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86話

どうしてもここまで一気に読んでいただきたかったので、文字数が多くなってしまいました。

読むのが大変だったらすみません……


 祭り当日。午後七時五十九分―――――


「―――――見つけた」


 志藤さんは神楽殿の階段に座っていた。さみしさに耐えるように小さく丸まっていた。

 あのときと同じように。


「か、桂くん……?」


 志藤さんが目を見張る。


「志藤さんの姿が見えなかったから探していたんだ。その、遅くなってごめん」

「い、いえ、私こそはぐれてしまって、ごめんなさい」

「それじゃぁ、今から遼たちのところに行こうか。最初の花火には間に合わないけど、すぐに合流できると思うし」

 俺は、遼のスマホに志藤さんを見つけたことと今からそっちに行く旨をメッセージとして飛ばす。

 その直後、遼から現在地が送られてきた。

 よし、これで遼たちと合流することができそうだ。

 俺は志藤さんが立ち上がったことを確認すると、再び人混みへと歩き出そうとする。


「っっ⁈」


 しかし、それは服の裾が引っ張られたことによって阻まれた。

 俺はゆっくりと後ろを振り返る。

「し、志藤さんっ……?」

 志藤さんは俺の服の裾を掴んでいた。

 何が起きているのかよくわからない。


「……い」


 志藤さんが何事か呟く。しかし、その声はか細く、言葉を拾い上げることはできない。


「お願い……」


 今度は少し聞こえた。だが、それでもまだわからない。

 彼女は俯いており、その表情を把握することもできない。ただ、その形のいい耳だけは暗闇でもわかるぐらい真っ赤になっていた。


「……お願い、少しだけここにいて……」


 まだまだ蚊が消え入りそうな小さな声だが、ようやく彼女の言葉を捉えることができた。

 ただ、その言葉に戸惑いを覚える。

「で、でも、早く戻らないと、花火が……」

 しかし、その言葉を最後まで続けることはできなかった。


「―――――えっ⁈」


 右腕に伝わる柔らかな感触。温かな体温。

 目の前には、必死に自分を見つめる彼女の顔がある。瞳の奥には、間抜けに驚いている自分の顔が映っている。


「し、志藤さん……?」


 そう問いかけたその時、ひゅ~、と花火が打ちあがる音が聞こえた。

 俺は音につられ、後ろを振り返る。


 重力に逆らって、その小さな光は夜空を昇っていく。

 そして、その光が夜空のある一点で消滅した時、


 ―――――ハート形の花火が咲いた。


 それは、少しひしゃげていてお世辞にも綺麗とは言い難かったけど。

 それでもハートの形をしていることは分かった。


 まあ、地元の花火大会なんてそんなものだろう。


 そんなことよりも……


 自分の視線を元に戻す。

 相変わらず、目の前には彼女の顔が至近距離にある。先ほどの耳の赤さが今度は顔全体に広がっていた。

 今まで彼女が顔を赤くすることは何度もあったが、今見ている彼女の表情は初めてだった。

 照れているわけでもなく、恥ずかしがっているわけでもない。

 彼女の葛藤が見て取れた。

 己の中の羞恥心と戦うその表情を見ると、俺の胸は大きく高鳴った。心臓が早鐘をうち、全身の血液が煮えたぎるように熱くなる。

 そして、志藤さんが己の羞恥心に打ち勝ち、口を開いた。


「わ、私、桂くんのこと―――――」


 しかし、その言葉は続かなかった。いや、俺がその言葉を遮った。


 彼女がしがみつく俺の腕を引き、彼女が前のめりになったところを、胸で受け止める。そのまま腕を振りほどき、左右の腕を彼女の背中に回す。

 腕だけに伝わっていた彼女の体温を全身で感じる。

 彼女への愛おしさがこみ上げ、気がつけば体が動いていた。


「か、桂くん……?」


 胸の中で志藤さんが戸惑いの声を上げる。


 ああ、ここで想いを伝えていいのは俺じゃない。

 彼女はこの時間、自分の中の羞恥心や恐怖、不安と必死に戦っていた。

 好きな人に想いを告げるために、好きな人と結ばれるために。

 そして、ついさっき、ようやくその戦いに打ち勝ち、自分の想いを述べようと決意した。

 だから、俺は、その勝利に敬意を表し、彼女にその言葉を譲るべきだ。

 黙って彼女の言葉を聞くべきだ。

 ここで自分の想いを優先させれば、そんな彼女の勇気を無意味なものにしてしまう。


 でも――――


 それでも――――


 彼女より先にこの想いを伝えたい―――――


 そう思ってしまった。


「……好きだ」


 彼女の耳元で囁く。

 それは小さな声だったけど、周囲の花火に負けないよう、はっきりと。自分の想いがしっかり彼女に伝わるよう、力強く。


「えっ、ちょっ」


 志藤さんが何か言葉を発しようとするが、そんなものは無視する。

 無視して、自分の想いを口にしていく。


「初めて志藤さんを見たのは屋上だった。屋上で歌っていた。歌っていた時の志藤さんはすごく綺麗で、思わず見惚れてしまった。そして、自然とそれから志藤さんを目で追うようになった」


