79話
やがてルーを煮詰める段階になると、志藤さんがカレーをかき混ぜ、俺はその間に使った包丁などを洗うことになった。
まな板、包丁、ボウルと順番に洗い、水気を布巾で拭く。
ふと、隣の彼女に視線を向ける。
彼女はふんふんと鼻歌を歌いながら、お玉でカレーをかき混ぜていた。
エプロン姿で料理をする志藤さんはとても可愛かった。
そういえば、俺は志藤さんに初めて会った時から、彼女に惹かれていた気がする。
あの祈るように歌っていた彼女。まるで聖女だった。
それから彼女と関わるようになってから、より彼女から目が離せなくなっていった。
いつも魔導の練習に励む健気な姿。
野球部の倉庫で落ち込んでいた姿。
雷に怯えていた姿。
遼たちと仲良くなった時の、はにかんだ姿。
文化祭でコスプレをした姿。
気がつけば、いつも彼女を見ていた。
もしかしたら、俺は彼女のことを――――――
「……くん、か……くん、桂くんっ」
「っっ⁈」
志藤さんの声に俺の思考が回想から引き戻される。
「どうしたの、桂くん? さっきから何回も呼んでいたのだけど?」
「ご、ごめん。ちょっと、考え事をしてた。で、なに?」
「まあ、いいわ。それよりも一度味見をしてくれないかしら」
志藤さんがカレーを注いだ小皿を俺に渡す。
「う、うん、わかった」
俺は受け取った小皿に口をつけ、カレーの味を確かめる。
「……おいしい。志藤さんも味見してみたら」
カレーを少し食べると、小皿を志藤さんに戻そうとした。
その時、彼女は俺の手を掴み、自分の口元に小皿を持って行った。
俺の手が彼女のもとに吸い寄せられる。
志藤さんは、そのまま小皿に残っていたカレーを口に運び、味を確かめる。
「っっ⁈」
「うん、たしかにおいしいわね。それなら、もう火を止めようかしら」
俺が彼女の行動に驚愕しているのをよそに、うんうんと頷いている。
「さ、早く準備して晩ご飯にしましょう? ゆめちゃんもおなかをすかせているだろうし」
「あっ、うん……」
志藤さん、なんであんなことを……
俺はこの時、自分の心臓の高鳴りをこれでもかというほど実感していた。
準備を終えると、ゆめも加えて三人でカレーを食した。
ゆめと志藤さんはたくさん話していたが、俺はさっきの出来事もあってか、なかなか彼女と目を合わせることが出来なかったのだった。




