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94話

 動物園に入ってすぐ近くにあるフラミンゴのエリアで耳と鼻をやられた後、俺たちは小動物が集まるエリアに来ていた。

 今、目の前にあるのはレッサーパンダが飼育されている檻だ。

 綾女は柵を掴み、檻の中にいるレッサーパンダに釘付けとなっていた。


「か、かわいい~」


 無邪気にレッサーパンダを見つめる彼女が新鮮で、ついつい可愛いと思ってしまう。

 人によっては、恋人の興味を一心に集める動物にヤキモチを妬くことがあるのかもしれないが、俺としては、綾女の新たな一面を引き出してくれてむしろ感謝したいぐらいだ。

 綾女はこのケージを見るなり、すぐさま駆け出していったが、俺も後から追いつき、彼女の隣に並ぶ。

「レッサーパンダが好きなの?」

「ええ。私が一番好きな動物ね」

 聞いていて珍しいと思った。

 パンダと言えば、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはレッサーパンダではなく、ジャイアントパンダだ。レッサーパンダの方が好きと答える人の方が少数だろう。

「あ、もしかして、昂輝はジャイアントパンダの方が好き?」

「い、いや。別にその二つに優劣はないかな。ただ、ジャイアントパンダよりもレッサーパンダの方が好きって言う綾女が珍しいなって思ったぐらいで」

「あー、たしかに、パンダと言われればジャイアントパンダの方がメジャーだものね。でも、レッサーパンダって小さくてモフモフだし、顔もとっても可愛いのよ」

 綾女に言われて、俺はじっとレッサーパンダを見つめる。


 丁度その時、一匹のレッサーパンダと目が合った。

 何かいたずらをしてやろうと考えていそうな、あどけない顔。その顔に自然と目が吸い寄せられる。

 それに、全身が毛でおおわれていてフサフサしており、抱き上げてみたくなる。

 ジャイアントパンダだと、大きすぎて抱き上げることなんてできないから、ちょうどいい大きさというのは、レッサーパンダならではの長所だと言えた。

 綾女の言う通り、これは癖になりそうだ。

「私、昔レッサーパンダが好きすぎて、家で飼おうと考えてたこともあるのよ」

「え、ほんとに⁈」

 それは好きすぎるにもほどがある。

「なんか、犬や猫と同じで家の中で飼えそうじゃない? それに、餌はキャットフードでいいらしいし」

 餌が思いの外お手軽だった。餌だけで言えば、犬や猫を飼うのと変わりがない。

「でも、レッサーパンダって絶滅危惧種らしいから、研究などの目的以外では飼育することができないのよね……」

 そう言って肩を落とす綾女。

 というか、そこまで調べるほど、真剣に飼おうと考えてたんだな。


 レッサーパンダについて熱弁する綾女に苦笑いを浮かべていると、先ほど目が合ったレッサーパンダが俺の方に近づいてきた。

 そいつは鉄格子のところまで寄ってくると、じっと俺の方を見つめてくる。

 間近で見ると、そのつぶらな瞳がさらに可愛かった。

 どこか餌をせがんでいるようにも見える。自分が今餌を持っていたとしたら、迷わずこいつにあげてしまうだろう。まあ、でも、実際は持っていないわけだけど。

 俺は、ちょっと首を傾げてみた。

 すると、レッサーパンダも同じ方向に首を傾げる。

 今度は逆方向に首を傾げる。

 そうすると、また同じようにレッサーパンダも首を傾げた。

 面白くなって、ちょっと横に歩いてみる。

 そしたら、レッサーパンダは俺の方をじっと見ながらついてきた。


 ……この生き物、可愛すぎるっっ。


 一瞬でレッサーパンダの虜になった。


「ねえ綾女、このレッサーパンダ、すごく可愛い」


 綾女の方に顔を向けると、綾女がなぜかウゥ、と唸っていた。


「どうかした?」


「……昂輝だけ、ずるい」


 綾女はそう言いながらムッとする。レッサーパンダを独占する俺にヤキモチを妬いているらしい。


 ……この生き物、可愛すぎるっっ。


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