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81話

 秋祭り当日。午後六時半―――――


 俺たちは駅前で待ち合わせた後、祭りが開かれる神社の方に向かった。

「へ~、こっちの祭りもかなり賑やかなんだな」

 一の鳥居まで来ると、思わず声をあげた。

 鳥居から社までの道は多くの人でごった返していた。

 十一月の祭りであるから、浴衣を着ている人はさすがにいないけど、着物を着ている人はちらほら見受けられた。ちなみに、七海や志藤さん、牧原さんは全員洋服である。

 通りのそばにはたくさんの屋台が立ち並んでいる。焼きそばやたこ焼きといった食べ物を売る屋台もあれば、おみくじや金魚すくいといった遊ぶための屋台もある。

 社のほうから奏でられる太鼓や笛の音に人々の喧騒が混じりあい、あのお祭り独特の高揚感を掻き立てる。

 引っ越しをしてからここのお祭りには初めて訪れたが、以前いた町と同じ、若しくはそれ以上に神社では賑わいを見せていた。


「えーっと、花火まではまだ結構時間があるよな?」

 俺は隣に立っていた遼に問いかけた。

 今日の祭りのメインは花火だ。地元の商工会が主催する花火で約三千発もの花火が打ちあがるらしい。

 遼がつけてきた腕時計を確認する。

「そうだな。今が六時半で花火が八時から始まるから、あと一時間半はある」

「それなら、本殿で参拝するついでに屋台を見に行かない?」

「うん、それいいね」

 七海の提案に牧原さんが頷く。

「それじゃ、とりあえず歩き出しますか」

 そう言うと、遼は牧原さんと手をつなぎ(もちろん恋人繋ぎだった)、先に歩き出す。

 俺や志藤さんもその後に続いた。


 鳥居をくぐると、道幅が狭くなるからか鳥居の前よりも人口密度が増した。

 他の通行人とぶつからないように前を見ながらゆっくりと歩く。

 少し歩くと、七海が袖を引っ張ってきた。

「ねえねえ、桂君」

「ん、どうかした?」

 俺は七海の声がよく聞き取れるよう、進みながら頭を少し下げる。

「今年の花火なんだけど、実は最初に上がる花火がハート形になってるらしいわよ~。職人さんが今年から丹精込めて作ったんだって~」

「へ~、それはまた定番だな」

「でねでね、そのハート形花火を好きな人と見ると、結ばれるとかなんとか」

 それもまた定番な話だ。

 ハート形の花火を好きな人と見ると結ばれる、そんな言い伝えは由緒正しい花火大会から高校の文化祭レベルの花火大会まで各所にあるように思われる。

 ちなみに、俺たちが今日来た神社は商いの神様を祀っているらしい。

 そのとき、ふと七海の言葉に違和感を抱く。

「あれ、でもさっき、ハートの花火は今年からって言っていなかった?」

「ん、そう言ったわよ?」

「まだ打ちあがったこともない花火なのに、なんで結ばれるかどうかわかるんだ?」

「…………あっ」

 七海も気が付いたようだ。

 うん、それ、絶対信用性がないやつだ……

「ま、まあ、それでも、ハート形の花火はロマンチックよね?」

「あはは、たしかにロマンチックではあると思うよ。なんか、遼たちがいなくなりそう」

 前を行く遼たちを見る。

 彼らならハート形の花火が今日打ち上がることぐらい、事前にリサーチ済みだろう。彼らがこんなカップルイベントを逃すはずがない。

 七海も容易に想像できたのか苦笑いを浮かべた。


「それにしても、桂君がこっちに来てからかなり経ったわよね? どう、こっちの暮らしにはもう慣れた?」

「うーん、どうだろ? まだ、こっちの電車には慣れていないかも。この前も一本電車に乗り遅れたけど、次の電車が来るまで三十分近く待たされちゃったから」

「あ~、それは田舎舐めてたわね。こっちの電車は桂君が前いたところのように五分とか十分間隔の電車なんてないわよ。もっと電車の一本一本を大切にしないと」

「あはは、それは身にしみて感じたよ」

「学園の方にはもう慣れたかな?」

「うん。七海や遼たちが教えてくれたからな」

「桂君、クラスに溶け込むのも早かったものねぇ」

「いや、それは七海たちが転校してすぐ俺に話しかけてくれたからだよ。ほんと、七海たち様様って感じだった」

「そんなことないわよ。桂君、誰に対しても優しいし、クラスのみんなもすごく話しかけやすかったと思うわ」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

「あっ、じゃあさじゃあさ、学園で気になる女の子とかいた?」

「えっ⁈」

「ほら、桂君って、転校初日でいきなりあの櫻木さんと話題になったじゃない? その後も櫻木さんとは親しげに話すし。それにこの前も、生徒会長選のお手伝いをしてたでしょ。絶対みんな気になってるわよ?」

「あ、あれは本当に櫻木さんが困っていたから手伝っただけで、その他にはなにもないって。それに――――――」


 そのとき、つい、本当に無意識的に前で遼や牧原さんと話している志藤さんに目がいってしまった。

 そして、そんな視線の動きを見逃す七海ではない。

 視線の動きに気が付いた七海はニヤッと口の端を歪めた。

「あーあー、綾女ね。たしかに桂君、星華祭のときコスプレをした志藤さんにメロメロだったもんね」

「いや、コスプレだけじゃなく……って、あっ」

 俺は自分の口走ってしまったことに気が付く。

 すると、さらに七海の口角があがった。

「コスプレだけじゃなく、いつもメロメロだと? 桂君、本当に綾女のことが好きなのね」

「うっ……」

 もうここまで来たら否定のしようがなかった。最後の足搔きでもと思い、俺は視線を屋台の方にそむける。

 七海はケラケラと笑っていた。

 今まで恋バナをしたことがなかったが、人に自分の気になる人を知られるのがこんなに恥ずかしいものなんだな……

 俺が心の中で羞恥に悶えていると、七海がすっと背伸びをし、顔を近づけてきた。そして、こっそりと耳打ちをする。

「綾女と一緒に花火が見られるといいわね」

「ぐっ……」

 俺はそんな七海の言葉に顔を赤くするしかなかった。


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