92話
俺は、さっきからクッションを抱きしめて俯く綾女を目を向けた。
「……だって、昂輝のために何かしたかったんだもの」
「えっ?」
綾女はさらにクッションを強く抱きしめる。
「なにか作ってあげたいけど、私、料理は苦手だし。でも、昂輝にはおいしいって思ってもらいたくて……。だから、七海に来てもらった」
あー、もう、そんな風に照れるのは反則だ……
綾女の腕をつかみ、そのまま自分の方に引き寄せる。
「きゃっ」
彼女がかわいらしい悲鳴を上げるが、俺はちょうど太ももあたりにきた彼女の頭を優しく撫でた。
ううっと唸りながらも、彼女は、俺の手を払いのけようとはしない。
「本当にありがとう、綾女」
「え、ええ」
少しの間、綾女は俺にされるがままになっていた。
自慢の髪は、長さが腰ほどもあるのに、毛先まで手入れが整っていて、撫でていて少しも引っかかることがない。
このままずっと触っていたいと思ってしまう。
そのままゆっくりと彼女の頭を撫でていると、ふと机に置かれた土鍋が目に入った。
あまり放置しすぎると、綾女のせっかく作ってくれたお粥が冷めてしまいそうだ。
「綾女、そろそろお粥をもらってもいいかな?」
まだ触っていたいという欲求をはねのけて、その手を止める。
「……え、あっ、そうね。冷めてしまうとおいしくなくなるものね」
そう言って、綾女は俺から離れた。
そして、ゆっくりと土鍋の蓋を開ける。
開けた瞬間に、土鍋からは大量の湯気が上がった。同時に食欲をそそる匂いが部屋に立ち込める。
「おいしそう」
思わずそう声が漏れた。
綾女は、俺が食べやすいように土鍋から小皿にお粥を移してくれた。
俺も小皿と蓮華を彼女から受け取るべく、両手を伸ばす。
「それじゃあ、はい」
しかし、彼女は俺に小皿を渡してくれなかった。
代わりに差し出される、お粥をすくった蓮華。
「えっ?」
彼女の行動に戸惑いを覚える。
「だ、だから……はいっ」
さらに蓮華が突き出される。
もしかしなくても、食べさせてくれるということだろうか。
蓮華から少し目線を上げると、そこには必死に恥じらいをこらえようとする綾女の真っ赤な顔があった。
これ以上、彼女をそのままにするのもかわいそうだ。
俺も意を決して口を開けた。
「あ、あーん」
その声は震えている。それに、そのきれいな手も……
しかし、そんなことを指摘するのは野暮だろう。俺もかなりドキドキしているし。
「あーん」
以前、文化祭で綾女にあーんをしたことがあったが、このあーんというやつは、する側よりも、される側の方が何倍も恥ずかしいものだった。
やがて、口の中にお粥が放り込まれる。
お粥は多少熱かったが、火傷するほどでもない。
ゆっくりと口を動かし、味を噛みしめる。
塩と出汁が主に使われている優しい味付け。少量入れられている梅がいいアクセントになっている。
「……おいしい」
「……ほんとう?」
綾女がじっと見つめてくる。
俺は、嘘をついていないと彼女に伝えるため、こくりと頷く。
すると、彼女の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「よ、良かったっ。そ、それなら、……はい」
再度、お粥がのった蓮華が突き出される。
俺は、この後、綾女に完食するまで、お粥を食べさせてもらった。




