85話
祭り当日。午後七時五十七分―――――
綾女は人混みから一旦抜け出すため、拝殿への道から右に逸れた。
人混みから抜け出すと、目の前にあった神楽殿の方へと歩いていく。
神楽殿の周りには、人は全くいなかった。後ろからは参拝客たちの喧騒が聞こえるが、こちらは静かなものだ。神楽殿もこの時間は閉まっているらしい。
綾女は入口への階段に腰かけた。
バッグから自分のスマホを取り出す。電源ボタンを押してみるが、画面に表示されるのはバッテリー切れのマークだけ。みんなとはぐれたとわかった直後、スマホを見たが、その時にはすでにバッテリーが切れていた。
「ほんと、私、何やってるんだろ……」
つい感傷的な言葉が口から漏れ出てくる。
あれほどみんなとはぐれないように注意していたのに。
みんなと花火を見るの、楽しみにしてたのに。
たぶん、今頃みんな必死になって自分を探してくれているのだろう。
そう思うと、心のうちに罪悪感が芽生えた。
でも、探しているとなると自分はあまり動かない方がいい。すれ違いになる危険性が高い。
「ま、ここからでも少しは花火が見えるかしらね……」
綾女は花火が打ちあがるであろう空を見上げる。方角的には林や拝殿で一部が途切れてしまうだろうが、高く打ちあがったものであれば見ることができるだろう。
しかし、その花火は例年と同じように一人で見ることになる。
今までは特に何も感じなかったが、彼らと仲良くなって、今年はなんだか一人で見るのが寂しいと感じるようになってしまった。
「にゃ~ん」
その時、足元で猫の鳴き声がした。
視線を下げると、そこには一匹の三毛猫がいた。
綾女はその猫に手を伸ばす。
普通の猫ならすぐに逃げ出してしまいそうなものだが、この猫は人に慣れているのか、綾女が手を伸ばしても全く逃げ出すそぶりを見せなかった。それどころか、まるで喉を撫でてくれと言わんばかりに頭を上げる。
綾女はその猫の要求通りに喉を優しく撫でた。
猫がゴロゴロと喉を鳴らす。どうやら、気持ちがいいようだ。
「あなたも一人なの? 私と一緒ね」
目の前の三毛猫と自分を重ねる。
すると、向こうの林からガサゴソ、と音が聞こえてきた。
何事かと思って音のした方角へ視線を上げると、数匹の猫が林から姿を現す。大人の猫が一匹と子猫が二匹。
猫たちの姿を見つけるや否や、綾女に撫でられていた猫は「にゃ~ん」と再び鳴いて、その猫たちの方に駆けっていってしまった。
たぶん、その猫たちは家族なのだろう。
そして、その猫はもう一度、「にゃ~ん」と鳴くと、他の猫たちと一緒に林の中に消えてしまった。
「猫にも見放されてしまったわね……」
綾女は静かに呟く。
ふと、綾女は体育祭のことを思い出した。
あのときも自分は一人だった。一人でただうずくまっていた。
そんな自分を彼が見つけてくれたのだ。
あんなにも汗水たらして。
あんなにも息を切らして。
彼が自分を必死に探してくれたんだということがひしひしと伝わった。
もしかしたら、今回もこんな自分を見つけてくれるだろうか。
いや、彼にまた見つけてほしい。
もはやそれは彼女の願望だった。
彼女はそろそろ花火が上がるころだろうと、顔をあげ、拝殿の方角に視線を向ける。
「……みんなと花火、見たかっ――」
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
「―――――見つけた」
いつかと同じように、彼がそこにいた。




