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59話★

「……ぐすっ、……ぐすっ」


 倉庫内に彼女の嗚咽が小さく響く。

「はい、櫻木さん」

 俺は、櫻木さんにハンカチを渡す。

「す、すみません、ありがとうございます」

 櫻木さんは素直に俺のハンカチを受け取った。既に俺の胸からは離れ、今は隣に腰かけている。

「私、やっぱり不安だったんです」

 泣き止むと彼女は己の心情を吐露し始めた。

「みなさんの前では普段通り振舞おうとしたんですけど、私に生徒会長は向いていないんじゃないか、私の思いはみなさんにちゃんと届くのかって。いえ、そもそも、私の思いが本当は間違っているんじゃないかって」

「櫻木さんの思いが間違っている?」

「はい、さきほど龍泉寺くんに言われました。『あなたの政策を拝見しましたが、これ、ただの自己満足ですよね?』って。そのとき、私は頭が真っ白になりました。私は学園のため、学園にいる生徒のためと生徒会長になりたいと思うようになりました。しかし、それは私の自己満足で、私は私の理想をただみなさんに押し付けているに過ぎないんじゃないかって」

 櫻木さんは顔を俯ける。


 なるほど、だからあの時、櫻木さんの様子がおかしくなったのか。

 俺は、龍泉寺が何やら彼女に耳打ちした時のことを思い出していた。

「こんな私は生徒会長にならない方がいいのでしょうか……」

 彼女はさらにその場にうずくまる。

 彼女が抱く不安がこれでもかというほど伝わってきた。

「さっきも言ったけど、櫻木さんなら立派な生徒会長になれるよ」

 俺はぼそりとつぶやいた。

「えっ?」

「俺さ、この三日間櫻木さんのそばで選挙活動をしていてわかったんだ。櫻木さんは本当にこの学園と生徒のことを思って行動しているって」

「わ、私が?」

 彼女の瞳がこちらを捉えているように感じた。

「うん。じゃないと、自分の選挙があるのに、現生徒会の仕事をあそこまで優先しようとは思わないよ。あれって、自分の選挙よりも今与えられている仕事をした方が、学園や生徒のためになると思ったからこその行動でしょ?」

「……」

「そんな風に自分のことを顧みず、生徒会の仕事をしようとすることが、ただの自己満足だなんて俺は思えない。そんな櫻木さんだから、俺は櫻木さんが生徒会長にふさわしいと思ったし、応援しようと心の底から思ったんだ」

 すべてを話し終えると、少し照れ臭くなった。

 でも、俺は彼女に今の心情をありのまま伝えたかった。

 彼女に立ち直ってほしかった。

 すると、


 ぽてっ


 櫻木さんが肩にもたれかかってきた。

 彼女の柔らかさが、彼女の甘い匂いが、彼女の存在がしっかりと伝わってくる。

「なんだか私、桂くんに助けてもらってばっかりです」

「そんなことないよ。俺の方が櫻木さんのお世話になってるし」

「ふふ、お互い様ですね。でも、今日は桂くんがここに来てくれて、あんな言葉までかけてくれて、―――私、嬉しかったです」

 彼女の言葉に顔が熱くなる。

「桂くん、こんなふがいない私をこれからも支えてくれますか?」


 そんな事、考えるまでもない。

「もちろん、櫻木さんが生徒会長になれるよう全力で応援するよ」

 その時、彼女は心から安心したような顔になった。

「それなら私、もう少し頑張ってみますね」

「うん」

 もう彼女から先ほどまでの弱々しさは感じられなかった。

 明日から彼女はまた通常通りに戻るだろう。

 俺はそんな彼女を支えるだけだ。

 この後、俺たちは生徒会室に戻り、今後の作戦を改めて練り直すのだった。


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