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95話

 レッサーパンダ舎を後にして、しばらく他の動物を見た後、俺たちは、園内にあるカフェで休むことにした。


 綾女が言うには、このお店ではカプチーノがおすすめらしい。そのため、俺はそのカプチーノとチョコケーキを注文した。

 綾女はカプチーノとモンブランにしたらしい。

 空いているテーブル席を見つけると、綾女が先に席に着いた。

 俺も綾女の対面に座ろうと、その位置にトレーを置く。そして、椅子を引いて腰かけようとしたところで綾女に止められた。

「違う。こっちよ」

 綾女が隣の椅子を叩く。

「えっ?」

 せっかくテーブル席にしたのに隣に座ったらカウンターと変わらないのでは? それに、綾女の顔を見ることもできないし。

 しかし、綾女は有無を言わさないといった感じで、再度、隣の椅子を叩く。


 うーん、どうしても隣に座ってほしいらしい。


「わかった」

 綾女の真意は分からないが、彼女が望むのならばと、トレーを彼女の隣に移動させる。そして、隣の席に腰を掛けた。

「……」

 隣に座ってみてわかった。

 このお店はそこまで広くないため、テーブルも大きくない。となると、正面に座るより、隣に座る方が彼女との距離が近くなる。彼女の存在をより強く感じられる。

 綾女との距離が近いぶん緊張度は高くなるが、隣に座って正解だったと思えた。

 ちらっと綾女の方を見ると、綾女はご機嫌だった。


 ……うん、可愛い。


 あまり見つめているのも気持ち悪がられそうなので、目線をトレーに戻す。

 チョコケーキはいたって普通のチョコケーキ。

ただ、カプチーノは綾女がおすすめしただけあって凝ったものだった。カップにはミルクとチョコでレッサーパンダが描かれている。しかも、若干立体的なやつだ。


 綾女はカプチーノを見て、目を輝かせていた。

 そして、はっとしたように自分のバッグの中からスマホを取り出す。

 取り出したスマホでラテ・アートがなされたカプチーノを写真に収めていく。その横顔はとても満足そうだ。

「あ、そうだ」

 頭の中に一つのアイデアが浮かぶ。

「ん?」

 俺は、自分のカップを綾女のカップに合わせる形で隣に置いた。

 見方によっては、二匹のレッサーパンダが見つめ合っているようにも見える。

「これは、どう?」

「……すごく、可愛いわ」

 お気に召したらしく、さらに二匹のレッサーパンダを激写する。

 十枚近くの写真を撮ると、綾女の手が止まった。一通り撮り終えたのだろう。

 しかし、スマホを手にしたまま、ちらちらとこちらを見てくる。

「えーっと、なにか?」

 彼女の表情からは何かと葛藤していることが読み取れるが、その本意まで読み取ることはできない。

 どうかしたのだろうかと、彼女の真意を考えていると、


「えいっ」


 そんな声と同時に、綾女が腕を絡ませてきた。ふいに彼女の柔らかさが右腕に伝わってくる。

 予想外の行動にどぎまぎしていると、カメラのシャッター音が鳴った。


「えっ、ちょっ」


 取り終えた後に、綾女が仕上がりを確認する。

 俺も慌てて、彼女のスマホを覗き込んだ。

「ふふ、昂輝ったら、間抜けな顔をしてるわね」

 綾女の言う通り、俺の顔は間抜け面になっていた。

「あ、綾女が突然撮るから……」

「ご、ごめんなさい。でも、私たちもあのレッサーパンダたちみたいに、二人で撮りたくて……」

 そう言って恥ずかしがる綾女。

 そこで不意打ちをかましてくるのは止めてほしい。

 俺は、はあっと息をつくと、ポケットからスマホを取り出した。

 そして、彼女の肩を抱き、こちらに引き寄せる。


「えっ」


 綾女が声を上げたのが分かった。

 少し後に俺のスマホからシャッター音が鳴る。

 取り終えた写真を確認すると、画面の中の二人は笑っていなかった。しかし、互いに顔を赤くして意識しているのがまるわかりであり、初々しい一枚に仕上がっていた。

「う、恥ずかしいけど、なんかいい写真ね」

「だね」

「私にもそれ、送ってくれないかしら」

「もちろん送る」

「ふふ、ありがと」

 先ほど撮った写真を綾女宛に送信する。

 写真を受け取った綾女は、その写真を確認すると、また幸せそうな笑みを浮かべていた。

 そんな綾女を見て、また顔がにやけそうになるが、これ以上だらしないところを見せたくなかったのでこらえることにする。


「さて、そろそろ食べようか」

