82話
祭り当日。午後七時十五分―――――
「それじゃあ、いくわよ。最初はグー。じゃんけん―――」
「「「――――ぽいっ」」」
七海、遼、牧原さんがチョキ。俺と志藤さんがパー。結果、敗者は俺と志藤さんになった。
俺は自分の右手を見つめる。いや、じっくり見たところでじゃんけんの結果が変わることはないのだが。
「それじゃ、昂輝と志藤さん、悪いけど頼んだ」
「ごめん、お願いね」
遼がゴミを入れたビニール袋を渡してくる。俺はため息をつきながらそれを受け取った。
隣では遼と同様、七海が志藤さんにゴミの入ったビニール袋を渡している。
門を入ってから、俺たちは気になる屋台を見つけてはその屋台に入っていった。
金魚すくいでは、七海が実に十匹以上の金魚を掬って、店主を泣かせ(結局全てリリースした)、他方、志藤さんは一匹も掬えず、唸っていた。
射的では、俺と遼とで勝負をした。俺は小さなキャラメルをゲットし、他方、遼は熊のぬいぐるみをゲットし、遼の圧勝だった。その後、遼が景品のぬいぐるみを牧原さんにプレゼントしたのは言うまでもない。
その他にも、食べ物を売る屋台に三、四件立ち寄った。
そして今、食べ物の容器や包装紙などのゴミが溜まってきたので、じゃんけんで負けた二人がこのゴミを捨ててこようということになったのだ。その敗者二人は先ほどの通り、俺と志藤さんである。
俺と志藤さんが遼たちと離れる。
ゴミ箱は参道から少し外れた位置に設置されている。
俺たちは立ち並ぶ屋台の隙間を曲がり、参道から外れた。
参道から外れると、人通りはほとんどない。
住宅の明かりや街灯に照らされた道をゆっくりと歩いていく。
少し歩くと一件のコンビニエンスストアが見えた。どうやらその駐車場に例のゴミ箱が設置されているようだ。
「これでよしっと」
俺は志藤さんからもビニール袋を受け取り、ゴミ箱に捨てる。
「それじゃ、ゴミも捨てたことだし、みんなのところに戻ろうか……って、志藤さん、どうかした?」
志藤さんは目の前のコンビニを眺めていた。正確には自動ドアに貼られているピザまんのポスターを。
俺は志藤さんのそばに寄った。
「志藤さん、もしかして、このピザまんが食べたいの?」
「えっ⁈ あっ、違うのっ。ただ、ちょっと気になっただけで……」
なんかこの前も似たようなやり取りをした気がする。
そう、星華祭で志藤さんがクレープ屋を見つめていたときだ。今回も志藤さんは否定こそしているものの、ちらちらとポスターを見ており、食べたいと思っているのは明らかだった。
「そんなに早く帰らなくてもいいと思うから、一旦ここで買って食べようか」
「う、うん……」
恥ずかしそうに頷く志藤さん。
俺はさっとコンビニ入って、ピザまんを二つ購入した。
まだ熱々のピザまんを志藤さんに渡す。
「はい、熱いから気をつけてね」
「ありがとう。えーっと、いくらだった?」
「あ、いいよ、いいよ」
バッグから財布を取り出そうとする志藤さんを制する。
「で、でも、わるいわ」
「そんなに高いものでもないし、ここはかっこつけさせてよ」
すると、志藤さんがクスッと笑う。
「えっ、どうかした?」
「桂くんもかっこつけたいとか思うことがあるのね。ちょっと意外だったから、思わず笑っちゃったわ」
「うっ、別に笑わなくても。一応、俺も高校生男子だし……」
「ご、ごめんなさい。それならありがたくいただくわ」
やはり、俺なんかがこんなことをしても似合わなかっただろうか。
たぶん、遼とかなら様になるのだろうが、やはり気になる子の前ではかっこつけたいと思うものだ。
二人して近くのベンチまで移動し、ピザまんにかぶりつく。
「あっふ、あふ」
持つ手からも十分にピザまんの熱さは感じられたが、中はそれ以上に熱かった。とくに中に入っているチーズが俺の舌を殺しにきている。
志藤さんもふーふー、と冷ましながらピザまんを口にしていた。
「なんか不思議だね。お祭りで屋台がいっぱい出てるのに、こうしてコンビニのピザまんを食べてるなんて」
「し、仕方ないじゃない。ピザまんは屋台で売っていなかったし、どうしても食べたくなったんだもの……」
志藤さんは顔を赤らめながら、ピザまんにかぶりつく。
たしかに、あの中に肉まん系を売っている屋台はなかった。小籠包を売っている屋台はあったのだが……
それにしても……
俺はベンチの隣に座る志藤さんを見る。
彼女はピザまんを両手で持ち、息で冷ましながら、まるで小動物のように少しずつピザまんを食していく。ピザまんを食べる仕草なんて、人によってさほど変わらないはずなのに、彼女が食べる姿に思わず見惚れてしまう。
特に、かぶりついたあとにチーズを伸ばしてそれに驚く様子は、男心をくすぐるものがあった。
ピザまんを全部食べ終わると、さっきのゴミ箱に包装紙を捨てた。
「食べ終わったし、今度こそみんなのところに戻ろうか」
「そうね。ちょっと待たせちゃったかも」
そうして俺たちはもと来た道を引き返していった。




