91話
パタンと扉が閉まると、俺はもう一度ベッドに横たわった。
ふと、さっき見ていた夢について考える。
最近あの夢をよくみる気がする。
少年と少女が病院で楽しそうに話す夢。
あの二人は誰なのだろうか。
なぜ懐かしいと感じるのだろうか。
あれは、俺が小さかった頃の出来事?
いや、そんなはずはない。あの時期に俺が病院に行く理由がない。
大きな病気にかかっていたことも、大きな怪我を負ったこともない。
家族の誰かが入院していた?
たしか、父さんは俺が小さい頃に入院していた、と聞いたことがある。
もしかして、そのときのお見舞いで、あの少女と出逢ったのだろうか。
当時のことを思い出そうとしても、なにも思い出せない。
そういえば、あの頃は何をして過ごしていたんだろうか。
父さんが入院していたのは、俺が七歳ぐらいのときだったはずだ。もしかしたら、そこから何か思い出せるかもしれない。
当時の記憶を思い起こしてみる。
…………
…………
……あれ、俺、あの頃何してたっけ?
なぜか、なにも思い出せなかった。
どうやって過ごしていたのか。どんな学校生活を送っていたのか。
思い出そうとしても頭の中に暗い靄がかかる。
まるでその頃の記憶が丸ごと抜き取られたみたいに。
「はいるわよ~」
しかし、そんな俺の思考は七海の声によって遮られた。
わかった、と言いながら上半身を起こす。
七海が扉を開けて部屋に入ってくると、その後から土鍋などをトレーにのせて運ぶ綾女が現れる。
「えっと、さっき七海が言ってたけど、お粥を作ってきた」
そう言うと、綾女はトレーを机の上に置いた。
恋人が自分のためにご飯を作ってくれるのは、なかなかにくるものがある。
ただ、綾女はいつかの晩ご飯で、かなりの料理音痴であることが判明している。
その綾女が作ったとなると……
俺はつい綾女の方に視線を向けた。
そして、綾女も俺が言わんとしていることに気が付いたようだ。
「だ、大丈夫よっ。こ、今回は七海にも手伝ってもらってるわっ」
その言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。
すると、視界の端で七海が持ってきた自分のバッグを肩にかけているのが見えた。
「あれ、七海はもう帰るのか?」
「ん、そうよ。だって、わたし、綾女がお粥の作り方を教えてほしいっていうから一緒に来ただけだもの。よかったわね、桂君。健気な彼女をもって。それじゃ、あとはお二人でごゆっくり~」
そう言い残すと、七海は部屋を後にした。