 チョコケーキやカプチーノをいつまでもそのままにしておくのは忍びない。

 俺はカプチーノから手をつけようとした。カップを持ち、口元に近づける。

 しかし、カップが唇まであと数センチというところで横から視線を感じた。


「……綾女、そんなに見られてると飲みづらいんだけど」

「はっ、ご、ごめんなさい。早く飲まないと形が崩れていってしまうものね」


 綾女が視線を外してくれた。

 もう一度、カップを口元に近づける。


「あ……」


 今度は隣から視線とともに悲しそうな声が送られてきた。


「えーっと……」

「ご、ごめんなさい。さ、早く飲みましょ」

「うん……」


 改めて、カップを口元へ。


「あ……」


 すると、また熱烈な視線と悲しそうな声が。

 しかし、このままではいつまでたっても飲むことが出来ない。


 ……ごめん、綾女。


 俺は、心を鬼にして、カップに口をつけた。

 泡状になったミルクが唇を包む。

「んっ……ゴクッ」

 苦みのあるコーヒーが喉を通る。このお店は酸味の少ないコーヒー豆を使っているのか、俺好みの味だった。

「……このカプチーノ、おいしい」

「……クスッ」

 感想を述べただけなのに、なぜか綾女から笑われた。

「えっ、どうか――――」

 した? と続ける前に、シャッター音が鳴った。その正体は綾女のスマホだ。

 俺を撮った後もクスクスと笑っている。

「俺、なにかおかしいこと、言ったっけ?」

 綾女はその問いに答える代わりに、先ほど撮った写真を俺に見せてくれた。

 スマホの画面には、ミルクのおひげを点けた俺がいる。

「~~っっ」

「ご、ごめんなさい。つい面白くて……」

 綾女はまだ笑っている。

 俺としてはすごく恥ずかしいが、こんな風に笑顔を浮かべる綾女を怒ることなどできない。

 仕方なく、今度はチョコケーキに手をつけた。


「さ、私もカプチーノをいただこうかしら。そろそろ冷めてしまうものね」

 そう言って、カップに指をかけようとする。ただ、やはり描かれたレッサーパンダが可哀想になるのか、何度もその手が止まる。

 俺は、その間、何気ない感じでチョコケーキを口に運んでいく。

 しかし、腹の内では、カプチーノを飲んだ後の綾女を写真に撮ってあげようと考えている。

 あれだけ泡立てているミルクだ。カプチーノを飲もうとすればどうしてもミルクが口元についてしまうはずだ。

 さっき、撮られたように綾女も撮ってあげよう。


「うーん、どうしても手が止まってしまうわね」

「ほら、レッサーパンダも綾女に飲んでもらいたそうにしてるし、早く飲んだ方がいいんじゃない?」


 このままでは、いつまで経っても飲んでくれそうにないので、催促してみる。

 早く飲んでくれないと、俺もチョコケーキを食べ終わってしまいそうだし。


 その後も、葛藤をした後、ようやく綾女が意を決した。

「……そうね、早くいただきましょう」

 

 よしっ、綾女も写真に……


 しかし、予想を裏切り、綾女はスプーンを手に取る。そして、そのスプーンでレッサーパンダの一部をすくい、口に運んだ。

 もちろん、ミルクが口元につくことなんてことはない。


「……ん、どうかしたの?」

 俺がずっと見ていたのに気が付いたらしく、綾女が首を傾げた。

「……いや、そういう飲み方もあるんだなぁって」

 綾女がキョトンとする。

 しかし、すぐに合点がいったのか、

「クスッ」

 小さく笑った。

「つまり、昂輝みたいに私がミルクのひげをつけると期待してたわけね……」

 図星を指摘され、綾女から視線を外した。


「昂輝って、案外、子どもっぽいのね」


「……う、うるさい」


 これ以上、俺が綾女に言い返す言葉はなかった。


          ***


 カフェで小休憩をとった後、俺たちは残りの動物たちを見て回った。

 最後には動物園内にある売店に立ち寄り、綾女とお揃いのキーホルダーを買うことにした。もちろん、そのキーホルダーは、綾女が大好きなレッサーパンダだ。

 二人で相談の結果、そのキーホルダーは、お互いのスマホにつけることにした。少し恥ずかしい気もするが、綾女とお揃いのものを身につけておくことができることが、なんだか綾女を近くに感じられるようで、嬉しかった。


 なお、ゆめへのお土産も忘れることなく、トラのぬいぐるみを買ってあげた。


8章が完結しました。

あと、またまた長くなってすみません……

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