 俺の言葉が始まると、志藤さんが静かになる。


「志藤さんが家に来るようになって、志藤さんの新たな一面をたくさん知ることが出来た。魔導の練習を一生懸命続ける志藤さん。ゲームで悔しがる志藤さん。雷と料理が苦手な志藤さん。どれも新鮮で、魅力的だった」


 彼女への言葉が、想いが自然とあふれ出てくる。腕の中で、彼女の存在を感じ続けながら、俺は言葉を続ける。


「志藤さんのそばにいたいと思った。志藤さんの一番近いところにいたいと思った。これから先もずっと」


 彼女は羞恥心からか俺の胸にさらに顔をうずめた。俺はそんな志藤さんの背中に回す腕に、少しだけ力をこめる。


「―――だから、もしよければ、俺を志藤さんの恋人にしてくれませんか?」


 そして、胸の中にいる最愛の人に最後の想いを伝える。


「…………」


 しばしの沈黙。


 花火の音が遠くなる。

 一秒一秒がとても長く感じられた。


 心臓なんて今にもはち切れそうなほど、大きく脈打っている。

 たぶん、彼女にもその音が聞こえているだろう。

 でも、そんなことはどうでもいい。自分の心臓の音にもこの想いをのせて、彼女に届けたい。


 そして、永遠にも感じられた時間が経った後、


「……ばか」


 胸の中で、彼女が呟いた。でも、顔を上げようとはしない。


「それ、私から言おうと思っていたのに」

「……知ってる。でも、どうしても俺から伝えたくて、先に伝えた」


 彼女の腕が俺の背中に回された。


「本当に桂くんはかっこつけようとするのね」

「あはは、ごめん。でも、ちょっとは大目に見てほしい」


 彼女のしがみつく力が少し強くなった。

 それに呼応して、俺も腕の力を強める。


「……こんな私でいいの? 自慢じゃないけど、私、人当たりとかもよくないし、面倒くさいかもよ」

「そんなのは知ってるよ。他人とはまだ距離をとりがちで、話し方もどこか冷たい。でも、それは他人を思いやってのことで、本当は誰よりも他人のことを考えている。そんな志藤さんが俺は好きなんだ」


 彼女の腕の力がさらに強くなった。


「ねえ、私のことは志藤さんじゃなくて、下の名前で呼んで」

「うん、わかった。でも、その前に」


「ん?」


 彼女が顔を上げた。

 俺たちは互いに至近距離で見つめ合う状態になる。大好きな人の顔が目の前にある。


「~~っっ」


 耐えられなくなったのか、すぐに志藤さんはまた顔をうずめてしまった。

 そんな彼女の可愛らしい行動に思わず笑みがこぼれる。

 そして、そのまま、彼女の耳に顔を近づける。

 そう、まだ彼女から告白の返事をもらっていない。もちろんこの様子からでも十分に分かるが、彼女の口から聞きたかった。


「下の名前で呼ぶ前に、さっきの返事を聞かせてほしいかな」


 志藤さんは、少しの間黙り込むと、


「わかったわ。じゃ、じゃあ、一旦私を離してくれるかしら」

「??」


 俺は首を傾げつつ、彼女の要求通り、彼女の体を離す。

 俺から離れた後も志藤さんは俯いていた。そのため、彼女の表情を伺うことはできない。

 彼女はふうっと息をつく。


「み、見られていると言いづらいから、目を閉じてもらえるかしら」


「あ、うん……」


 言われるがまま目を閉じた。


「これで―――――」


 いいかな、と続けようとしたその時、俺の口は何か柔らかな感触で塞がれた。


「ッッ⁈」


 思わず目を見開く。

 視界が開くと、そこには志藤さんの顔があった。

 しばらくして、唇からあの柔らかな感触が消える。


 志藤さんは、俺から離れるとすぐにそっぽを向いた。

 俺は彼女の予想外の行動に呆気にとられる。

 俺が呆然としていると、志藤さんが俺に背を向けたまま、口を開いた。


「こ、これが私の返事。あと、私の告白を横取りした仕返し。……これからよろしくね、昂輝」

「~~っっ」


 俺は右手で自分の顔を覆う。顔は熱く、触れている手からでもそれが分かる。

 彼女への愛おしさでどうにかなってしまいそうだった。

 そんな風に悶えながら、俺は言葉を絞り出す。


「……こちらこそよろしく、綾女」


 こうして、俺と綾女は恋人になった。


          ***


 結局、俺と綾女が遼たちと合流したのは花火が全て終わった後だった。


 遼たちは俺たちを見て―――正確には恋人繋ぎをしている俺たちの手を見て―――、何があったのかを察したようだった。

 そのため、俺は遼にすこぶるいじられた。七海たちはいじられる俺を助けることは(もちろん)せず、ただにやにやと笑っていた。


 もと来た道を戻る中、俺は隣を歩く綾女を見る。

 そうして、心の中でこう思うのだった。


 ―――――これからも綾女を大切にしていこう、と


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