかしたら見られるかもしれないという緊張感が、なんだか悪戯を仕掛けているように感じて、面白かった。
「~~っっ」
綾女の顔がさらに紅潮する。
恥じらう様子も見られるが、その表情は明らかに嬉しそうだ。
うっ、可愛い……
こんな愛おしい姿を見せられると、思わず抱きしめてしまいそうになる。
綾女が自分の彼女になってくれて本当に良かった、と改めて感じた。
……あれ?
彼女の手の温かさを感じながら廊下を歩いていると、ふと視界がぐらついた。
その直後、倦怠感が全身を襲い、瞼も重くなっていく。
脳から四肢に信号を送るも、首のあたりでシャットアウトされるのか、全身から力が抜けていく。
耳から音が入ってこない。
外の気温が感じられない。
自分の体が自分のものでなくなっていくような感覚。
やがて、視界もブラックアウトしていく。
……あ、やばい、倒れる。
それを最後に俺の意識が途絶えた。




